カブラヤオーは未だに加速しながらも後ろから追い付こうと走ってくるシンボリルドルフとゴールドシップの、おそらく後半戦勝負ならば一二を争う強者達の猛追から逃げながらも、心の中は折れそうな気分で最悪だった。
(脚が重い、息も苦しい、気を抜いたら絶対に負ける……!!)
第3コーナー、事実上の終盤に突入したこともあるが、何よりも今日の走りそのものが普通ならばあり得ない走りだからだ。
カブラヤオーは今回のレース、言ってしまえば奇策を使って今追ってきている二人の強者の走りを封じようとした。そのために普段ならば最初から大逃げするところを、あえてワンテンポ遅らせたうえ、さらに序盤からハイペースなロングスパートをかけた。
普通のウマ娘ならこんな走り方は絶対にしない。走りというのはその個人によって勝つために作り上げた、一定のテンポがあるからだ。カブラヤオーの中盤からのローアップ加速や、ゴールドシップの大捲りなどがそれに当たる。
それを無視してまで、カブラヤオーは全力で奇策を使ったのだ。
(負けたくない……!!負けたくないのに……なんでこんなバカみたいな……
それは自分自身が持つ、才能の無さへのトラウマがそうさせた。
カブラヤオーは逃げウマ娘というスタイルで、この模擬レース全てで勝ちを掴んできて尚、無意識のうちでウマ娘同士の花形である1対1の接戦ができない自分へのコンプレックス、そして過去に才能がないと言われ続けたことの劣等感、そして無き親友のような強い走りをしたいという渇望が合わさり、カブラヤオー自身拭えないほどのトラウマとなっていた。
勿論意識としてのトラウマはある程度勝ってきたことで拭えてきた。勝つどころか善戦すらできなかった今までと比べて、今はその破滅的な大逃げ戦術によって勝ち星を得てきたこともあったからだ。
けど、それでもやはり自分のような駆け引きの勝負ができないウマ娘は誰からも必要とされてないのでは、そもそも自分のようなモブウマ娘をみんなが声をかけられライバル視されてること自体が異常なのではないか、そして、自分がそもそもトレセン学園に立っていることそのものが場違いなのでは、もともと他人とコミュニケーションをとることが苦手だったカブラヤオーは心の奥底で常に自らを卑下し続けていた。
(あぁ、やっぱり私はトキシラズみたいな輝きには届かないのか……)
既に最後の第三コーナーに入り、シンボリルドルフもデッドラインの3バ身以内に入られた。もうこのまま諦めてしまっても誰も文句を言わない、折れかけの心が逆噴射をしようとしたその時だった。
「ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
突如、後ろからシンボリルドルフの怒声が飛び出した。
「ふざけるな!ふざけるな!!なんだその走りは!!なんだその諦めたような背中は!!お前は今まで私達の何を見てきた!!」
走ってる最中の怒号に、カブラヤオーだけじゃない、周りの全ての観客が静かになった。
「私はお前のような誰よりも前に居続けたウマ娘を知らない!!私はお前のような誰よりも悩んでいたウマ娘を知らない!!そして私は、お前のような誰よりも走ることが好きなウマ娘を知らない!!
なのになんでお前は自分のことを見ない!!なんで自分の周りを見ているもののことを見ようとしない!!なんで……
シンボリルドルフのその言葉にカブラヤオーの頭が真っ白になった。その隙にシンボリルドルフの位置が、カブラヤオーの影を踏めるところまで追い付く。
「勝手に向かい風だと逃げるな!!勝手に負けることに従順になるな!!そんなに自分が弱いと絶望するくらいなら、自分が強いのだと意思を貫け!!それこそが、あの日、逃げないと言ったお前じゃないのか!!私を、私達を無礼るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
その叫びにカブラヤオーはシンボリルドルフの顔を見て驚いた。あのシンボリルドルフが、本気で、見たことがないほどに怒った顔をしていた。
「そうだ!!負けるなカブラヤオー!!」
「お前は漆黒の韋駄天なんだ!!無敗の逃げウマ娘なんだ!!」
「えい、えい、むんだよ!!カブラヤオーさん!!」
「私達一般入試組の希望の星なんだから!!こんなところで諦めないで!!」
「カブラヤオーさんが誰よりも走ってたの!!私達全員が知ってるんだから!!」
そして巻き起こる彼女にたいして起こる声援たち、なぜ、どうして、なんで
「カヤぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!あと600ぐらい逃げ切れぇぇぇ!!」
「お姉ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!行けぇぇぇぇぇぇ!!」
「ウチらはお前が勝てるって信じとるでぇぇぇぇぇぇ!!」
「ファイトなんだよぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「カヤちゃん!!みんなが応援してくれてますよ!!」
「私達の分も勝ってくださいな!!カヤさん!!」
さらにはチームメイト達からの応援。なんで、どうして、私みたいな弱いウマ娘なんて放っておいておけば……
「カブラヤ姉様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!勝ってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
そして響くフクキタルの声。そしてそれがトリガーだった。
(あぁ、そっか……私、こんなみんなに)
カブラヤオーは今まであえて聞こうしてこなかったものがある。それは他人からの声だった。どうせ他人は影で自分のことを弱いだなんだと陰口を叩いている人ばかりだと思っていたから。
カブラヤオーは今まであえて見ようとしてこなかった。それは応援する人たちの事だ。どうせ自分のことを応援してくれる人なんて誰もいない、応援されるほど強くないと思っていたからだ。
けど、それは全てが幻だった。カブラヤオーはただ脅えていたのだ。今まで周りに言われてきた誹謗抽象の辛さ、一人で頑張ってきた努力を誰も見てくれなかった悲しみを思い出したくなかったから。
「っ!!漸くか……」
次の瞬間、シンボリルドルフは背筋に寒いものが疾った。だがそれに対して彼女は恐がるのではなく、むしろ獰猛な笑みを浮かべた。
「ゴメン、ルドルフ……全霊で行くよ」
たった短い一言。だがそれだけで彼女には伝わった。ついにカブラヤオーの本気が来るのだと。
「ハァァァァァァァァァァァ!!」
第四最終コーナー手前、カブラヤオーの体勢が、あの初勝利の日に見た、いやあの日よりも鋭い鋭角にも似た低さへと変わり、そしてまるで凶暴な何かが爆発したとでも言うような加速と共に抜け出した。
「それを……私は待っていたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
そしてそれにつられるようにシンボリルドルフの末脚が爆発した。その流星が吹き飛ばんという速さ、二人の走りだけでソニックブームができていた。
「お、こりゃゴルシちゃんも本気を……ってギャァァァ!!目がぁぁぁぁ!!」
さらに後ろからゴールドシップも追い込みをかけようとしたとき、なんという不運か、目の前にいたシンボリルドルフの踏み込みと共に巻き上げられた土が目に入ってしまうというアクシデントが起こってしまい蹲っていた。
「ハァァァァァァァ!!」
「ウォォォォォォォ!!」
大穴ことゴールドシップが脱落したも同然なこの状況、最終直線に入った先頭を走る二人のウマ娘の覇気のこもった叫びに、場内全ての人間、ウマ娘が立ち上がる。
(あぁ、私は弱いウマ娘だ。こんな大事なことを見逃して、みんなからいろんなものをもらって、それでも、私は過去ばかり見てた)
―――残り200m、二番手との差2.5バ身
(それでもこんな私を、迷って言い訳ばかりして、ぬかるみにはまってばかりの私を、みんなが支えてくれた)
―――残り100m、二番手との差1.5バ身
(だから私は、こんな未完成な私でも勝つんだ、そして見せつけるんだ!!)
―――残り50m、二番手との差1バ身
「これが私の、私の選んだ
―――残り0m、二番手との差……1/2バ身
次回でとりあえず第一部、トレセン学園入学編終了の予定です。