温泉を出てゆっくりと歩く私達は、途中にある市場によって新鮮な海の魚を見ていた。
「へぇ、アジ一匹で110円か。結構安いのか?」
「スーパーによっては100円ぐらいのところもありますけど、鮮度も込みなら十分こちらの方が安いですよ」
ここだと野菜や果物は少ないけど、その代わりに豊富な鮮魚が売りだ。
「お昼はコッペパン買って魚のステーキサンドにするつもりですけど、何が良いです?」
「そうだな、魚市場に来てるんだし旬のカツオとかどうよ」
「ならバターと刻みにんにく買ってにんにくバター醤油にしましょうか」
ん?醤油はどうするのかって?よくお弁当で使われるパック醤油とパックマヨネーズはキャンプ道具の調味料として常備してるから問題ない。
「あ、シンザンさんは緑茶大丈夫ですか」
「寧ろ大好きだから問題ないぞ」
「じゃあ紙コップはあるから問題ないですね」
なんとも普通の日常的な会話をしながら、私はちらりと時計を見る。
「ん?どうかしたのか?」
「いえ、今ごろみんなはどうしてるのかなって」
「?」
首を傾げるシンザンさんに、私は苦笑しながら頬を掻く。
「自分から一人で出掛けたは良いんですけど、やっぱり皆と一緒に買い物へ行くのも良かったんじゃないかな、って」
「まぁ私に見つかって二人だけどな」
「そこは……まぁ仕方ないですけど」
「仕方ないな」
豪快に笑うシンザンさんに、私は空を見上げながら考える。
「けど私、友達と遊んだ経験が無くて、友達とどこかへ行くとか、そんな当たり前の日常が分からないんです」
「ほぅ、なら休日はどんなことしてたんだ?毎日毎日走ってたわけか?」
「そうですね、走る以外はギターを家で弾くぐらいしかやってきませんでした。キャンプにしろ料理にしろ、たまに外でギターを弾きたくなったときのついでで始めたようなものですし」
幸いウマ娘だったからこれぐらいの荷物を運ぶなんて楽々だったし、何より人の居ない場所で弾くっていう快感は結構楽しいものだった。
「だから、なんていうか友達付き合いって、どんな風に何をすれば良いのか分からなくて」
「そんなの普通で良いんだよ」
「普通?」
シンザンさんはそういうとニヤリと笑う。
「友達ってのは普通に話して、普通に出掛けて、普通に笑って怒ってわがまま言って、そんな間柄のことを言うんだよ」
「そうなんですか?」
「そうだよ。現に私がカヤとこうして普通に出掛けてるのだって友達付き合いみたいなもんだよ。カヤはそう考えると本当に臆病だって思うな」
それが良いところなんだけどと言ったシンザンさんの背中が、私には遠く見えて、けどどこか近い、そんな感じがした。
「さて、それじゃあとはパンを買ってキャンプ場に行くか……カヤ?」
「あ、はい。すぐ行きます」
いつの間にか先に行ってしまっていた先輩のもとへ慌てて向かう私に、シンザンさんは不思議といつもとは少し違う笑顔だった気がした。
到着した臨海キャンプ場は簡単に言えば無人……管理人の居ないタイプのところで、私達は階段の側にテントと簡易テーブルを建てて昼食の準備をする。
「そういやステーキって言ってたが、いったい何で焼くんだ?」
思い出したように聞くシンザン会長に、私は鞄から一つの調理器具を取り出す。
「?なんだそれ?」
「いわゆるホットサンドメーカーってやつです」
それは片面がそれぞれツルツルしてるタイプのホットサンドメーカーで、私が良くキャンプ飯の調理に利用してる道具の一つだ。
「シンザンさん、買ってきたカツオを調理するんでナイフ貸してもらっても良いですか?」
「それはいいが、果物ナイフだぞ?」
「ただ筋切りするだけなので、寧ろ小さいナイフのほうがやり易いです」
そういってナイフを受け取った私はビニールを外したカツオの冊に、格子切りの要領で切れ込みを両面に入れる。
「さて、まずはガスをつけて」
愛用している登山用ガスバーナーを着け、ホットサンドメーカーをそれに軽く乗せる。そして買ってきたバターを両面に塗り、カツオを乗せて一旦蓋をする
その間にコッペパンの真ん中に切れ込みを入れて割っておいて、
「こんなもんでいいかいカヤ」
シンザンさんにお願いした残ったバターにおろしニンニク、パック醤油を混ぜた簡単ガリバタ醤油ソースを受け取って、蓋を開けたステーキの上にまんべんなくかける。
ジュワっという焦げる音とともに広がる香ばしい匂いに空腹感が刺激された私は、両面に火が入った事を確認した時点でバーナーから下ろし、そしてナイフで食べやすい大きさにカットしてパンの間に挟む。
ホットサンドメーカーを使ったおかげで、表面ははしっかりと火が通ってるが、中はレアという良い感じの塩梅に仕上がったカツオステーキに満足しながら、私は鞄から紙を取り出してそれを包む。
「簡単ですけど、こんな感じでどうでしょうか」
「うぉぉぉ、めっちゃ旨そうだな」
目を輝かすシンザンさんに私は苦笑しつつ、二人揃って階段に座っていただきます、そう呟いてサンドイッチにかぶり付く。
「んぉ!!これは結構新鮮な味付けやな!!カツオってステーキにするとこんな感じなんか」
「ええ、惜しむらくはレタスとかを買えばよかったですかね。そうすれば野菜も取れて栄養価的にも文句ないんですが……それは無粋というものですね」
美味しそうに食べるシンザンさんを見て少しだけ笑顔になりながら、私もサンドイッチをゆっくりと食べる。
適当に作ったとはいえそれなりに上手にできたことに少しだけ嬉しくなりつつ、同時にもう少し完成度を高めようかと思案する。
「ふぅ、美味しかった」
「あっという間に全部食べてしまいましたね」
時間にして5分足らず、ウマ娘としては圧倒的カロリー不足な気がしなくもないが、今日は完全オフだしこれぐらいで良いだろうと自己完結する。
私はコッヘルに一緒に買っておいたミネラルウォーターを注いでお湯を沸かし、紙コップに粉末茶を入れてお湯で溶かしてシンザンさんに渡す。
「お、ありがと」
「いえ、お気になさらず」
私はそう返してゆっくりとお茶を口に含む。波音を聞きながら静かに飲むお茶はどこか気分の良い気持ちになった。
「さて、デザートの前におまちかねのカヤのギタータイムかな」
「そうですね……」
ちらりと周りを確認するが、私達以外に人は全くなく、完全な貸切状態だった。そのためテントの中に入れておいたギターケースからそれを取り出して、簡単に弾いて音を確認する。
「選曲はどうします?」
「うーん、任せる」
聞くこと自体が楽しみと言わんばかりの返答に私は軽くピックで弾いて応える。そして脚を踏んで拍子を数えながら歌い始める。
「視界全部奪うような~♪打ち付けるスコールの中でも~♪」
曲は『UNLIMITED IMPACT』、私が大好きなトゥインクルシリーズの楽曲であり、私が一番弾いてきた曲だ。
「この声は絶やせないでしょ~♪この足は止まらないでしょ~♪いのちのかぎり~♪」
同時に、私がこの場でこの曲を選んだのは単純ならざる決意表明。
「傷を痛がって♪投げ出す程度の思いじゃない♪キミは目撃者だよ~♪」
私は絶対に強くなるから、誰よりも速く駆け抜けるから、その姿を見ていて欲しい。そんな私の遠回しな決意の表れ。
「YES…UNLIMITED IMPACT~♪」
私は歌い終わってシンザンさんを見ると、先輩はニヤニヤと笑った。
「おうおう、なんとも遠回しなおねがいな事だな」
「ふふ、ダメでしたか?」
「いいや、私は会長だからな。後輩がそう言うなら私がしっかりと見ておいてやるよ」
そう言いながら会長は空を見上げる。
「今年の新入生はお前ら含めて曲者ばっかりだ。特にルドルフなんてその筆頭だ」
「そうですね、多分私達の世代最強はルドルフさんです。そこは否定できませんからね」
ですが、と私はギターを弾きながらニヤリと笑う。
「たとえルドルフが相手でも、『最速』の証だけは譲るつもりありませんから」
「へぇ、そいつはつまり得意の短距離・マイルじゃなくて皐月を目指すって事か?」
「ええ、そのついでに三冠を取っちゃうのも悪くないかなって」
普通に考えたら嘗めてると取られても不思議じゃないビッグマウスだ。クラシック三冠は最も速く、最も強く、そして最も幸運なウマ娘しか勝てないと言われている。
「けど、私が今年デビューできたなら、私はこの黄金世代並みの面々と戦わなくて良くなるんで」
「おいおい、その言い方だと上級生は怖くないってか?」
「ええ、少なくとも今現在はルドルフさんたちの方が怖いですから。色んな意味で」
そっぽを向きながら答えると、シンザンさんは豪快に笑って立ち上がる。
「ならまずは来週の日曜日の模擬レースで最速になってみな。そうすれば上の連中もお前のことを注目してくるぞ」
「それは……すこし面倒です」
「残念ながらコイツは強者の義務だからな。通過儀礼だと思っておきな」
そうします、と呟いて私は今度は別の曲を弾く。今日はとことん弾きまくると決めていたのだ、折角だから走れない代わりに帰るまで延々とやらせてもらおう。
「~~♪」
「~~♪」
途中シンザン先輩も一緒に歌っての楽しい一時は、ゆっくりと、だが穏やかに過ぎていった。
私達が三浦寮に帰ってきたころ、私達を捕まえようと必死になっていたみんなはというと
「え!?シンザン会長とカブラヤオーがもう帰ってきてる!?」
「山じゃなくて海でギター弾いてたって、どういうことやルドルフ!?」
「い、いや。昨日カヤが休日だし山でフルマラソンとか話していたし、ギターも持っていくのなら目立たない山だと思って……す、すまない」
『わ、私達の内申点が~!!』
そんな阿鼻叫喚な叫び声をあげながら、門限を大分過ぎて帰ってきた皆を尻目に、私とシンザン会長はベッドでゆっくりと眠りにつくのだった。
さらにその翌日、私は次の休みにいつもの皆と買い物へ行くことを約束されてしまい、気の休まらない休日が確定してしまったことに肩を落とすのだった。ションボリルドルフ。