インターホンの音が聞こえる。
(誰なんだ、こんな朝早くに・・・)
のそのそ起き上がり、玄関へ赴き扉を開く。
「・・・・・・遅い」
「・・・・・・なんでいんの、お前」
扉の先にいたのは、艶のある黒髪に一筋入った赤メッシュが特徴的な少女だった。
「で、何しに来たの?こんな朝っぱらから」
赤メッシュが特徴の少女『美竹蘭』を部屋に招き入れ、その真意を問う。
「は?なんでって、あんたが昨日家に来いって言ったんじゃん」
・・・そういえば、そんなことも言った気がする。なんでそんなこと言ったんだっけ・・・?
「・・・あ、今日のデートは家にしようと思ったんだった」
「ほんっと、あんたって・・・」
蘭に呆れられてしまう。もうそろそろ付き合い始めてそれなりに経つのだからわかってほしい、というのは傲慢か。
「いや〜、悪かった。寝起きってどうも頭働かなくて・・・」
「・・・時間もこれぐらいの時間で、って言ったのはあんたなんだけど?」
うーむ、かなりお怒りのようだ。100:0で俺が悪いのだが、どうしたものか・・・。
「・・・はぁ。もういい。・・・ご飯は?食べたの?」
「あ、いや、まだだけど・・・」
「作るから待ってて」
そう言ってキッチンへ歩いていってしまう。置いていかれないように立ち上がって蘭についていく。
「手伝うよ」
「・・・ん」
短く返事だけして作業に取り掛かる蘭。材料を切るぐらいしかできないが、やらないよりマシだろう。
「・・・なぁ蘭」
「・・・・・・なに?」
「・・・ほんとごめん」
「だからいいってもう。あんたがそういうやつだってわかってたし」
そう言われては何とも言えなくなるが・・・
「・・・・・・それに、それも含めて・・・好き・・・だし・・・」
(やばい、やっぱり俺の彼女世界一可愛い)
蘭は普段から無愛想で言葉足らずなところがあるので誤解されがちだが、本当は友達想いでアツいところもある魅力的な女の子なのだ。そんな蘭がたまに見せる素直な気持ちは心にクる。そしてそれを見せられると俺は決まって・・・
「・・・ごめん蘭」
「えっ・・・」
包丁で怪我がないように細心の注意を払いながら、後ろから蘭を抱きしめる。蘭は俺より10cmほど身長が低いのですっぽり腕の中におさまる。
「ちょ・・・!今はダメだって・・・!」
「ごめん、我慢できなくなっちゃった」
「・・・どれくらいで満足すんの」
耳まで真っ赤にしてそんなことを訊いてくる蘭。
「うーん・・・あと1時間ぐらい?」
「はい、もう終わり」
答えを間違ったのか俺からパッと離れてしまう。
「もうちょいダメ?」
「・・・朝ご飯食べ終わったらね」
やっぱり俺の彼女は世界一可愛い。
「ごちそうさん」
「ご馳走様」
2人して朝食を食べ終える。相変わらず蘭の料理は美味しい。今でこそこんなに美味しい朝食を作ってくれる蘭だが、付き合って間もない頃は全くと言っていいほど料理ができなかったのだ。それを気にしたのかは分からないが片っ端から料理ができる人に教えてもらい今の腕前になったそうな。
(いやあ、その話をモカから聞いた時は感動で涙が出そうになったな・・・)
彼女は『Afterglow』というバンドに所属しており、そのギター担当の『青葉モカ』という少女にその話を聞いたのだ。・・・蘭にバレたら怒られるからあたしから聞いたって言わないでね〜と釘もさされたが。
「何考えてんの?」
ボーッとしている俺を不可思議に思ったのか、問いかけてくる。
「・・・いや、なんでもないよ。今日も美味かった。サンキューな」
「・・・ん」
彼女は感情をあまり表に出すほうではないし、今も無表情を装っているが口許が緩んでいる。こういうところも可愛らしい。
「で、これからどうすんの」
「特に考えてないんだよなぁ・・・蘭は何かしたいことあるか?」
「あたしも別に・・・」
(どうしたものか・・・)
そうやって頭を捻っていると蘭が何か思いついたらしい。
「・・・あ」
「ん?どした?」
「・・・なんでもない」
「なんだよ?なんかあるなら言えよ」
少し悩む素振りを見せた後に意を決して口を開く。
「その・・・腕枕、ってやつやってみたい・・・かも・・・」
上目遣いの蘭のお願いの前では選択肢は1つしかなかった。
「どんな感じなんだ?腕枕って」
「んー・・・ゴツゴツしてる・・・かな?」
「悪かったな」
蘭のお願いを叶えるべくベッドに移動し、現在は俺の右腕の上に蘭の頭が乗っている状態だ。腕枕って初めてやったけど結構しんどいな・・・
「しんどくない?」
そんな心中を察したのか不安そうな顔で問いかけてくる。
「いーや、全く。てか、軽すぎだ。ちゃんと勉強してんのか?」
「・・・なんで勉強の話になんの」
「頭カラッポ的な?・・・・・・うっ」
素晴らしいボディーブローを1発頂戴した。こんにゃろ、結構マジでやりやがった。
「あんたが失礼なこと言うからでしょ」
「・・・すみませんでした」
ふんっとそっぽを向いてしまう。
(それにしても・・・)
やたらいい匂いがする。何かの花の香りだろうか。かなり変態的なことを考えているような気がするが、蘭とは恋人関係にあるし構わないだろう。・・・こんなこと考えてるってバレたら殺されるかもだけど。
(女の子は砂糖とスパイスと素敵な何かで・・・みたいなやつ聞いたことあるけど割とマジなのかも)
とりあえず蘭を怒らせたままでは後々困るのは自分なのでご機嫌取りにかかる。
「悪かったって」
「・・・・・・・・・・・・」
さて困った。まさかここまで怒るなんて・・・
「・・・・・・頭撫でてくれたら許す」
ウチの彼女チョロくない?と思ったがそんなことを口走ったが最後、悲劇は目に見えているので口が裂けてもそんなことは言わない。
「・・・これでいいか?」
「・・・まだ」
ほんとワガママだよなぁ。まあでも、そんなところも好きだと思えるんだから相当蘭に参っているんだろうな。
それから数十分撫で続けた。
「・・・ん・・・寝ちゃってたか」
どうやら蘭と寝転んで戯れているうちに寝てしまっていたらしい。蘭はいまだ眠りに落ちたままだ。蘭の顔を覗き込む。サラサラとした黒髪に一筋入った綺麗な赤色。整った鼻筋に顔立ち。美少女と言って差し支えないだろう。
(ほんと、なんで蘭みたいな子が俺なんかと・・・)
今でも思うことだ。俺自身、イケメンでもないし何か秀でたものがあるわけでもない。強いて言うなら、ギターと歌ぐらいのものだ。しかしそれも大したものではない。精々ごく小規模のライブに出られるくらいだ。蘭たちとは比べ物にもならない。
(蘭に聞かれるとまた怒られるだろうなぁ・・・)
実は過去にも一度、近しい出来事はあった。
蘭と付き合い始めてそれなりに経ったある日。ショッピングモールに出掛けていた時の話だ。蘭と2人で食事をとっていたのだが、あちこちからあのカップル釣り合ってなくない?や女の子の方は超可愛いけど男の方がなぁ・・・など俺を揶揄する声が相次いだ。俺はその通りだと思ったから言い返したりはできなかった。けど蘭は・・・
「さっきからなんなの?言いたいことがあるならはっきり言えば?それに、こいつのこと何にも知らないくせに顔だけで決めつけて勝手なことばっかり言わないでくれる?」
と、言い放ったのだ。あの時の蘭はカッコよかった。心底惚れ直した。それと同時に俺が蘭と釣り合わないことを痛感した。そして、帰り道に蘭にそのことを訊いたのだ。
どうして俺なんかと付き合ったのか?と・・・
それを聞いた蘭は思いっきり俺を睨みつけ、こう言った。
「・・・あんたまでそんなふうに思うんだ・・・・・・あんたにはわかんないかもしれないけど、あたしはあんたの音楽に救われた。みんなと違うってことがわかってどうしたらいいかわからなかったとき、あんたの音楽があたしを導いてくれた。違うことを認めて、変わったことを認めて前に進めばいいんだって・・・そして、そんな音楽が奏でられるあんたが心底カッコいいと思った。だからあたしは・・・」
言葉を失ってしまった。蘭がそんなに俺を想ってくれていたなんて知らずになんてこと訊いたんだ、って・・・
それが蘭との初めての大喧嘩だった。しかし、それを乗り越えたことで蘭との絆がより深まったような気がしているので今では良い思い出だ。
そんなことを思い出していると蘭が目を覚ます。
「ん・・・あたし寝ちゃってた・・・?」
「いや、俺も寝てたし」
「そっか・・・」
起き上がってうーん、と大きく伸びをする蘭。外も暗くなってきており、そろそろいい時間なのだろう。
「晩ご飯どうする?」
「え、食べて帰るのか?」
「んーん。泊まってく」
「は!?聞いてないぞ、そんなこと・・・」
ん。と蘭が指差す方向に目を向けるとなにやら大きめのカバンが置かれている。・・・全然気付かなかった。
「親父さんには言ってあるのか?」
「うん。なんか怒ってたけど大丈夫でしょ」
(それ、俺が後で怒られるんだよなぁ・・・)
蘭は毎回こんな感じで泊まりに来るので、その度に俺が怒られている。うちの娘に変なことはしてないだろうなとかまだ結婚は許さんぞとか。・・・まあ、蘭のためならいっか。
「冷蔵庫何にも無いからとりあえず、何か買いに行こうぜ」
「じゃあ、選びながら決めよっか」
蘭の提案に頷きながらようやく寝間着から着替える。諸々の準備を終えると玄関で待っている蘭のもとへ歩いていく。
「鍵持った?」
「おー大丈夫。・・・蘭」
玄関の扉を開こうとしていた蘭を呼び止める。
「・・・どしたの?」
雰囲気で何かを察したのか怪訝な顔でこちらを見つめてくる。
「いつもありがとな」
「なっ・・・!べっ、別に・・・あたしが好きでやってることだし・・・」
「それでも、だよ」
ふと日頃の感謝を伝えようと思った。あの時のことを思い出したからだろうか?
「じゃ、じゃあ・・・その・・・」
何やら蘭がそわそわしている。不思議に思い観察していると、
「んっ・・・」
瞳を閉じて瑞々しい唇をこちらに向ける。
(言葉じゃなくて行動で示せってか・・・)
こんなことするのいつぶりだろうか、と思いながら彼女の唇に自身の唇を重ねた。