未来の時間軸的にはまだテイオーが入学する前ぐらいです
後に異次元の逃亡者と呼ばれたウマ娘、サイレンススズカはこの出来事についてこう語った。
「私はレースではいつも大きく逃げてる訳なんですが、この人達が暴れ始めると私はいつもいつの間にか巻き込まれていて……特にあの日は色んな意味で大変でしたね。色んな人が巻き込まれましたから」
トレセン学園八大教訓と呼ばれるうちの1つ、それは今から少しだけ未来のお話。
「みんな!!ちょっとお願いがあるんだけど!!」
その日のアークツルスのチームの小屋にて大声で突撃してきたウマ娘……私たちの同期にしてチームメンバーのハイセイコーさんが何やらを手にして突撃してきた。
が、当の私達は嫌な予感がしながらもまたか、という諦めにも似た苦笑でその顔を見る。
「で、どうしたんですかハイセイコーさん?またライブでもやるってお話ですか」
私が何時ものように聞いてみれば、当人は満面の笑みであり、もはや確定事項と言わんばかりの顔をしていた。
「そうなんだよカヤ!!今の私達の活動はライブと引退ウマ娘レースしか無いんだから、ここで活躍して新メンバーを確保しなきゃ!!」
「それは良いですけど……またバンドですか」
アークツルスのメンバーは皆が皆、何かしら楽器が得意なメンバーばかりが集まってる。私とハイセイコーさんはギター、ガビがベース、スーパークリークさんがピアノ(キーボード)で、タマモクロスさんがドラム&和太鼓と基本的なバンド楽器に加えて、妹のカヤが三味線含めた和楽器関連、ラモーヌさんが何をどうしてかDJ機器、グリーングラスさんがバイオリンと、どういうわけか初期メンバーの殆どが何かしらの楽器が使える教養の高いメンツばかり。
ゆえにというか、いつからかハイセイコーさんがそれに目をつけてファン感謝祭でバンドライブ演奏をした結果、ウマ娘バンドチームという謎の立場でアークツルスは人気チームへと成っていった。
余談だが友人であるシンボリルドルフとマルゼンスキーの二人もそれなりに良い家庭出身だったが、流石に楽器はやったことがないらしい。
「もちろん!!いや本気で来年新入してくるウマ娘居ないと潰れちゃうからね。それはなんとしても避けなきゃだよ!!」
「来年は確か私の弟子が入る予定なんですけど」
「一人だけなんて寂しいでしょうが!!ウマ娘は寂しいと死んじゃうんだよ!!」
ウサギかと、突っ込む私に周りの皆が苦笑する。が、私も含めて全体的にハイセイコーさんの意見は賛成なのか文句は言わない。
「それで、いつライブをするの?」
「来週の日曜日ならたづなさんが場所を確保できるって。まぁいつも通り、会場設営は私達がやらないとだけど」
「てことは10日ぐらいか……なら早速セットリストと楽器移動の手配を……あぁ、また費用が……」
お金が大変だと頭を抱える私。一応トレーナーであるたづなさんが工面してくれてはいるし、どういうわけかURAの方からバックバンドの依頼もあってそれなりの資金はあるが、それでもトラック一台動かすとなるとかなりの諭吉さんが飛んでいく事になる。
さてどうしようか、と悩んでいたその時だった。
「その話ちょっと待ったぁぁ!!」
突然の大声と共に小屋のドアを五月蝿く開いて突撃してくるウマ娘が一人、その目を殺気立たせながらやって来た。
「えっと、スマートファルコンさん……だっけ?どうしたのいったい?」
闖入者……私達の四つ下の中等部1年生であるウマドル志望ウマ娘ことスマートファルコンさんに驚きながら何をしにきたのか聞いてみれば、その目は真っ赤に燃えて充血していた。うん、すごい怖い。
「デジタルちゃんに聞きました。先輩方、ライブをするんですよね」
「いやデジタルちゃん話聞き付けるの速すぎだよ!?」
まだやろうという話が出たばかりなのにやることが確定してるような口ぶりの、私達の後輩にしてスピカのゴールドシップさんやマッドサイエンティストのタキオンさんに並ぶあの変態に驚愕しながらも先を促す。
「ハイセイコーさん!!今回こそ、今回こそファル子達『逃げ切りシスターズ』こそがナンバー1ウマドルだと貴女たちに叩きつけさせていただきます!!」
その言葉に納得した。ハイセイコーさんとこのスマートファルコンちゃんことファル子ちゃんはどちらもナンバー1ウマドルだということを公言してるウマ娘だ。
ただ今まではジャンルの違い……私達がどちらかというとバンドチームで、ファル子ちゃん達がアイドル系の路線で活動していたからぶつからなかったため表面化しなかったのだが、ファル子ちゃんからしたら、どちらが上なのかはっきりさせようとバチバチに挑んできたわけだ。
「それは良いけど、ファル子ちゃん達の人数って三人だったよね?しかも全員がチーム違うし、予定合わせられる?」
私の知ってる限り、逃げ切りシスターズのメンバーはファル子ちゃんをリーダーとしてスピカのサイレンススズカさん、そしてうちのチームの後輩の友達であるミホノブルボンの二人だけ。
確かに二人とも私達の下の世代では有名なウマ娘だが、だからこそトレーニングやら何やらでいろいろタイミング調整するのが大変なはず。
「大丈夫です!!四人ともさっき捕まえて、アークツルスとタイマンライブをやること伝えておきましたから!!」
「そっか、それな……?四人?」
「あれ、カヤちゃんにもそう聞こえた?てことは幻聴じゃない?」
私の聞き間違いか?そう思ってハイセイコーさんを見てみれば、その彼女も聞き間違いと思ったようだが、どうやら違うみたいだ。
「フッフッフ!!何を隠そうファル子達、逃げ切りシスターズは追加メンバーを補充して5人で新体制を発足したのです!!」
「なん……だと!?」
ハイセイコーさんは驚愕に脚を1歩後ろに下げる。
逃げ切りシスターズ、そのメンバーは文字通り逃げウマ娘が基本で、距離や地形の差はあれど間違いなく逃げウマ娘以外お断りのユニットなのだ。
ちなみに私とガビも以前声をかけられて誘われたのだけど、私達はこのバックバンドとしての一面もあるし、何より私は生徒会の手伝い(主に仕事しないブライアンの捜索)に忙しいため断った。
「つまり、私達とタイマンライブをするというのは表向き、本当の狙いは新メンバーのお披露目&新曲披露!!私達を文字通り当てウマ娘にするつもり!?」
「流石ハイセイコーさん!!先輩ウマドルにはバレちゃいますよね」
何やら目に見えない駆け引きが行われてるが、私たちにとってそれは色んな意味で困る。
「……ごめんファル子ちゃん、流石に新曲の練習する時間までは確保できないんだけど」
「え"!!」
逃げ切りシスターズとは(主にハイセイコーさんが原因で)タイマンライブを良く開催する仲だけど、その度に楽曲は全てが生演奏……つまり私達が練習して演奏しなきゃいけないのだ。
1つの新曲を完璧にバンドでマスターするのには、速くても二週間から一月掛かるし、何より機材運びに会場設営も自分達でやる都合、さらに今週の日曜日はG1レースがあるためそっちのバックバンド演奏もしなきゃいけないためにメインメンバーである私、ガビ、クリークさん、タマモクロスさんの四人はさらに練習時間が減る。
はっきり言おう、無茶無謀である。
「そ、そんな……ファル子達、タイマンライブに立てない……なんて」
ガクリと崩れ落ちてトボトボと帰るファル子ちゃんを、私達はなんとも言えない表情で見送りすることしかできなかった。
……で、終わればどれだけ良かったのか。私達はその事を一番良く知っていた。
「ファル子ちゃんちょっと待った!!」
やはりというかハイセイコーさんが声をかける。
「とりあえずファル子ちゃん、今すぐにその曲の楽譜持ってきてもらえる?とりま見てみないとどれぐらい練習時間が必要なのか分からないし」
「け、けど練習時間が足りないって」
「そんなもの、徹夜に授業をボイコットすれば問題なし!!」
「いや問題しかあらへんから!!」
さらっと問題発言する彼女にタマモクロスさんが手の甲でバシリッとするが、私達の世代のトップウマドルことハイセイコーさんには関係なかった。
「曲合わせに一週間は必要だけど、それはファル子ちゃん達とのダンスの合わせと平行すれば問題ないし、設営はスピカとリギルの2チームに丸投げできる!!」
「さらっとルドルフたち巻き込むのやめてくださいよ!!そのせいでこの間おハナさんからお説教もらったんですよ!!」
あのときは怖かった。結果的にお許しは貰えたけど、その代償に私はしばらくリギルの併走練習相手にさせられたし。
「大丈夫!!多分逃げ切りシスターズのもう一人ってマルゼンでしょ?彼女が居るならリギルを巻き込んでも文句言われないから」
「そ、その通りですハイセイコーさん!!でもなんで、まだメンバー以外は誰も知らないはずなのに?」
「デジタルちゃん」
またもあの変態ウマ娘のせいかと頭を抱えた。あの娘の情報網はいったいどうなってるのか甚だ疑問だが、今はとりあえず捨て置く。
「そういうわけだからファル子ちゃんは楽譜もらってきて!!その間に私達は急いでセトリ作っちゃうから」
「分かりました!!」
今度こそファル子ちゃんは元気に小屋から出ていくが、対する私達はお通夜だった。
「また練習が増える」
「しかも徹夜と授業をボイコット……」
「アカン、オグリになんて言えば……」
「お金が……予算が……」
もはや地獄絵図と言わんばかり、だがそれを楽しんでるのはハイセイコーさんだけ。
やることが確定したも同然な現実に消沈しながら、私達はとにかく楽譜が来るのを待つしかなかった。
なおタイマンライブについてはいろいろな人が巻き込まれた結果大成功にはなったのだが、そのせいでアークツルスのメンバー殆どが寝不足になってしまい、一部ウマ娘がレースで出遅れするという珍事件が起きてしまったのをここに記す。
トレセン学園八大教訓、その二
ウマドルからは逃げられない