ゴールデンウィーク最終日、トレセン学園から徒歩で少しの場所にあるウマ娘が良く来る必勝祈願の神社の一つに、私は一人でに歩いていた。
「もう二年も前か」
その神社の名前はマチカネ神社、私の知り合いが暮らしてる神社であると同時に、私の親友だったウマ娘が眠る場所だった。
「カブラヤ姉様、お久しぶりです」
と、私のことに気づいたのが知り合いのウマ娘……マチカネ神社の次女にして私の親友の妹、マチカネフクキタルがいつもの元気な姿とは打って変わって静かに近づいてきた。
「うん、久しぶりフクキタル。ごめんね、挨拶に来るの遅くなって」
「いえいえ、カブラヤ姉様もトレセン学園に入って忙しいでしょうし、それよりも姉様に挨拶に行きましょう」
「そう……だね。うん」
私は静かに頷いて、フクキタルの案内で目的地の場所へと向かうのだった。
「失礼する……って、またか」
美浦寮の一角、テスコガビーとカブラヤオーの部屋へとやって来ていたルドルフがドアを開けたその先には、もう何度目かと言わんばかりに居ない目的の人物に頭が痛くなった。
「あれ?どうしたのルドルフ?カブラヤオーなら外に出掛けてるけど」
「そうか、いやなに、シンザン先輩が麻雀をやるというから、どうせだしガビとカヤの二人を連れてこいって話だったんだが、そうか、出掛けてるのか」
「うん。なんでも親友のお墓参りに行くって言ってたからさ、流石にプライベートな事まで着いていくのはどうかと思ったし」
墓参りという言葉にルドルフの視線が鋭くなった。
「墓参りというと……寺か?」
「ううん、神社。しかもすぐ近くのマチカネ神社だって」
「なるほど」
日本ではお墓というとお寺を思い浮かべるが、存外、神道式も少なくはない。むしろカブラヤオーの実家は神社だ、そういう繋がりはあって不思議じゃない。
「しかし親友、親友か……」
「あのカブラヤオーの親友って、どんな人だったんだろうね」
カブラヤオーはあまり自分のことを話したがらない。どんな練習をしていたかなどは話すが、自分の交遊関係を話したりすることは殆ど無かった。
加えて今回の親友の墓参りときた。あんまり探りたくなる内容ではないが、それでもカブラヤオーの過去を知るにはちょうど良い事柄かもしれない。
「ミスカブラヤから聞いてみるとしようか」
私の一言にテスコガビーは頷き、伴だってあのシスコンウマ娘のもとへと向かうのだった。
「フクキタルはどう最近、神社のお手伝い大変でしょう」
「いえ、お手伝いといっても境内の掃除とかだけですから、そうでもないです。ただし年末年始は控えめに地獄ですが」
マチカネ神社の裏手にある山道を少し登り、沢山並ばれてる墓地を歩きながら私達の会話は続く。
「カブラヤ姉様も、ご実家のときに似たようなことをなさってるのでは」
「確かにね。けど、うちにはこんな立派な墓地は無いし、場所も山の方にあるから、年末年始もこっちに比べて人が居ないんだよね」
ホント、おかげでただでさえ古い神社が年々さらにぼろぼろになっていくのはどうかと思う。
「ですがカブラヤ姉様がトゥインクルシリーズで活躍すれば、ご実家に来てくれる人も増えると思いますよ」
「そんなものかな」
「そうですよ」
そんな他愛もない会話をしながら目的の墓地へ歩く。さらっと歩いてるが傾斜30%という超急勾配な坂道を何の苦もなく歩いてることからして、二人がいかにこの坂を歩きなれてるか分かるだろうが、今だけはそれは関係ない。
そんな急な坂の上の方にあるお墓の一つ、マチカネ家のお墓へとやって来ると、私はチラリと置かれている彼女の名が記されたそれを見る。
マチカネトキシラズ 享年10歳
「久しぶりだね、トキシラズ」
私の無二の親友で、私が走る目的で、私が追い越したかった無二のライバルの名前。
「色々話したいことはあるけど、まずはお墓のお掃除してあげるね」
こうして私はフクキタルに用意してもらった道具を使って隅々と、汚れの欠片も見逃さないように丁寧に、そして一人で磨きあげる。
フクキタルに手伝ってもらうという手もあったけど、親友との静かな語らいをしたかったという、独りよがりのわがままをフクキタルは静かに受け入れてくれた。
そしてそれを終えた私はフクキタルとともにお供え物をし、静かに瞑目し礼をした。
マチカネトキシラズはマチカネ家の長女にして、優駿と呼ぶに相応しいウマ娘だった。
私とトキシラズが出会ったのはまだ小学校に入学する前のこと、当時よりも前から続く神社同士の繋がりで集まった両親に付き合ってマチカネ神社を訪れた時だった。
昔から他人が苦手で、うちの神社と違ってウマ娘が必勝祈願に訪れることで有名だったマチカネ神社の人手は多く、裏手のお墓への山道の入口で一人走る練習をして気をまぎらわせて居たときに、彼女と出会った。
フクキタルと似た顔立ちで、腰まで伸ばされたポニーテールが特徴のトキシラズは、私が一人で走る練習をしていた姿を見て混ざろうと声をかけてきた。
けど、やっぱり私は他人と話すのが苦手で、たまらずその場から逃げてしまった。
今でこそ何ともないが、まだ小学校入学前の出来上がってない体で急な山道を訳もわからず走って、走って、そして脚が痛くて座って、気づけば迷子になっていた。
正直怖くなかったと聞かれれば間違いなく怖かったし、何より誰もいない山の中が怖くて、寂しくてたまらなくなった。
あぁ、自分はこのまま誰にも見つからずに、家にも帰れないのかと不安になったそのとき、彼女が……トキシラズが朗らかに笑って私の目の前に現れた。
その脚は私と似たり寄ったりに汚れていて、目の前の私のことに興味津々で、同じく迷子になったことに慌てて、兎に角表情の変化が激しいと感じたのを覚えている。
そして彼女に、私がとても速いウマ娘だね、と褒められたことが今でも鮮明に、色褪せることなく覚えている。
なんやかんやあって妹が見つけてくれたから無事に戻れたけど、私の数少ない友達ができた。その瞬間が何よりも嬉しかった。
その時からたまに私はトキシラズのもとへ出掛けて、二人で一緒に遊んだり、競争したり、おやつを食べたりして、無二の親友となるのにそう時間はかからなかった。
そしていつからか私とトキシラズはトゥインクルシリーズを目指し、いつか一緒の舞台で競い合うことを誓ったその夏、彼女は突然の病気で倒れた。
私はすぐに駆けつけた。トキシラズが死ぬかもしれない、そんな冗談としか聞こえない現実を認めたくなくて、けど、それは歴とした事実であって。
私が見たのは、人工呼吸器を付けて今にも折れてしまいそうなトキシラズの変わり果てた姿。
私はそんな現実が受け止められなくて、けど彼女はそんな私を許してくれた。
私は時間が許す限り話をした。ジュニアチームをやめて一人で練習を始めたこと、私が憧れたタチカゼさんのこと、そして、トキシラズと一緒の舞台で走りたいというちっぽけで大事な願い事。
トキシラズは全部を受け止めてくれた。受け止めたうえで彼女は、自分の時間がもう無いことを受け入れていた。
私はわがままを言おうとした。私の親友が、そんな簡単に受け入れてほしく無かったから。
けど、私には何も言えなかった。トキシラズのその瞳が、まっすぐ折れる筈がないと分かってしまったから。わがままを言っても、その瞳が変わることがないことは親友の私が一番よく分かっていた。
だから、私は無理だと分かっていながら彼女の主治医に懇願した。一度だけで良い、短い距離でも良い、負担の少ないダートやアスファルトでも構わない、トキシラズと1度だけ、最初で最後の全力で対決をさせてほしいと。
当たり前だがそれが許されることはなかった。トキシラズの病気は心臓病で、レースをするなんて不可能、もってのほかだという事実を受け入れるしかなかった。
なら自分のレースを見せようと思っても、当時の私は公式戦にすら出られなかったために、そんなものは一つもなかった。
悔しかった。親友のために何もできない自分がとことん悔しくて、腹立たしかった。
けどトキシラズはそれをも受け止めてくれた。それどころか、私のためにアクセサリー……今も付けている簪飾りをプレゼントしてくれた。
曰く、私はもう走れないけど、それはトキシラズが私のために、私の誕生日にプレゼントしようと頑張って作ってくれたもの。妹とフクキタルにも似たようなもの渡したと話してくれた。
それを付けて走って、そうすれば私は貴女たちと一緒に走ってあげられるから。
そんな事を大事そうに話してくれて、そしてその翌日、マチカネトキシラズはウマ娘の世界へと戻っていった。
涙は止まらなかった。けど、泣いていたらトキシラズに怒られる、そう思った私は全てを圧し殺し、私がトキシラズのようになると、誰にも認められる優駿となるとそう誓った。
目を開き、彼女が眠る墓前を改めて眺める。
「カブラヤ姉様、姉様は何か仰ってましたか?」
「……どうかな、けど、元気は貰えたかもしれないかな」
そうして立ち上がり、改めて空を見上げる。蒼穹は澄み渡り、耳に掛かる簪を掴み取りそれを空に掲げる。
「トキシラズ、私、絶対に有名になる。トキシラズのいる場所に届くくらい強い、誰からも認められる三冠ウマ娘になってみせるから。だから見てて、
――うん、期待してるね、
かすかに聞こえた気がした親友の言葉に胸を高鳴らせながら、私は改めて強くなることを誓った。
オマケ マチカネ日記
「さて、それじゃあ戻ろうかフクキタル」
「はい!!あ、でも私はこのお供え物を片付けるので、カブラヤ姉様は先に戻ってもらってても良いですか」
「?それぐらいなら私も手伝うけど」
「いえいえ!!これは私がやりますから!!カブラヤ姉様は先に戻ってお昼を食べてください!!」
「???まぁ、フクキタルがそう言うのなら」
「ふう、なんとかカブラヤ姉様にバレずに済みましたか……さて」
ミスカブラヤ作、カブラヤオー、トキシラズ、フクキタル、ミスカブラヤのデフォルメ木像を備えながら
「姉様、私も頑張ってトレセン学園を目指して見せますから。お空で見守っていてくださいね」
ウマ娘紹介
マチカネトキシラズ
マチカネフクキタルの姉にしてカブラヤオーの親友。本編では既に故人だが、その思いはカブラヤオー達に受け継がれている。
天真爛漫で興味津々、面白そうなものを見つけたら全力投球するウマ娘で、同時に友達思いの強いウマ娘でもあった。
たまにカブラヤオーやフクキタルの背後に現れてはトレセン学園を眺めたり、マンハッタンカフェとなにやら話し込む姿があったり、無かったりするらしい?