「なぁ、これいつまで続けるんだ?」
「私の疲れが取れるまでよ」
「いつまでなんだよ・・・」
もうかれこれ一時間程この調子だ。
始まりは久々の休みの日にソファで寛いでいた千聖が近くのカーペットにクッションを置き寝転んでいた俺の名を呼んだことだった。
「ちょっとこっちに来なさい」
「ん?なんだよ?」
起き上がり彼女の近くまで歩いていく。
「ここに座って」
「──────?」
疑問に思いながらも彼女に促された場所に腰掛ける。
「一体どうし──────────」
「ちょっと失礼するわね」
一言断ったかと思ったら彼女が俺の足の間に自身の身体を滑り込ませて背を預けてもたれかかってくる。
「・・・・・・何してんの?」
「何って恋人との大事なスキンシップに決まってるじゃない」
(そんな開き直られても・・・)
人目がないところの千聖はこんな感じだ。普段は人の目もあるし彼女自身のイメージを損なわないためにも一定の距離を保っている。だが一転して他の誰にも見られる事がない場所では途端に甘えたがる。
「毎回引っ付いてくるけど飽きないのか?」
「逆に訊くけれどあなたは飽きるの?」
「・・・・・・飽きない、かな」
「それと同じよ」
微笑を浮かべる千聖。
(やっぱりそんだけ千聖の事が好きってことなんだろうか?それとも皆恋人とはこんな風に暇があれば触れ合っていたいと思うんだろうか?)
恋人の哲学っぽいことを考え始めていると目の前の千聖が身動ぎする。
(ちょ、あんまり動かれると・・・)
彼女から漂ういい香りや彼女の身体の感触で変な気分になってしまいそうだ。
「ふふ、どうしたの?」
(こいつ・・・わかってやってるな。そうとわかれば・・・)
後ろから千聖に覆い被さる形で抱きしめる。あすなろ抱きというやつだ。
一瞬千聖の身体がびくっと震える。しかしそれも一瞬ですぐにまた身体を委ねてくれる。
「やっぱり私、あなたと触れ合うの好きみたいだわ。今もあなたから触れてもらっただけで飛び上がりそうな程嬉しいもの」
「・・・そりゃよかった」
これぐらいで喜んでもらえるならお安い御用だ。
「ねぇ、もう少し強くしてもらってもいい?」
「苦しくないのか?」
「・・・もっとあなたから愛してもらっているという実感が欲しいの」
「・・・りょーかい」
千聖の要求通り抱きしめる力を少しだけ強める。
「んっ・・・」
「悪い、苦しかったか?」
「・・・いいえ、私からお願いしたのだし構わないわ。それにすごく満たされているから大丈夫よ」
そんなに満足そうな顔をされたら何も言えなくなってしまう。
・・・抱きしめるだけでこんなになるとかチョロすぎて少し心配になってしまう。
「なぁ千聖」
「なにかしら?」
「何かあったのか?」
「・・・・・・お仕事で少しね」
(やっぱそうか・・・)
実はこの答えは予想の範疇だった。千聖が甘えてくるときは9割が仕事絡みで何かあったときだ。残りの1割はただ甘えたかったから、である。
「訊いてもいいのか?」
「いえ、これは私の心の問題だから・・・」
「・・・そっか。無理しすぎないようにな」
「大丈夫よ。いざというときはあなたに助けてもらうもの」
(俺が千聖を助けてあげられたことなんてないと思うんだけどその信頼はどこからくるのか・・・)
それを探るために彼女との出逢いから思い返すことにした。
「はあ〜早く始まんねぇかな〜!」
「・・・そんなに好きなのか?パスパレ」
「当たり前だろうが!俺は彩ちゃんに会うために今日までバイト頑張ってきたんだからな!!」
こいつは俺の友人で、いわゆるアイドルオタクと呼ばれる人種だ。現在は『Pastel*Palettes』のおっかけをしてるらしい。その中でも『丸山彩』というボーカルの子が好きなんだとか。
(ピンクに水色に緑に紫、それに黄色・・・すっげぇカラフルだな)
ライブ前に友人に貸してもらったパンフレットに目を通す。それぞれのメンバーの特徴が感じられる内容となっていた。
しかしアイドルはおろかテレビさえあまり観ないので自慢じゃないが世の中の流行には疎い。そういう理由もあって俺自身はあまりライブに興味はなかった。
「ちょっとトイレ行ってくるわ」
「あと少ししたら開演だから急げよ〜」
友人に返事をした後トイレへ向かおうとするが・・・
「ここどこだよ・・・」
広すぎて迷った。
(え、ここ広すぎない?こんなとこでライブやるなんてパスパレってすごいんだな・・・)
呑気にそんなことを考えていると背後から声をかけられる。
「あら?あなたは・・・」
「ん?」
目の前にいたのは先程のパンフレットで紹介されていた一人だった。そんな彼女が困ったような表情で俺を見ている。
「一応ここは立ち入り禁止なんですが、迷ってしまわれたんですか?」
「え、そうなの?だとしたら君の言う通り迷ったのかも・・・ごめんなさい、すぐ戻るんで・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
謝って戻ろうとするが彼女のきょとんとした顔が俺の足を止める。
「・・・何か?」
「あ、いえ・・・普通の方ならもう少し騒がれたりするのですけどあなたは随分落ち着いていらっしゃると思いまして・・・」
「ん〜これでも驚いているつもりなんだけどね」
そうは言ったもののそれを表に出すようなことはしない。そんな事されても彼女には迷惑しか掛けないだろうし。
「ふふ、とてもそうは見えませんよ」
「ポーカーフェイスが上手なのかも」
(さすが女優・・・綺麗に笑うなぁ・・・)
彼女の微笑みに心を奪われつつ軽く冗談を挟む。
「パスパレのライブに来てくださるのは初めてですか?」
まだ会話を続けてくれる彼女に驚きながらも答える。
「ええ、まあ。テレビも観ないし申し訳ないですけどパスパレの皆さんはおろか最近の芸能人すらわからないんだけど」
「構いませんよ。今日のライブで必ずファンにしてみせますから」
「・・・・・・今日のライブが少し楽しみになったよ。頑張ってください」
笑顔で応えてくれる彼女は当然だがアイドルなんだなと思えた。
思えばこの時が『白鷺千聖』に焦がれる始まりだったのかもしれない。
「遅い!もう始まるぞ!」
「悪い悪い。ちょっと道に迷ってさ」
(あんなことこいつに言ったらどうなるか・・・)
こいつは丸山さん推しだがパスパレのファンでもあるので、彼女と偶然にも遭遇したと話したら俺は血祭りにあげられるかもしれない。・・・こいつだけじゃなく他のファンもそうだろうが。
そうこうしている間にライブが始まる。しかし俺の目が捉えていたのは彼女だけだった。
(綺麗だ・・・)
彼女の
「あー!最っ高だった!」
「そうだな」
ライブ終了後、会場を後にしようとするが・・・
「悪い。俺ちょっとトイレ」
「はぁ!?またかよ・・・折角この気持ちを分かち合おうと思ったのによー!」
「戻ってから聞いてやるから」
あの辺で待ってるからな、と言う友人に了承の旨を伝え先程俺が迷い込んだ通路を進む。
(流石にいるわけないよなぁ・・・)
もしかしたら彼女に会えるかと思ったが、それは都合が良すぎたようだ。
(あいつにも悪いし帰るか)
振り向こうとしたその瞬間、遠くの方で足音が聴こえる。誰かスタッフの人が来たのかと思ったが姿を現したのは俺が会いたいと願った彼女だった。
「何で・・・」
「・・・私にも何故だかわからないんです。ただ、あなたがここにいるような気がして・・・」
飛び上がりそうな程嬉しかったが、いざ会ってみると話すことがどこかへ飛んでいってしまった。
「ら、ライブよかったよ。初めてだったけどすごく心が躍った」
「よかったです。今日だけはあなたの為に弾きましたからね・・・届いていたなら嬉しいです」
「・・・・・・それもイメージ作りなんですか?」
「はい?」
アイドルが気安く
「そういうの、たとえサービスだとしても言わない方がいいですよ。勘違いする人も出てくるだろうし」
「・・・一応伝えておくけれど、誰彼構わずこんなことを言っているわけではないわ」
「──────!その喋り方・・・」
「あら、不快に思ったのならごめんなさい。何故かしら・・・あなたになら構わないと思ったの」
「全然構わないよ。寧ろそっちの方がしっくりくる」
彼女の発言の意図がわからず首を傾げる。
「・・・変なことを訊くけれど構わない?」
「ん?ああ、大丈夫だけど・・・」
「ステージの私と今の私、どちらの私を好ましく思うかしら」
尋ねる彼女の顔は真剣そのものだ。ならばこちらもそれ相応の覚悟を持って応えねばならないだろう。
しっかりと考えてから彼女の問いに答える。
「俺は
「・・・どういうことかしら?」
「ステージで演奏する君も初めて話した時みたいにアイドルとして一ファンを気遣っている君も素敵だと思った。でも俺はそうやって飾らないありのままの『白鷺千聖』が一番だと思う」
「・・・・・・やっぱり私の直感は間違っていなかった。ねぇ、あなたの名前は?」
「さっきから何も言わないけれど聞いてるの?」
「・・・あ、ごめん。ちょっと考え事してて。何の話だっけ?」
「私の方は大した話でもないから構わないけど・・・どうしたの?何か考えているようだったけれど」
「ちょっと昔の事を思い出してたんだ」
「昔の事?」
「ん。千聖と初めて逢った時の事」
「・・・・・・どうしてそんな昔の話を」
「さあ、なんでだろ」
何かを言いたそうだったが俺に話す気はないことが伝わったのかそれ以上は何も訊いてこない。
「てかそろそろよくないか?ほら、俺晩飯の用意もしなきゃだめだし」
「あら、そんなことしなくても私が作ってあげるわよ?」
「いや、そんなことしたら帰りの時間が・・・」
「今日は泊まっていくから大丈夫よ」
「あーなるほど。確かにそれなら・・・・・・って、は!?そんなこと聞いてないぞ!!」
「今言ったもの」
(こんにゃろ〜・・・)
千聖は時たまこうして唐突に泊まりの報告を行う。本当に直前まで知らないからびっくりするのだ。
「はあ・・・ご両親とかマネージャーさんには言ってあるのか?」
「ええ。お母さんは今度連れていらっしゃい、って言ってたわ。お父さんは俺の娘はやらん!!って怒っていたけれど」
(えぇ・・・俺殺されない?大丈夫?)
千聖のご両親とはお会いしたことはないがお父様と仲良くやるには時間がかかりそうだった。
「んで、マネージャーさんは?」
「最初は渋ってたけど・・・・・・黙らせたわ」
(なにそれ怖すぎない?)
彼女のマネージャーさんを若干不憫に思いつつ、心中で謝っておいた。
「そんじゃま、何か作るか」
「その前に・・・」
千聖がシャツを軽くつまみ、こちらを見ながら瞳を閉じる。それを見た俺は彼女の瑞々しい唇に自身の唇を重ねる。
「んっ・・・」
「・・・・・・これで満足か?」
「まだもう少しだけ・・・・・・お願い」
「・・・晩飯作んなきゃだからちょっとだけな」
そうして再び二人の唇が重なるのだった。