遅くなって申し訳ないです・・・。
「おはようございます。早速ですが、こころ様がお待ちですので」
「あ、ありがとうございます」
何度訪れても一般庶民である俺にはこの待遇は違和感だらけだ。恐らくこれからも慣れることはないのだろう、と思いながら先を行く黒服さんに着いて長い廊下を歩く。
「少々お待ちくださいませ」
荘厳な作りで佇む扉の前で立ち止まってそう告げてくる黒服さん。
首肯して黒服さんに言われたとおり大人しくその場で待機する。
黒服さんは扉を3回ノックして中の住人に声をかける。
「こころ様、お客様が────────」
しかし、最後まで言いきられることはなく。
同時に耳に入ったのはドタバタという足音と勢いよく扉が開かれる音だった。
「ようやく来てくれたのね!!待ちくたびれてしまったわ!!」
「うお!?・・・ったく、いつも危ないって言ってるだろうに」
開かれた扉から勢いよく飛び出してきたのはこの宮殿とも言える豪邸の住人である弦巻こころだ。
こころは俺が迎えに来た時は毎回飛び出して抱き着いてくる。
(危ないからやめろって言ってるんだけどなぁ・・・)
内心ヒヤヒヤしながら彼女を窘めるが、意に介した感じはなくむしろ穏やかな笑みを湛えて言う。
「大丈夫よ。だって、貴方が受けとめてくれるって信じているもの」
俺の事を信じきっている瞳だ。そんな瞳でそんな言葉を言われてしまうとこちらとしては何も言えなくなってしまう。
こういうところがこころに甘いと言われる所以なのだろうか、なんて思いつつ。
「まあ、こころに怪我させるわけにはいかないからな。そのためならこころのひとりやふたりくらい軽く受けとめてみせるさ」
彼女の恋人として、精一杯の見栄を張る。
「うーん!!すっごく嬉しいわ!!なんだか歌いたい気分よ!!」
「それはまた今度にしてください・・・」
そんなやり取りを暖かい目で見ている黒服さんに俺たちが気付くはずもなかった。
ところ変わって現在は車内である。
「今日行くところはどんなところなの?」
楽しみで仕方ない、といった様子で訊いてくるこころ。
「まあ、着いてからのお楽しみってことで」
「むむむ・・・そういうことなら仕方ないわね・・・。わかったわ!楽しみにしておくわ!」
そう言うと、足をぶらぶらさせてこれから向かう場所を予想し始める。その顔には笑顔が絶えない。
そんな愛しい彼女の横顔を見ていると、俺が見ていることに気付いたのかこころもこちらに目線を移す。
「どうかしたの?」
「いや、楽しそうだなって思ってさ」
「当たり前じゃない!だって、貴方がいるんだもの!どんな場所だって楽しいに決まってるわ!」
弾けるような笑顔でそんなことを言う。
そんな彼女を見て、俺は前々から気になっていたことを訊いてみることにした。
「なあ」
「なにかしら?」
「1個訊いてもいい?」
「ええ、もちろん!」
「こころにとっての俺って何なの?」
ふと彼女から弾けるような笑顔が消え、穏やかな笑みに変わる。
「貴方は私にとって月みたいな人よ」
「月?」
「ええ。月のように静かに私に寄り添ってくれる人。・・・私って昔からお友達があまりいなかったの。私が普段からしていることが周りの人には理解できなかったみたい。だから、私に寄り添ってくれる人なんてお家の人以外にはいなかった」
それは俺もあんまり理解できてないんだよなぁ、とはとても言えなかった。
「でも、貴方は違った。貴方は私のしていることを一生懸命理解してくれようとした。その結果、理解できなくても距離を取ったりはしなかった」
「うーん・・・そこは俺にもよくわからないんだよな。一つだけはっきり言えることは、こころから距離を取ろうなんて選択肢は俺の頭には一瞬でも浮かばなかった。理由はわからないけど、なぜか傍にいないといけないと思ったんだ。・・・いや、正確には
「そう、なのね・・・。貴方からそういうことを聞いたのは初めてだけれど、貴方も私と同じだったのね」
「同じ?」
「私も貴方の傍に
嬉しくて堪らない、といった表情で整った顔を綻ばせる。
「・・・そっか。同じだったのか、俺たち」
「ええ!」
こころ。俺もそうだよ。こころは俺のこと月みたいな人って言ってくれたけど、俺にとってこころは太陽みたいな人なんだ。しかし、太陽と月はお互いに決して近付くことはない。けれども、両方ともなくてはならないものだ。願わくば、
「いや〜、やっと着いたな」
「わぁ・・・!すごいっ!すごいわ!!一面真っ紅よ!!」
横でピョンピョンと跳ねているこころを窘めながら、俺も目の前のとおりに目をやる。
長い一本道には左右に紅葉の木が立ち並んでいる。頭上の紅葉も美しいが、既に散ってしまった紅葉も足元を紅く染め上げており、これはこれで綺麗だと思う。
「ほら、早く行きましょうっ!」
「ちょ、引っ張るな・・・!」
すっかり興奮しきったこころに腕を引かれ、一本道を歩き始める。
こころはしきりに周りを見回しては感心の声を漏らしている。
そんな彼女を見て俺は紅葉の紅とこころの金の髪の色が交わって綺麗だな、とか場違いなことを考えていた。
「あ、あそこにベンチがあるわっ。あそこでゆっくり観ましょう!」
「へいへい」
道すがら備えられていたベンチに2人して腰掛ける。
座ってからもこころは目の前の美しい光景にその瞳を輝かせている。
「いくつかハロハピのみんなに見繕ってやるか」
「それはとっても素晴らしいわっ!!ぜひそうしましょう!!」
そうと決まれば早速と言わんばかりにベンチの近くに落ちている紅葉を見てみる。しかし、良いものはなかったらしくちょっぴり気落ちしているこころ。だが、そんなことで彼女は諦めたりしない。誰かを笑顔にするためなら妥協など一切しないのだ。
すぐに切り替えたようで、勢いよく立ち上がる。
そして、こちらを見て口を開く。
「ちょっと探してくるわ!」
「え、いやもうちょいゆっく────────」
そんな希望は当然聞き届けられることはなく、こころは走っていってしまう。
取り残された俺は、ため息を吐きつつゆっくりと立ち上がってこころが走っていった方角を見やる。
「って、はや!?もうあんなとこまで行ってるし!!」
こころの姿を捉えるべくその姿を探すのだが、見つかった彼女は遥か遠く。恐ろしい脚力だ。
内心ちゃんと探してるのか、と疑ったのは内緒だ。
そして、遠くから俺の名を呼ぶ彼女の声が耳に届く。
こんな距離でも届くなんてさすが有名バンドのボーカルだな、なんてくだらないことを考えつつ、満面の笑みを浮かべている愛しい彼女が待つもとへと歩みを進める。
空いてしまった距離を埋めるように────────。