「よし、軽井沢行こう」
「・・・貴方、ついに頭がおかしくなってしまったの?」
「失礼な。俺はいたって真面目だ」
俺が真剣な表情で告げると、瑠唯からとんでもない暴言が飛び出す。暴言を吐く彼女の表情には呆れが浮かんでいる。
「・・・はぁ。じゃあ、なおさら駄目に決まっているでしょう」
「え〜なんで〜」
そんな風にぶーたれていると瑠唯が目付きを鋭くして俺を睨みつける。
「─────練習の時間が減ってしまうからよ」
(ほんっとこいつってバイオリンの事しか頭にないよなぁ・・・)
まあ、渋られるのは計算内だ。元よりここからどうやって彼女をオトすかしか考えていない。
気を引き締め、少しでも瑠唯に想いが伝わるように真剣な表情で話しかける。
「でもよく考えてみてくれ」
瑠唯は変わらず疑心に満ちた表情をしている。
「軽井沢に行くとさまざまな観光スポットがある。中には心癒される場所もあるだろう」
「何が言いたいのかしら」
「休憩も必要なんじゃないのか、ってことだよ」
「必要ないわ」
「おぉふ・・・」
バッサリと切り捨てられてしまった。わかってたけど辛いんだよなぁ・・・これ・・・。
「・・・お前の好きな白玉ぜんざいもあるかもしれないぞ?」
瑠唯の体が少し反応する。
「出先で食べるのはまた格別だろうなぁ・・・。景色も良ければなおさら・・・」
「出発はいつにしましょうか。私は明日でも構わないけれど」
お、おぉ・・・なんだこいつ・・・。急にめっちゃ食いついてきたよ。どんだけ白玉ぜんざい好きなんだよ。下手したら俺よりぜんざいの方が好きなんじゃないの?
あまり当たってほしくない予想に勝手に打ちひしがれながら、瑠唯と旅行の日程を決める話し合いを始めるべく彼女を手招きする。すると、瑠唯は椅子から腰をあげ俺の足の間へその細い身体を滑り込ませる。
後ろから抱きしめるといい香りがした。いい香水でも使っているのだろうか。
「・・・お前ちゃんと食ってんの」
「食べているわ」
「細すぎない?」
「・・・・・・貴方がもう少し太れと言うなら考えるけれど」
えっ、何この子。めっちゃ健気。こんないい子早く告白しないと他の子に取られちゃう。あ、もう俺の彼女だったわ。
そんなしょうもない優越感に浸っている間も瑠唯は俺の発言を気にしているようでお腹まわりをさすっている。
「・・・あー、そのままでいい。ていうか、そのままがいい」
「・・・・・・そう」
ぶっきらぼうに答えた瑠唯だったが、その頬は少し赤らんでいる。
滅多に見せない表情なので、写真に残したかったのだがそんなことをすれば間違いなく怒られる。怒られるというよりかなぜ写真を撮ったのか長々と説明させられる。なにが恥ずかしくて彼女の写真を撮った理由をその本人に説明せねばならんのだ。少なくとも俺は嫌だ。
そんなこんなで旅行の計画を練っていくのだった。
「ん〜!やっと着いたな」
「ええ」
東京から長野まで新幹線で約2時間といったところか。近いような遠いようなといった感じだった。
背伸びをして座りっぱなしで凝った身体を解していく。しかし瑠唯はそんな素振りを少しも見せなかった。
「瑠唯は座りっぱなしキツくなかったのか?」
「さすがに少し疲れたわ」
瑠唯は普段から表情に感情が出にくいからわかりにくいがどうやら疲れているのは本当らしい。
「んじゃ、早いとこ宿行くか」
「そうしましょう。早くバイオリンも弾きたいし」
・・・バイオリン弾くの好きすぎでしょ。
駅から数分移動すると本日から我々が1泊2日予定の旅館が見えてくる。
「ほお〜写真でも見たけど立派なもんだなぁ」
「そうね」
「そういうわりにはリアクション薄くない?」
「それは貴方もでしょう」
「いやまあ、そうなんだけどさ・・・」
そんな話をしながら玄関口を通り抜けると、着物を来た女性にフロントへと案内される。
あまりの若さに受付で多少驚かれはしたが、それ以外はスムーズに事が進みあっという間に部屋へ通される。やはり良い旅館は接客も良いということなのだろう。
俺たちを部屋へ案内してくれた従業員の女性は挨拶の後に姿を消しており、俺は荷物を隅に置いて座椅子に腰掛ける。瑠唯も俺に習い荷物を隅に置く。それをボーッと見届けていると瑠唯から話しかけられる。
「お茶でいいかしら」
「ん?・・・悪い、頼む」
そうお願いすると瑠唯は馴れた手つきでお茶の準備を始める。そんな姿を俺はまたしてもじーっと眺める。
瑠唯も視線に気付いてはいるだろうが、その表情はどこ吹く風だ。だが、さすがに気になったのだろう。お茶を俺の前に置いて、腰掛けるのと同時に声をかけてくる。
「そんなに見られると落ち着かないのだけど」
「あ、ああ悪い。なんかこういうのいいなぁって思ってさ」
「こういうの?」
「瑠唯が当たり前にいて、それが生活の一部になってるっていうかさ」
「・・・・・・私も貴方以外は考えられないわ」
端正な顔を真っ赤にして瑠唯が自信の気持ちを吐露する。
瑠唯がこんなに気持ちをストレートに伝えてくれることは少ないので思わずどもってしまう。
「えっ、えっ?どうしたの、急に」
「・・・・・・貴方から始めたのでしょう」
「いや、そうなんだけど・・・・・・。普段あんまりそういうこと言ってくれないしさ」
「・・・・・・やっぱり言わない方がよかったかしら」
「いや、嬉しいからもっとしてくれ」
「もうしないわ」
キメ顔で言ったのがダメだったのだろうか、キッパリと断られてしまう。
・・・ちくしょう、正解はなんだったんだ・・・
少し移動の疲れを癒した俺たちは観光地を巡ったり、美味しいものを食べたりして旅行を満喫した。現在は用意された布団に入って寝転んでいる。瑠唯は椅子に座っているが。
「いやあ、あの滝すごかったな」
「ええ、さすが観光地というだけあるわ。インスピレーションも刺激されたし」
「お、おう・・・」
楽しみ方がちょっとズレてるんだよなぁ・・・
「あ、そうだ。風呂はどうだったんだ?」
「心地よかったわ。たまには温泉に入りに行くのも悪くないわね」
「じゃあ、今度混浴行くか」
「・・・・・・本気?」
「当たり前だろうが」
「・・・・・・たまに一緒に入っているのだからそれでいいじゃない」
「いや〜、家の風呂に二人だとやっぱ狭くてさ。広い風呂に二人で入れたら気持ちよさそうじゃないか?」
「・・・・・・そうかもしれないけれど」
ん〜、えらく渋られるな。家と外ではやっぱり勝手が違うということか。
「まぁ、瑠唯が嫌なら無理には・・・」
「・・・・・・・・・わ」
「ん?」
「・・・・・・・・・貴方が望むならいいわ」
視線を逸らしながらそう口にする瑠唯の顔は出逢ってから1、2を争うほど綺麗だと思った。
「・・・瑠唯って意外にむっつりだよな」
「前言撤回するわ。そして、別れましょう」
「あー!うそうそ!!ごめん、悪かったって!!」
一瞬にして真顔に戻った瑠唯にこれはまずいと思い、ここ一番の瞬発力で土下座する。
そんな俺の頭上から声がかけられる。
「冗談よ。言ったでしょう?貴方以外考えられない、と」
「瑠唯・・・」
頭をあげ座り直すと、目の前には浴衣姿の恋人。
その瞳は真っ直ぐ俺を見つめている。
「・・・ねぇ」
「・・・ん?」
「せっかくの旅行なのだし・・・その・・・」
いつも迷わず言葉にする彼女にしては珍しく歯切れが悪い。
それでも俺は彼女の言葉を遮るようなことはしたくなかった。
「・・・どう・・・かしら・・・?」
彼女は詳細を一切語らなかった。しかし、俺にはそれで充分だった。
「・・・やっぱり瑠唯はむっつりだと思うんだけど?」
からかうようにそう告げると、瑠唯は真剣な表情で答える。
「・・・・・・撤回の撤回ってできるのかしら?」
「・・・さあ、どうなんだろうな」
その聡明な彼女からは想像もつかないような回答に思わず笑みを隠しきれなかった。