「むむむ……」
放課後のチームルームにて、まるで敵を見るような目で睨む妹に、私は少し苦笑する。
「いい加減むくれるのやめたら。どうせ結果は変わらないんだし」
「そうだけど!!そうなんだけども!!」
あの娘と視線を向けるのは、今日のお昼休みに私とルドルフが会った黒鹿毛のウマ娘、グリーングラスさんだ。
「なんでもたづなさんの親戚らしいね」
「親戚って、ウマ娘の親戚ってウマ娘のはずやろ?たづなさん人間とちゃうの」
「ウマ娘の子供は女の子とは限らないみたいだよ。男の子の場合は普通の人間って話だし」
生物学上、ウマ娘は身体能力が普通の人間よりハイスペックなだけで、身体的特徴は基本的に人間と大差がない。
だからウマ娘と人間が普通に結婚するし、互いの子供も産める。
「それにウマ娘の子供でも普通の人間の女の子が産まれることもあるんだって」
勿論これは嘘だ。ウマ娘の子供は男の子の場合を除いて絶対にウマ娘になる。そしてチームメイト一同は知らないがたづなさんはウマ娘であるし、グリーングラスさんはたづなさんことトキノミノルのお姉さんのお孫さん……つまり又姪と呼ばれる間柄らしい。
ちなみにグリーングラスさん曰く、たづなさんは現在40歳とのことだが、それを知った瞬間どこからかプレッシャーというか寒気が飛んできた気がした。
「へぇ~ウマ娘の子供の女の子は全員女の子だと思ってた」
「まぁかなり珍しい事案だけどね。で、ミカは何が嫌なんだ?」
「だってあの娘、私と同じクラスだけどいろんな意味 で怖いんだよ!!」
怖い?
「なんか常に気配殺して歩いてるし、喋ってたら静かに毒を吐くし、視線なんかまるで暗殺者だよ!!正直一緒に居たく――」
「――あら、それは大変申し訳ありませんでしたわ」
ミカの言葉を被せるように、というか本当に気配を消してミカの後ろから現れた当人に、私たちはなんとなく察した。
あ、この娘と付き合うのはちょっと怖いかも、と。
「別に私も誰も彼も相手に強く言うつもりはございません。が、私、相手の人が怖がってるところを見ると、こう、そそられてしまいまして」
「ドSかよ」
「いえいえ、私虐めるのは好きじゃありませんよ?ですが、他の人が驚いてる姿や泣いてる姿がたまらなく滾「アウトォォォ!!」」
グリーングラスの告白にたまらずアークツルスの良心ことテスコガビーさんが大声で封じる。
「おま、グリーングラスお前、そこのメジロ家と同じでそれなりに良いところのお嬢様がそういうのは良くないかと私は思うぞ!!」
「ガビさんガビさん、むしろお嬢様なんて清楚で可憐かドSな女王様かのどちらかだって、私の愛読してる漫画で言ってましたよ」
「せっかく話逸らそうとしたのに軌道再修正するなこのポンコツ自称ウマドル」
「誰がポンコツ自称ウマドルですか!!」
ぎゃーぎゃーとハイセイコーさんと一緒に仲良く喧嘩してる姿に呆れつつ、ふとこの場にいないとあるウマ娘を思い出す。
「そういえばクリークさん居ませんね」
「そうですわね、今日は練習がありませんのに」
うちのウマ娘の中では最高身長を誇り、あのマルゼンスキーさんを相手に2着と健闘した母性の塊、スーパークリークさんがこの場には居なかった。
「?クリークなら今日は用事ある言うてもう学校から出ていったで」
「用事……ですか?」
「せや。なんでも実家の手伝いをする言うてたな」
クリークの実家、託児所やっとるそうや。というタマモクロスさんの言葉になるほどと頷く。
「そっか、そうなると……」
「なんやカヤ、クリークになんか用事でもあったんか?」
「クリークさんというか、チーム全体で用事って感じなんだけど「すみません皆さん、遅くなりました」っと」
説明しようとした瞬間、タイミング良くドアが開きたづなさんが部屋に入ってくる。
「えっと、クリークさん以外は全員いるようですね」
「なんやたづなちゃん、もしかしてカヤが今チーム全体で~って言ってたことかいな?」
「はい、その通りですタマモクロスさん。実は二週間後の土曜日に、チームリギルと合同練習を行うことになりました」
はい!?と、その場にいた事前に知ってた私とグリーングラスさんの二人以外全員が驚いた。
「合同練習って、いったい何をするんですか?」
「それについて、詳しくは私からではなく原因となったカブラヤオーさんに説明してもらいましょうか」
「え!?」
まさかのたづなさんが丸投げしてくるという自体に頭が痛くなるも、私は改めて私が入学前までにやって来た練習と、それがリギルのトレーナーであるおハナさんから絶賛されたこと、そして私がルドルフに一緒に特訓でもしようかと話した結果このような風になったという説明をした。
「まさか、カヤさんのあの頭がおかしいとしか言えない練習が、海外のウマ娘では当たり前の練習メニューの1つなんですの?」
「あはは、そりゃ私たちよりも目立つ結果になるわけだよね」
「けどまぁ良い機会やろ。リギルと合同言うことは、つまるところシンザン会長やタケシバオー先輩みたいな大物ウマ娘に、同学年でもルドルフにマルゼンの二人の練習を直接見れるわけやろ」
タマモクロスさんの言葉に私は頷く。
「練習は丸1日使って、午前中はリギルが行ってる練習メニュー、お昼ごはんを食べてから午後は山の中で特別メニューをこなすって、おハナさんが言ってました」
「ならウチらのやることは、リギルの、トレセン学園最強チームの力を少しでも知ること、これに尽きるわ」
その宣言に全員が強く鋭い目で頷く。元より自分達は全員チャレンジャーだ。挑むことになんの躊躇いはない。
「では次の模擬レース後の土曜日については東条トレーナーにお受けすると連絡しておきますね」
「ええ……そういえば、昨日の今日ですけど既に次の模擬レースのコースとか決まってるんですか?」
「はい、決まってますよ」
そうしてたづなさんは手に持っていたファイルから全員分のプリントを自分達に渡してくる。
「次は芝2400、左回りですか」
「距離だけでも前回より400メートル強の長距離で、さらに前回とは逆の左回りっていうのが曲者ですわね」
ハイセイコーさんとラモーヌさんが呟くが、私はそれどころじゃないというか、少し頬がひきつっていた。
「ん?どうしたんだカヤ?」
「えっと、次の模擬レースで……私達の潰しあいがあったというか」
「そうですね、カブラヤオーさんと私が同じ第3レースに出走となってます」
その言葉に私達とたづなさん以外が全員顔を青くしていた。
第3レース、2番にグリーングラスさん、そして外枠8番に私カブラヤオーがセッティングされている。
つまり2回目の模擬レースにして初めて、自分達のチームで潰しあいを行うことになったのだ。
「ふふ、お手柔らかにお願いいたします、カブラヤオーさん」
「(……まさか)ええ、此方こそ悔いのない戦いをしましょう」
私達の静かに火花を散らしたその光景を最後に、今日は解散と相成った。
が、私は確認のためにたづなさんのもとへ残り、単刀直入に彼女に問いただした。
「たづなさん、もしかしてグリーングラスさんがうちに入ったのって、私と次に戦うことを知ってたから……とかなんでしょうか」
「流石にそればかりは私にもなんとも言えませんが、少なくとも私が教えてるチームに入りたいと言い出したのは確実に何か裏があるとは思います」
その裏が何かまではわからない。わからないが、あの目はまるで私のことを食らおうと静かに牙を研ぐ猛禽のように私は思った。
「カブラヤオーさん、身内贔屓にはなりますが、彼女は同年代では最高峰のステイヤー……長距離走者です。距離としては中距離とも長距離とも取れる今回の距離は、間違いなく彼女の得意領域です。対してカブラヤオーさん、貴女は中距離もできますが基本的にはスプリンター……短距離走者です、今回のレースは貴女に大きく不利になることは間違いありません」
ステイヤーとスプリンター、最長と最短を走るものに求められているものは圧倒的に真逆だ。ステイヤーは長距離を走るレース持久力と気力、スプリンターは最速で走るためのレース加速力と速力。ペース配分は勿論走り方もかなり違う。
「なら本番までの二週間でステイヤーの走り方に馴れるだけです」
「残念ですがカブラヤオーさん、ただでさえフォームがしっかりとしていない現状で、長距離の走り方をすれば間違いなく体への負担が」
「でも、それぐらいの努力は誰でもやってるはず。なら、私にだってできない理由はないです」
失礼します、そういって私は部屋から出る。しかしたづなさんは浮かない表情で部屋の窓から空を見上げるのだった。
「それで、こんな小細工までするなんて、どういうお考えなのでしょうか」
同時刻、トレセン学園の校門に背を預けながらグリーングラスはそう問いた。
「カブラヤオーは危険だ。あんな走りは栄えある中央のウマ娘に相応しくない」
グラスの問いに反対側に背を預ける女性……トレセン学園スカウト担当であり、グリーングラスをスカウトした当人である彼女は苦々しげに答える。
「あら、むしろあれぐらいの逃げなら、昔叔母様も走っていたではありませんか」
「トキノミノル嬢か、確かに彼女がカブラヤオーの師ではあるが、だからといってあれほど破滅的な逃げをするのなら話は別だ」
「それも個性だとは思いますが?」
グラスは首を傾げながら聞くと、スカウトはなにやらファイルを取り出して彼女へ渡す。
「これは?」
「前回の模擬レース、カブラヤオーと共に走った者たちの現状だ。そこには例外なく、カブラヤオーと走った後に不調が報告されている」
グラスはそう言われ見てみると、確かに軽微ではあるが脚の痛みを覚え怪我が発覚した者、今まで走れていたフォームで何故か走れなくなる者、そして圧倒的な速さに心を折られる者と、それぞれ何かしらの不調が起こっていた。
「昨日の今日ですから、これぐらいなら
「普通、か。他のレースで走ったウマ娘には起きてないのに、彼女たちだけ起きたのは普通なのか?」
「カブラヤオーさんは言ってしまえば今まで最底辺に居たウマ娘です。そんなウマ娘にレースで影を踏むことさえ叶わずに負けた。肉体的なことはともかくフォームの崩れや挫折は当たり前でしょう」
むしろこれぐらい乗り越えられなければトレセン学園に居る意味がないと答えるグラスにスカウトはため息をつく。
「とにかく、あのカブラヤオーはこのまま行けば間違いなく今年のデビューを勝ち取る。それだけは阻止しなくてはならない。走りそのものが危険ということもあるが、なにより、あのようなレースのレの字も知らない小娘が、最底辺のウマ娘が強いなどと認める訳にはいかない」
スカウトのプライドからくる私怨もあるだろうが、それでもグリーングラスには冷めた感情しかわかなかった。
「そうですか」
「気に入らないか?」
「ええ。ですが、スカウトしてくださった恩もありますし、なにより叔母様が見初めたウマ娘と戦うことができる絶好の機会。今回こっきり、貴女のお膳立てを受け取らせて頂きます」
ですが、と彼女は冷たい目でスカウトを睨む。
「今後このようなことをしでかせば、私はどのような事をしてでも貴女達を許すつもりはございません。御覚悟を」
「ふん、手厳しいな。流石はリトル時代、数多のウマ娘達を差してきた刺客というべきか」
そう言ってスカウトは去っていき、グラスはふと空を見上げる。
「今宵の月は、誰を照らすのでしょうか……」
その呟きの意味は、まだ誰にも分からない。