「はぁ〜疲れた・・・」
「お疲れ」
今日もキグルミを着て一生懸命こころたちの無茶振りに応えていた彼女を労う。
彼女の名は『奥沢美咲』。ハロー、ハッピーワールド!というバンドに所属している。しかし、実際にステージにあがるのは彼女ではなく『ミッシェル』というキグルミに身を包んだ彼女なのだ。それなりに大きいキグルミなので、中に入っていれば体力はかなり使うはずだ。美咲のような女の子にはかなりの重労働だろう。
こういう日はもれなくお泊まりデーとなっている。
「ほんとあたしの癒しはこの時間だけだよ・・・」
「そんな大袈裟な・・・」
現在美咲は俺を背もたれにしてぐったりしている。そして俺の両手をお腹の上にまで持っていき自分の手を重ねている。
美咲は風呂上がりですごく良い香りがする。
(俺と使ってるシャンプーやボディソープは同じはずなんだけど・・・)
恋人だから問題はないと思うのだがつい変な気分になってしまう。彼女から漂うほのかな香り。耳やうなじも少し赤みがかっている。
いけない気分を振り払うように軽く頭を振っていると彼女が上を向く。頭上には俺の顔があるので丁度見合う格好だ。
「なんか眠くなってきちゃった」
「ん?ちょっと寝るか?」
「うーん・・・それも悪くないけど・・・」
晩ご飯も済ませてぶっちゃけ後は眠るだけなのだ。ただ時間が21時過ぎだというだけで。
「あ、折角だしあれやってよ。膝枕」
「男の膝枕って誰得なんだよ」
「彼女得?」
「なんだそれ」
しかし可愛い彼女からのお願いだ。叶えてあげたいと思うのは当然の欲求だろう。
「・・・ほら」
「んしょ・・・・・・硬い」
「やらせといてそれはひどくない?」
「ごめんごめん」
悪びれる様子もなく笑いながら謝罪する美咲。一発ひっぱたきたくなった俺は悪くない。
「・・・でもあたしは好きだよ、これ」
「硬い枕って寝にくくないか?」
「まあ、それはそうかもしれないけど・・・・・・でも、あんたの顔がすぐ近くにあるし」
「・・・そっか」
「ん?もしかして照れてる?」
「うっさい」
彼女の言う通り気恥ずかしさは感じたがそれを素直に告げるのは俺のつまらない意地が許さなかった。
「あんたってそういうのに弱いよね」
「・・・女の子とまともに関わる機会なんてなかったんだからしょうがないだろ」
共学には通っているが美咲と付き合うまでも付き合ってからも女の子と関わる機会なんてほぼなかった。それこそ授業でやるペアワークくらいのものだ。
自分で言うのもなんだが美咲がいなかったら随分寂しい青春だ。
「あんたって何でそんなに女の子と関わらないの?もしかしてあたしに気を遣ってるとか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど・・・単に周りの女の子が俺には苦手なだけだよ」
「そこは嘘でもあたしのためとか言ってほしかったなぁ・・・」
「そうは言うけどあんま嘘とか好きじゃないだろ?」
「そういう嘘ならいいの」
「なんだそりゃ・・・」
乙女心は複雑だとか言うけど複雑過ぎて理解不能だ。
頭を悩ませているうちに美咲が意識を手放そうとしていた。
「ほら、寝るならベッドに行かないと」
「・・・うん・・・わかってる・・・」
(まあ最悪連れていけばいいか)
なんとか返事をしたが限界を迎えたのか静かに眠り始めてしまった。
このままでは風邪を引いてしまうかもしれないので彼女をベッドにまで移動させて布団を被せる。
(これでよし・・・俺はリビングででも──────?)
美咲をベッドに移動させて自分はリビングで寝ようと思いその場を離れようとしたのだが美咲にシャツの袖を掴まれる。
「ん・・・・・・」
起きているのかと思ったがそういうわけではなくどうやら無意識だったらしい。
(ここにいろってことか?)
そう解釈しベッドの縁に腰掛ける。
視界に広がるのは愛しい
(ほんと可愛いよなぁ・・・)
肩口まで伸ばされた艶のある黒髪。普段のダウナーな雰囲気でわかりにくいが整っている顔立ち。紛うことなき美少女だ。
(何で美咲みたいな美少女が俺なんかを選んでくれたんだろう・・・)
考えたって答えは出ない。しかし美咲ならもっとかっこいい男とだって付き合えるはずだし、俺なんかより頭がよくて性格のいいやつなんていくらでもいるはずだ。
「・・・・・・・・・・・・なんで俺を選んだんだ・・・?美咲・・・」
俺の問いかけは夜の闇に消えていった。
「ん・・・・・・いつの間にか寝てたか・・・」
翌朝目を覚ました俺は美咲の姿が無いことに気付く。
(一体どこに・・・・・・ん?)
寝惚けた頭を働かし美咲を探そうしたところでキッチンの方から何かを切る音が聴こえる。
確信はあったがその正体を突き止めるべくキッチンへと足を向ける。
「ん?・・・おはよ、やっと起きたんだ」
「おはよ。やっとって時間でも・・・・・・まあ、やっとか」
時刻は11時を少し回ったところだった。
「美咲は何時ぐらいに起きたんだ?」
「あたしは7時ぐらい・・・かな」
「・・・早くない?」
「まあ、昨日は疲れて早く寝ちゃったし」
確かに昨日彼女が眠りに落ちた時刻は普段彼女が就寝する時間よりかなり早かった。よっぽど疲れてたんだろう。
「はい、お昼ご飯」
「ありがと」
テーブルの上に置かれた彼女の昼食をいただく。
「ん、美味い」
「そりゃどーも」
そう言って美咲も食べ始める。
俺が食べて感想を伝えるまで食べようとしなかったので驚いた記憶がある。何でも美味しいと思ってもらえるか不安だから、だそうだ。
これを聞いたとき、我慢しきれず美咲を抱きしめたのはいい思い出だ。美咲には呆れられてしまったが。
「そういえば」
「ん?」
「俺が起きるまで何やってたの?」
「あんたの寝顔を見てた」
「それでよく四時間も我慢できたな・・・」
「まあ、好きな人の顔って飽きないもんだし。あんたもそうでしょ?」
「まあ・・・確かに・・・」
美咲の言う通り俺も彼女の顔を見て一日を過ごせる自信がある。
ふと、『寝顔』で昨夜の事を思い出す。
「・・・なぁ美咲」
「んー?」
「怒んないで聞いてくれるか?」
「・・・どしたの」
「その・・・何で俺を選んでくれたんだ?」
「・・・・・・・・・・・・」
怒らないでほしいと前置きはしたがだめだったようだ。
「あたし付き合う時言わなかったっけ?あんたが誰よりもあたしのことを考えてくれるからだって。だからあんたが好きなんだって」
「・・・言ってたな」
「あんたが何でそう思ったのかは大体わかる。でも、二度とそんなこと言わないで。・・・・・・あたしはあんたがいないなんて考えられないんだから」
美咲の発言に思わず泣きそうになってしまう。
「・・・・・・ごめん」
「・・・いいよ。気持ちはわからなくもないし」
(美咲にもそういう経験があったってことか・・・?)
しかしそんなこと考えてもわかるはずがないので諦めた。
「ごちそうさま」
「ごちそうさまでした」
食べ終わった食器を洗うべく二人で分担して流し台を前に並び立つ。美咲が洗って俺が拭く格好だ。
美咲が手渡してくれた食器を拭きながら美咲と初めて出逢った日のことを思い出す。
あれは妹を迎えに行った保育園での出来事だった。
「えーっと・・・クラスは・・・」
妹のクラスの場所がわからず彷徨っていると広場の方からなにやら楽しげな音楽が聴こえてくる。
足を運ぶとそこには四人と一匹のクマがいた。
(は?クマ?なんで?)
驚くべきことにクマがDJをこなしているのだ。そして一番の謎はそもそも何故クマのキグルミがいるのか、だ。
「みんなー!今日はありがとうー!また笑顔になりたくなったら呼んでちょうだい!すぐに駆けつけるわ!」
そうこうしているうちにどんちゃん騒ぎは終了したようだ。そして園児たちが一斉にクマのキグルミに駆け寄っていく。先生たちも対処しているが正直追いついていない。終始もみくちゃにされるキグルミ。
(なんて罰ゲームだ・・・)
戦慄が走った。
十数分経ってようやく解放されるクマさん。項垂れているのは気のせいだと思いたい。
「あの・・・」
「・・・はい?」
(やっぱ疲れてるな・・・)
あれだけもみくちゃにされれば仕方ないとは思うが。
「その〜・・・大丈夫ですか?助けてあげられればよかったんですけど・・・」
「・・・ああ・・・こんな心優しい人がまだ・・・」
(今までどんな環境で生きてきたんだ・・・)
「なんとか大丈夫ですよ。大分マシな方ですし」
(え、あれで?マジなの?)
再び戦慄が走る。
そんなクマさんが不憫に思え、何かできることは・・・と探したところ園外のすぐ近くに自動販売機を発見する。
「ちょっと待っててください!」
「え、ちょっと・・・!」
お茶とスポーツドリンクを買って両方を差し出して尋ねる。
「お好きな方、どうぞ」
「・・・何でそこまで」
「何でですかね・・・わかんないんです」
「・・・・・・・・・・・・じゃあこっちもらいます」
クマさんが手にしたのはスポーツドリンクだった。
「ぷはっ・・・・・・ありがとうございます。おかげで助かりました」
「そんな・・・これぐらいしかできなくて申し訳ないですけど・・・」
「・・・・・・・・・・・・あの名前訊いてもいいですか?」
「え?」
「あ、いや、やっぱいいで─────」
断ろうとしたクマさんに自身の名を告げる。
理由はわからないが教えなきゃだめだと思ったのだ。そして俺の名前を呟くように復唱した後、自身の名前を教えてくれるクマさん。
「あたしの名前は奥沢・・・奥沢美咲です」
クマさんはまさかの女の子だった。
「はい、これで最後ね」
「さんきゅ」
美咲から最後のお皿を受け取り、水分を拭き取ってからしっかり乾かすために食器などを収めるカゴに入れる。
「お昼ご飯も食べ終わったし何しよっか」
「うーん・・・あ、じゃあ今日は俺が膝枕してもらいたいかも」
「ん。りょーかい」
そして彼女の柔らかい膝に頭を載せる。良い香りも相まってすぐに眠気が襲ってくる。
「・・・あ、これやばいかも」
「ん?寝そう?」
首肯して意を示す。
「いーよ寝ても。ちょっとしたら起こしてあげる」
「・・・辛くないか?」
「んーん。全然」
「・・・辛かったら起こしてくれていいから」
彼女の返事とともに眠ろうとするが、制止の声で意識が浮上する。
「あ、待って。寝る前に・・・」
「ん・・・?」
彼女の顔がゆっくりと近づいてきて唇に柔らかい感触を感じた。
「昨日寝ちゃってできなかったし」
「急にするからびっくりして目、覚めちゃったよ」
「んじゃ、もっかいする?」
彼女の唇に自身の唇を重ねることが返事となった。