【ザマァみろ】
目算通り、間桐邸の敷地内全ての空気を固定する。
例えとかでなく、空気に分類されるあらゆるものを全て固定した。実際のところ何をもってして空気とするかは知らないけども、まぁ世界の思う空気が全て、その場で静止して一切動かなくなっている。
ただし、私はそれらを透過できる。もはや自分でさえ意味が分からない状態だけども、私が固定した中でも動けると思って固定すれば動ける。だから私の能力は世界と同義足り得る。
「よし。じゃあ行こうか」
「サーヴァントはともかく、間桐桜は死ぬんじゃねぇのか?」
「そーだね。外しとく」
どこにいるか知らない間桐桜の周囲だけ解放しておく。これも意味が分からないけど、この世界の間桐桜と認識される存在の周囲は通常の物理法則に戻る。これで間桐桜は移動できないだけで済む。
さぁ大豪邸の探索だ。
「はーいウタネさんですよー。お邪魔しまーす」
「シオンだぜー。邪魔すんぞー」
2人してふざけた挨拶で玄関から堂々と入る。
「ジメジメしてんなぁ……これだから陰気な魔術師は……」
玄関を超え、謎の廊下と広めの……廊下?分からない。廊下だと思う通路を歩きながらグチる。
「そう?気になんないや」
「姉さんが気にする環境ってどんなだよ。で、やっぱり人間いねぇなこの家も」
「も?」
「マジェスティ助けに行った時もこうだった。人間の体温が1つも無い」
「ふーん……?」
「この世界の魔術師は体温の概念が無いのか?」
「知らないよ。体温とか気にした事ない。私はあるの?」
「ん……32くらいだ」
「正常?」
「低め。まぁ低体温症、凍傷手前ってとこだな」
「え……」
するりと語られる衝撃の事実。
シオンが何とも対処しないところを見ると、私は生前からこの体温だった……?いやいやいや、ちゃんとした医師に診てもらったこともあるから……
「お、さっそく1匹見つけたぞ。コイツは……ランサーだな」
「いや……まぁいいや。真名は?」
支障も無いしほっとこ。それより問題解決だ。
「……長尾景虎」
「……誰それ」
「上杉謙信、で分かるか?聞いたことくらいはあるだろ」
「……うん、知らない……」
「マジか。我が身ながらビックリだ」
歴史とかマジで分からん……私が過去に学ぶ事がある?無い。つまり知る価値無し。
『運は天に在り!』
「姉さん!?」
切られた……上半身をナナメにザックリ……
「う……何それ。私の能力の中で動くとか」
痛みと出血による気絶を何とか堪え、傷を能力で塞ぐ。
そんなのはどうでもいい。私の能力で固定してるのに。私達を認識しても動くなんて……
「運です!」
「「…………」」
よーし。会話できないぞ。
「姉さん……オレがやろうか」
「いいよ。運はもう尽きたから」
「何の何の!私の運は無限大です!」
「いいや。もう無い」
【止まれ】
「……!?」
あらゆる物質は私の能力。
「運とか無いんだよ。ナメてるの?」
完全に……動きを封じた相手に近付く。
「どう?動けそう?運でどうにかなる?私に何かできる?さっきみたいにするなら次は首だよ。首か心臓を切るなりして即死させられれば可能性はあるかもね」
「……」
「もう胴は能力で覆っちゃった。私を殺すなら私が能力を使う前……私が能力を解除した状態でしか不可能」
「まぁ、喋れはするんですけどね」
「ひゃあ!?」
「あははは!驚きすぎです!」
「……死ぬかと思った」
何だコイツ……ビックリした……
けど話すだけで身体は動かない様子。めっちゃ震えてるけど。
「姉さんが驚くなんてな」
「いや……だって動くなんて……」
「長尾景虎、上杉謙信。あのバーサーカー、源頼光より知名度補正が高い上狂化無しだ。日本だと結構なサーヴァントと言える。それが運とかいうクソ概念で押し切るってなら姉さんの能力を超えても不思議じゃないだろ」
「えぇ……私の能力って運が弱点なの……」
「知らん。まぁ知名度に関しては圧倒的に上杉謙信の方が上だからな。そいつが動けるって言うんだから動けるんだろ」
「あ……」
遂には固定した上から固定した空間の中で動き始めたランサー。
「まじかー……いくら小規模とはいえ、空気が固まってるんだよ?座標固定だよ?サーヴァントこわ」
「よし!あなた方ヴィーナスはこの毘沙門天が救済します!」
「しかも話通じそうにないしさ」
「まー、四肢切断で許してもらうか。バーサーカーもそうすりゃ良かったな」
『ハイパームテキ!』
シオンが何やらベルトをイジると金ピカに光りはじめた。
「ソレ無敵の奴だよね?」
輝けだの流星だの黄金だの無敵だのとやかましい歌が耳にこびりつく。
私の能力の中でそんなのいる?という意味も含めた確認をすると、思ったより私の能力では足りていないという答えが返ってきた。
「コイツ以外にも動いてる奴がいる。コイツが運で動けるように概念的な何かで動ける奴がいるんだろ。物質だけじゃ足りないな」
「確かにー……時間系とか精神系は私の能力じゃ干渉できないし……」
静止された時間も吹っ飛ばされた時間も、逆行された時間さえ私達は認識できる。四象の派生たるVNAだからなのか神による転生のためなのかは分からないけれど、とにかくそういうものなのだが、私はそれらを防いだり上書きしたりはできない。その能力に対して動いたりはできるがあくまで相手の手のひらの上だ。
そう思えば、私の能力では相手を完全に縛り切ることは難しいのかもしれない。
「ま、それならそれでいいや。とりあえず貴女は拘束されてね」
鎌を向けて、シオンに背後を任せる。
殺さず、無力化して、それを永続する。
私がやるのは、シオンより簡単だ。
♢♢♢
「ランサー。君はどう思う」
家主のいないリビングで、自由にしろと出された酒を片手にくつろぐランサーにアーチャーが問う。
「テメェが気に食わねぇってコトか?」
「マトウのサーヴァントについてだ。聖杯が追加で召喚したとはいえ、それだけのサーヴァントを1人の人間が使役しうるだろうか」
「……さぁな。キャスターみたいな例もある。マスターが負担の全てを負わなきゃいけねぇわけじゃない」
「確かにな。だが、君とキャスターがこの家に囚われた日から今に至るまで、民間人の犠牲は出ていない」
「つまりは、最低でも身内だけ、最大であの娘1人なのは確定ってことか」
「ああ。信じられないことだが」
「俺とウタネの嬢ちゃんを襲ったサーヴァント、嬢ちゃんにやられちまったが……並大抵のサーヴァントじゃなかった。正規のマスターがいる正規のサーヴァントだって言われても納得するレベルだ」
「つまり、間桐桜及び間桐ゾウケンの魔力量は想像を絶するということだ」
「何が言いてーんだ?だからってお嬢ちゃんたちに勝てるわけもねーだろ。変わらねーよ。オレたちは現世を楽しむ方法を覚えようぜ」
「……君は気楽が過ぎる」
「……」
♢♢♢
「はぁぁぁぁぁっ!」
「っとぉ!?ここは……これ!」
「っ……ふぅー」
流石は日本屈指のサーヴァント。
2分経過しても全く動作が落ちない。精神状態おかしいんじゃないの。
「姉さん、変わるか?」
無敵のまま座り込み襲撃を警戒しているシオンが提案。
この後にも控える相手を考えての温存だろうけど、それこそ無駄。
「私が最後までやんなきゃ意味ないでしょ。このサーヴァントだけは確実にやるよ。後は任せる」
「あははははははは!」
「うぅ!貴女もいい加減弱りなよっ!」
「なんのなんの!いい具合です!」
「く……この狂人!」
「っと、ちょっと失敬」
「……?」
何故か急に攻撃の手を止め、行動を停止する。
思わず止まっちゃったけど、なんだろ。他のサーヴァントが動けるようになった?いや、まだそんな感じじゃない。
シオンも不思議そうにして警戒している。
「んっ……はぁ〜、美味し……」
「「……」」
ランサーはどこからかバカデカい盃を出して何かを口にした……
私のカンが言っている。アレは酒だと。宝具でも自己強化でも何でもない、ただの酒だと。
「ふっ……ふざけ過ぎでしょう!?」
「ああ。フェイトと同じ声帯とは言え我慢の限界だ。あの酒はオレが貰う」
「えぇ……そう言う理由……?アル中じゃん……」
「黙れ。身体はアルコールでできている」
『ハイパークリティカルスパーキング!』
シオンが決して広く無い通路で特撮特有のポーズを取り始める。
「はぁぁぁぁぁぁぁ……!」
「甘いぃぃぃ!」
「……っ!?」
跳躍の直前、シオンが予期せぬ襲撃にショートワープで自動回避、攻撃が無効化される。
「宮本……武蔵……!」
「応とも!天下無双の宮本武蔵!いざ参る!」
「ち……コイツも日本英霊、しかも相当な知名度だ……ムテキゲーマーじゃ千日手か……」
『ガッシューン』
「お前ら相手なら、日本の天下を狙ってみるのが男ってもんだな」
「ムサシは聞いた事ある……けど……なんで動くんだ……」
黄金の装甲を解き、自身の刀を手にしたシオン。
見た目は……普通。何の能力を……?
「上杉謙信、宮本武蔵。いいねぇ。姉さん、交代だ。オレが2人やる」
「ん……頑張ってね」
「ああ」
バトンタッチしたシオンに構えは無い。本来、私達2人に構えは無いのだけど、シオンがわざわざ無敵の能力を解いたんだ、なら別の能力、他の誰かの構えを取っているはずだ。
なのにシオンはただ仁王立ち、楽しそうな雰囲気さえ纏っている。
「バーサーカーといい、日本英霊が多いな。ドレイクは使い捨てか?ま、どうでもいいが……戦争の邪魔をするってんなら仕方ねぇ、オレがスッパリ散らしてやるぜ!」
「そこっ!」
「行きます!」
上段から無造作に攻撃したシオンに左右からサーヴァント2人の攻撃がスキだらけの胴を捉えた。
「え……」
「な……」
それでも攻撃は通らず、シオンはただ不敵に笑う。
「壱の秘剣、焔霊!」
生身に真剣が通らないという意味不明な状態に硬直した2人にシオンが燃える刀を振るう。
何故刀が燃えるのか、何故体が強化されているのか。その2つの謎が能力だとするなら、サーヴァント相手に十分に遊べるだろう。
♢♢♢
「……さて。ここまで貴方の目算通りと言うわけですが……何の意味があるのです?」
『何も?冬木という問題を解決する。それだけだが』
「ならばソラと私で足りるはずです。抑止力としてのソラに足りない全てを私は補うことが出来る。VNAの力を借りずとも、私たちならこの特異点と言えど殲滅できるはず」
『あのなぁ、それが無理だからこういう手段を取ってるんじゃないか』
「どういうことですか?」
『冬木の問題は奴らじゃないと解決出来ない。カルデアなんぞじゃ足りない。VNAでさえだ。解決策は停滞だけ』
「ますます解りません。世界に等しい能力を持つ彼女らが足りないはずがない」
『……世界だから、だな』
「……」
『あのクソババァ共が概念的に世界そのものである、と言うのは否定しない。違うとしてもその否定材料は無い。その分奴らは人じゃない』
「はい。彼女達は人類でなく世界の全てです。何をどうしても、彼女達には勝てない」
『違う。奴らは世界の全てを手にしているとしても……唯一持てない、手にする事ができないものがある』
「……?」
『ふん。それこそカルデアが良く知るものだろうに。お前もソラに当てられたか。まぁいい、このまま続けろ。失敗しても構わん。成功するまで繰り返すからな』
「……その点でひとつ」
『ん?』
「VNAの力を使ってまで解決するべき特異点の修正に、失敗の余地があるのですか?」
『失敗したら元に戻すだけだ。失敗した世界が続くわけじゃない』
「ですから。ループが可能なら世界の停滞も可能なのでは?戦争停止ならば、世界の管理者たる貴方がそれをするのは簡単では、と」
『ここにビデオテープとデッキが100あるとする。それぞれ再生ボタンを押すのは簡単だ。テープを抜いて、もう一度入れる。そして再生。これも簡単だ。だが一時停止のボタンは無い。全く同じテープも無い。生まれた並行世界はそれぞれ初めからやり直すしか無い』