後に狂走と呼ばれるウマ娘   作:ドロイデン

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チケットでまさかの確変してアルダン来たぁぁぁぁぁ!!メジロ家純粋な星3初ゲットじゃぁぁぁ!!


36R 三冠の領域(ゾーン) 第一幕

 数日後の東京レース場、この日この場所は平日にも関わらず異様な雰囲気に包まれていた。

 観客が居るわけじゃない。居るのは数えられるほどの人数のウマ娘と、数人の記者達という、普段ならば貸しきりと呼んでもおかしくない。

 

 だが、しかし、この場に居るウマ娘達は違った。実際に走るのはその中の()()()()だというのに、その二人を除いて全員が無言で固まっている。

 

「おいおい、別にアタシとカヤ以外は走るんじゃないんだから気楽にしとけばいいのに」

「シンザンちゃんの心臓が鋼鉄なだけです。普通に考えたら、アメリカのダート三冠ウマ娘が目の前で走るというのに、緊張しないわけないでしょ」

「生真面目だね~ウメちゃん」

 

 カラカラと笑いながら器用にリンゴを剥いて食べるシンザン会長に、副会長でありシンザン会長の親友であるウメノチカラさんがお小言を漏らす。もっとも、ウメノチカラさんもシンザン会長のこれが武者震いのそれに近いことには気づいてるからか何も言わない。

 

「ねぇ、カヤも今日走るんだよね?緊張してないの?」

「ん~むしろ今の私の逃げが、海外の三冠ウマ娘にどこまで通じるか知りたい……っていうのが大きいかな?」

 

 そう、今日はこの前出会った私にとって初めての友達にして、アメリカのダート界で間違いない今代最強のウマ娘、セクレタリアトと私は走る。

 正直何時もなら力不足だなんだと逃げていたんだけど、今日は何故かそんな逃げ腰になる事もなく、寧ろ私の逃げが通じるのか試してみたいというワクワクした気持ちさえあった。

 

「けどまぁ、カヤがセクレタリアトに気に入られるのは分からなくもないがね。何せあのセクレタリアトも、昔はそこまで期待されてなかったそうだ」

「そうなんですか、シンザン会長?」

「詳しくは知らないが、なんでも寝坊魔で昼寝好き、アメリカのケンタッキーにあるトレセンに入る前まではウマ娘にしちゃ珍しくあんまり走らないタイプで有名だったそうだぞ」

 

 けど、とシンザン会長は続けて言った。

 

「逆に今じゃ、走れば誰も着いてこれないだの、唯一抜きん出てを体現するウマ娘だの、怪我さえ無ければ当時のアメリカBCカップの……その中でも特に有名なBCクラシックの一冠は奴の物なんて言う話も聞くな」

「BCカップ……ですか?」

「日本にもあるだろ?秋のダート頂上決戦のJBCシリーズが。それの本家本元だよ。正式名称は『ブリーダーズ・ワールド・チャンピオンシップ』って言って、全部で14のアメリカG1(一つだけG2を含む)を二日間にかけて行われる、デビューウマ娘とクラシックウマ娘の祭典だよ」

「厳密に言うと、一日目がデビューシーズンのウマ娘が走る芝1000mのG2『BC(以後BCは省略)ジュヴェナイルターフスプリント』、ダート1700mティアラの『ジュヴェナイルフィリーズ』、芝1600mティアラの『ジュヴェナイルフィリーズターフ』、ダート1700mクラシックの『ジュヴェナイル』、芝1600mクラシックの『ジュベナイルターフ』の5つを。二日目がクラシックシーズンまたはシニアシーズンのウマ娘が走るダート1400mティアラの『フィリー&メアスプリント』、芝1000mの『ターフスプリント』、ダート1600mの『ダートマイル』、芝2200mティアラの『フィリー&メアターフ』、芝1600mの『マイル』、ダート1800mティアラの『ディスタフ』、芝2400mの『ターフ』、そして日本でも行われてるダート1200mの『スプリント』とダート2000mの『クラシック』の9つを。そして二日合わせて計14の重賞タイトルの集合体が『ブリーダーズ・ワールド・チャンピオンシップ』というわけです」

 

 ウメノ先輩がメガネをくいっと上げながら補足説明してくれてなるほどと思う。

 

「まだ開催され始めて数年しか経ってませんが、アメリカでは特にこのBCはメディアが大盛り上がりするほどのもので、経済効果は円ドル価値を加味し、日本のトゥインクルシリーズの全ての興行を合わせても数千倍にもなるとか」

「す、数千倍ですか!?」

 

 日本円は1米ドルあたり100~120円前後で取引されている現代、その中で日本の数百倍の経済効果ということは、最低でも日本より数十倍以上の経済効果を叩き出すBCカップシリーズはまさに王者決定戦と呼ぶに相応しいものだろう。

 

「ええ。そしてそのBCのタイトルのうち、G1クラスを勝たせたブリーダー……あぁ、アメリカではトレーナーのことをブリーダーと呼ぶそうですが、そのブリーダーは勝ったウマ娘とは別の意味で正しく伝説として記録されるそうです」

 

 ウメノ先輩はそう言いながらさらにと続ける。

 

「BCの中でもBCクラシックは世界二大レースタイトルの一つにも上げられる程の巨大なレースタイトルで、芝の凱旋門、ダートのBCクラシックと有名なタイトルです」

「そ、そんな二大レースに出てれば間違いなく勝てるウマ娘と、カヤとシンザン会長は走るんですか」

「ま、向こうからのオファーだからな。カヤに関しては()()()()()っていうところもあるんだろうが」

 

 その言葉に少し首を傾げるが、それを問う前にそれは現れた。

 

「どうやら、ご本人が登場だな」

 

 シンザン会長はそう言いながら立ち上がり、地下入場口から姿を現すそれを睨む。

 紅く燃えるような鹿毛のショートカットを靡かせ、この前とは明らかに密度の違う雰囲気と凶暴さを押し出した風貌。

 何よりもその姿はジャージなんてチャチものじゃない。赤い髪とは打って変わった青と白を基調としたロングパンツとトップスに、まるで昔の漫画に出てくる特攻服のような、その名に相応しい真紅のロングコートを纏った勝負服姿で彼女は現れた。

 

「シンザン会長……」

「カヤ、気を抜くな。そして、今の自分の実力を確りと確かめてこい」

 

 それ以上は何も言わないシンザン会長だった。否、喋る必要なんて無かった。ウマ娘にとって、ターフだろうがダートだろうが、場に立てばあとはその脚で語るべきなのだから。

 だから私は歩いてくる()()()()()()()さんに向かい合うように歩き、そして正面から視線をぶつける。

 

「You don't look scared today, do you?Did you get a word of support from that senior?(今日はこの前と違って怯えが見えないね。あっちの先輩から応援の言葉でも貰ったのかな?)」

「……いえ、寧ろ怯えて震えが止まらないぐらいです」

 

 私は彼女の言葉を否定する。

 

「目の前にこうして立たれて良く分かります。今の私なんかとは強さが違う、厚みが違う、文字通り桁が違う。今にも怯えで震えて倒れそうになるのを無理矢理奮わせてるだけです」

 

 相手は海外の列強のなかでもダート最強の呼び声も高い当代最強の三冠ウマ娘であり、対する私は優れた家系でも優れた能力もない、ただただ先頭で逃げることしかできない弱者だ。

 正直言って、私なんかよりも強くて速いウマ娘は何人もいる。同じ逃げが得意なガビに比べれば力はないし、マルゼンさんのようなスピードもない。二人より優れてるとしたらスタミナと根性での走りだけ。

 

「けど、だからこそ、私は私が目指す走りの完成形の1つである貴女と戦って、そして、先頭を譲るつもりはありません!!」

「Superior!If you can, try it!(上等!!やれるものならやってみな!!)」

 

 私たちはそれだけ言うと、互いに譲るでもなくゲートへと入っていく。東京レース場の1600mダート、芝から始まりダートへと入っていくこのレーススタイルにおいて、本来ならば先行策のウマ娘が有利なこのレース場で、今……

 

「「!!」」ガタンッ!!

 

 ゲートが開いた。

 

 

 

「始まったな」

 

 アタシはリンゴを齧りながら今走り出した二人のウマ娘を眺めながらイメージを走らせる。

 

「カヤは当然ながら逃げるか、しかし……」

 

 あの逃げ足はまだ未完成の粗削りだが、アタシの知る限りあれを超せるウマ娘はそう居ないと断言できる。少なくともアタシやウメちゃんと同期なんかだったら、おそらく三冠達成は難しかったと思うほどに速く鋭い加速をする逃げウマ娘だ。だが、

 

「やっぱり()()もそう来るよな」

 

 カヤのほぼ真横に位置する対戦相手を見つつ、心底同学年じゃなくて良かったと呆れるぐらいだった。

 

「か、カヤと横に並ぶって!!」

「タマちゃん、もしかしてアレって」

「あぁ、間違いあらへん。あのセクレタリアトいうウマ娘、得意な脚質が()()なんや。それもカヤと同じ()()()の」

 

 そう、セクレタリアトの一番得意な戦法、それは他の追随を許さない大逃げ一気。しかもカブラヤオーと違い、その大逃げだけでなく先行、差し、追込、どれをやらせても超がつく一流ウマ娘だ。

 ここまで似ている二人に、アタシは皮肉が効きすぎて怖さすら感じた。

 

 かたやアメリカで、かたやこの日本で、お互いに強くないだろうと思われた二人のウマ娘が、同じ脚質で、同じスタイルで、日本の芝とアメリカのダートという違いはあれど、間違いなく世代最強クラスの実力を見せる。

 

「お、カブラヤオーが()()し始めたか」

 

 今回二人が走る東京1600のダートは、いわゆるG1フェブラリーSと同じコースだ。砂のダートゆえに、セクレタリアトは少しだけ違和感を感じているようだが、対するカブラヤオーは少し前にほぼ同じコースを走っているがゆえに、内で若干のリードを取れている。

 故に600mを超えた辺り、中盤のまだ始まりに程近い場所で体勢を少しずつ前へと傾けて、カブラヤオーは自分の戦法である緩やかな加速を始めた。

 

 

 

(なるほど、これはかなり面白い走りをするウマ娘ですね。カブラヤオーは)

 

 僅かに前へと出始めたカブラヤオーの走りを、隣で並走するセクレタリアトは興味深そうに観察する。

 

(アレほどまでの前傾姿勢で、かつこの距離からロングスパートを掛ける逃げウマ娘は初めて見ましたが、確かにこれを相手に併走ができるウマ娘は限られてます)

 

 さらに最終直線で爆発させる末脚も持っている、まさしく逃げて差すという逃げウマ娘の理想の走りができる彼女に、セクレタリアト自身笑みが零れた。

 笑ったわけじゃない。嗤ったわけでもない。寧ろ逆、ここまで面白い大逃げができるウマ娘をセクレタリアトは見たことがなかったが故のリスペクト。

 そしてだからこそ、セクレタリアトは本気で勝ちたいがゆえに笑みを浮かべた。そしてそれは同時に、大国アメリカの王者の琴線に触れたことを意味した。

 第三コーナーへと突入したセクレタリアトはなんとカブラヤオーの真横へとピッタリとつくように、まるでカブラヤオーと同じような加速と共に爆発的な速度で駆け出した。

 

「な!?」

 

 これに一番驚いたのは紛れもないカブラヤオー本人だった。

 

(私みたいに体勢を倒してないのに、なんで同じ走りができるの!?)

 

 カブラヤオーの加速の正体、それは尋常ならざる心肺機能と、低空姿勢による空気抵抗の軽減、そして長年のファルトレクによって鍛えられてきた強靭な下半身、特に地面を蹴る力を最大限に活かした、他のウマ娘達を自然と掛からせる独特のペース運びの複合スキルだ。

 そしてこのスキルには、他のウマ娘が行うには大きなデメリットが3つもある。

 

 1つは体勢の問題。ウマ娘に限らず、人間は前に体を傾けるとそれを補う為に足が前に出る。これは肉体が怪我をしないようにする一種の防衛反応に近い。

 カブラヤオーは他のウマ娘に比べても小柄で、下半身と上半身のバランスがギリギリ下半身の方が長いという体型的なバランスと、ファルトレクの経験ゆえに身に付いた体幹バランスのお陰でこんな走りができるが、他のウマ娘が同じことを見よう見まねでやれば、間違いなくスッ転んで地面で顔をボロボロにするだけならまだしも、最悪吹き飛んで故障発生で引退という間違いなく大変な状況になりかねない。

 

 1つは体力……つまるところスタミナの問題だ。幾ら体力無尽蔵なカブラヤオーといえど、この走りをずっと続けられるようなスタミナは持っていない。故に先頭を取ってからゆっくりと体勢を落としてじわじわと加速するわけだが、普通、逃げウマ娘はとにかく先頭へ抜け出して後ろと距離を離すことに念頭にあげる。

 そんな逃げウマ娘がこんなロングスパートをかけられるような精神的余裕と、それを行えるような余分なスタミナを持っているかと聞けば、極々一部の特殊な例外(トキノミノル)とかを除けば間違いなく全員首を横に振るうだろう。

 

 そしてもっとも重要な問題、それは体格……身長の問題だ。

 カブラヤオーは何度も言うが小柄なウマ娘だ。仮にトレセン学園トップクラスの高身長の持ち主であるゴールドシップがカブラヤオーのような走りをすればどうなるか。答えは簡単な話で、走れない、もしくは脚を前に出せないということになる。

 人体の可動域というのはかなり狭い。仮にルドルフ程度の身長でカブラヤオーと同じ前傾姿勢の走りをした場合でも、最終的な地面スレスレの前傾姿勢になる前に転ぶ。なぜならそうなる前に足が胸より前に行かないからだ。

 二足歩行の生物が前傾姿勢で走る場合、足の爪先が胸の辺りより前に行かないとそれだけで体勢を崩す。さらにそれが走るとなればなおのことで、簡単に言えば後ろからいきなり突き飛ばされて前に脚が出ても体が前に転ぶのと同じ原理だ。

 今回の場合突き飛ばすに当たるのが走るスピードで、スピードが出過ぎたらどうなるかは考えるまでもない。

 

 ゆえにカブラヤオーの走りはそういった特殊な条件の積み重なりで生まれた、唯一無二、他のウマ娘がやればケガ待った無しの真似できない荒業なのだ。

 

 しかし、ならばセクレタリアトはカブラヤオーのように体勢を低くせず、カブラヤオーと同じような加速を実現させているのか。

 それは一重にセクレタリアトの武器、様々な脚質を使いこなせるバイタリティーのたわものだ。

 

 セクレタリアトは逃げ以外の脚質もこなせる万能ウマ娘だ。つまり、大逃げの中で先行や差し、追込の走り方を組み込むというチート染みた真似を彼女はやってのけている、いわば脚質『セクレタリアト』と呼ぶべき特殊なスキルだ。

 

 もちろんこれは誰が相手でも使えるというわけじゃない。今回はまだデビューしたての、しかも同じ脚質のカブラヤオーだからやったが、これが次の相手であるシンザンだったなら、彼女はこんな事をせず大逃げをかまして距離を取る戦術を取った。

 

(さぁカブラヤオー、私の走りから何を学ぶ?何を真似する?)

 

 これも一重に、唯一無二の高めあえる友達(ライバル)に対する挑戦だ。あとはそれを彼女がどう答えるか―――

 

「!?」

 

 その答えはすぐに返ってきた。突然カブラヤオーの雰囲気がガラリと変わるような何かを感じ取ったセクレタリアトがカブラヤオーの方を確認すると、その漆黒のウマ娘から濃密なオーラが飛んでくると同時に、その体勢がさらに低く、まるで暴走したかのような速度で駆け出したのだ。

 

(なるほど、理性では勝てないと踏んで本能で走りに来たか!?)

 

 ここまで極端な割りきりをしてくるとは思ってなかった。思ってなかったが、()()()()()()()()()()()

 

(問題は、もうすでに第4コーナー……つまるところ最終コーナーの中程だ。大逃げして差すスタイルのカブラヤオーを捉えるには少し距離が短いか?)

 

 おおよそ650m、抜いて勝つだけなら歴戦のウマ娘であるセクレタリアトには簡単にできるだろう。だが今回、セクレタリアトはあえてカブラヤオーと似たスタイルで走って()()

 

 だが、忘れてはいけない。

 

「I'll show you... the triple crown.(見せてあげる……三冠に至るための()()を)」

 

 カブラヤオーと相対しているウマ娘はただの海外ウマ娘なんかじゃない。『偉大なる巨紅』と呼ばれた……アメリカ最強の三冠ウマ娘だということを。

 

 

 

 カブラヤオーの本能はその瞬間を忘れることはないだろう。今まで誰も追いつけない、追い越せないと思っていた自分のそれを、圧倒的に上回る真紅の重圧を。

 

「!?」

 

 一瞬の怯み、重圧に対する驚きという僅かな隙を、対峙する真紅のウマ娘は見逃さなかった。

 たった一歩の踏み込みでカブラヤオーの本能を怯えさせるほどの重圧を生み出し、二歩目で並び立ち、そして三歩目で紅の炎が目の前に現れた。

 

「……ウマ娘がレースをするとき、極々僅かな奴だけだが、肉体が普段の何倍もの力を発揮することがある」

 

 シンザンは静かに呟く。

 

「何がきっかけとかそういうのは分かってないいわばオカルトだが、G1を勝つ、勝てるようなウマ娘は必ずといって良いほど、そういった体験をする」

 

 目の前で小さい黒鹿毛のウマ娘が徐々に1バ身、2バ身と離されていき、それと同時に黒鹿毛のウマ娘の本能の重圧を塗りつぶすように真紅の重圧がこの舞台を覆う。

 

「カヤ、お前は確かに世代のなかでは最速の大逃げウマ娘だろうさ、けど、それだけでG1っていうタイトルを取れる訳じゃない」

 

 やがて5バ身の差をつけて、真紅の偉大なる王者は軽々と砂の大地の終点を過ぎ、余計な走りを殆どせずに立ち止まった。

 

「勝ちたいのなら、三冠を目指すのなら、お前だけの領域(ゾーン)を見つけろ。それがこれから勝つための課題だ」

 

 その姿はカブラヤオーには近いようで遠すぎる何かにしか見えなかった。




※今回のマチカネ日記は真面目レース回なのでお休み致します。
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