後の生徒会長、シンボリルドルフはトレセン学園についてこう語ることがあった。
「トレセン学園には、何がなんでも避けなければならない事柄が幾つかある。それはとあるウマ娘たち個人それぞれがやってきた、ある種の黒歴史みたいなものだ」、と。
まるで自分がその被害者だと言わんばかりに頭を抱えるその事柄は、やがて八大レースにちなんでトレセン学園八大教訓として、後世のトレセン学園において伝説として語り継がれることになる。これは、そんなウマ娘たちのちょっとした日常のお話だ。
どうも皆さんこんにちは、カブラヤオーです。今現在、グリーングラスさんとのレース翌日だというのに私はとある理由で逃げ回っています。その理由というのが
「タマちゃ~ん?カヤちゃ~ん?どこにいるんですか~?」
目の前でどう見ても中学生が着るようものじゃない服を片手に迫ってくる
「な、なんでこんなことに……」
「あら~こっちからカヤちゃんの声が聞こえましたね~」
「ッ!!」
私はすぐさま身を隠しながらその場から離れる。どうしてこうなったと、私は数十分前を思い出すのだった。
事の始まりは一時間ほど前に遡る。
「はぁ~~」
その日のチームルームにて、目の前でため息をつくスーパークリークさんに、私は驚きながらと首を傾げた。
「なんていうか、珍しいですね、クリークさんがため息をつくなんて」
「あらら、ごめんなさい。聞こえちゃってましたか」
クリークさんは恥ずかしそうに顔を赤らめてるが、どうにも調子が悪そうというか、無理して笑顔でいるような雰囲気が感じ取れる。
「えっと、どうかしたんです?」
「いえいえ、別に何でもないですよ……ただ」
「ただ?」
私の返しにクリークさんは憂鬱な表情で、
「最近、
「……はい?」
私は思わず聞き返した。いや、なんだその理由は。
「私、自覚はあるんですけど誰かを甘やかすことが大好きなんですよ。それが私の調子にも繋がりますから」
「は、はぁ?」
「たづなさんからは~、私の調子のために、実家も近いので週に一回子供たちを甘やかしに行ってるんですけど、最近は子供たちが甘えてくれなくて……」
曰く、もともとスーパークリークさんに甘えていた子供たちが、クリークさんがトレセン学園に通うのをきっかけに、クリークさんに学園の方を大事にして欲しくてできるだけ甘えないようになってきたそうな。
勿論スーパークリークからすれば、保育園の子供たちが成長してくれて嬉しい反面、なかなか甘えてくれなくて少し物悲しいという矛盾した気持ちに襲われてるのだ。
「はぁ……せめてトレーナーさんを甘やかしたかったんですが、流石にたづなさんを甘やかすのは控えるべきかと思いまして」
「え、ええ……」
「それでふと誰か背の小さくて可愛らしいウマ娘さんが居れば、なんて思ったんですが、中々そういう娘は……」
そう言ってクリークさんはふと私のことを見つめる。
「?……あ」
最初は疑問だったが、その視線の意味はすぐに理解できた。いや、理解できてしまった。
トレセン学園のウマ娘の中でも結構な低身長で、妹いわくお人形のようと言われた私は、今現在、スーパークリークさんが探し求めるウマ娘の条件にピッタリと、最悪なタイミングで合致してしまったのだ。
「お、カヤとクリークやん。早いな~」
「……タマちゃん」
と、さらにそこへタマモクロスさん呑気にもやって来てしまった。彼女も客観的に見たら幼い体型と顔立ち、クリークさんの条件に当てはまってしまう。
「タマモさん、逃げますよ」
「え?ちょ、カヤ?いきなり何を」
私は反射的にタマモクロスさんの腕を掴んで走り出す。タマモクロスさんは何がなんだかわからないという表情だが、クリークさんを見て何かを悟った。
「ウフフ、二人とも~待ってくださいね~」
やけに甘い桃のような言葉と共に走ってくるクリークさんの手には、少なくとも中学生以上が着るのは無理がある衣装やおしゃぶりやがらがらと、普通にヤバいものが数多くあった。
今のスーパークリークさんに捕まれば、私たちは間違いなくアレの餌食になる。タマモクロスさんも、私の手を離して全力で逃げる。
捕まれば(社会的に)間違いなく死んでしまう、それだけは免れなければならない。私もタマモクロスさんも思いは一緒だった。
「か、カヤ!!いったいどこに逃げる!!」
「ま、街に出れば安全なはず!!流石のクリークさんも街中でアレを着替えさせるほど狂ってはいないはずです!!」
「アレで狂ってない言うのは無理があるけど、その意見は賛成や!!」
タマモクロスさんと共に校門へと目指す、いや、目指していたのだが、
「えっと、なんでリギルの三人が待ち構えてるんですか?」
校門を抜けようとした私達の前に、シンボリルドルフさんとマルゼンスキーさん、そしてシンザン会長の三名が立ち塞がっていた。
「済まないカブラヤオー、タマモクロス、私たちは二人をここから出すわけにはいかない」
「な、なんで……」
驚きの一言に私は思わず聞き返したが、ルドルフの表情は青ざめていた。いや、それどころかマルゼンスキーさんもシンザン会長も表情が死んで尻尾が力なくだれている。
「ス、スーパークリークから、二人を逃がしたら……あぁ……」ガクガクブルブル
「お、お願い二人とも、私達の安全のため……ね」ガタガタ
「あ、あとで飯とか奢ってやるから、な、な?」
どうやら三人ともクリークさんに脅されている様子だった。というか自分の欲求のためにそこまでやるか、と私たち二人は唖然とした。
「フフフ、二人とも~、み~つけた」
「「ヒッ!!」」
再び聞こえたその声に振り返ってみれば、そこには全然嬉しくない笑顔のスーパークリークさんが仁王立ちしていた。
前門のリギル、後門のスーパークリークという絶体絶命私たちは一度視線をぶつけ頷くと、二手に別れて逃亡を図る。
「二人が逃げたぞ!!」
「であえであえ!!」
「時代劇ですか!!」
律儀にツッコミ入れつつとにかく逃げる。そうして現在私はプール用具室まで逃げていた。
(こ、ここまでくれば問題無いはず……)
息を潜めて隠れつつ、この先どう逃げるか思案する。
(多分私とタマモクロスさん以外のアークツルスメンバーもクリークさんの手に落ちてる、そうなると逃げれる目は薄い)
何せアークツルスには刺客と……少々不本意だが……シスコンという、私たちを追うには的確な人材がいるのだ。下手に時間を掛ければ瞬く間に捕まって(社会的に)終わる。
それだけは避けねばと私はチラリと窓の外を確認し、誰も居ないことを確認して外へ出る。
そして誰かが見張ってるだろう校門ではなくレース場へと移動し
「あ」
「あら」
「げっ」
ラモーヌさんとハイセイコーさんに見つかった。
「「確保ぉ(ですわ)!!」」
「うわぁぁぁ!!」
どこから持ってきたのかウマ娘確保用(?)虫取網を振り回す二人を相手に私は全力で逃げる。正直体力の限界だが、捕まるよりはマシだと懸命に走る。が
「ごめんカヤ、もう袋のネズミだよ」
私はいつの間にか全員に囲まれ、背中は壁という絶体絶命に陥った。
「ウフフ、もうカヤちゃん、なんでそんなに逃げるんですか~」
「そんな服を持って獲物のような目で見られたら誰でも逃げますから!!」
幼稚園児のスモッグに黄色い帽子に黄色いバッグとおしゃぶりとか、コスプレ競争とかそういう時ならまだ、許せないけどまだ大丈夫だが、平時そんな格好はごめん被る。
「そんなこと言わないでくださいよ~ほら、タマちゃんも大人しく着てくれましたから~」
「な!?」
その一言に視線を向ければ、確かにそこには青いスモッグを着て死んだ目をしているタマモクロスさんの姿がそこにあった。
「た、タマモクロスさん」
「……あー」
「完全に幼児退行してる!?」
もはや憐れとも言えないカオスな姿がすぐ我が身だという事実に、私は怯える他がなかった。
「さぁ、カヤちゃん」
「ヒッ!!」
壊れたブリキのように首を振り向けば、目の前にはこの惨状の主犯がニッコリと笑い、
「お き が え し ま し ょ う ね ~♪」
「~!!」
その日の夕方、声にならない誰かの悲鳴が二つ、トレセン学園のなかから響いたという。
その後、この出来事は数ヵ月に1度のペースで起こり、あるときは天才児の飛び級少女が、あるときは漆黒のステイヤーと呼ばれた少女が、あるときは青い逃亡者の少女が、あるときは無敗の三冠ウマ娘を目指す少女がこの悪夢の犠牲者となっていったという。
トレセン学園八大教訓
その一,調子の悪い母性の塊には近づくべからず