ちょっと納得いく出来にならなかったのでだいぶ遅れました。
ターフの状態、感触、そして自分自身の今現在を確認したカブラヤオーは普段にも増して静かだった。
(ついにルドルフとの真剣勝負のとき、か)
緊張はしている。けど、それは悪いことだと感じないどころか寧ろ心地のよいものだ。
心臓の鼓動が強く波打つ。しかしそれは勝てるか分からない相手との戦いが楽しみだという証左に他ならない。
(思えば、私は運が良いのかもしれないかな)
目の前のゲートをくぐりながら目をつぶりそう思う。
もし親友と出会わなければ、もしあのときシンザン会長やルドルフ達と会わなければ、今この場に『大逃げ』のカブラヤオーは存在しなかっただろう。
たったそれだけの小さな出会いが、私のすべてを変えた。変えてくれた。だから今日は
(私が勝って、みんなに恩返しをするんだ。今日、ここで!!)
その思いとともに開いたゲートを飛び出した。
レース開幕の戦いはやはりというかカブラヤオーが逃げる展開を見せていた。
(ルドルフは四番手で、ゴールドシップは一番後ろにつけたか)
亀谷は双眼鏡で状況を見ながら顎に手を当てて考える。
注目するべき3人のウマ娘は先頭からカブラヤオー、ルドルフ、ゴールドシップと思ったより何時もの展開だ。それ事態に悪いことはない。
が、その走りに疑問を浮かべたのは見ていただけの立場からか、
「カブラヤオーの走りが遅い?」
そう、いつもだったら序盤で距離を稼ぐ大逃げだというのに、今カブラヤオーの二番手までは4馬身とそこまで離れていない。普通の逃げと同等かというところだ。
(いったい何を狙って……)
そう思った亀谷は、ふとあることを思い出して納得した。なるほど、そういう手で来たか、と。
それを指し示すようにカブラヤオーがなんと開始400m地点……つまり中山の坂の直前のコーナーから緩やかに、だが確実に加速し始めた。
(くっ、カブラヤオーめ味なマネを!!)
四番手の位置、差しよりの先行策に位置取ったシンボリルドルフは苦虫を噛み締めたように、カブラヤオーの取った戦術に苦笑した。
カブラヤオーの取った策、それは
(カブラヤオーが仕掛けるのなら第一コーナー終わり際の下り坂だと思っていたが、当てが外れた!!)
カブラヤオーのスタミナはほぼ無尽蔵といって過言じゃないとはいえ、それでもカブラヤオーのスタイルは中盤からの長距離加速による突き放しと、最終直線で末脚を炸裂させる、特殊な逃げ差しと呼ばれる戦法ゆえに、加速するのなら下り坂の手前だろうと考えていた。
だが、カブラヤオーはその読みを嘲笑うかのようにこの大きな坂を加速するポイントに選んだことにルドルフは自分の考え違いに歯噛みするほかなかった。
そしてその走りは後ろとの距離を少しずつ離していき、直線に入る頃には二番手のバイトアルヒクマがペースについていけず詰まったことにより、既に6バ身も離れてしまうのだった。
(やっぱり坂路に馴れてても、この超長距離加速は脚にくるよね)
が、カブラヤオーも何のリスク無しにこの戦術を選んだわけではない。幾ら強靭な足腰や心肺機能があったとしても、そこまでの長距離加速を続けるのは不可能に近い。少なくともG2クラス以上の重賞ならば。
だがこの場は重賞でもなければOP戦でもない、同学年同士の模擬レース。
人数こそ9人と少ないが、それでもこういう奇策染みた加速に着いてこれるウマ娘は少ない。後ろについていたバイトアルヒクマとジュエルコーラルは着いてこれず、結果として四番手につけていたルドルフをブロックする形になった。
(無茶をしてでも、今日だけは絶対に勝つ!!)
ゆえにカブラヤオーの加速は止まらず、第一コーナーに入る頃には二番手に10バ身以上の距離を稼いでいた。が、
「オラオラオラ!!ゴルシちゃんのお通りだぁぁ!!」
大声とともに最後方から葦毛の怪物が……『不沈艦』ことゴールドシップがカブラヤオーとほぼ同じ、いやそれ以上の勢いで加速してきた。
(ゴールドシップさんも第一コーナーで加速してきた!?)
カブラヤオーは驚きとともに計算が狂ったと冷や汗をかく。
ゴールドシップの走りは知らなかったが、追込での走りということで終盤に加速してくるものだと予想していたのが、まさかそのスタイルがカブラヤオーと同じ中盤からの加速によるロングスパート型だとは思ってもみなかった。
そして同時にカブラヤオーはゴールドシップの走りに対して本能で危機を察知する。このままでは恐らく最終的に……自分はゴールドシップに抜かされかねない、と。
そしてそれは後ろに着かれているシンボリルドルフも同様だったが、カブラヤオーの場合そのスタイルゆえに危機感しかなかった。
カブラヤオーとゴールドシップ、二人とも中盤からのロングスパートを決めるタイプのウマ娘だが、この二人には決定的な差がある。
それは身長……つまるところストロークの差だ。
小柄なカブラヤオーに比べて、ゴールドシップの身長はウマ娘の中でもトップクラスの長身、脚の長さだけなら下手すれば倍近くあるかもしれない。
同じ条件、同じコース、同じ体調で同じ走り方をすれば、どうしたって長身のゴールドシップの方が速く走れる。
ゆっくり、だが確実に追い付いてこようとするその走りはまるで徐々に射程を詰める戦艦の如しだ。
「ならばここで行かせてもらおうか!!」
と、さらにここでルドルフが掛かりとも取れるスピードで上がってきた。前の二人の間をするりと抜け出し、まるでここが仕掛けどころと言わんばかりの走り。
(ここでルドルフも……って、ルドルフはやろうと思えばロングスパートでも走れるんだった!!)
おそらくだが後ろのゴールドシップに抜かれる事を嫌い、さらにカブラヤオーを抜くにはここで距離を詰めなければ間違いなく不味いと本能で予感した彼女の走りに、その当人は冷や汗しかなかった。
これがスプリンターやマイラーな自分と、ステイヤーの二人との差なのだと思うと、つくづく自分がどんな相手に喧嘩を売ったのかと頭が痛くなる。
実際、向こう正面にカブラヤオーが入る頃にはルドルフは二番手7バ身に、ゴールドシップはその真後ろに付いており、いくら下り坂と言えども距離を離せない。むしろ徐々に、徐々にだがカブラヤオーに迫り来る。
(っ!!脚が前に行かない!!)
速く、もっと速くという思いとは裏腹に、カブラヤオーの脚は前へ進もうとしない。もともとカブラヤオーは短距離マイルの得意なウマ娘だ、が、今走ってるのは2500の長距離だ。向こう正面を走る頃には適正距離を超える距離を走ってることになる。
ただでさえロングスパートをかけての大逃げだ、相手のウマ娘達のスタミナは奪えるが、同時にカブラヤオー自身のスタミナも激しく奪う。だけど
「それでも負けたくない!!」
そんなこと知るかとカブラヤオーは自分自身の心に鞭を入れて脚を前に出す。ただ今は前へ前へという思い、ただ勝ちたいという願いを振り絞って。
「まずいな……」
亀谷はタイムを確認して表情を曇らせる。手に持ったストップウォッチに映し出される数字は、向こう正面入りまでだがG1の有馬記念の平均並みと、明らかに新入生が走るにはオーバーペースに違いないスピードで駆け抜けている。
しかも先頭のカブラヤオーとルドルフの差はもうすでに5バ身差にまで詰められており、その後ろのゴールドシップもいつでもルドルフを抜けると言わんばかりのペース。
「あー、このままだったら勝つのはシンボリルドルフっていうところでしょうね」
と、聞き覚えのないその言葉にムッとしながら亀谷は振り向くと、そこにいた人物に思わず目が見開いた。そこに居たのは黒髪を雑なポニーテールで纏め、手には缶ビールの入ったビニール袋を持ち、首には一眼レフの大型カメラを下げた、その筋では有名な国際カメラマンにしてウマ娘。
「お、おま、いやなんでアンタがここに……中東の激戦地辺りに行ってたんじゃ」
「なによその驚きよう、偶々帰国して近くに寄ったら新入生レースやってるってトキちゃんに聞いてね。ついでに亀谷先輩の取材手伝ってってお願いされちゃったから」
「あ、あの緑帽子め……」
なんということをしてくれたんだと思うが、だが同時にこれ以上ない専門家の登場に嬉しくも思う。
「その様子だと全部見てたんだろ、お前さんにはどう見える……
亀谷の言葉に、初代クラシック三冠ウマ娘にして自分の後輩はそうね、と呟きながら持っていた缶ビールのプルタブを開け
「恐らくこの第三コーナー、そこがすべての決め手になるわね」
ぐいっと飲みながらニヤリと笑うのだった。
オマケ マチカネカブラヤ日記
「そういえばゴールドシップさんって何時から学校に戻ってたんですか?」
「んぁ?この間の模擬レースの前日だぜ?んで模擬レースはゴルシちゃん大復活記念で勝ってやったぜ」
「よくよく思えば短距離なのに追い込みでよく勝てたな」
「まぁゴルシちゃんがその気になればワープだってできるからな」
「「……ワープ?」」
「おう、誰もいない隙間を縫って気付かれずに先頭に切れこむんだぜ?他のやつら、いつの間にゴルシちゃんが前にいてビックリしてたな」
「そ、そうなんだ」
「……ゴールドシップ、そのワープのほう詳しく教えて……」
「ルドルフやめて!?お願いだからルドルフは正統派のレースをしてね!?お米のジュースあげるから!?」