基本的にトレセン学園は寮生活だ。ウマ娘たちは美浦寮か栗東寮のどちらかに所属しており、集団生活を行っている。
そしてそれは私にとっても例外ではなく、今現在私は自分の部屋の前に立っていた。
(部屋の中に人がいる気配はない。でも多分だけど妹が同室じゃないのは確実、胃が痛い)
ため息を付きながらドアを開ければ、そこには前もって運んでもらった段ボールが私のベッドの上にいくつか置かれていた。
「えっと、本棚に小説とノートを置いて、着替えはクローゼットに……あ、これも届いてたんだ」
よく寮に持ち込んで怒られなかったな、と思いつつ段ボールの奥に置かれていたケース……クラブをやめてから暇さえあれば弾いていたアコースティックギターの入ったそれを本棚の隣に置く。
「……ウズウズ」
置いたんだが、少しだけならとギターケースからそれを取り出し、周りに誰も居ないことを確認してから軽く弾き始める。
「~~~♪~~~♪」
弾くのは私が好きなウマ娘の人がウイニングライブで歌っていた曲で、今では目をつぶって弾けるほどの愛曲だ。
「~~~♪」
「―――へぇ、結構渋い曲弾いてるじゃん」
「ふへぁ!?」
さぁサビ、というところで突然声を掛けられて驚いてみると、目の前のドアに青毛にピンクのメッシュを入れた背の高いウマ娘が立っていた。
「はわわわ(見られた、ノリノリでアコギ弾いてるところ見られちゃった!!絶対に引かれる!!)」
どうしよう、処すか、そう慌ててるとそのウマ娘は私の反対側のベッドの下に手を入れると、なにやら見覚えのあるケースを取り出した。というか、私がこれを入れていたケースとほぼ同じだった。
「え、それってまさか」
「私、エレキだけどベース持ってきてるの。セッションしてもいいかしら」
「も、もちろん」
まさかの申し出にすぐに頷くと、彼女は小型のアンプをセッティングして、二人で先程の曲を一緒に弾き始める。
「~~~♪」
「~~~♪」
はじめてのセッションに心を踊らせながらギターを弾く。たった数分のそれを終えた私は、どこか満足した気持ちになっていた。
「はぁ~~良かった~」
「アコギとセッションするのは初めてだけど、エレキとは別の良さがあるわね」
「うん、アコースティックギターは音が直接反響してるから、エレキギターにはない良さが……って」
そんな話をしていてふと気がつく。私、いつの間にこんなことしてるのだと。
「ご、ごめんなさい。私、勝手に演奏してて」
「あー、大丈夫大丈夫。同じ一年生なんだし固いこと無しにしようよ」
「同じ一年生?」
その言葉に少しだけ首を傾ける。そして良く見れば目の前のベッドの脇には畳まれた段ボールが幾つか置かれている。
「私の名前はテスコガビー、こう見えてちゃんと一年生だからね」
「テスコガビーさん……」
「ガビでいいよ。その代わり私もカヤって呼ばせてもらうけど」
「な、なんでその事を!?」
それは生徒会長がコースで勝手に言ってた事のはず、
「会長と部屋の前で会ってね、教えてくれたんだよ」
「か、会長……」
「けど入学初日に会長に目を付けられるって、カヤも運が良いじゃん」
「え?」
どういうこと、と聞くとテスコガビーさんは呆れたような顔をした。
「いや、もしかしてカヤアンタ、会長のこと知らない訳じゃないよね?」
「えっと……ごめん、だれ?」
「……アンタはもう、今の会長って言ったらあの人しか居ないでしょうが、
シンザン、その名前を聞いて私は少し考えるが、すぐに頭がショートした。
「ごめん、全然わからない。三冠ウマ娘は『セントライト』さんしか」
「~~!!三年前のクラシック三冠ウマ娘!!どんな速いウマ娘もその豪脚でバッタバッタと薙ぎ倒す姿はウマ娘界の呂布とまで言われた強者だよ!!」
そんなことも知らないのか、というテスコガビーさんに私は頭を下げる。
「……私、他のウマ娘のこと知らないようにしてたの」
「知らないように?」
「……才能がないから、他人に憧れたらダメだと思ったの」
何度も言うが最近のG1レースでは先行策か差し込みのウマ娘以外殆どいないし、勝つのもそんなウマ娘ばかりだ。
それを幼いながら何度も見て、自分自身にその才能が無いことが痛いほど分かった。
極めつけにクラブでのトレーナーのあの一言。それから私はテレビでレースを見ることを一切やめて、独学でずっとトレーニングをしてきた。血を吐くような思いをしながらずっと。
「けどどんなに頑張っても思うように走れない、どんなに頑張っても速くならない」
「カヤ、アンタ」
「……ごめん、ちょっと外の風当たってくる」
私はギターをしまって部屋を出た。寮にいる他のウマ娘たちの雑談が、私の心を塞ごうとしていた。
テスコガビーにとってレースは勝利こそ全てだ。誰よりも速く、誰よりも強くある、それこそが自分だと信じて疑わなかった。
「才能も強くもないウマ娘、か」
出ていった同室のウマ娘の言葉、それはこのトレセン学園にいるウマ娘の大半に当たる言葉だろう。
強く、速く走れるウマ娘なんてごく一部だけ、どんなに努力しても勝てないウマ娘というのが大多数の存在だ。
「おじゃましまーす、ってお姉ちゃん居ないんだ」
と、まるで勝手知ったる我が家のようにドアを開けて入ってきたウマ娘に少し驚く。その姿は同室のウマ娘……カブラヤオーとほぼ同じ外見だった。
違うとするなら身長と胸部装甲が私やカヤより大きく、簪飾りが左耳にあることだけだ。
「えっと、お姉ちゃんってのはカヤ……カブラヤオーのこと?」
「あ、そうです。私、お姉ちゃん……カブラヤオーの妹のミスカブラヤって言います。不束な姉ですが、よろしくお願いします」
そういって何故か懐から菓子折りを取り出してきて渡してくる彼女に少しだけ度肝を抜かれた。
「ご、ご親切にどうも。でも妹って、もしかして双子?」
「いえいえ、お姉ちゃんは6月生まれで、私は3月生まれの姉妹なんです」
なるほどそういうことか、と納得して菓子を受けとると、思い出したように口を開く。
「でもカヤのやつ、ミカちゃんのこと一言も喋らなかったな」
「ミカって……まぁ、お姉ちゃんと私、ちょっと仲良くないんで」
「そうなの?」
私は机の椅子を彼女に向けて出して、それに彼女は会釈して座る。
「仲良くないって言っても私生活の話じゃないんです。お姉ちゃん、自分に才能がないって何時も言ってて……私はそんなことないと思ってるんですけど、なかなか」
「ふぅーん?」
「私達二人って同じクラブに入ってたんです。けど、お姉ちゃんはそのクラブでは全然芽が出なくて、私は逆に上手く差し込みが嵌まったんです」
なるほど、それで才能がないと言っていたわけか。
「逆に聞くけど、ミカちゃんから見てカヤってそんなに凄いの?」
「はい。小学校のころ、私含めてお姉ちゃんとおにごっこして捕まえられた人は誰も居ませんでした」
「おにごっこ……ねぇ」
おにごっこなんてただの遊びだ。そんなのが関係するとは……
「…………あれ」
そう思った私だが、そういえばと何かに気づく。
(そういえばシンザン会長が何か言ってたような)
なんだったかと少しだけ考えてみて、すぐにそれを思い出す。あのとき、シンザン会長は部屋の前でこう言っていた。
『いやー、あのカヤって子中々速かったね。出遅れたとはいえ、コースから寮までの2000メートルを私に追い付かせないで逃げきるなんてそうそう居ないよ。あれで才能がないって言うのはあり得ないかな』
そうだ、考えてみれば絶対におかしい。ブランクがあるとはいえあの伝説の三冠ウマ娘のシンザン会長から、しかもシンザン会長の得意距離の中距離で、出遅れ込みでも逃げきるなんて可能だろうか?
少なくとも逃げが得意な私でも不可能、絶対にスタミナが足りなくなる。出来るとするのなら伝説のウマ娘の1人、カミソリと呼ばれた『コダマ』大先輩か、それこそ全部の策が得意とされた初代三冠ウマ娘の『セントライト』大先輩ぐらいだ。
だというのに、カブラヤオーはそんなシンザン会長から逃げきった。これが意味することはつまり……
「ねぇミカちゃん、カヤのトレーニングメニューって知ってたりする?」
「え?それはもちろん。というか、お姉ちゃんのトレーニングメニューは私が作ってましたから」
「そ、そうなの!?」
「はい!!私、お姉ちゃんのことが好きなので、お姉ちゃんが1人で練習するようになってから、お姉ちゃんに最適だと思う練習メニュー、食事メニュー、シューズの種類、下着から肌着まで全部考えましたよ」
うん、なんか突っ込みどころ満載な内容だが、ここは一旦スルーしよう。でないと私の精神衛生的に大変なことになる。
「お願い、少しだけそれを見せてちょうだい」
「それは構いませんけど、何かあるんですか?」
「うん、私が思ってる通りの内容だったらもしかすると……」
恐らくカヤは……カブラヤオーを捉えられるウマ娘は現時点では三冠ウマ娘を含めて誰も居ない、そんな確信が私の中には存在した。
ウマ娘図鑑
テスコガビー
適正 芝A ダートG
作戦 逃げA 先行B 差しG 追込 G
距離 短距離A マイルA 中距離C 長距離G
備考
カブラヤオーの相部屋相手。趣味はベース演奏と楽器巡り。
本作の第2の主人公兼ライバルポジション。
相部屋理由は史実でカブラヤオーの騎手がテスコガビーにも騎乗した経験があることから、同じ屋根のウマ娘と相成った。
実は実家の自室が楽器の見本市のようになっている。
カブラヤオーの適正などは模擬レースまで内緒にさせてもらいます。