6月も中盤の中山レース場の日曜日、G1どころか重賞すら行われないこの日、まだ開場前だというのにレース場は大いに賑わっていた。
「やれやれ、今年もこの時期のここは人が多いなホント」
亀谷はやれやれと思いつつも列に並びながら呟く。ここにいるのは大概がデビュー前の……というより今年入学した一年生ウマ娘の両親や家族といった父兄の方々、もしくは自分のようにマスコミ関係者ばかり。
今日は入学した一年生達が、模擬レースとはいえ本物のレース場で、本物のターフを使ってレースを行う、普通の学校で言うのなら授業参観のようなもので、勿論一般のお客もいるが、それはあくまで少数のため売店などは開いてない。
「亀谷さん、今日の組み合わせ的にどっちが勝つと思いますか?」
「そりゃルドルフと我らがカブラヤオーについてか?」
助手カメラマンの屋根谷に聞き返すと、彼は静かにええ、と答える。と同時に目の前に居た栗毛のウマ娘の尻尾がピンと伸びる。
「えっと、どうかしたかなウマ娘のお嬢ちゃん」
「はい。ただカブラヤ姉様の名前が出たので少し……」
「姉様……?もしかして君はあのカブラヤ姉妹の知り合いかな?」
そのウマ娘の返しに亀谷は少しだけ驚いた。カブラヤオーに姉妹はいるが、少なくとも調べた限り同じ学年のミスカブラヤだけだったはずだが
「カブラヤ姉様……あぁ正確にはカブラヤオー姉様は私の姉の親友でしたから、今でも仲良くさせてもらってます」
「あぁ、なるほど……でした?」
「姉様はウマ娘の世界へ戻ってしまいましたから。本来なら多分今ごろ、カブラヤ姉様と一緒に走ってたかと」
「……すまん、不用意だった」
亀谷は素直に謝った。身内の不幸を話させるというのはさすがに不味すぎるし、何よりも記者としては一番やっていけないほどに軽率すぎた。
「いえいえ、けどその様子だとカブラヤ姉様のことを追ってる記者様ですか」
「あ、あぁ。うちの雑誌は今年の入学生だとカブラヤオーを追うってことに決めていてな。しかも今日はカブラヤオーと同じく今のところ無敗のシンボリルドルフが相手だからな、注目度はひとしおだろうな」
と、そんな雑談をしばらくしているとどうやらレース場への入り口が開いたようで
「「「ッ!!」」」
目の前を3つの光が駆け抜けた。蒼、オレンジ、茶色のそれがウマ娘の走りだと気づくのに一瞬かかって、どうやらこれからの時代は猛者ばかりだと、亀谷は思わず冷や汗をかいた。
第11Rは一般的に一日で行われるレースのなかで一番最後のレースであり、同時に一番注目を集めるレースだと言われている。
故に時間も結構遅く、カブラヤオーの走る時間は予定では3時という事になっていた。
「……」
そのカブラヤオーはというと、いつになく落ち着いていた。いつもは部屋の隅で若干ビクついて落ち着きの無いカブラヤオーが、部屋の隅に居るのは変わらないが、まるで寄らば切ると言わんばかりの雰囲気に、同じ11Rを走るウマ娘達は物々しい雰囲気に包まれている。
が、そうなる原因はカブラヤオーだけではなくそのちょうど反対側の入り口側に座るウマ娘……シンボリルドルフも目を閉じて腕を組んで居るからだ。
その物々しい雰囲気はまさしく皇帝と呼ばれるに相応しい圧を生み出し、カブラヤオーとあわせて絶対零度の空気は、まさしく強者同士の風格と呼べば良いのだろうか。
(マズイマズイマズイ!!練習してきたのにルドルフに勝てる未来が一つも見えない!!どうしよう、このままじゃ不甲斐ないレースをしちゃうよ!!どうしようトキシラズゥ!!)
(ダメだ!!どうやってもカブラヤオーを差し切れるイメージが全然沸かん!!これでは無理をしてもらったマルゼンに申し訳がたたない!!くっ、いったいどうすれば)
否、事実は単純に互いが互いに勝てると思えなかったが故に悶々とし、それが雰囲気を鋭くしていただけである。
「お、なんだよアタシが最後かよ……ってなんだこのお通夜みたいな部屋!?」
と、そのとき、部屋の扉が開くと見慣れない葦毛のウマ娘が入ってきたかと思うと何やら騒ぎだした。
「って、良く見たらアタシの事撥ね飛ばしたやつに轢いていった奴がいるじゃん」
そう言いながらその葦毛のウマ娘はカブラヤオーとルドルフのことを指差すが、指された二人からすれば突然の事に首を傾げる。
「えっと……どこかで会ったっけ?」
「ふむ、少なくとも見覚えながないんだが……」
「いやふさげんなよ!!とくにそっちの小さいのはこのアタシを撥ね飛ばして逃げただろうが!!この頑丈さが取り柄のアタシが前回の模擬レースまで入院してたんだからな」
そんなこと言われてもと首を傾げるカブラヤオーだったが、すぐにその外見にどこか見覚えがあることに気づいた。
「……もしかして府中駅で撥ね飛ばしたウマ娘?」
そう、それは逃げを薦められたときに、場当たり的にエスケープして、シンザン会長の下ルドルフ達がカブラヤオーを捕まえようとしたときのこと。
確かにカブラヤオーより背が高く、かつ葦毛のウマ娘を撥ね飛ばした思い出がある。ついでにルドルフ達が死体蹴りよろしく踏みつけにしていたことも。
「あぁ、あのときのか」
ルドルフもようやく思い出したのか、なるほどと頷く。
「ようやく思い出したのかよ!!まぁもう昔の話だし、それは別に良いんだけどよ。懐の深いアタシに感謝しろよな」
「アタシが言えないけど、授業放って外に出てるのはどうなのかな」
「あぁん?しかたねぇだろ、あそこの近くにめっちゃうまいラーメン屋があるんだからよ。魚介とんこつ激辛からし味噌担々カレーラーメンはこっちに来たら食べるべきだってアタシの中の本能が言うんだからな」
てんこ盛り過ぎてどんなラーメンだと突っ込みたくなったのは、カブラヤオー含めその場全員の意見だった。
「あ~、ラーメンの話してたら腹減ってきたや。おいそこの二人、アタシになんか飯買ってきてくれよ」
「自分で行けば。私は少し集中したいんだけど」
無視しようとしたその瞬間、まるでワープしたかのようにカブラヤオーの側にそのウマ娘は座ってきた。
「良いじゃねぇかよ!!どうせレースはあと半日待たなきゃ無いんだしよ、今のうちに腹満たそうぜ!!」
「いや、だから……」
「そんな辛気くさい顔してても妙案が浮かぶわけ無いぜ。レースも人生も今を楽しんだ方がいいぜ」
その一言に驚愕した。少なくともこのウマ娘とカブラヤオーは、まぁ撥ね飛ばしたという出会いはあったにしろつい最近まで顔を直接合わしたことがなかった。
だというのに、彼女はカブラヤオーが悩んでることに一目で気づいた。あり得ない程に高い観察力と推察力、そして何よりも、カブラヤオーからすれば間違いなくシンボリルドルフ並みの怪物だと今更ながらに気づいたことだった。
見ただけで分かる。そこまでに強いと言える何かが、『葦毛は走らない』という常識すら覆すほどの何かがそこにあった。
「……分かった、けど焼きそばとか軽いものにして」
「おう、いいぜ。そっちのもどうよ」
「……良いだろう、だが一つだけ聞きたい。貴様、いったい何者だ」
私がそう答えるのを笑って返し、そしてルドルフをも誘うという豪気なウマ娘は名乗った。
「アタシか?アタシは『ゴールドシップ』だ、ゴルシちゃんと呼んでくれて良いぜ」
オマケ マチカネ日記
「そういやお嬢ちゃん、レース場に観戦に来たってわりにはずいぶんな荷物だな。何が入ってるんだ?」
「これですか?つまらないものですよ……はい」
「ん?フィギュアか?にしては結構大きって重っ!?なんだこれ!?」
「うちの神社で売り出す予定のカブラヤ姉様の1/10木像です!!今日のラッキーアイテムは木の人形でしたので!!」
「そ、それは良いんだが、なんか妙にリアルなんだが……」
「私も最初見た時は似すぎててビックリしましたけど、これはこれで良いと思います!!あ、もしよろしければこちら受け取ってくれると嬉しいです!!」
「え、さすがにそれは」
「あ、もう開場みたいです、それでは私はお先に!!」ダッ
「……なんだか、嵐みたいなウマ娘だったな……つか、これどうしろと」
その後仕方なく自宅へ持って帰った亀谷だった。