「もうちょい寝かせてくれ・・・」
「ダメよ。もうお昼前なんだから」
凛とした声に揺り起こされ目を覚ますが眠気が勝ってしまう。俺の体を揺すりながら声をかけてくる彼女は『氷川紗夜』。
「昨日も遅くまで潜ってたから眠たいんだよ・・・」
「またなのね・・・。あれだけほどほどにしなさいって言ったのに・・・」
とは言うものの、彼女も熱中して翌日眠たそうにしているのをたまに見かける。バレていないと思っているのだろうがそういう日はいつもに比べて欠伸の回数が多い。数えているわけではないが間違いないだろう。そもそも紗夜は欠伸することが少ないし。
「仕方ないだろ?燐子とあこも一緒に潜ってたんだし」
「・・・・・・・・・・・・」
あ、ヤバい。完全に怒ってる。
「あの〜・・・紗夜さん?」
「・・・・・・なにかしら」
(しまったぁ・・・)
普段の紗夜はいたって真面目で他人にも自分にも厳しい人間だ。しかし本当の紗夜はそんなことはなく、他人を想いやれる優しさもあるし今みたいに嫉妬して機嫌も悪くなる。
「・・・・・・ごめん」
「白金さんや宇田川さんと遊ぶのは構わないけれど・・・あなたの恋人は私なのだから・・・その・・・」
(俺の彼女可愛すぎない?)
顔を真っ赤にして遠回しにもっと構ってくれとアピールする紗夜。
「ほんとごめん、紗夜」
「わかれば──────────」
彼女が何かを言い切る前に口を塞ぐ。
「〜〜〜!・・・ぷはっ。なっ、なっ・・・!」
さらに顔を赤くして口許を抑えて狼狽える。そんな様子も可愛らしい。
「いきなり何!?」
「いや、ちゃんと紗夜が好きだってわかってもらおうと思って」
「それならもっと別の形でも・・・!」
「えぇ・・・」
だが俺は知っている。先程の口付けがいきなりだったのは確かだが、彼女はちゃっかりキスを楽しんでいたことを。その証拠にキスをしている間は満たされているような、そんな表情をしていた。
(まあ、それ言うと間違いなく怒られるんだけど)
彼女の照れ隠しは後が怖いのだ。
「と、とにかく!今後いきなり・・・その・・・キス、するのは禁止よ!言ってくれればいつでも──────────はっ!」
「え、ほんと?いつでもしていいの?」
「だ、ダメに決まってるでしょ!少なくとも外では─────────」
「家の中ならいいんだ」
「〜〜〜〜〜!もう知らないわよ!」
(どんどん墓穴掘るなぁ・・・)
これも彼女の魅力的な一面だ。普段の様子からは想像もつかない気を許した相手にしか見せない自然体な紗夜。俺は普段の凛とした紗夜も好きだが、こちらのリラックスした紗夜も好きだ。・・・というか好きじゃないところはないんだけど。
(とりあえずまたご機嫌とらなきゃな・・・)
紗夜は目元から上の部分だけ見えるようにクッションで顔を隠してこちらを睨んでいる。正直可愛いとしか思えないので全く怖くはないのだが。
(とは言ったもののキスはもうダメだろうしなぁ・・・)
頭を悩ませていると紗夜が俺の名を呼ぶ。
「・・・・・・ポテトLサイズ3つで許してあげるわ」
「・・・りょーかい」
俺の彼女チョロくない?大丈夫?
そんなこんなでやって来ました、ファストフード店。席取りを紗夜にお願いして俺はポテトを買うべくカウンターに立つ。
「いらっしゃいませっ」
「おう。お疲れ、花音」
彼女の名前は『松原花音』。紗夜とファストフード店に通ううちに顔見知りになった。
「ポテトでいいの?」
「ん。Lサイズ3つとMサイズ1つと・・・ドリンクはこれとこれで」
「かしこまりましたっ」
いつもポテトを頼むのですっかり覚えられてしまった。
そしてお会計を済ませて準備が終わるまでカウンターの隅で待つことにする。しかしなにやら刺すような視線を感じる。まあ、犯人はわかってるんだけど。
「・・・・・・・・・・・・」
(めっちゃ見てるな・・・)
やはり犯人は紗夜だった。・・・また怒ってるなぁ。
「ふふふ、紗夜ちゃんってあんな顔するんだね」
「んー・・・普段ならまずしないな。今日は・・・なんというか・・・ご機嫌ナナメだから・・・」
「何か悪いことしちゃったの?」
「・・・決めつけるのはひどいと思います」
「でもそれしか考えられないし・・・」
いや・・・全くもって素晴らしい推理なのだが、そうやって言葉にされて確認されると少し心にクる。
そうやって世間話をしているとポテトができあがる。手渡してくれた花音にお礼を伝え紗夜のもとへ急ぐ。
「・・・相変わらず仲がよさそうだったわね」
ジト目で話しかけてくる。
「浮気とかじゃないから大丈夫。内容も紗夜の事だったし」
「私の・・・?」
「ん。紗夜の魅力を懇切丁寧に説明してたんだよ」
「なっ・・・!」
恥ずかしかったのか頬を染めながら目を見開く。
ちなみにこの間ポテトを食べる手を休めてはいない。
「一体どんなことを話したの!?」
「うーん・・・ほんとの紗夜は結構嫉妬深くて〜とか案外抜けてるとこもあって〜とか」
「〜〜〜っ!信じられないわ!!」
(ポテト食べながらそんなこと言われてもなぁ・・・)
既に2つ目に突入している。
「冗談だよ、冗談。紗夜の事話してたってことは本当だけど」
「変な冗談はやめてちょうだい・・・・・・で、本当は何の話をしてたの?」
「俺と花音が話してる間ずっとむくれてたろ?」
「そ、そんなこと・・・」
「それを花音が見てて紗夜もそんな顔するんだな〜って」
「なるほど・・・・・・それにしても松原さんに見られていたなんて・・・」
俯いて恥ずかしさに悶えているが普通にわかるだろう。こっち向いてたし。
「普段の学校の紗夜のイメージとは違うからじゃないか?」
「・・・・・・やっぱりそうなのかしら」
(うん、180度は違うと思う)
こうやってポテトを食べまくっている姿は普段からは想像もつかない。俺も知り合った頃は考えもしなかったし。
(出逢い、か・・・)
ふと紗夜との出逢いを思い出す。
「少し待ってください」
「・・・・・・・・・・・・」
「あなたに言っているんです」
そう言って俺の目の前に立ちはだかる薄水色髪の少女。雰囲気はキツそうな感じだが間違いなく美人の部類だろう。
「・・・ああ、ごめん。俺だとは思わなくて」
「構いません。それより・・・あなたの先程の演奏についてお訊きしたいのです」
「ん?俺の演奏?」
首肯しながら返事をする彼女。
実はさっきまでステージにあがってギターを弾いていた。ソロなんて夢のまた夢だからヘルプに入って、という形だったが。
「・・・あなたの演奏は下手ではありませんでしたが何故か耳が離せなかった。その疑問を解消したいと思ったのです。普段、どんなことを思いながらギターを弾いているんですか?」
「うーん・・・どんなことって言われてもなぁ・・・・・・ただ必死なだけだよ」
俺とっては本当のことなのだが彼女は納得していないようだ。
「・・・まあしいて言うなら、俺の音楽が誰か一人にでも届けばいいなって思いながら弾いてる」
「誰か一人にでも・・・ですか・・・」
「ライブを観に来てくれた人全員に届け、なんて言えるほど上手じゃないしね。だからそれまでは来てくれた誰か一人に俺の音楽をよかったって思ってもらえるように心掛けてる」
「そうですか・・・」
なんとか納得してもらえたみたいだ。こういう感覚的な事は上手く説明できる自信がないから不安だったが一安心だ。
「それじゃ俺はこれで──────────」
「待ってください」
再び引き留められる。
「その・・・よかったら私と・・・セッションしていただけませんか?」
「え?」
「あなたの音楽がどういったものなのか知りたくなりました」
「いや、そんなこと言われても・・・」
「気が向いたらこちらにご連絡ください」
そう言ってメモ帳の端切れを手渡してくる彼女。
「私は氷川紗夜と申します。・・・連絡待ってますから」
それだけ言って立ち去ってしまう。
「・・・どうするんだよこれ」
結局俺から彼女に連絡を取ることはなかった。しかし・・・
「あら、奇遇ですね」
「そりゃライブハウスここしかないからな・・・一緒になる事もあるだろうよ・・・」
彼女と顔を合わせる機会は多かった。
俺も彼女も暇があればこのライブハウスを訪れギターを弾くもんだから、近くにここしかライブハウスがないという事も相まって必然的に顔を合わせる可能性は高まる。
そしてその度にセッションのお誘いをうけるのだ。断っても彼女が諦めることはなかった。休憩時間が重なった時には俺が切り上げるまで彼女が傍にいるなんてことはザラだ。
そんな日々も続いたある日、前々から抱いていた疑問を彼女にぶつける事にした。
「なぁ、氷川」
「なんでしょうか?」
「いつも俺なんかと一緒にいていいのか?」
「─────?仰っている意味がよくわかりませんが・・・」
「氷川みたいな美人が俺みたいな冴えないやつの近くにいるとバカにされるってこと」
「・・・私もあなたと似たようなものです。私自身この見た目を良いとも悪いとも思ったことはありませんが、私の心は酷く醜いものですから・・・」
そう語る彼女の横顔はひどく苦しそうだった。
理由はわからないが俺はそれをなんとかしてやりたいと思った。しかし特に思いつくものもなかった俺はある提案をする。
「氷川・・・セッション、やろうか」
「何故急に・・・」
「んー、なんとなく・・・だな」
「ふふっ・・・なんとなく、ですか」
それが初めて見る彼女の笑顔だった。
「どうしたの?」
紗夜の声で思考の海から引き戻される。
「・・・紗夜と出逢った時のこと思い出しててさ」
「・・・随分急ね」
「俺もなんで今思い出したのかはわかんないだけどさ。・・・いやあ、あの時の紗夜は強引だったなぁ」
「そ、そうだったかしら?」
(
あらぬ方向を見て震える声で過去を否定する紗夜。正直バレバレだった。
「そういえば俺の音楽ってどんなのかわかったの?」
「・・・・・・さあどうでしょう」
「・・・ここの惚けはいらないんだけど」
教えてくれと頼むが頑なに話そうとしない。
(一体どういう理由なんだか・・・)
そして気が付けばいつの間にやら机の上のポテトは綺麗さっぱりなくなっていた。
「って、ちょっと待て!俺のポテトはどこやった!!」
「・・・私は知らないわ」
「お前しか犯人いないだろーが!!」
「さあ、帰るわよ。晩ご飯は何にしましょうか?あなたの好きなもの作ってあげる。何がいいのかしら?」
「そんな気遣いいらないんだよ!やっぱりお前が食ったんじゃねーか!しかも飯食ってくとか聞いてないんだよ!」
「違うわ。泊まるのよ」
そんな言い合いをしながら出ていく俺たちを花音が微笑ましい顔で見送っていたのは気付くはずもなかった。