「人多いけど大丈夫か?」
「う、うん・・・でも、手は握っててほしい・・・な・・・」
「りょーかい」
巷で有名な海水浴場という事もあり、辺りは賑わいに満ちていた。
え、てかほんとに人多すぎない?これ歩けるの?一歩進んだら誰かとぶつかりそうなんだけど。
燐子は先程大丈夫だと言っていたが、人が多い場所はあまり得意ではないので少し心配だ。
「とりあえず脱衣所まで行くか」
「・・・うん」
彼女の柔らかい手を離さぬようにしっかりと握り一歩、また一歩と人混みという荒波を進んでいく。
ていうか手汗やばいんですけど・・・。絶対燐子も気付いてるよなぁ・・・。
「あ〜・・・」
「──────?」
「その・・・ごめん、俺の手汗まみれで・・・気持ち悪いよな。なるべく急ぐから──────────」
「・・・私は気にしない、よ?だって・・・」
燐子がそこで言葉を区切ったので不思議に思いつつ続きを待つ。
「私のために握ってくれてるんだもん・・・そんなの、嫌なわけ・・・ない・・・それに私、君の手・・・男の子の手って感じで、安心できるから好き、だし・・・」
「そ、そっか・・・」
どこか気恥ずかしくなってしまいあらぬ方角へ目線をやってしまう。燐子もかなり恥ずかしい事を言った自覚はあるようで俯いてしまっている。
そこから脱衣所に着くまで二人の間に会話は一切なく、ただただ微笑ましい光景だけが広がっていた。
(燐子遅いな・・・)
あれからどこかぎこちない雰囲気のまま脱衣所に到着した俺たちは着替えるためにそれぞれの部屋へ入っていった。早々に準備を終えた俺は待ち合わせ場所である脱衣所の前で燐子を待っていたのだが、中々燐子が現れない。少し心配していると・・・
「お、お待たせ・・・」
「よかった。何かあっ・・・た・・・のかと・・・」
「へ、変かな・・・?」
振り向くとそこには黒のビキニに同じく黒のパレオを身にまとった燐子がいた。
で、でかい・・・。何がでかいとは言えないがとりあえずでかい。服の上からでも充分わかるが、布一枚の上からだとよりわかる。
そんな邪念に満ちた俺の事など露知らず、燐子は不安そうな表情だった。
「や、やっぱり・・・似合って・・・ない、かな・・・?」
「え!?い、いや!!似合ってる似合ってるよ!!超似合ってる!!・・・・・・・・・その、とても・・・綺麗・・・です・・・」
何故だかはわからないが気恥しさを感じてしまい、言葉が尻すぼみになってしまう。
「あ、ありがとう・・・・・・・・・ふふっ・・・」
燐子も恥ずかしそうに若干顔を俯かせているのでわかりづらいが嬉しそうな雰囲気を感じる。俺の陳腐な言葉でも気持ちはしっかり伝わったようだ。
「そ、それじゃ早速遊ぼうか」
「う、うん・・・。あ、でもその前に・・・日焼け止め・・・塗らないと・・・」
「あ、確かにそうだな」
危ないところだったと手持ちカバンから日焼け止めを取り出そうとしたその時だった。
「あ、あの・・・」
「ん〜?」
日焼け止めが中々出てこずカバンをガサゴソする。しばらくゴソゴソすると日焼け止めらしい大きさで硬い感触がしたのでカバンから取り出す。
「お、やっと見つか──────────」
「ひ、日焼け止め・・・塗ってくれない、かな・・・?」
「──────────」
カン、とコンクリートの地面に落ちた日焼け止めの音がやけに耳に響いた。
あの後、燐子の衝撃的な発言に意識がぶっ飛んでしまったが何とか自身の意識を呼び戻し、現在は比較的人の少ない海水浴場のはずれに来ていた。
(落ち着け・・・!落ち着くんだ俺・・・!たかが日焼け止めだろ・・・!?そんなんパッって塗ったらすぐ終わ──────────)
砂浜に広げられたシートの上にうつ伏せに寝転がる燐子の綺麗な背中を見る。ちなみにトップは外されている。そのため巨大なお胸がシートに潰されておりぶっちゃけ目に毒だ。
いやこれだめでしょ。周りにあんまり人気がないのが救いだわ。いや、人気が少ないからある程度まではシていいのか?
あまりの光景に思考能力が著しく低下していた。
「あの・・・ま、まだ・・・?この体制、ちょっと恥ずかしくて・・・」
「ご、ごめん!すぐやるから!」
そうだよな。よく考えれば愛しい彼女に屋外でいつまでもこんな格好をさせておくわけにはいかない。手短に済ませてしまおう。
日焼け止めを手に取り軽くならしてから燐子の美しい背中に触れる。
「んっ・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「はぁ・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「あっ・・・」
(・・・・・・・・・これすっごい生殺しじゃない?)
そんな事しか考えられないくらいにはえっちだった。
あの日焼け止め事件の後は特にトラブルもなく、浅瀬でゆっくりしたり砂山を作ったりした。お昼も海の家で二人でとうもろこしとかき氷を食べた。こういう場所の食べ物って何であんなに美味しく感じるんだろうか。
(燐子の砂山すごかったなぁ・・・万里の長城完全再現だった)
芸術家とかなれるんじゃないかというレベルの作品だった。思わず何枚も写真を撮ってしまった。燐子も俺の不出来な城を何枚も撮っていたが。あまり自信はないのでやめてほしかったのだが・・・
『私は好きだよ・・・?貴方らしさが出てて・・・』
愛しい彼女にそう言われてしまえばNOとは言えなかった。
「ん〜!今日は久々に遊んだな〜!」
「うん・・・」
着替えを終えた俺たちは最後にもう一回だけ海を見て帰ろうと決め、浜辺に訪れていた。
ここ最近は俺のバイトや燐子はバンドなどで忙しくあまり遊ぶ時間が取れなかったのだ。だからだろうか?今日はすごく充実した一日だった。
辺りはすっかり暗くなっており海の家なども閉店している。昼間はあんなにいた人だかりも今はすっかり影も見えない。世界に二人だけしかいなくなったみたいだ。
「また・・・来たい、な・・・」
「人混み大丈夫なのか?」
「うん・・・。確かにちょっと疲れたけど・・・貴方がいれば・・・大丈夫・・・」
「そりゃ彼氏冥利に尽きるよ」
ふと、二人の間に会話がなくなり一瞬の静寂が訪れる。
燐子が俺の腕に身体を寄せてくる。
もう言葉はいらなかった。
二人だけしかいない浜辺でお互いの顔が近付いていく。
月夜に照らされた夜の海で二つの影が重なるのにさほど時間はかからなかった。