「はぁ……」
「カヤどうしたの、そんなに落ち込んで」
選手控え室、態々来てくれたガビの目の前で深いため息を吐きながら私は項垂れていた。
「なんか嫌なことでもあった?」
「そうじゃないんだけど……デビュー戦後のライブが……」
「?別にカヤはダンス苦手じゃないんだし大丈夫でしょ?」
それはそうなんだけど、と呟き、
「レースが終わった直後に……その、勝ったは良いんだけど……2着と3着の人からすごく睨まれちゃって」
「あー、確かに私も大差勝ちしちゃったせいで、カヤと同じような感じだったけど……それがどうしたの?」
「……ただでさえ衆人環視の中での、しかもデビュー戦勝ってセンターでライブは緊張するのに、二人から睨まれながらライブするのは……その、胃が痛くなって……」
私は基本的に小心者だしかなりの人見知りをするタイプだ。親しい人やウマ娘ならばそうじゃないが、周りに知り合いが居ない状態でライブなんかすれば、絶対にどっかでトチる。間違いなくトチる。
「うぅ……ガビ、私、明日のお昼は2着と3着の人に最悪ウナギを奢らなきゃかもしれないよ……」
「え?ウナギ?蕎麦じゃなくて?」
どうやらガビもトチり蕎麦のことは知っていたようだ。
「あら、テスコガビーさん知らないんですか?歌舞伎で演者が
「へぇ~知らなかった……って!!いつの間に現れたのグラス!?ていうかなんで知ってるのそんなこと‼️」
「私、趣味が歌舞伎鑑賞でして、特に東海道四谷怪談と曽根崎心中が大好きなんです。この前見た國崎屋の四谷怪談はワイヤーまで使った大掛かりで中々凄かったですよ」
「いや確かに両方とも名作だけどさ!?なんでそんな重たい話を選ぶかな!?」
いつの間に現れたグリーングラスの解説にガビは驚いていた。
ちなみになんで私がそんなこと知ってるのかというと、うちの実家の神社でたまたま奉納歌舞伎をやったとき、その家長だった人が演目で大トチりをやらかしたらしくて、結果特上のうな重を演者と私達の家族含めて全員に奢ってくれたという、喜べば良いのか突っ込めば良いのか分からない出来事があったからだったりする。
「それよりガビさんはもうすぐ出番ですよ?舞台袖で待機してほしいって叔母様が」
「っと、もうそんな時間か~じゃあグラスはカヤの着替え手伝ってあげて。そんなに時間はかからないと思うけどさ」
「分かりま―――」
その時、コンコンコン、と扉を叩く音が聞こえた。
『……取り込み中ごめんなさい、ときのん先輩からカブラヤオーさんがここに居るって聞いてきたんだけど』
「叔母様から?はい、どうぞ」
失礼する。そう言いながら入ってきたのは私より少し背が高いくらいのウマ娘と、明らかに日系じゃない顔立ちの紅い鹿毛の長身ウマ娘だった。
「……はじめまして、私はシラオキ。ときのん先輩の後輩でトレーナーをやっています」
「は、はぁ」
「シラオキさん……あぁ、叔母様から聞いたことがあります。現役時代に選手としてはG1こそ取れなかったものの、トレーナーとして携わったウマ娘は何人もG1を排出した名トレーナーだと」
「……前半は余計」
少しムッとしながらそう呟くと、そのタレ目がかった瞳を私の方へ向けてくる。
「えっと、そんな人がどうしてここに?」
「ん、今日ここに来たのは彼女がカブラヤオー、貴女に挨拶したかったから。私はあくまで付き添い」
そう言ってシラオキさんが隣に立っていた紅い鹿毛のウマ娘を示すと、そのウマ娘はニコリと笑って
「ハジメマシテかぶらやおー、ワタシノナマエハ
「は、はぁ……どうも」
拙いカタコトの日本語でそう言って手を差し出してきた彼女に私はぎこちなくだがそれを握る。がそれを見てガビもグラスもぎょっとして目の前のウマ娘のことを見つめているので、どうしたのか聞いてみれば
「……か、カヤ?今握手してる相手、誰か分かってる?」
「?どういうこと?」
どこかで聞いたことがある気がするが、多分外国から留学してるトレセン学園のウマ娘だと思ったのだが違うのだろうか。
「カヤさん、恐らく目の前に居るセクレタリアトさんは、アメリカのダートクラシック三冠を成し遂げた、『偉大なるビッグ・レッド』や『純金ウマ娘』、『31バ身レコードホルダー』なんて呼ばれる史上最強のダートの女王です」
「アメリカのダートクラシック三冠!?」
まさかと思って思わず振り返って確認してみれば、その彼女はニコリと笑ってウィンクまで決めた。
間違いない、彼女こそが去年のアメリカのクラシック三冠ダートレースを制覇した、土ダートのシンザン会長と呼ぶべき最強のウマ娘、セクレタリアト当人なのだ。
「な、なんでアメリカのクラシック三冠ウマ娘がこんなところに……」
というかシンザン会長含め、軍神とも称えられた三冠ウマ娘のセントライトさんに続いて、ダートの本場の三冠ウマ娘と出会うなんて、いったい何がどうしたらこうなるかと頭がクラクラしてきた。
そしてその三冠ウマ娘さんはキラキラとした笑顔で手持ちの鞄を漁ると、その中から色紙とペンを取り出してこちらに渡してくる。
「Ms. Kabrayao.Can I get your autograph?(カブラヤオーさん、サインを貰っても良いかな?)」
「え?えっと、Is my signature okay?(私なんかのサインで良いんですか?)」
「Yes, of course. Even so, Ms. Kabrayao, you can speak English.(ああもちろん。それにしても、君は英語を話せるみたいだね)」
「I can do a little English conversation.(か、簡単な英会話程度ならですけど)」
神社が実家だから、たまに観光客の人がお参りとか御朱印集めに来たりするから、最低限程度の英会話はできるようになった。
もっとも英語や英会話に関しては妹の方が得意で、辿々しい私の英会話なんかよりとても上手だし、夢がトレーナー志望ということもあって最近では練習の合間や自分の部屋でTOEICの練習なんかしてるって言ってたっけ。
そう言いながらかっこ良くて練習した筆記体と矢のマークを入れたサインを書き上げ、そしてそれを彼女に渡した。
「Thanks.」
それをニコニコと笑いながら受けとると、今度はその表情を真剣なものに変化させる。
「I have a favor to ask of you, Ms. Kabrayao.Could you run with me next time?(折り入って頼みがあるカブラヤオー。今度私と共に走ってもらえないかな?)」
「え……えっと……え!?」
一瞬何を言われたのか理解できなかったが、すぐにシラオキさんが翻訳してくれたお陰で私は驚くしかなかった。
「な、なんで私と何でしょうか?わ、私は見て分かるように今日デビューしたばかりのウマ娘で」
「It doesn't matter to me whether it's right after my debut or how much I've won.I just want to run against that run that I really thought was amazing, compete with it, and someday I want to win with all my might against you who run away with all your might on the best stage.(デビューしてすぐだとか、どれだけ勝ったことがあるかなんてものは、私にはどうでもいい問題だ。私は、私が本気で凄いと思ったその走りを相手に走ってみたい、競ってみたい、そしていつか最高の舞台で本気の走りで逃げる君を相手に全力で勝ちたい、そう思っているだけだ)」
そう言ってのけるその姿は正しく巨大な強者であり、伝説と呼ぶに相応しい畏怖があった。
「Besides, most of all, Ms. Kabrayao, you and I are only one year apart, and we can be called the same generation.That's why I wanted to be friends with you, but can't I?(それに何よりカブラヤオー、私と君は歳が1つしか違わない、世間的には同世代と呼んでもおかしくないんだ。だから君と友達になりたいと私は思ったんだが、ダメだろうか)」
「……と……ともだち?」
まさかの言葉に固まってしまう。生まれてこれまで、友達になろうなんて言われたことのない……今までは気づいたら友達みたいな関係になってることが大半だったせいか、真っ正面から友達になりたいなんて言われ私はいつの間にか滂沱の涙を流しながら彼女の手を握っていた。
「わ、私なんかで良いなら、お、お友達になってください」
「Of course. We're friends from today.(勿論、今日から私達は友達さ)」
「ちょいちょいちょぉぉぉい!!」
大慌てでガビとグラスちゃんが私のことをセクレタリアトさんから引き剥がし、不満ですと言わんばかりの顔で睨んでくる。
「い、いくらなんでもチョロ過ぎるよカヤ!!」
「だって……正面から友達になりたいって、今まで誰にも言われなくて……嬉しくて」
「そうなると、カブラヤオーさんからすれば私達は友達じゃないみたいな言い方ですが」
「?皆は友達以上というか……チームメイトでライバルだよ?」
「いや、そういうことじゃないでしょカヤァァァァァ……」
ガクリと地に伏すガビと、どこから取り出したのか薄刃包丁を砥石に掛けてるグラスの二人に首を傾げながら、私は改めてセクレタリアトさんに向き直る。
「分かりました。近いうちに、一緒に走らせてください」
「Okay. I'll talk to your trainer about the details, so I'll look forward to running with him.(OKだ。詳しいことは君のトレーナーさんに話を通しておくから、一緒に走れることを楽しみにしておくよ)」
最後に英語で「この後のライブ楽しみに最前列で待ってるから」とそう言って立ち去るセクレタリアトさんに、私は少しだけ、緊張していたライブが楽しみになってきた。
オマケ マチカネアークツルス日記
~年末より少し前~
「あれ、タマちゃんどうしたの」
「いやぁ……ウチの天下は何時来るんやろうと思うてな」
「?何かありましたか?」
「ウチな、最近思うんよ。折角数少ない本家に居るウマ娘やのに、本家ですら出番がないうえに、こっちでもあんまり出ないやろ?このままやとウチのアイデンティティーがクライシスしてまうやん……って。クリークなんかもう少しでいろんな意味で危ない新衣装貰っとるのに」
「それ、ドーベルちゃんのイベントに名前だけ出てきて姿形すら確定してない私への当て付けですの?買いますわよその喧嘩」
「せやったらなんでウチが実装されんのや!!今年になってから毎月一回はTwit○erのトレンドに入って、その度にコラ画像やらなんやら貼り付けられてネタにされる始末!!ウチこれでも漫画やとオグリのライバルって事で人気爆発しとるんやで!!なんでや!!なんでウチの実装がないんやぁぁぁぁ」
~年末~
「さ”あ”!う”ち”と”や”ろ”う”や”ぁ”!!」(ダミ声滝涙の大歓喜)