後に狂走と呼ばれるウマ娘   作:ドロイデン

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12R 狂奏モノローグ~第一楽章

「……301!!……302!!」

 

 月曜の放課後、チーム練習の時間となった私は練習メニューである20m往復シャトルランをこなしていた。

 

「カブラヤオーさん、1秒遅れだから回数リセット!!重石追加!!」

「ハイ!!……1!!」

 

 たづなの檄に私は返事をしながら回数を1から数え直す。500往復するだけの簡単メニューなんだが、このたった20mを片道2秒計4秒台以内に戻れなければリセット、さらに失敗する度に300gの重石が背負っているカバンに追加される。

 既にリセット回数は13ぐらいなので、既に3.9キロの重石が入ったカバンは疲れてる体に悲鳴を与える。

 

「カヤのやつ、あんな苦行染みた練習やってよく倒れないな」

「伊達に山道フルマラソンなんて自主練習を行っているわけではありませんわね。スタミナだけならアークツルス随一といって過言ではありませんわ」

「なにその頭悪い練習!?」

 

 誰が頭悪いだと突っ込みたい気持ちを振り払い、ただ訓練に没頭する。

 

「……499!!……500!!」

「すぐに止まらないでジョグ!!ウマ娘の心臓も人間と同じで脆いですからね!!クールダウンしてすこし休憩!!」

「はい!!」

 

 なんとか終わった私は重石を外してからゆっくりと歩き回る。そして心臓が大人しくなってきた頃合いを見計らってゆっくりと他の休んでいるメンバーのもとに駆け寄る。

 

「お疲れカヤ。結局何往復した?」

「さぁ、少なくとも5千近くは走ったかな」

 

 そう返しながらドリンクを口に含む。その答えにドン引きする皆だったが、この程度なら何時ものことだと答えるとさらに引かれる。なんで?

 

「カヤ、おまえウマ娘フルマラソンでも目指しとるんか?」

「なんでそうなるのタマモさん」

 

 心外だと応えるが、案外出てみても面白そうだとは思ってはいる。何せ人間のフルマラソンの十倍の421.95㎞を走るマラソンなんて滅多に走れないし。

 

「けどなんでこんなスタミナ練習なんでしょうか~カブラヤオーさんは逃げなので坂路とか階段を走ると思ってたんですが」

「私もそうするかと思ったんですが、たづなさん曰く」

 

『カブラヤオーさんの今ある武器はスタミナです。確かに長期的に見ればスピードは必須ですが、今回の模擬レースはカブラヤオーさんが最初に先頭で大逃げすれば、あとはスタミナで追い付かせないようにするのが得策です。何よりスピードなんてスタミナに比べたら簡単に上がりませんから』

 

「って言ってた」

「なるほど~」

「けど今やってるのってカヤのスタミナの底上げでしょ?たづなさんを信用しないわけじゃないけど、スタミナばっかり増えても最初に大逃げできるとは限らないよね」

 

 ハイセイコーさんの指摘通り、この練習でも少しはスピードが上がるだろうが、根本的にはスタミナの増強だ。が、

 

「ねぇハイセイコーさん。逃げで大事なことって何か分かる?」

「?」

「たづなさん曰く、それは相手に追いつけないって畏怖させることなんだって」

 

 ただ速くても失速する相手は怖くない。真に怖い逃げの使い手は、例えスピードが平凡でも追いつけないと思わせるスタミナの化け物とのことらしい。

 

「追いつけないスタミナ?」

「正確にいうと、相手が差そうにも差すための距離が詰まらないようにするのが良いんだって」

「ほぇ~けどそんな走りなんてできるもんかいな?」

「原理的にはできると思うよ」

 

 例えば車、車が後方から追い越すためには前を走る車より速い必要がある。これはウマ娘のレースでも同じで、差すためには差そうとする相手よりも速い必要がある。

 けど車と違ってウマ娘は生身だ。走っていれば当然スタミナは消費するし脚は回らなくなる。差そうとするウマ娘はそのスタミナを最大限消費して一位になろうとするが、これを最前方である逃げ馬が、差すためのスタミナを余力として残していたら、逃げが最後に加速するという恐ろしい事実だけが残る。

 

「つまり逃げて差すのが最強ってこと?」

「逃げウマ娘の一番良いやり方らしいよ」

 

 逆に言うとこの走り方をできるウマ娘はたづなさん曰く殆どいない……実際には怪我する前の自分以外には居なかったそうで、それだけ難易度の高い走り方だとも言ってた。

 

「けどそれをカヤに示したっていうことは」

「カヤにはそれができる力があるということでしょうね」

 

 ラモーヌさんが苦々しげに言うが、私自身本当にそれができるか分からないのでなんとも言えない。

 

「そういえば日曜の模擬レース、アークツルスは被りが出なくて良かったよね」

「ええ、不幸中の幸いですわね」

 

 今日のホームルームで先生から渡されたプリントに書かれていた事を思い出し、アークツルス同士が潰しあう結果にならなかった事に安堵しつつも、

 

「けど妹とクリークさんがそれぞれルドルフさんとマルゼンさんとぶつかっちゃったからな~」

「二人ともプリント見た瞬間お通夜だったで」

 

 その光景が目に浮かぶというか想像できる。妹はルドルフさんと、クリークさんがマルゼンさんとぶつかるわけだが、距離2000の中距離じゃどう頑張っても現状、二人の方が格上だ。

 

「うう、神は死んだよお姉ちゃん」

「死んでないから頑張って。あと次ミカなんだからさっさと逝ってきなさい」

「字が違うよ!!うわぁぁぁぁん!!」

 

 嘘泣きしながら駆け抜けていく妹に合掌しつつ、私は少し考えて、

 

「……タマモさん、少しお願いあるんですけど」

「ん?なんや?」

 

 内容を話すと、タマモさんは少し頬がひきつったものの、

 

「お願いできますか?」

「……できないことはないな。寧ろそれはうちにも役立つかもしれへん」

「ならすみませんがよろしくお願いします」

 

 なんとか了承してもらい、私はタマモさんと走る準備をはじめる。

 

「とりあえず何メートルにするんや?」

「一先ず2000の残600でやってみてもいいですか」

「分かった」

 

 そう言いながら私達は走りはじめる。そして私がやりたいこと、やろうとしてることを目撃した皆が後で口々にこう言ったそうだ。

 

『カブラヤオーというウマ娘は原石ですら()()だった』と。

 

 

 

 そして迎えた模擬レースの日、私は何時になく静かに構えていた。

 走る舞台は15番目の最終レース、芝2000の右回りと平凡なコース。逆に言えば、平凡ゆえにウマ娘個人の技量が一番に求められるコース。

 そんなレースだというのに、私の心は落ち着いていた。最終出走だから見る人もおそらく疎ら、私自身の人気も9番と最下位、おそらく誰も気には止めないだろう現状は、臆病な私のなかで逆に安心できるコンディションだった。

 

「行けますか?」

 

 たづなさんの言葉に私は静かに頷く。やれることはやった、シューズも蹄鉄も整備は入念に行った。体調管理も文句なし、簡単に言えば絶好調と呼んで不自然のない現状。

 

「たづなさん、走って良いですか?」

「ええ、走ってきなさい。貴女の思うように、自由に、それこそウマ娘の本能の赴くままに」

 

 その一言で私の中の気持ちにも整理がついた。

 

「行ってきます」

 

 ゆえに、私は自信をもって(ターフ)へと歩みだした。

 

 

 トレセン学園は基本的に部外者は入ることが許されない。それは防犯目的もあるが、何より心ないマスコミからウマ娘を守るためでもある。

 そんなトレセン学園だが、マスコミでも普通に入れる日と言うものが存在している。その一つが一年生の模擬レースであり、このレースを見て後に注目するウマ娘を決めるのが大概の出版社の常であった。

 

「なんつーか、今年はつまらないウマ娘ばっかりだな」

 

 そんな中、観客席で見ていたとある雑誌ライターの一人が煙草を吸いながらそんなことを呟いた。

 

「ちょっと亀谷(かめや)さん。なんてこと言ってるんすか」

「しょうがねえだろ。こんな勝つのがほぼ決まってるような連中が勝つ模擬レースなんざ、どうしたって詰まらないもんさ」

 

 助手のカメラマンに窘められながらも、亀谷は意に介さないように返す。

 

 彼としてはこんな模擬レースなんて正直どうでも良いとさえ思っていた。彼のポリシーは所謂シンデレラストーリーと呼ばれる成り上がりウマ娘を書くことで、前評判通りに勝つのが大半の模擬レースはつまらないと本気で思っていた。

 

「ちなみに聞きますけど、亀谷さんから見て注目株は誰だと思います?」

「そうさな……まぁ一番は最初に走ったシンボリルドルフ。ありゃ今年の新人の中では最強クラスの化物だな。怪我さえ無ければ……クラシックで三冠を取ることができても不自然じゃないだろ」

 

 カメラマンは確かにあの気高そうなウマ娘なら取れても不自然じゃないとは思った。

 

「他にも第二レースのマルゼンスキーとその次着だったスーパークリーク、第四のハイセイコー、第五のタマモクロスなんかは見ていてすぐに強いってわかる部類だったな」

「てことは、亀谷さんとしてはあんまり気が乗らないと?」

「あぁ。それにそういうやつは他にも目をつけるやつが大半だからな。個人的に今のところ琴線に触れたのは、第十のテスコガビーだったか?あの逃げは凄まじく良いものだった」

 

 ついでに言うと彼女は一般入学、これまたなんともシンデレラストーリーを感じずにはいられないシチュエーションだと心踊る展開だ。

 

「相変わらず、成り上がりストーリーが好きなんですね亀谷さん」

「ん?あぁたづなさんですか、お久しぶりですな」

 

 と、亀谷は声をかけてきた緑色のスーツの女性……駿川たづなに気づくと、笑顔で返して答える。

 

「いやなに、こうスカッとするじゃないですか。今まで見向きもされなかったウマ娘が並みいる強敵を倒してセンターに輝く、これを知ってしまったらどうしても辞められないもんでして」

「ええ、本当に昔からそうでしたね」

 

 昔の亀谷のことを知ってるからか、たづなは嫌そうな笑顔を浮かべる。

 何を隠そうこの亀谷、それこそたづなが現役のウマ娘『トキノミノル』だったころをずっと追いかけてきた記者であり、亀谷自身たづなによって今の記者へと成長できたと感謝してもいる。

 

「で、たづなさんはお仕事どうです?またあの小さい理事長にてんやわんやさせられてるんでしょ」

「あはは、まぁ確かにてんやわんやしていますが、今は秘書業務を降りてるんです」

「秘書を?なぜまた?」

 

 その問いに答えるようにたづなは懐のポケットに手を入れて何かを取り出すと、それを襟元にパチリと取り付ける。

 それはウマ娘に関わるものなら誰でも知っている有名なバッジ……中央トレーナーライセンスを示すバッジに他ならなかった。

 

「と、トレーナーですか!?いつから」

「ええ。資格自体は結構前から持ってたんですが、つい一週間ほど前にとあるチームのトレーナーに就任しまして。今日も走ってるんですよ、うちのチームの娘達」

「へ、へぇ……名前を伺っても」

「アークツルスですよ」

 

 その一言に亀谷はそういえば今日走ってる一年生の中に、確かに今までの14レースのうち6名ほど、アークツルスというチームに所属していた筈だと思い出す。

 

「ということは、今までの中にたづなさんの教えてるなかでの一番の有力ウマ娘が居たというわけですか」

 

 これは惜しいことをしたと本気で思った。今は名前を隠しているが、彼女の正体を知ってる記者は少なくない。そんな人物が直接トレーナーとして教えてるウマ娘を放置するというのは、亀谷としてもかなりの痛手だった。

 

「ふふ、お気になさらないでください。むしろ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……はい?」

 

 思わぬ一言に亀谷は唖然としたが、すぐに懐からレースの出走予定表を取り出して確認する。

 

「第十五レース……第十五レース……ってこの子ですか?」

 

 確かにそこにアークツルスの名前が確認できた。ウマ娘の名前はカブラヤオー、スタート位置は1番と良いポジション、だが。

 

「9番人気がたづなさんの最推しですか……」

 

 そう、カブラヤオーの前評判は9番人気と最低、手元に資料がないことからして、そこまで強さを感じることができない。

 いったいどういうつもりだ、そう考えた一瞬ふと気づいた。たづなは今なんと言った?

 

(お気に入り……お気に入りだと?)

 

 そう、彼女はこう言ったのだ。私のお気に入りはこれから走る、と。

 もしも、仮に、万が一、自分が想像していることが現実だとするのなら、カブラヤオーというウマ娘がどんなウマ娘か、そしてカブラヤオーが()()()()()()()()のか次第だが、

 

「……おい、カメラの予備ストレージはまだ余裕あるか?」

「え?急にどうしたんです?そりゃありますけど」

「写真じゃダメだ!!すぐに新しいストレージに交換して動画に切り換えろ!!俺の予想通りなら、()()()()()()()()()()()だ!!」

「わ、分かりました!!」

 

 記者としての長年の経験と直感、そのすべてが警笛を鳴らす。このレースは見逃してはいけない。見逃せば俺は最高のシンデレラストーリーを溝に捨てた大馬鹿野郎になってしまう。

 

「くそ、間に合ってくれよ!!」

 

 レース開始まであと数分もないこの時間が、亀谷にとってとてつもなく長く感じた。

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