(何度見てもルドルフの差し足は脅威……最終コーナー直前で先頭と4バ身ついてるのに、最終直線じゃ3バ身差をつけるんだからね)
アークツルスのプレハブ小屋のビデオで確認したルドルフのレース映像を確認しながら、私は机でノートにメモを取る。
今は他のメンバーは誰も居らず、とにかく自分が戦うべき相手をしっかりと見据え、その走りの細かいところまでチェックする。
(私とルドルフがレースをしたとして、最終コーナー直前からのスパートよりも早く逃げ差しを決める必要がある)
今回のレースは芝2500という長距離レース、G1で言うのなら年末の有馬記念の距離だ。そして同時に、私自身が苦手とする長距離レースでもある。が、同時に今回の模擬レースは実際の中山レース場を使う本番仕様だから、坂路に強い私としては有利なコースでもある。
(ルドルフが得意なのは最終直線が長いレース、付け入る隙はそこだけど、それでもスピードは圧倒的にルドルフが上……)
カブラヤオーは逃げる性質上最終直線はそこまで速くないうえに、最高速度に関してはルドルフに一歩も二歩も劣ってしまう。
これは身長の低さによるストロークの短さに原因がある。厳密には違うかもしれないが、走りというのは一歩の長さ×歩数=速度と言っても過言じゃない。一歩の長さは足の長さにほぼ比例し、歩数もまた同様だ。この点においてルドルフと私には20㎝近い身長差が存在しており、これは同時に足の長さに約半分近くの10㎝のストローク差が生じることになる。
それが意味するのは最高速度を維持できる距離が、私はルドルフに比べて短いということ。恐らく平坦な直線ならばそれは目に見えて大きな差を生むだろう。
逆に勝っているのは坂での走り方、いわゆるピッチ走法と呼ばれる足を小刻みに使う坂路の加速に使う走り方では私の方が上だ。
今回の模擬レースは実際の中山を使う性質上、いかに坂道を攻略するかが鍵になる。その点で言えば野山を使っての、自然なピッチ走法を会得している私の方が上手だが、恐らくルドルフも私と同じかそれ以上のピッチを使える可能性は高い。
勿論これは机上の空論で、実際のレースでは私は大逃げしてるし、ルドルフは前の他のウマ娘達に進路をブロックされる可能性もある。
だが、だとしても私とルドルフの速度の差は、上がり3ハロンで約0.6秒、つまり単純計算ではあるがそこまでで3バ身差ならば簡単に詰めてくるという証でもある。
「勝つには最終コーナー前の600mで4バ身差をつけることだけど……序盤にどれだけ距離を離せるかだよね……」
可能ならば半分で6バ身とはいかなくても5バ身は離したいとは思うが、それが出来たら苦労はしないと一人ため息をついた。
私にとってシンボリルドルフは遠い星の輝きだった。
特段強くも無く、むしろ弱いカブラヤオーからすれば、他のウマ娘達と競って競っての差し合いがとても眩しいものだった。
それは逃げという自分自身を強く輝かせ、優駿に恥じないそのスタイルを知ってからも変わることがない。否、何度か見たシンボリルドルフの走りを見てからはなお一層に欲し求めてしまった。
自分は臆病で、他人と一緒にいることが嫌いなウマ娘だからそれができない。けど、本心は強いライバル達と競り合いの走りを、抜くか抜かれるかの一瞬の駆け引きをしてみたい。
理想と現実のギャップは強く、乖離するそれは亡き親友である優駿、マチカネトキシラズと共にターフを駆ける事が出来なかった後悔ゆえか、トキシラズに勝るとも劣らない実力者のルドルフにその親友の姿を重ねていた。
故にというか、私はルドルフと戦うことが決まってから、ひたすら自分を追い込むようにルドルフのデータを調べ、そしてその対策を幾つも幾つも、寝る間を惜しんで考え込んだ。
だからこそ分かってしまった。自分がルドルフとはかなり相性が悪いということに。
けど、だからこそ、私の心の内は鉄を鍛えるように高鳴り、今の自分の力がどこまで通じるのか試してみたいという気持ちもあった。
「……勝ちたいな、私も」
そんな小さく呟いた私の気持ちは、私の中に何か芯が通ったような、そんな覚悟を持った何かだった。
(やはりネックはカブラヤオーの特性だな、あの徐々に加速する走りを攻略しないことには勝つことは不可能だろう)
ルドルフは真剣な面持ちで自室でノートを広げて唸っていた。一人部屋故に広々としたスペースは、こういったじっくりと考える時には便利だとつくづく思う。
「カブラヤオーの武器は大きく分けて3つ、一つは破滅的なほどの大逃げ戦術」
これはおハナさんから聞いた話だが、そもそも大逃げと呼ばれる戦術は嵌まれば強いがリスクも相応にある危険な走りだそうだ。
ウマ娘は1キロを1分弱で走ることができる……つまり単純だが時速にして60㎞を簡単に走れる。が、それは同時に両足に多大な負荷を掛ける事になるのは必然だった。
これが他の動物のように四足歩行ならばある程度負担は軽くなるのかもしれないが、ウマ娘は二足歩行だ、両足に掛かる負担は並大抵じゃ現せない。
そんな中でカブラヤオーは体質と呼ぶか性質と呼ぶか、並大抵では怪我をしないほどに強靭な筋肉と骨密度により、一番負担の掛かる逃げを、普通の逃げウマ娘が躊躇うはずのリミッターを無視して走れてしまう。
故にその瞬間的な最高速度は、中長距離の場合73㎞/h、得意のマイルや短距離ならば優に85㎞/hを超えるため、瞬間的で数十秒という短い時間ではあるがマルゼンスキー並みと言って過言じゃない。
「もう一つはじわじわと加速し、こちらを気づかないうちに掛からせる『魔のペース運び』」
カブラヤオーの唯一無二の武器にして、恐らく私を含めても対処が難しい武器と言われればこれだろう。
これを無視して走れば最終直線での加速のために足を溜めることができず、逆に意識してペースを保ってしまえば追い付くことすら不可能な距離になってしまう。
つまりどちらを選んでもカブラヤオーにとっては都合が良い、そういう戦術だ。しかもカブラヤオーは無意識にやってるのだから始末に終えない。
「最後に、逃げ差しとも呼べる最終直線での爆発的な末脚、そして仮に影を踏める距離になってもあの不気味なほどに鋭い本能での走り、か」
もはやここまで来てしまえば三本の矢なんてものではない。堅牢堅固、逃げというリスクある走りが全くリスクを負ってない、勝てるかどうかも未知数の化け物だ。
昨日マルゼンスキーに頼んで、カブラヤオーの仮想敵になってもらったものの、あのマルゼンをして模倣することすら不可能、危うく脚を吊りそうになる怪我をさせるところだった。
「まったく、これではどちらが推薦ウマ娘なのか分かったものではないな」
私にとってカブラヤオーは突然現れた流星と呼ぶべき存在だった。
傲るつもりは無いが、家族や周りが呼ぶように強い走りをし、誰が相手だろうと負けるつもりは無いと思っていた時、その自分が初めて勝つことが出来なかった相手。
まだ自分の本来向いている走りをしたくないと言い、不利な走り方をひたすらの努力で打ち勝とうとする無茶なウマ娘。そんな彼女の姿に、少なくとも私は感銘を受けていた。
向いていない走りを努力ひとつで乗り越えようと奮起し、やがて逃げという彼女の武器を得ても止めることのない努力を見て、このウマ娘と全力の真剣勝負をしたい、自らの本能がそう叫ぶのが聞こえた気がした。
故にカブラヤオーとの対戦が決まったその日から、真剣勝負ができるようにカブラヤオーを徹底的に調べあげた。時にはカブラヤオーと実際に対峙したウマ娘に私自身、自ら平身低頭、頭を下げて彼女の走りを調べあげた。
故にこそ判明した事実、自分とカブラヤオーはとても相性が悪いということに気付くのにそう時間はかからなかった。
だが、だからこそ面白かった。これほど強い相手と、勝てるかどうかも分からない相手と、己の全てを賭けての勝負だ。ウマ娘の一人として、これほど心踊ることはあるだろうか。
「フッ、思えばここまで徹頭徹尾、真剣に相手のことを調べたのは初めてだな」
あぁ、こんなにレースが楽しみなのは何時以来か、そんな心の渇きを埋めてくれる
オマケ マチカネ日記
「ムム!!そうですか、来週の日曜日にカブラヤ姉様が中山で走るのですか」
『うん。お姉ちゃんとルドルフさん……同じクラスで強いウマ娘の人と戦うんだ。模擬レースだけど一般人の観戦もできるし、お姉ちゃん含めた特別デビュー枠の人達は全部のレースの後にライブもあるから、フクキタルさんも見に来てね』
「勿論です!!カブラヤ姉様の晴れ舞台、一世一代の大舞台を見に行かないという選択肢はあり得ません!!」
『あはは、じゃあ当日はよろしくね……あと明日、最新のお姉ちゃんの木像作ったから、そっちもよろしくね』
「はい!!ところで今回の姿は以下ほどで?」
『私服姿で椅子に座りながらギターを弾いてる姿ver4だよ!!今回は知り合いのウマ娘さんに頼んで細部まで着色もしてもらったんだよ』
『ほほう!!ということは今後の作品は全て色をつけてくれるんですか!!』
『うん、いやー持つべきものは同じ志を持ったウマ娘だね。ちょっとウマ娘が好きすぎて変態さんなんだけどね』
「へ、へっくち!!ってあぁ!!筆が大変なことに~!!あわわわ、は、早く修正しないとこのウマ娘ちゃん木像に失礼です~!!」