後に狂走と呼ばれるウマ娘   作:ドロイデン

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1R 狂走プロローグ

 ウマ娘、それは異なる次元、異なる世界と同じ名を持つ、時には自分こそが最速足らしめるためにレースを走り競い合い、時に歌い踊ることで人々を魅了する存在の話。

 

 そしてそんなウマ娘の中でも名門たるトレセン学園、狭くも輝かしい舞台の門を進む一人の少女の物語が―――

 

「もうやだ、実家に帰りたい!!」

 

 ―――始まる前から閉じようとしていた。

 

(人、人、人がいっぱいで人だらけ!!集団生活なんて私には一番無理なのに~、普通に普通の学校でも良かったじゃんお母さん)

 

 少女は入学式直後のオリエンテーションの場だというのにまるでテストで赤点確実とでも言わんばかりの雰囲気で、そのキレイな黒鹿毛の長い髪を矢形の簪で右側に団子状に纏められ、右耳につけた羽飾りはどんよりと垂れ下がっていた。

 

(しかもよりによって、なんであの二人がいるんだよ~、私みたいな凡才と同じ学年なんてやめてよもう~)

 

 チラリと少女が視線だけ前を向けば、そこには少女が知るなかでトップクラスの実力だと噂されているウマ娘が、それぞれの和を作っている。

 

 一人はふんわりとした鹿毛に母性を感じられるその姿、しかしてその実態は入学試験の同じレースで大差の逃げ勝ちをおさめた『スーパーカー』、マルゼンスキー。

 

 一人は同じく鹿毛の髪を長く伸ばし前髪に白いメッシュ、レースでは冷静沈着、他を圧倒するようなカリスマ感を感じさせる姿は『皇帝』のようと呼び声のあるシンボリルドルフ。

 

 間違いなく二人とも輝く存在であり、同時に自分が場違いなんだと少女は思わずにいられなかった。

 

(うん、どうせ私のことなんか誰も見てないし、トレーナーなんて付くわけないし、いっそのことここから抜け出しちゃえば問題ないよね。私みたいなちっちゃくて臆病なウマ娘なんてお呼びじゃないに決まってるんだ、よし、そうと決まったら)

 

 逃げ出そうそうしよう、と思ったその時だった。

 

「お姉ちゃん、また逃げようとしてるでしょ」

「ギクリ!!」

 

 聞き覚えのある声が後ろから聞こえ、壊れたブリキのように首を返してみれば、やはり見覚えのありすぎるウマ娘が仁王立ちしていた。

 

「ソ、ソンナコトナイヨー、ジシュレンシュウシヨウトオモッタダケダヨー」

「はいダウト。お姉ちゃんが嘘つく時はだいたい片言だからすぐに分かるんだよ」

「痛い痛い!!お願いだからお耳引っ張らないでぇ!!」

 

 相変わらず真面目な妹にげんなりしてると、ふとその髪を見て少しだけ驚く。

 

「あ、その簪と羽飾り」

「えへへ、お姉ちゃんとお揃いにしてみました!!どうどう、似合うでしょ?」

 

 確かに、自分と同じ黒鹿毛の左団子に刺さる月飾りの簪はよく映えていて、羽飾りも相まって美少女と言っても過言じゃなかった。

 

「う、うん。確かに似合ってるよ」

「ありがと。てか、お姉ちゃん私とはちゃんと会話できるんだから他の人ともちゃんとお話ししなきゃ」

「ごめん、それは無理」

「即答しないのこのお馬鹿お姉ちゃん!!」

 

 ぎにゅーっと頬を引っ張る妹にやめてと懇願してはみたものの、それが通ることはなかった。

 

「…………」

 

 そしてそんな姉妹のじゃれあいを、冷めた眼で見てるウマ娘が居るとも知らず。

 

 

 

 オリエンテーションの先輩達のレースを見終えた私は、なんのけなしに一人、誰もいなくなった練習場に来ていた。

 

「……本当に来ちゃったんだ、私」

 

 今更ながらの思いが頭を過る。勉強も走りも普通で、言ってしまえば特徴のない、才能もないウマ娘の私。同い年の妹の方は才能があって推薦枠を勝ち取り、姉である私は狭き門である一般受験を下から数えた方が早いギリギリで合格、両親は喜んでくれたけど、それでも私はトレセン学園に通うのを少しだけ渋っていた。

 

 なんで私が合格したんだろう、私より凄いウマ娘は他にも居た筈だ。速度だって平均的で、こう言ってはなんだけど、臆病すぎる私は競争ウマ娘の鉄板である先行策も差し込み策もできない。多分最弱のウマ娘の私がどうして……。

 

「んぁ、アンタこんなところで何しとんの」

「ふへぇあ!?」

 

 そんな物思いに耽っていたとき、後ろから突然声を掛けられて私は変な声で叫んでしまった。

 振り返って少し下がってみれば、そこには鹿毛の尖った髪を靡かせた、目付きの鋭いウマ娘が立っていた。

 

「見たとこ新入生だな。入学初日にこんなところで物思いにふけるなんて珍しいやつも居たもんだな」

「す、すみま―――」

「あぁ、謝る必要はないぞ。これでも柄じゃないけど生徒会長なんでな、悩んでる後輩の話を聞くのも私の仕事だ」

 

 そう言って生徒会長と名乗ったウマ娘は練習場の柵に座ってどこから取り出したのかリンゴとナイフを取り出して器用に半分に切り分けて私に渡してくる。

 

「あ、ありがとうございます」

「ん。で、入学初日に悩み事っていうからは、多分ここの生活に少し不安があるって感じだろ。お姉さんに話してみな」

「えっと、別に大したことじゃ」

「悩み事に大きいも小さいもないさ。ま、だいたい思ってることはわかるがね」

 

 え?と私は彼女のことを見る。

 

「おおかた、自分より強そうなウマ娘を見て、なんで自分が~なんてところだろ」

「よ、よく分かりますね」

「伊達に生徒会長なんてやってないからね。新入生の世代だと……マルゼンスキーやシンボリルドルフは確かに輝いて見えるだろうさ。二人とも入学してもう最強チーム『リギル』のメンバーに内定してるしね」

「最強チーム……」

 

 やはり凄いと思うと同時に、さらに自分のようなウマ娘が居て良いのか分からなくなる。

 

「ま、そんなに悩むなら走って走って走りまくるのも良いさ。なんたって目の前にコースもあるしな」

「は、はぁ……」

「それともなにか、走るのが嫌いだったりするのかい」

 

 その問いに私は顔をひきつらせた。

 

「……私、小学生のとき、地元のウマ娘競走のクラブに入ってたんです。けど、1年で辞めました」

「ん?どうしてさ」

「私、才能がないんです。走るのは好きですけど、小学生って基本的に先行策か差し込みしかしちゃいけないんです。体ができてないから」

 

 そこまでは納得できる。体を壊して二度と走れないってなるよりは良いだろうし。けど、

 

「その時のトレーナーさんに言われたんです。私は競争ウマ娘として大成しない、走るだけ無駄だって」

「そいつは……なんというか」

「そんなウマ娘の私が、ただ諦めたくないからっていうだけでここに来て、本当に良かったのかなって考えちゃったんです」

 

 いつの間にか食べ終えたリンゴの芯を近くのゴミ箱に捨てる。

 

「すみません、こんなどうしようもない愚痴を聞かせてしまって」

「構わないさ。むしろ、それを聞けて安心したさ」

「え?」

 

 生徒会長の返答に私は首を傾げた。

 

「私もそこまで体格がいい方じゃないし、走りだって他の連中から荒々しいだのなんだのと言われまくってるが、ウマ娘で一番大切なものは精神だと思ってる」

「精神……ですか」

「諦めたくない、一番を取りたい、強くありたい、たったそれだけのちっぽけな意志が、ウマ娘にとってはもっとも重要で、もっとも大切なことだ。信念と言ってもいい」

 

 そう言って生徒会長は私のことを見てニヤリと笑う。

 

「胸を張りな新入生、諦めたくないっていうちっぽけな意志が、意思こそがお前を強くする。だから、自分自身に対して強くあれ」

「自分自身に対して……」

 

 そう言って生徒会長は思い出したようにチラリと備え付けの時計に視線を向ける。時刻は夕方の5時の近くを指し示していた。

 

「さて、そろそろ寮で新入生歓迎のパーティーがあるからね……ちなみにどっち側かい?」

「えっと、美浦寮ですけど」

「なら私と同じだから、ついでに案内してあげるよ。えっと、名前を聞いてもいいかい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()、私の名前は()()()()()()です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カブラヤオーか、いい名前だ。いつか一緒に走ろうか、カヤ」

「え、えっと……カヤ?」

「カブラヤオーだからカヤ、可愛いだろ」

「か、可愛い!?」

 

 突然言われたその一言にワタシの頭はパニックを起こした。

 私ことカブラヤオーは生まれてこのかた、1度も可愛いなんて言われたことがなかった。容姿も平々凡々だし、そんな特徴もない。

 だからその一言に動揺し、慣れてない私は……

 

「ピュゥゥゥゥゥゥン!!」

 

 逃げた。思いっきり、脇目も振らないで大逃げした。

 

「お、おいカヤ!?てか逃げるの速すぎだろ!?」

 

 生徒会長は驚いてるが、私はそんなこと関係ないと言わんばかりに加速し、美浦寮に向けて走り抜けた。

 

 後に狂走の大逃げウマ娘と呼ばれる私の学園生活は、こうして幕を開けるのだった。

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