「にゃーん、にゃーんちゃん」
(可愛い・・・)
スマホを取り出し一枚パシャリ。
彼女の名前は『湊友希那』。Roseliaのリーダーでありボーカリストだ。Roseliaと言えばプロ顔負けの演奏技術を持ったバンドととして知られている。その中でも友希那はRoseliaを結成する以前は『孤高の歌姫』なんて呼ばれていた。その名の通り彼女は常に独りでステージに上がっており、その素晴らしい歌唱力と神秘的とも言えるルックスでオーディエンスの心を掴んでいた。その彼女が今俺の目の前で野良猫と戯れている。
(孤高の歌姫なんて呼ばれてた時からは想像もできなかったよなぁ)
当時の彼女にファンは多数いたのだが、およそ感情と言える感情を示さなかったのだ。話しかけても冷たくあしらわれるのはもちろんのこと酷い時には無視、ようやくくれた返事はたった二文字だなんてざらだ。
そんな彼女が今はこんな無防備な姿を見せてくれている。それだけで心が弾むような気がした。
「ほら友希那。この後も猫と遊ぶんだし今日のところはそのぐらいにしておこう」
「にゃ───────そうね。早く行きましょう」
恐ろしい程の切り替えの速さに驚かされたが野良猫に別れの挨拶を告げ、目的地である猫カフェに向かう事にした。
(名残惜しそうにしてる・・・・・・これも写真撮っとこ)
何度も野良猫を振り返る友希那を写真に収め、俺たちは手を繋ぎその場をあとにした。
「にゃーん、にゃーん」
(・・・・・・デジャヴ?)
何だかどこかで見た光景だった。具体的には十数分前に。
(とりあえず写真だな・・・・・・今日だけで何枚増えるんだろうか)
スマホの容量が少し心配になるが何とかなるだろう。
(にしても・・・俺の彼女可愛すぎない?)
現在は二名専用テーブルに向かい合うように腰掛けている。向かい側の友希那の膝の上には猫が一匹。
(それに足元に三匹もいる・・・)
「ふふっ、にゃーんちゃん・・・」
満面の笑みで猫を撫で続けている友希那。彼女の笑顔はレアなので見る事ができた時は脳内メモリに永久保存するために絶対に目を離さないようにしている。
(でも気付かないんだよなぁ・・・)
彼氏としては複雑だった。だが、笑顔の友希那が見られるなら悪くないとも思っていると普段は気付かない彼女がこちらを見て優しい顔でしっかりと自身の想いが伝わるように語りかけてくる。
「・・・・・・大丈夫よ。貴方の事はちゃんと好きだから」
「え、あ、うん・・・さんきゅ」
「どうしたのよ」
「・・・いや、友希那がそうやって言ってくれるの珍しいなって思ってさ」
「・・・・・・あれだけ不安そうな顔をされれば私だって気になるわよ」
(そんなに顔に出てたんだろうか・・・気を付けよう)
そしてまた猫を
こういうことを平然としてくるからまた友希那に夢中になってしまう。
(こういうのって本来男の俺がやらなきゃいけないんだろうな・・・)
友希那に負けないように頑張ろうと気合いを入れ直し、俺も猫と戯れる事にした。
(これこの店の猫全制覇するつもりなのか・・・?)
あれから数時間が経過していた。友希那は猫を取っかえ引っ変えして遊びまくっていた。
(なんか字面だけ見るととんだクソ野郎だな・・・)
さすがに猫相手だけだろうと思っていると、友希那がこちらに歩いてくる。
「どうしたんだ?」
「喉が渇いたから少し休憩しようと思って」
「なるほど・・・ほい、メニュー」
「ありがとう」
軽く目を通しコーヒーを注文する。そして届いたコーヒーに友希那は角砂糖を8個9個と入れていく。
(ほんと苦いのダメだよなぁ・・・俺の前でくらい気を遣わなくていいのに・・・)
彼女は苦い物を得意にしていない。例えばゴーヤなんかはだめらしい。反対にさっきの行動からわかるように甘い物は好きなようだ。家ではよくはちみつティーを飲んでいると聞くし、バンド練習の時にはリサが作ってくれたクッキーを美味しそうに食べるらしい。これはリサからリークされた情報だ。
(リサから送られてきた友希那の緩んだ顔、可愛かったなぁ)
たまに友希那の目を盗んでリサから彼女の写真が送られてくる事があるのだが、それがまたベストショットばかりなのだ。
(まあ、リサは友希那のこと大好きだし当たり前か)
友希那と関わりを持ち始めた頃はリサとよく揉めたものだ。どこの馬の骨だとか友希那の面倒はアタシが見るだとか友希那のことどう思ってるんだとか。
(今にして思えばお母さんみたいだったな)
そんなことを思いながら友希那の方を向く。するとコーヒーを飲んでいた彼女もこちらを向く。
「どうしたの?」
「・・・友希那は愛されてるなぁって思ってさ」
「──────?」
首を傾げる彼女。まあ別に伝わらなかったとしても特段伝えなきゃいけない事でもないので構わないのだが。
「無理せず甘いやつ頼めばよかったのに。そういうのもあっただろ?」
「・・・・・・だって格好つけたかったんだもの」
「え───────」
心臓がやたら早く脈打っている気がする。
(これ大丈夫なのか?何かの病気とかじゃないよな?)
破壊力抜群だった。普段のクールな感じも相まってさらに効果が上乗せされていた。
「・・・・・・何か言ってちょうだい」
「あ、いや・・・その・・・・・・ありがとな。俺の為に頑張ってくれて」
「・・・・・・これぐらい何でもないわ」
それだけ言って顔を真っ赤にして背けてしまう。もう少し見ていたかったがやり過ぎると友希那の機嫌を損ねる事もあるから止めておいた。
「どうだった?久し振りの猫カフェは」
「やっぱりにゃーん・・・・・・子猫はいいわね」
(今更無理だって・・・)
どうやったって取り繕えないのにそれでも隠そうとする彼女が可愛らしくて愛おしかった。
店を出ると陽も沈みかけておりいい時間だと言えた。
「そんじゃ帰るか」
「待ちなさい」
「ん?まだどっか行きたいのか?」
「いえ、そういうわけではない・・・・・・そうだとも言えるのかしら・・・」
いつもなら言いたい事はストレートに伝える彼女とは真逆で煮え切らない感じだった。
「その・・・これから・・・・・・あなたの・・・・・・家に・・・」
「───────」
思わず言葉が出なくなってしまった。それぐらいの衝撃を今の彼女から受けた。
「・・・・・・それは泊まりたいってことか?」
俯いて首肯する友希那。彼女の綺麗な
「俺は構わないけど・・・」
「・・・・・・本当?」
顔を上げ窺いにくいながらも喜びの色が表情に現れていた。
「おう。荷物は取りに帰るってことでいいのか?」
「そうね」
「んじゃ行くか」
返事をする彼女と行きしなと同じように手を繋いで来た道を戻るべく足を進める。
少し身長差があるため彼女の横顔を少し目線を落として盗み見る。それに気付いた友希那は首を傾げながらこちらを見遣るが、首を横に振って応えた。
(ほんと出逢った時からは想像もつかないよなぁ・・・)
先程の友希那らしからぬ言動を見たからかそんなことを考える。
(確か出逢った時って・・・)
あれはとある公園でのことだった。
友希那は独りでステージに立ってその度にファンを増やして帰っていく。俺もその一人だった。俺はギターをやっていたが完全に趣味の範疇でステージに立って演奏するなんて到底不可能だった。そんな俺と彼女では住む世界が違った。
だけどやっぱり彼女がステージに上がる姿を見たくて、俺も追いかけてライブに参加する日々が続いていた。
「やっぱ難しいな・・・」
俺は公園で一人、湊友希那の曲をもし俺がギターだったらと勝手に考えて弾いていた。しかし何分彼女の歌はどれもハードルが高かった。大した腕もない俺には端から無理なお話だった。
にも関わらず俺は諦めずに一心不乱でギターを弾いた。そんな俺に神様か誰かが気を遣ってくれたのかもしれない。
「・・・貴方、何をしているの?」
「え?」
目の前にいたのは正真正銘『湊友希那』だった。
「それ私がこの間のステージで歌っていた曲よね?ギターなんてついていなかったはずだけれど・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「──────?聞いているの?」
「あ、ごめんなさい!えっと、その・・・何でしたっけ?」
「はあ・・・・・・あなたのそのギターはどうなっているのかと訊いているのよ」
若干お怒りのご様子だった。
(これはまずい・・・!えっと・・・えっと・・・!)
「こ、これはこの間のあなたの曲にギターをつけたらどうなるのかっていうのを・・・勝手に考えて・・・やってた・・・だけです・・・」
よくよく考えればかなり迷惑な事をしているんじゃないかと思ったのでそれが言葉の端々に出てしまった。
「・・・・・・・・・・・・」
(めっちゃ怒ってるよ・・・!どうしようどうしよう!!)
「・・・それ、完成はしているの?」
「え!?いや、まだ・・・ですけど・・・」
「なら一緒に考えましょうか」
「え・・・一緒にってどういう・・・」
そう言って隣のスペースに腰掛ける彼女。ベンチ自体そこまで広くはないので肩と肩が触れ合っている。
(ヤバいヤバいヤバい・・・!あの湊さんと喋ってるだけでも驚く事なのに一緒のベンチに座って湊さんの曲にあてるギターを一緒に考える!?・・・俺明日死ぬのかも)
脳内大パニックだった。
しかしそれから甘い空間が広がるということは一切なく、ただただ湊さんに技術指導される時間が続いた。
「・・・
「・・・はい、ありがとうございます・・・」
俺のメンタルはズタボロだった。
(ん?
「明日はお昼過ぎに集合するように。それまでに今日言ったところは仕上げてきてちょうだい。それじゃ」
「あ、いやちょっと!・・・・・・行ってしまった」
(明日からもやるの?これを?)
正直もう遠慮したかった。
そこからは湊さんからの厳しい指導が始まった。彼女の予定もあるので中三、四日に一回ぐらいのペースだったがそれでも彼女が出してくる課題のハードルが高過ぎて死ぬ気でやるしかなかった。
そんなある日、ずっと訊いてみたかった事を彼女に尋ねた。
「なあ、湊さん」
「なにかしら」
その頃には変なファン視点のぎこちなさは無くなっており、比較的まともに話せていた。
「何でこんなにギター教えてくれるんだ?」
「・・・・・・そうね。貴方の音色が似ていたから、かしら・・・」
「似ていた?誰に?」
「私の大好きなギタリストよ」
『大好き』という言葉に引っ掛かるものを感じたが気のせいだと思い彼女にその先を訊くべく話を続ける。
「湊さんが好きなギタリストか・・・どんな人なんだ?」
「・・・・・・ギターを弾いている姿がすごく格好良くて私の憧れよ」
「・・・・・・そっか。さあ、そろそろ練習再開しよう」
「そうね」
多分この頃から俺は本格的に彼女に恋していたのだろう。
「どうかしたの?何か懐かしむような表情だったけれど」
「・・・いやなんでもないよ」
隣を歩く友希那が何かを感じ取ったのかそんなことを問いかけてくるがなんでもないと返す。
「・・・友希那」
「なにかしら?」
「大好きだよ」
「──────!・・・私も好きよ。いいえ、好きなんて言葉じゃ足りない。・・・愛してるわ」
そこからは二人してバカップルのようにどちらがより相手の事を想っているのかを言い合った。
沈みかけた夕陽がそんな俺たちを影として残していた。