どけ!トレーナーの隣はわたしだ杯   作:ししゃも丸

12 / 36
(へいお待ちぃ! バ場重め、ヤンデレマシマシ、ドロドロ濃いめのテイオースペシャルね!)
※注意 流れはアニメをくんでいますがツインターボや他の描写はカットしています。入れる余裕がなかったの。許して。

「10番はトウカイテイオー。三度の骨折をしても、まるで不死鳥のように蘇り何度も我々に奇跡を見せてくれたウマ娘です。勝負服も白から黒となり、まるでマックイーンとは対照的ですね」
「無敗の三冠は叶わず、無敗であることも叶わなかった彼女ですが、あの有馬以来全勝を更新。まさに無敵のトウカイテイオーとして帰ってきました」
「ゴールドシップさん。同じチームメイとして、いまのトウカイテイオーをどう評価していますか?」
「オビ=ワンに負けなかったアナキン・スカイウォーカー。ぽてちうまっ」
「あの、それはどういうことでしょうか」
「いまのテイオーはホースの暗黒面に堕ちてしまった……選ばれし者だったのにぃ!」
「つまりどういうことですか?」
「アタシ、いまのテイオーきらい!」




第10R トウカイテイオー前編

 夢があった。

 

 カイチョーみたいな無敗の三冠ウマ娘になるって。

 

 でもそれは達成することができなくなった。骨折しちゃったから。

 

 辛かった。悔しかった。

 

 けど、トレーナーは言ってくれた。無敗になれって。

 

 今度は無敗のウマ娘を目指した。

 

 復帰戦も勝った──でもライバルであるマックイーンに負けた。

 

 無敗も叶わなくて、また骨折した。

 

 何もなくなっちゃった。

 

 それでね? 

 

 ボクはトレーナーのために走ろうって思った。トレーナーのために1番になろうって。

 

 そしたらすごく力が出るんだ。ああ、最初からこう走ればよかったって。

 

 天皇賞もジャパンカップも勝ったよ。

 

 だけど有マは負けちゃった。

 

 負けた──負け負けた負けた負けた負けた負け負けた負けた負けた負けた負け負けた負けた負けた負けた負け負けた負けた負けた負けた負け負けた負けた負けた負けた負け負けた負けた負けた負けた。

 

 負けちゃいけないのに、負けちゃった。

 

 ねぇ、トレーナー。

 

 なんでそんな顔でボクを見るの? 

 

 どうしてボクに走るなっていうの? 

 

 なによりも──なんでマックイーンにはそんなに優しいの? 

 

 骨折した時も、もう走れないって繋靭帯炎になった時も。

 

 ボクが三度目の骨折した時とは違うよね? 

 

 なんで大丈夫って言うの、なんでボクだからって言うの。

 

 ボク、知ってるんだよ。あの雨の日のこと。

 

 ボクがしてほしかったことを、マックイーンにはするんだね。

 

 だからボクは……キミが望むトウカイテイオーを演じたよ。

 

 マックイーンのために奇跡を見せてあげたよ。

 

 ねぇ、トレーナー。

 

 ボクに優しくしてよ。

 

 ボクを褒めてよ。

 

 ボクだけを見てよ。

 

 こんなにもボクは……。

 

 ──キミノタメニガンバッテルンダカラ

 

 

 

 

 

 

 ウマ娘の多くは、先人たちの走りを見てそれを夢にする。

 ボクもそうだった。

 子供のころ、カイチョー──シンボリルドルフの走りを見て、彼女のように無敗の三冠ウマ娘になろうって思った。

 

 トレセン学園に入学してもそれは変わらなかった。

 ボクはカイチョーのようになりたくて、いつもカイチョーの所に通っていた。別にそれだけで夢が叶うなんて思ってはいなかったけど、カイチョーはカッコイイしいつもたくさんのことを教えてくれるからつい甘えていたんだと思う。

 

 その日もボクはカイチョーに会うために学園内を探していた。すると前にカイチョーと学園の先生が一緒に歩いているのを見つけると、ボクは思わず角に隠れてそれを見ていた。

 

「最近先生のチームも波に乗ってますね。うちのトレーナーが色々と言ってたよ」

「ま、優秀な子が多いんでね」

「ところで話は変わるけど、近くに気になるお店が出たんだ」

「連れてけって? うちはただでさえ大食いばかりなんだ。財布がもたねぇよ」

「ふーん。全部経費で落としてるのに?」

「──え、知ってたの……マジ?」

「ふふっ。私は生徒会長なんだぞ、先生」

 

 知らないカイチョーがいた。

 あの人と話している時のカイチョーは、ボクの知っているカイチョーじゃなかった。

 すごい楽しそうで、嬉しそうだった。

 その日はこのことが頭から離れなくて、結局一度もカイチョーとは話さなかった。

 カイチョーはこの人のことが好きなんだって、あとになって気づいた。

 

 ボクがトレーナーを好きになったときに。

 

 

 

 

 

「フフーン。このテイオー様がキミのチームに入ってあげてもいいよ」

 

 色々悩んだボクは、その人を知るべく彼のチームに入ることにした。選抜レースでも1番をとって、多くのトレーナー達から勧誘を受けたんだから、それはもう喜ばれるべきだと思ってた。

 けど、この人は違った。

 

「じゃあこの書類にサインしてな」

「あ、うん……って! そこはもっと喜ぶところでしょ!」

「うれしいよ? けど、喜ぶのはもっと先だろ」

「先って?」

「無敗の三冠ウマ娘になるんだろ? だったら今は喜ぶよりももっと他にやることがあるからな」

「ふ、ふん。ボクもそれが言いたかったのさ」

「ふっ。そうかい」

 

 なんていうか、やりづらい人だなって思った。けど、ボクをスカウトにしてきた多くのトレーナーよりも、この人はもっと先を見ている、そんな気がした。

 

「あ、そうそう。トレーナーとしてお前に最初のアドバイスしてやろう」

「なにさ」

「ルドルフを目標にするのはいいが、お前はお前のレース(走り)をしろ。そうすりゃあお前は勝てる。なにせお前は、帝王、だからな」

「んーよくわかんない」

「それが分かるようになれば、お前は無敵だよ」

「? 」

 

 結局その言葉の意味は分からずじまいだった。

 

 

 

 ふと、ボクがトレーナーのことを好きになったのはいつ頃だったのか思い出す。

 きっかけはいっぱいあった。ただ、同じようにすごく嫌だなって思うことがたくさんあった。

 例えばミホノブルボンとトレーニングをしているときだ。

 彼女は三冠ウマ娘を達成しているウマ娘で、よくトレーニングを一緒にする機会が多かった。

 

「いいですかテイオーさん。三冠を達成するためには多くのものを必要とします。特に菊花賞の距離は3000ⅿ。なによりもスタミナが試されます。では、今のあなたが走ったらどうでしょうか」

「うーん。ムリ!」

「そうです。皐月賞、日本ダービーはこれからのトレーニングでなんとかなるでしょう。ですが菊花賞はそう簡単に勝てるものではありません」

「はい、質問!」

「許可します」

「あそこにいるウマ娘は、舌を出しながらカメラ目線でピスピースって言いながら走って余裕で菊花賞を勝ったって聞いてます!」

 

 ボクはコースの端っこでバットで素振りをしているゴールドシップを差しながら言うと、ブルボンは表情を変えずにきっぱりと言い切った。

 

「アレはバグです。なので参考にしてはいけません」

「はーい」

「なので、スタミナ問題を解決するために、この坂路トレーニングをするのです!」

「はい?」

「この坂路トレーニングを欠かさず熟せばあなたも立派な三冠ウマ娘になれます。現に私は

 これでスタミナ不足を解消し、菊花賞にも勝ったのです。フフン!」

 

 あまり表情を変えないブルボンが自慢気にどこか誇らしく話すのは珍しいと思っていると、トレーナーが様子を見に来た。

 

「お、やってるな」

「あ、トレーナー!」

「レースではスピードも大事だがスタミナはもっと大事だからな。がんばれよ、テイオー」

「うん! じゃあボク走ってくるね」

 

 そう言ってボクはコースへと向かった。

 トレーナーにがんばれって言われると、すごく嬉しい。もっと嬉しいのはタイムがいいと褒めてくれること。

 だからきついトレーニングも頑張れる。

 走っている最中、ふと目がトレーナーとブルボンを見てしまう。なにやら二人だけで楽しそうに話してて。トレーナーがブルボンの頭を撫でている。

 それを見た途端すごく胸が痛くなった。

 

 いま頑張っているのはボクなのに、ちゃんとボクだけを見てほしい。

 

 そう思うような日々が続いて、ボクはいつしかトレーナーのことを意識するようになった。

 同時にボクの心には、黒いなにかモヤモヤしたものが生まれた。

 

 

 

 そして──ボクが無敗の三冠ウマ娘を目指す年がやってきた。

 ライバルでもあるマックイーンが天皇賞・春を制し、天皇賞・秋に向けてトレーニングする中、ボクは皐月賞を勝利してまずは一冠をもぎ取った。

 

「まずは皐月賞おめでとう、テイオー」

「ま、ボクなら当然だけどね!」

「油断は禁物だ。でも、お前ならできるさ」

「えへへ」

 

 そう言ってトレーナーはボクの頭を撫でてくれる。レースに勝つといつもこうしてくれて、ボクはこれが大好きだった。

 

 次に日本ダービーに挑む日がやってきた。コンディションは最高、ボクの気分も絶好調。なによりも負ける気がしなかった。

 

『いまトウカイテイオーが1着でゴール! これにより無敗の二冠を達成! 皇帝シンボリルドルフの記録まであと菊花賞を残すのみです!』

 

 最高な気分で始まり、最高の気分のまま終われた。

 ボクはセンターでウイニングライブを歌い、絶好調のまま控室に戻ろうとしたとき、トレーナーがやってきて何やら険しい顔をして言ったんだ。

 

「テイオー、今から病院に行こう。もう遅い時間だがなんとか診察してくれるそうだ」

「と、トレーナー? 何を言ってるのさ。ボク、こんなにも元気なんだよ? どこも怪我なんてしてないよ」

「見た目はな。俺の思い違いだったらそれでいい。あとで説教は聞く。だから、いまだけは俺と一緒に病院に行ってくれ」

「わ、わかったよ。けど、これで何もなかったら言うこと何でも聞いてもらうからね!」

「ああ、わかってる」

 

 トレーナーはボクのお願いを受け入れてくれた。

 そうだよ、ボクはどこも悪くなんてない。だから、これでトレーナーにすごいことをしてもらうんだ。

 

 この時のボクはそんなことを考えて浮かれていた。

 

 

 

 

 

「──トウカイテイオーさん、折れてます」

「えーと、なにが?」

「骨折です」

「フーン……え、えーーーー!?」

「……」

 

 病院につくなりレントゲンを撮られてから少し経って診察室に呼ばれ、レントゲン写真を見せながら先生はボクたちに告げた。

 先生の言葉にボクはまだ脳が受け入れておらず、思わずトレーナーを見て現状をようやく理解した。

 

「先生、骨折はどの程度ですか? 11月の菊花賞までには完治できますか?」

 

 トレーナーはボクと違って淡々と話を進めていた。

 

「無理です。最低でも来年の春までは」

「それは完治の話ですよね?」

「お気持ちはわかります。ですがおやめなさい。それはあなたが一番よくわかっていらっしゃるはずです」

「……わかりました。じゃあお願いします」

「はい」

「え、なんの話……」

「とりあえず痛み止めを打って今日は入院してもらいます」

「えっ!?」

 

 ブスリ。

 

 もう暗くなった病院にボクの叫びが響き渡った。

 

 

 翌朝。

 ボクは病院で一泊して、脚にギプスを施してもらい、タクシーで迎えに来たトレーナーと学園に向かうことになった。

 一夜明けてもボクの気持ちは揺らぐことはなくて、タクシー内だというのに盛大に騒いだ。

 

「やだやだやだやだ! 絶対に菊花賞出る! だって、もうちょっとで無敗の三冠ウマ娘になれるんだよ! 絶対に諦めないっ!」

「俺も同じ気持ちだ。だが、菊花賞までには間に合わん。だからダメだ」

「トレーナーはボクのトレーナーでしょ! だったらそのウマ娘の望みを叶えるのが仕事なんじゃないの!?」

「ああそうだよ。トレーナーとしてお前の夢を叶えてやりたい。だが! 俺は、お前のトレーナーとしてお前をここで潰させるわけにはいかないんだ」

「トレーナー……」

 

 本気だった。

 トレーナーは真っすぐボクと向き合って、真剣にボクのことを考えてくれている。

 それはとても嬉しいことなのに、ボクはどうしても諦められないから、それを受け入れることがまだできなかった。

 

「それでもボク、諦めきれないよぉ……」

「……まだお前は負けてない」

「──え?」

「テイオー。お前は無敗のウマ娘になれ」

「むはいの、ウマ娘……?」

「そうだ。だからいまは耐えろ。周りの奴らがなに言おうと、お前はまだ負けてないんだ」

「……なれるかなぁボク」

「なれるかじゃない、なるんだ。夢は、目標は時として変わるものだ。そして俺はそれを叶えるためにいるんだ」

「……うん、うん」

 

 無敗の三冠ウマ娘を諦めたことと、まだボクはがんばれるんだ。それらが入り混じった気持ちがあふれてつい目から涙が零れそうになる。

 

「泣くな。泣いていいのは引退するときだ」

「うん……」

 

 トレーナーは優しくボクの頭を撫でながら抱きしめてくれた。

 心地よかった。暖かかった。

 

 死にかけていたボクの心は、無敗という魔法の言葉で繋ぎとめられた。

 

 だからまだ走れる。きっと大丈夫。

 

 ──でも、現実はそう甘くはなかったんだ。

 

 

 

 骨折してからというもの、やっぱり無敗の三冠を前にその夢が終わってしまったボクにみんなはいつも異常に神経質というか気をつかうようになった。

 それはそれで嬉しくもあり、戸惑うこともある。

 だから、あの時のスズカもこんな気持ちだったのかなって共感すらしてしまった。

 

「三冠はダメになっちゃったけど、まだ無敗だからね! だからマックイーン。来年の天皇賞・春、ボクと勝負だ! もちろんボクが勝つけどね」

「ふふっ。それでこそ私のライバルですわね」

 

 完治するのが来年の春。その時期には天皇賞という大きな頂があった。それにボクは出ることを決めた。もちろんその前に復帰レースはするけど。

 そのことをトレーナーに話したら複雑そうな面をしていた。

 

 それも当然だよね。

 だって、春の天皇賞はマックイーンにとって連覇がかかっている大きな目標だもん。

 悪いとは思う。けど、ボクは無敗でいるためには避けられない壁だと思うんだ。これを超えれることができれば、ボクはもっと強くなると思うから。

 

 それにボクが勝ったら、トレーナーだってうれしいよね? 

 

 ボクと一緒に無敗のウマ娘っていう夢を叶えるんだから。

 

 

 

 

 それからボクにとっては幸せの時間だった。

 だってトレーナーはボクに気を使ってくれて、ボクもいつも以上にトレーナーの傍にいられたから。

 みんながトレーニングしている時だってそうだ。

 

「なあ、松葉杖じゃなくて車椅子のがよくないか? 自分の足で歩きたいのはわからなくもないし、ギプスをしているから大丈夫かもしれないが……」

「ヘーキヘーキ。心配しすぎだよトレーナーは」

「でもなぁ」

「何かあったらトレーナーがボクを助けてくれるでしょ?」

「それはそうなんだが」

「えへへ。ならいいじゃん。ね?」

 

 ボクはわざとらしくみんなに聞こえるように言って見せる。トレーナーの傍にいたいと、彼を好きな子はみんなそう思ってる。

 だから見せびらかしてる。

 

 倒れそうになって抱き着いたり、ちょっと脚が痛いと言って抱っこしてもらったり、トレーニングの最中ずーっと隣でみんなのタイムを計ったり。

 トレーニング中はずっとボクはトレーナーの傍にいた。みんなには味わうことができない最高の時間。

 

 だから、ちょっとだけ思っちゃったんだ。

 

 ──怪我をすればトレーナーを独占できるって。

 

 

 少し月日は流れてギプスが取れたときもトレーナーはボクの傍にいてくれた。当然だよね。ギプスが取れてからが本当のリハビリが始まるんだから。

 特に療養中に失った体力を取り戻すのが今後のトレーニングの課題だ。だからできるだけ脚に負担をかけないトレーニングになるわけで、その方法は限られている。

 だから二人きりでプールでトレーニングをする機会が多かった。

 

 自分でも言うのはアレだけど、ボクの身体はそこまで魅力的ではない。背も低いし、胸だって大きくない。それでも、トレーナーにボクの身体を見てもらえることに興奮していた。

 

「はぁはぁ……ふぃーつかれたぁ」

「お疲れ。どうだ気分は」

「悪くないけど、やっぱりターフの上を走りたいよ」

「負担をかけない走りならいいけどもう少しだな。いまは少しでも体力を戻そう」

「うん! マックイーンに負けられないからね!」

「ははっ。そうだな」

 

 複雑な思いが混じった声だったと思う。けど、濡れた髪でもトレーナーは構わずボクの頭を撫でてくれた。

 そんな中、ボクの中にある感情が芽生えた。

 

 それは多分、独占欲。

 

 今日までボクはいつもトレーナーの傍にいた。だからトレーナーが他のウマ娘と一緒にいるのはとてもイヤだった。

 仲間のみんなは仕方ないにしても、関係のない部外者は特にイヤだった。たとえそれが、かつての夢だったカイチョーだったとしても。

 

 カイチョーがトレーナーのことを好きだということは、ボクがトレーナーに対して恋を自覚したあたりから気づいた。

 なんで好きだとか、どうしてだとか、そういう感情は特に抱かなくて。ただ単に、邪魔だなって思ってた。

 きっとカイチョーは、自分のクラスの先生だから、少しボクより先に出会っているから、そうやって自分が有利だと思ってるんだろうなって。

 

 けどさ、トレーナーはボクのトレーナーなんだから、カイチョーはどこか行ってよ。みんなならともかく、カイチョーは『部外者』なんだから。

 だから、そんな声で喋んないでよ。

 

『先生ひどーい!』

『そう拗ねるなって。じゃあ今度その店連れていってやるから。えーとどこだっけ。この前オグリたちといった店の名前』

 

 ボクは相談室の扉の前に立っている。ここがトレーナーと逢引きする場所なのはとうに調べがついていた。

 それにしてもトレーナーも優しいよね。自分の生徒だからってそこまでしてあげるんだからさ。

 

『それでいつ行くか。といっても俺に合わせてもらうんだけど』

『ねえ先生。一緒にご飯を食べにいくのもいいけど、久しぶりにわたしがお弁当を──』

 

 困るよね? 嫌だよね? だからボクが助けてあげる。

 

「トレーナーいるー?」

「ああ、テイオーか。どうした?」

「どうした、じゃないよー! もうとっくにトレーニングの時間なのに全然こないんだもん。みんな待ってるんだよ?」

「もうそんな時間か。ルドルフ、話の続きはまた今度な」

「あ、ああ」

 

 あーあ。かわいそうなカイチョー。でもごめんね。トレーナーはボクだけのトレーナーだからあげられないんだ。

 

「つづきってなんの話?」

「秘密だ。生徒のプライバシーを守るのも教師の仕事なんでな」

「ふーん……ま、いいけどねー。じゃあカイチョー、ボクのトレーナー借りてくね。ほらいくよトレーナー!」

 

 まるで恋人のようにボクはトレーナーの腕に抱き着く。

 ねぇ、カイチョー。カイチョーは生徒会長だから、こういうことできないよね? ただの先生と生徒の関係だからこんなことできるわけないよね? 

 ボクはできるよ。

 なんてたって、トレーナーのウマ娘だから。

 

 だからさ。

 

 こんなことをしていても無駄なんだよカイチョー、ニシシっ。

 

 

 

 

 リハビリ生活を続けてから気づけば年が変わって、復帰戦の大阪杯に出走して勝利。

 完全にとはいかないけど、ボクはかつての走りを取り戻しつつあった。

 また阪神大賞典に出走したマックイーンも勝利。これで互いに春の天皇賞に挑む準備が整った。

 そんな時。天皇賞の前日を控え、トレーナーはボクとマックイーンどっちを応援するかの話になった。

 

「もちろんトレーナーさんは私を応援してくれますわよね?」

「なに言ってるのさマックイーン。当然ボクだよね、トレーナー!」

「……勝った方にはいつもの店でパフェ奢ったる」

「パフェですって!? いいですわね……」

「ちなみに負けたら?」

「は? 水に決まってんだろ」

「まあ、当然ですわね」

「ふ、ふん。マックイーンが泣きながらボクのパフェを見ているのが想像できるよ」

「なんですって!」

「なんだよ!」

 

 この感覚は久しぶりだった。これがこのチームの空気で、いいところなんだなって改めて思える。

 するとトレーナーは優しくも真剣な眼差しでボクらを見ながら言った。

 

「レースにあるのは勝利と敗北 勝者か敗者。なによりも勝つために走れ。悔いのない走りをしろ。俺から言えるのは、これだけだ」

 

 なんで当たり前のことを言っているんだろうってボクは思った。そんなの当然でしょって。

 それもあるけどボクには無敗が、マックイーンには連覇がかかってるんだ。

 だから負けない。

 マックイーンには──負けないんだ。

 

 

 

 

 レース当日。

 他に出走するウマ娘達がゲート入りをする中、ボクとマックイーンはバ場に向かう通路を肩を並べながら向かっていた。

 もう一歩足を出せば外に出るということでマックイーンが足を止めてボクに言った。

 

「私が勝っても泣かないでくださいね」

「そっちこそ」

 

 なんでマックイーンがそう言ったのかはわからない。

 だけど、勝つのはボクだ。

 

 そして──

 

『マックイーンだっ、マックイーンが前に出た! トウカイテイオーはまだ後ろ!!』

 

 二週目の第二コーナーあとの直線。ボクはマックイーンの後ろにいた。

 まだそんなに離れていない。これでいい、これがボクの走り方だ。このまま食らいついて第三コーナーで一気にペースを──あげた。

 

 するとマックイーンもさらに加速した。

 

 こちらに気づいているのか、それともまだ余裕があるのか。

 少し、ほんの少し差が開く。

 

 でも、まだ大丈夫、追いつける。

 

『さあマックイーンを先頭に最後の直線だ!』

 

 まだマックイーンは前にいる。ほんの少し差が開きつつある……? 

 そんなはずない。

 あれだけトレーナーとトレーニングをしてきたんだ。

 無敗の三冠ウマ娘を諦めて、無敗のために走ってるんだ。

 

 だから負けない。ボクは、負けないっ。

 

 だけどなんで脚があがらないの!? 

 

『勝ったのはメジロマックイーン、メジロマックイーンだぁ!』

 

 脚があがらなくてペースが全然上がらない。気づけば後続にどんどん抜かれていって……マックイーンはもう見えなくなっていた。

 

 そのあとのことはあんまり覚えていない。

 自分が何位だとか、そういうのも頭に入ってなくて、ただマックイーンにおめでとうって言って、気づけば控室に向かって歩いていたんだ。

 

 けど、おかしいんだ。

 歩くたびに右足がうまくいうことを聞いてくれなくて、それでもボクはただ前へ、前へと歩いていた。

 すると気づいたら目の前にトレーナーが息を荒くしてしてボクの前に立っていた。

 

 ダメだよトレーナー。ボクは負けたんだよ? 勝ったマックイーンのところにいかなきゃ。

 

 心の中でそう言えても、口にはなぜか出せなかった。

 

「テイオー……やっぱりお前っ」

「──え?」

 

 トレーナーがボクを突然抱きかかえて控室ではなくどこかへ向かって走り出していた。ボクは突然のことで放心していて、現状がいまいち把握できていなかった。

 けどひとつだけ確かなのは、トレーナーに抱きかかえられて、まるでお姫様みたいになった気分にボクはなっていた。

 

 

 

 

 

 二度目の骨折をどうやらボクはしてしまったらしい。

 それがレース中なのか、それともレース後なのかはわからない。だけど、それを理由にボクは負けたなんて口にはしたくなかった。

 

 ただボクはもう空っぽになってしまった。

 

 無敗という言葉で繋ぎとめていた魔法が解けてしまったから。

 

 それからの日々は無気力状態だった。何をするにもぼーっと上の空の日々が続いた。みんなもそんなボクを見てあまり声をかけてこない。

 マックイーンなんてボクをみては、すぐにトレーニングに戻るぐらいだ。

 でも、トレーナーはこんなボクでも見捨てはしなかった。

 

「今は休め。そしたらゆっくり話をしよう」

 

 トレーナーは優しかった。

 けど、その優しさが辛かった。

 

 松葉杖も使わずにちゃんと歩けるようになった頃、ボクはトレーナーに呼び出された。

 トレーナーには各々にちゃんと部屋が与えられているのは知っているけど、あまり来たことがない場所だ。

 初めてトレーナー室に入ったけど、意外と広くてあまりモノがなくて寂しい部屋だった。

 トレーナーは机の上に腰かけて重苦しそうに語った。

 

「マックイーンが骨折した。復帰は来年になるそうだ」

「うん。知ってる。登校しているとき、爺やさんに教えてもらった」

 

 最初に抱いたのは、ほんとここ最近のボクたちは運が悪いってこと。凄く調子がいい時に限って怪我をするんだ。

 

「そうか……。しかし神様ってのはつくづく試練をお与えになるらしい──ほんと、糞野郎だ」

「……どういうこと」

「気にするな、ただの独り言だ」

 

 そう言われても困る、そう思ったけどトレーナーが何を言いたいのかボクにはよくわからなくて、あまり深く考えないことにした。

 

「で、お前はこれからどうする?」

「……ボク?」

「そうだ。あんなことがあったから、俺も少し時間を置いた。もう足は歩けるようになって、軽めのトレーニングならできるだろう。……まだ、悩んでいるのか?」

「だって……三冠も、無敗の夢もなくなったんだよ。ボクにはもう何も残ってない、なにも……ないんだ」

「本当にそう思ってるのか?」

「……え?」

 

 トレーナーは机から降りてボクの目線に合わせると肩を掴んで言った。

 

「まだあるはずだ。三冠も無敗も確かになくなっちまった。だけどあるんだよ。誰もが、ウマ娘なら誰もが持っているはずのものが」

 

 ウマ娘になら誰もが持っているもの? 

 

 ボクは考えた。空っぽになっている頭をがんばって動かして探し出そうとした。

 なんだろう、ボクにも持っているものって。

 考えた。必死に考えて、考えて、考えて──わからない、全然思いつかない。

 下げていた頭をあげた。

 そこにはトレーナーがボクの答えを待っていた。

 そこでボクは──わかった。

 

「……トレーナー……そうだよ、ボクにはまだトレーナーがいる」

「い、いや、待て。それは──」

「トレーナーはボクが一番をとれたら……うれしい?」

「そ、それは確かに嬉しい。けどなテイオー。俺が言いたいのは──」

「じゃあボク、トレーナーのために走るよ! トレーナーのために勝ち続ける! それならボクもうれしいし、なによりトレーナーも喜ぶもんね!」

「待ってくれテイオー! いいか、一度落ち着くんだ。そこに俺は関係ない。お前はウマ娘にとって大事な──」

「よし! そうと決まったらトレーニングしなきゃ! トレーナー、ボク先に行ってるね!」

 

 そうだよ。ボクにはトレーナーが残ってる。

 三冠も無敗もなくなっちゃったボクだけど、なにより大切なトレーナーがいるじゃないか。

 トレーナーのためにレースを走って、トレーナーのために勝つ。

 これほど嬉しいことはないよ。

 そう思えば思うほど、身体に力がみなぎってくるような気がする。

 

「待ってくれっテイオー! テイオー!」

 

 ボクの耳にトレーナーの声は届いていた。

 

 だけど、ボクは聞こえないふりをしながら逃げ出していた。

 

 

 

 

 それからボクはサボっていた時間を取り戻すかのように練習を再開した。トレーナーのためにがんばる、そう思うだけでなんでもできるような気分になれる。

 

 だけど、そのトレーナーは最近ボクに対してどう接すればいいか悩んでいるようだった。

 

 ちゃんと練習メニューは考えてくれるけど、前みたいに積極的にボクのところにいてくれない。どうしてなんだろうって、ずっと考えた。

 でも全然わからなくて、けどある日それに気づいた。

 

「なあ、マックイーンの調子はどうなんだよー」

「マックイーンはギプスがとれてリハビリ中だ。ケーキ持っていったら隠れて食べるぐらい元気だったよ」

「アイツらしいや」

 

 トレーナーは毎週休日を使ってマックイーンの様子を見に行っている。

 それで気づいた。

 

 マックイーンがボクのトレーナーを誘惑しているに違いないって。

 

 そうだ、忘れていたよ。ボクが怪我をした時もそうだったんだから、マックイーンだってそうするよね。

 さすがボクのライバルだよ。

 だけど、ボクのトレーナーは渡さないっ。

 ある日、ボクはトレーナーとマックイーンがどんな様子で過ごしているか知るために監視をすることにした。

 マックイーンが滞在している場所は知っていたから、先に現地に行ってトレーナーを待つことに。

 すると一台のバイクがやってきた。敷地内に入るとバイクを止めてヘルメットを脱ぐと──

 

 トレーナーだ。

 

 ボクは見惚れていた。初めて見るトレーナーの姿に、ボクは惚けていた。

 するとボクがのんびりしている内にトレーナーは中に入ってしまった。中に入る手段は流石になくて、かといってウマ娘自慢の聴力をもってしても室内は無理だ。

 

 ううぅ、これはさすがに作戦ミスだよぉ。

 

 諦めて帰ろうと思ったらトレーナーが外に出てきて、また少ししたらマックイーンも出てきた。それもぴっちりとしたライダースーツを着て。

 

『お、結構似合ってるじゃないか』

『と、当然ですわ!』

 

 ボクの耳が二人の会話を捉えた。

 

「……ずるいよ、マックイーン」

 

 ボクはそんな風に言ってもらったことない。最近はその笑顔をボクには見せてくれない。

 なんでなのさ、トレーナー。

 ボク、こんなにもキミのためにがんばってるのに、どうしてマックイーンにだけはそんなに優しいんだよ。

 どうして? マックイーンが骨折したから? 

 またボクも怪我をしたら今度はちゃんと優しくしてくれるの? 

 そっか。そうだよね。マックイーンはボクのライバルで、恋のライバルでもあるんだったね。

 恋はダービーってよく言うもんね。

 だからマックイーンはそういうやり方をするんだ。

 だったら、ボクはボクのやり方でキミと戦うよ。

 ボクは負けないよ。

 

 だって、ボクはキミと違ってトレーナーのために走っているんだから。

 

 

 

 復帰戦の天皇賞・秋。

 最終コーナーを立ち上がって、最後のストレート。ボクの目は自然と観客席にいるトレーナーを探し……彼の姿が目に映る。

 トレーナーはボクを見てくれている。

 それだけで身体に力が入る。限界なんてない。

 だから負けるなんてことはないんだ。

 

『ふ、復活! トウカイテイオー復帰戦の天皇賞・秋を見事制しました! 彼女は再び私たちに奇跡を見せてくれたぁ!!」

 

 復帰戦の天皇賞・秋で、ボクは勝ってみせた。

 これでいいんだよね、トレーナー? 

 

 控室に戻るとみんなが出迎えてくれた。

 

「すごいじゃないテイオー!」

「そーだよ! 本当に復帰戦とは思えなかったぜ!」

「えへへ。あ、トレーナー! 見ててくれた? ボク、がんばったよ!」

「あ、ああ」

 

 褒めてほしくて、がんばったなって、言ってほしくてボクはトレーナーの前に立った。だけど、トレーナーの表情はボクと対照的だった。

 

「テイオー」

「ん、なに?」

「身体は……大丈夫か?」

「もう見てなかったの? もちろん絶好調に決まってるよ!」

「そう、か」

 

 そう言うだけでトレーナーは部屋を出て行ってしまった。

 

「もう、なんだかトレーナー冷たくない?」

「トレーナーのヤツどうかしたのかよ」

 

 スカーレットとウオッカがボクの言いたいことを代わりに言ってくれた。

 そうだよトレーナー。

 ボク、トレーナーのために走っているんだよ。

 なのになんで……ボクにそんなに冷たいの? 

 

 ……あ、そっか。マックイーンなんだね。

 

 アイツがトレーナーに何か吹き込んだに違いない。

 どうせボクに嫉妬しているんだ。だからトレーナーを使ってボクに意地悪するんだ。

 そんなにボクと早く決着をつけたいの? 

 ならいいよ。

 だったらボクから出向いてあげる。

 

 

 

 ボクは午後のトレーニングをサボってマックイーンのもとに向かうことにした。一度行ったことがあるからそこまで難しい道のりじゃなかったけど、場所が場所なだけに目的地に着くころにはすっかり夕方になっていた。

 

 ボクが入り口前まで来ると爺やさんがマックイーンのところに案内してくれた。部屋に入ると、彼女はこんな遅くまでリハビリを続けていることに驚いた。

 要件だけ言ったら帰ろうと思ったけどなんやかんやあって、お風呂に入って、気づいたらマックイーンに連れられて展望台みたいなこところに連れてこられた。

 その間マックイーンが話しかけてきたけど、適当に二つ返事で会話は続かなかった。

 

 だって、元々ボクが用があってここに来たんだもん。それ以外のことで喋る必要なんてないよね。

 だから早く言うことを言って帰ろう。

 

「ねぇ、マックイーン。ボクね、無敗の三冠も無敗の目標もぜーんぶなくなっちゃったよね」

「て、テイオー?」

「でもね? ひとつだけ残ってたんだ。三冠も無敗もなくなっちゃったボクだけど、トレーナーのために走ればいいって、トレーナーのために1番を取ろうって」

「っ!」

「待ってください、テイオー! それは、それは──」

 

 ああ、やめてよ。なんでマックイーンまでトレーナーと同じようなことを言おうとするのさ。

 黙ってボクの話を聞くだけでいいんだからさ。

 

「だから、マックイーン。早く戻ってきてよ」

「……え?」

「そうだなあ……うん、今度の宝塚記念にしようよ。次はボクが勝つから。今度は負けないよ。だって、ボクはトレーナーのために走るんだもん。絶対に負けられるわけないよね。だからさ、マックイーン」

 

 ボクはあの時マックイーンに言われたことをそのまま返すことにした。

 

「ボクに負けても泣かないでよね」

 

 言うだけ言ってボクはマックイーンを置いて帰ることにした。

 負けるのはマックイーン、キミだ。

 ボクは勝つよ。

 だってボクには──トレーナーがついているんだから。

 

 

 ボクはその強さを証明するためにジャパンカップに出た。

 

『すごいトウカイテイオー! 天皇賞に続きジャパンカップも制した!』

『しかしかなりギリギリでしたね。前回の天皇賞ほどの力を感じられませんでした』

 

 ほら、勝った。

 周りが何か言ってるけどボクには関係ない。

 でも、トレーナーは辛い顔でボクを見てる。

 なんで? 

 

『どうしたトウカイテイオー、どうしたトウカイテイオー! 上がらないまったく上がれない! 天皇賞、ジャパンカップ、そして有マと連勝を重ねると思いきやまったく走りに力がないぞ!』

 

 ──負けた。

 トレーナーがいないから負けた。

 どうして? なんでいないの? トレーナーはボクのトレーナーじゃないの? 

 トレーナーのために走ってるのに、それなのになんでボクのレースを見に来てくれないの? 

 

 でも、トレーナーはレースが終わったあとにボクのところに来てくれた。

 けどおかしいんだ。

 ボクを見るトレーナーの顔がおかしいんだ。

 だからボクは謝った。

 

「ごめんね、トレーナー。ボク……負けちゃった」

「テイオー、当分お前はレースには出させない」

「な、なんで! きょ、今日はちょっと調子が出なかっただけだよ! 今度は絶対に勝つから、勝つからさ。それにマックイーンとの約束だってあるんだ!」

「そのことは聞いている。だが、当分はダメだ。これは……命令だ」

 

 ──命令。

 それはこのチームにとって初めて下された言葉だ。トレーナーはいつだって、こうした方がいい、これやってみろ、そういう風にしかボクたちに言ったことがない。

 それなのにいまこの瞬間、ボクにだけ命令をした。ボクだけに向けられた言葉。

 ボクはそれをうまい具合に解釈をしたんだと思う。

 

「わかったよ。トレーナーがボクにそう言うのならそれに従う」

 

 ボクはただそれに従った。

 トレーナーがなんで、命令なんて言葉を使った意味も考えずに。その方が悩まなくて、苦しむことがないって思ったから。

 

 

 

 年が明けてしばらくしてマックイーンが帰ってきた。

 マックイーンは春の天皇賞三連覇を目指すべくトレーニングを再開して、そこにボクやみんなが混じってかつての風景が戻ってきた。

 

 ボクはといえば、普通に毎日トレーニングを熟していて変わらない日々が続いていた。

 でも少しだけ変化もあって、トレーナーはボクにあまり付いてくれなくなった。けど毎回必ず言うんだ、大丈夫かって。ボクは笑顔で、大丈夫だよって返す。

 話かけてくれるだけで嬉しかったけど、ボクはなんでトレーナーが毎回そう尋ねてくるのかまだ分からないでいた。

 

 そのトレーナーは今はマックイーンに付き添っている日が多い。それも当然で、去年ボクが復帰した大阪杯に勝利して、今度は天皇賞に勝つためにトレーニングをしているからだ。

 ボクはトレーニングをしながら二人を遠くから眺めていた。

 アレはかつてのボクだ。本当だったら今だってボクの隣にトレーナーがいたはずなのに。

 マックイーンは終始真面目にトレーニングをしていた。ボクだったらどうだったろう。多分、トレーナーがいることに嬉しくて、いつも笑みを浮かべていたと思う。

 でもそれが一体なんの違いがあるんだろう。

 

 ボクとマックイーン。ボクたち二人にはそこまで差はないはずなのに。

 

 

 

 それから迎えた天皇賞・春だけど、波乱が巻き起こった。

 元々エントリーする予定がなかったライスが出走することになったこのレース。それが原因なのか、トレーナーは終始複雑な表情をしていて、レースが始まってからは顔を塞いで、耳すらヘッドホンで何も聞こえないようにしていた。

 まるでこのレースの結果がわかっているようにだ。

 

 なんでだろうって、ボクは思った。

 

 それはすぐにわかった。

 先頭を走っていたマックイーンが最後の直線でライスに抜かれた。マックイーンは抜き返すことができずにライスが勝利。

 原因はわからないけど、トレーナーはこうなることを予見していたのかって思った。

 同時にボクはマックイーンが負けたことに驚いてはいた。そして同じくらいマックイーンを……心の中で失笑していたんだ。

 

 ああ、これでボクと同じだねって。

 

 ボクは無表情を作っていた。けど、自分で思っている以上に口元は緩んでいたかもしれない。

 マックイーンを見る。

 彼女は負けたのに笑っていた。ライスに賞賛を送っていた。

 

 負けたのになんで笑っているのか、ボクには理解できなかった。

 

 それがかつてボクがマックイーンにしたことだというのに、ボクは──忘れていた。

 

 

 

 

 それからボクはマックイーンとの約束した宝塚記念に向けてトレーニングを続けていた。トレーナーもこれに関しては大分前に出ることを許可してくれた。

 それでもトレーナーは最後まで悩んでいたように見えた。

 

 でも、いまはそのことについてはどうでもよかった。

 やっとマックイーンと戦える。去年の天皇賞は負けちゃったけど、今度は負けない。

 勝ってボクはマックイーンに、なによりもトレーナーに見せつけるんだ。

 ボクのがすごいウマ娘だって、トレーナーに相応しいウマ娘は誰でもないボクなんだって。

 その日のボクはすこぶる調子がよかった。自分でもびっくりするぐらい身体が軽かった。

 

 よし、ここでペースをあげる! 

 

 レースと同じ感覚でボクは左脚に力を入れ、強く芝を蹴った。

 

「──え?」

 

 瞬間、左脚に激痛が走って、ボクは気づけば芝の上にすごい勢いで転がってしまった。

 転がった痛みは左脚の激痛で感じなかった。

 すると声が聞こえたんだ。

 

「誰か担架を持ってこい! それに救急車ッ、それと保健室にいって先生を呼んでこい!」

 

 トレーナーの声が聞こえて、痛みで閉じていた目を少し開いた。そこにはボクの名前を呼びながらこっちに走ってくるトレーナーの姿が映った。

 

「テイオー俺を見ろ! 大丈夫だ、すぐに病院に連れて行ってやるからな!」

 

 ああ、やっとトレーナーはボクだけを見てくれている。

 やっぱり怪我をしなきゃトレーナーはボクを見てくれないんだね。

 だったらもう──走れなくてもいいや。

 

 痛みで意識が朦朧とする中、ボクはそんなことを思ってしまった。

 

 

 

 

「骨折です」

 

 何度もお世話になっている先生が、顔色変えずにボクとトレーナーに告げた。

 

「そっか……でもまた走れるようになるんでしょ?」

「三度目の骨折です。もしかしたら癖になっているかもしれません」

「またまた~。癖になってるからって、別に走れないわけじゃないんでしょ?」

「走れないわけではありません。ですが、以前のように走れるかは保障しかねます。7割戻ればいいか……」

「は、はははっ。だ、大丈夫だよ。前だって問題なく走れたんだから、今回だってまた走れるようになれるよ。ね? そうだよね、とれ……な……?」

 

 トレーナーの方に向くと、彼は瞼も動かさず、顔色一つ変えずにいた。まるで、この世の終わりみたいな、そうまさに絶望という言葉が合う感じで、トレーナーは淡々とした声でボクに言ったんだ。

 

「テイオー……先に行っていなさい。俺は、先生と話がある。それが済んだら……行くから」

 

 反論はしなかった。

 ナースの人に病室へ案内されて、ベッドに座りながら先程のことを思い出していた。

 

 ボクははじめてトレーナーが怖いって思った。

 それは同時に、トレーナーはボクに失望してしまったんだと気づいてしまった。

 二度ならず三度も骨折したんだ。そりゃあ失望するよね。

 そう思ったらすごく身体が寒くて、思わず自分で自分の身体を抱きしめていた。

 

 三冠も無敗も失くして、トレーナーのために走っていたのにそれすらなくなってしまった。

 トレーナーはもうボクを見てくれない。きっとボクを棄てるに違いない。

 怪我をしたらボクだけを見てくれると今回も思わなかったわけじゃない。でも、それはもうありえないんだとすぐにわかった。

 

 もうボクには何もない。

 

 何もないから、走る理由も意味もない。

 

 空っぽなボクにトレーナーは見向きもしない。

 

「いやだ……こわいよ……早くきてよ……とれーなぁー……」

 

 棄てるかもしれない人の名前を呼ぶ。

 

 怖いよ。来たらなにを言われるか怖くてたまらない。

 

 でも、今ならまだ大丈夫なんだ。またいつものように大丈夫だって、そう言ってくれれば……ボクはまだ平気でいられる、まだトレーナーを信じていられる、トレーナーだけは信じられる。

 祈るようにボクはトレーナーが来るのをまった。

 

 だけど、待っても待ってもトレーナーは来ることはなくて、ボクの心は壊れ始めた。

 棄てられた。トレーナーはボクに失望して棄てた。

 最後に残った希望すらボクには与えられなかった。

 

 けど、翌朝になってトレーナーはボクの前に現れて言ったんだ。

 

「昨日はすまなかった。だけどなテイオー。諦めるな、お前ならまた走れる。可能性はまだゼロじゃないんだ」

 

 その言葉はボクの心の火を灯すことはなかった。

 きっとそれを昨日言ってくれたら、ボクはまだ立ち上がれたかもしれない。

 でも遅いんだよトレーナー……遅すぎるよ。

 

 トレーナーはボクを棄てたと思った。でも、トレーナーを見ればそうには見えなかった。

 確証なんてない。けどボクは怖くてそんなことを聞けなかった。

 だけど、自然とボクの口はそれを問いかけていた。

 

 

 




ピンポンパンポーン。
後半に続きます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。