「いやあ1番ゲートというだけであの表情、すでに勝者は自分だと言っているようです」
「とりあえず先手をとりましたがこのまま逃げ切ることができるのか、非常に楽しみですね~()」
「彼女の満面な笑みとは裏腹に背後からはどす黒いオーラが見えていますよ~()」
アタシが1番に拘りはじめたのはいつからだろうか。
いや、拘るということよりも自分はそれでなければ満足できない、そういう風になってしまったのだと思う。
幼いころからアタシは賢い子だった。普通に勉強をすれば1番になれたし、駆けっこだって誰よりも早かった。それも当然だ。だってアタシはウマ娘なのだから。人とウマ娘は違う。成人男性と比較しても力では勝り、オリンピックの金メダリストだろうとわたしたちの脚に追いつくことはできないのだ。
もちろんアタシ以外のウマ娘もいたが地元では負けなしだった。それが続いたことで1番を求め始めたのだと思うし、それが自分を行動させる原動力でもあり自信でもあった。
故にウマ娘であるなら誰もがトレセン学園へ入学を目指す。
自信があった。誰にも負けない。1番は常にわたしだと。
でも、ここで1番になりたかったのは、欲しかったのはレースでの勝利じゃなかった。
アイツの──トレーナーさんの1番。
それが自分の本当に欲しかった1番だと気づくのに、アタシはその時すでに周りから出遅れならぬ周回遅れだった。
アイツが指導しているチームのウマ娘の中でアタシはかなり後輩の部類に入る。それも当然で入部した当時は中等部で、その時にはもう数名の高等部のウマ娘が在籍していたのだが、その頃からゴールドシップさんもいたのでたぶん彼女も高等部なのだと思う。
この時のアタシは「トレーナーに好意を抱いているんだろうな」と思われる先輩らに気づいてはいたが、あの日まではアイツのことを優秀なトレーナーとしか思っていなかったのだ。
アイツを意識しだしたのはほんの些細な出来事がきっかけだった。
その日はライバルでもあるウオッカといつもの模擬レースをしていたのだが、その日のアタシは練習前から妙な違和感に悩まされていた。
「もぉ! なんでこんなにいつもと違うのよ。普段と変わらないはずなのに!」
「なあスカーレット。別にどこか体調が優れないってわけじゃないんだろ?」
「うん……なんか今朝からなのよ。いつもと同じなのにどこか窮屈っていうか、妙な違和感があって……」
「んーオレにはさっぱりだ……」
「──ペロ。なるほど、この名探偵ゴルシちゃんはすべてを理解したぜ」
するとどこからともなく現れたゴールドシップさんがいつもの小道具のひとつである丸眼鏡を光らせて言った。
「本当ですか!」
「ほんと簡単なトリックでしてよ。名探偵ゴルシちゃんに解けない謎はない! そうマックイーンの名にかけて!」
「なんでわたくしですの?!」
「で、アタシのこの原因はなんなんです?」
「わたくしは無視ですの?!」
「スカーレットのその不調の原因。それは──」
『それは?』
「それは──来週になればわかる!」
「……つまりわからないんですね」
「いや、来週には解けるから! ほんとほんと!」
ごくりと唾を飲み込んでそれっぽく期待した自分がバ鹿だなと思った。
「トレーナーなら何かわかるんじゃないか?」
「なにがオレならわかるって?」
「実は……」
アタシは簡潔にトレーナーさんに伝えた。朝から違和感があってトレーニングも満足にこなせないと。
すると彼はアタシを上から下に顔を動かして腕を組んでうなり始めた。
「うーん。なあ、今日いきなりいまの感じになったんだな?」
「そうだけど……」
「あー……うん、ちょっと待ってろ」
そういうとボードに挟んであった記録用紙を裏返して何かを書きはじめると、そこだけを引きちぎってアタシに渡して言った。
「今日はもうあがっていいから、帰りにたづなさんのところによっていけ。これを見せれば通じるから」
「え、でもまだはじめたばっかりだし」
「いいから、な?」
そう言われてアタシは渋々それを受け入れた。更衣室へ着替えに戻ってから秘書のたづなさんのところへ向かった。なんで秘書である彼女かと後日問えば、なんでも事務員みたいなこともやってるかららしい。
正直たづなさん以外の人をみないのでいないかと思っていたが、予想とは裏腹にお茶を飲んでいたところを見るに暇そうであった。
アイツに言われたとおり渡された紙切れを渡すと、彼女はこっちを見て苦笑しながら言ってきた。
「スカーレットさんの悩みはウマ娘ではそこまで珍しいものじゃありませんから、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ」
「そうなんですか?」
「はい。周りに誰もいませんから言いますけど。スカーレットさんもしかして胸、大きくなってたりしませんか?」
「……はい?」
「つまりですね。胸が大きくなって下着のサイズがあわないからいつものような調子が出ないんですよ」
そんな馬鹿な、とこの時のアタシは笑った。たしかに言われてみればこの違和感は特に胸からきているなと気づかされたが、まさか胸が少し大きくなったからと言ってそこまで体に影響が出るのだろうかと疑った。
だけど──
「……マジ?」
教えてもらった専門のランジェリーショップにいって普段のより少し大きいものをつけたらいつもの調子に戻った。
まさか下着のサイズでこうも調子が狂うとは。たしかにこれはウオッカやマックイーンでは気づけないはずよね。
まあ、二人の前でそんなこと口が裂けても言えないのだけど。
「もしかしてゴールドシップさんは気づいててわざと言わなかった可能性が……?」
あの人もチームの中では大きいほうなのでたしかに気づいてもおかしくはない。仮にあの場で口にしていた二人だけではなく、スズカさんにテイオーやほかの胸の小さい子らを巻き込んでとんでもない騒ぎになっていたに違いない、はず?
彼女はどちらかといえばそれを望んでいるような気がしなくもないのだが、まあ考えても仕方がない。
結局アタシは普段着とトレーニング用をいくつか購入した。ちなみにたづなさん曰く、このケースだと領収書が降りるらしいのであとで渡しに来てほしいと言われた。
後日、アタシはこのことをトレーナーさんと話した。
単純にお礼が言いたかったのとなんでその場で言わなかったのか気になったから。
すると彼は頬を搔きながら言った。
「いや、オレが女だったら伝えられたんだがな? 男のオレがいうとお前だって嫌がるし、今のご時世セクハラになりかねんしな」
「それは……たしかにそうよね」
「仮に言ったら絶対にゴルシがからかってくるから絶対に言わんし」
なぜかすごいマジトーンで言ってきたのでそこは同意したアタシだった。
「たづなさんも言ってたけど、アタシみたいになるウマ娘っているの?」
「うーん、いるといえばいる。というかお前らまだ成長期だしな。人間と同じで突然身長が伸びたりその……胸が大きくなる子もいる」
「ふーん。やっぱアタシって胸が大きいほうなの?」
「お前の胸は中等部にしてはでか──って、誘導するんじゃあない!」
「アハハ。ごめんごめん。でも、やっぱアタシの胸って大きいんだ……ふむ」
アタシはなぜか自然かつわざとらしく胸を下から持ち上げて見せつけるように強調してみせた。自分で言うのもあれなのだが、確かに大きいし重いのだ。胸の大きいウマ娘はみんな2つの重りを抱えながら走っていると考えると不利だなあと思う。
トレーナーさんは一瞬目を大きく開くとすぐに横に目をそらした。
「ふふっ。ねぇチームの中で1番胸が大きいウマ娘って誰なの?」
「……黙秘する」
「黙秘するってことは知ってるってことよね? ほらほら言いなさいよ」
「おぅ?! や、やめろって!」
恥じらいもなくアタシは彼を抱きしめた。アタシを振り払おうとするけど生憎ウマ娘の力は成人男性といえど敵うものじゃない。
パパ以外に抱き着いたのははじめてのことだったが、この時のアタシは何も考えずに抱き着いてた。その時気づいたのは彼の胸は意外と固くて、体も結構鍛えていたことだ。なのでとても抱きしめ甲斐があったのは内緒。
「離してほしかったらさっさと白状しなさい!」
「わかった! わかったから! い、1番です!」
「えー聞こえなーいー」
「ダイワスカーレットが1番胸が大きい!」
「……えへへ。そう、1番……アタシが1番」
アタシがトレーナーさんを好きになったのは、まあ変な話この瞬間であった。
チームの中では後ろで、レースだって常に1番というわけにはいかない時もある。彼との付き合いだって先輩らのが長い。
だけど、アタシだけの1番を見つけた。
レースでもない。勉強でもない。
アタシだけの──アイツの1番。
アイツへの恋心を自覚し始めてからというもの。アタシは胸だけではなく自分自身がアイツの1番になるために動いた。
それに気づいた周りのウマ娘も警戒してはかく乱してきたりもした。だけど、一緒にランジェリーショップにいったのはきっとアタシだけに違いない。その際にアイツに下着を選ばせたのだが、その時のアイツはそれはもうかわいくてたまらなかった。
それが勝負下着になって今日この時のために身に着けず保管しておいた。これを身に着けたアタシは誰よりも1番のウマ娘だ。
だからね、トレーナーさん。
「アタシが1番になって、あなたの1番になるから。だから待っててね……ふふっ」
「ではトレーナーさんに聞いてみましょう。本日のダイワスカーレットの調子はどうでしょうか」
「いや、まあ、今までで1番いい仕上がり? だと思いますよ、はい」
「なるほど。トレーナーさんからみて彼女はどういうウマ娘ですか?」
「とてもやわらかい胸の大きいウマ娘で……やべっ」
「おおっと! 当人のダイワスカーレット以外のウマ娘および観客席がざわついてるーーー!!」