どけ!トレーナーの隣はわたしだ杯   作:ししゃも丸

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(ぱかチューブでSWネタやってて笑えねぇんだよなぁ)

「11番キタサンブラック、12番サトノダイヤモンドの登場です」
「この中では一番若く注目を集めているウマ娘たちです」
「同じチームの先輩としてゴールドシップさんはどう評価していますか?」
「ブラックは新たなる希望。サトノダイヤモンドはアタシの中では色々と楽しませてくれるウマ娘、かな」
「んー相変わらず例えが難しいですね」
「ですが期待は高まりますよ」
「みんながんばえぇ~」



第11R・第12R キタサンブラック・サトノダイヤモンド前編

「ほら、ダイヤちゃんはやくはやく!」

「ま、まってよキタちゃん!」

 

 一人が前を走り、もう一人がその子の後を必死に追いかけている。ここは公園なのだから、子供が元気にかけっこをしている風景というのはなんら不思議ではない。

 しかし子供達の耳と尻尾を見れば、彼女達は人間ではなくウマ娘であることがわかる。ウマ娘のかけっことなれば、幼くても人間のかけっことは比べ物にならない。

 

 まだ小さいながらもこうして走り回っているのは、やはり彼女達もまたウマ娘の本能にほかならない。ウマ娘にとって『走る』ということは定められた宿命だ。だからこそ、ただの遊びに見えてもこれはある意味トレーニングに当てはまるかもしれない。

 だからと言って二人にとってはほんの遊びだ。故に楽しすぎて周りが見えないことが多々あるというもの。

 

「あ、キタちゃんあぶない!」

「え──いたっ!?」

 

 ブラックはダイヤの声で前を向くことはできたが、タイミングが悪く前を歩いていた男性の足に激突してしまった。

 男もよそ見をしていたのか、彼女がぶつかってようやく我に返ったらしい。

 

「あ、ああ! キミ大丈夫かい」

「いたた……」

「すまない、ちょっと考えことをしていてね。怪我は……うん、ないな」

 

「もう、キタちゃんがちゃんと前を見てないから」

「ご、ごめんなさい」

「わたしじゃなくて、ぶつかったおじさまにあやまらないと」

「あ、そうだった。ごめんなさい、おじさん……おじさん?」

 

 ダイヤに言われて目の前の男に謝罪をしたブラックであったが、当の本人が上を向いてどこか遠くを眺めがら呟いた。

 

「おじさま、おじさんかぁ……俺、これでもまだギリギリ20代なんだけど、そんなに老けて見える?」

「うん」

「ちょ、キタちゃん!」

「子供に言われるとすげー効くぜぇ……」

「ごめんなさいごめんなさい!」

 

 素直なブラックと違って気遣いができているダイヤは、無神経な彼女に代わって頭を何度も下げながら謝る。しかしどうみても目の前の男性は残念ながら若いお兄さんとはさすがに呼べない、とダイヤも口にしはしないだけで思ってはいた。

 

「いいのいいの。今年でおじさんって呼ばれるのは……うん、本当だからね。けど──」

『?』

「走るときはちゃんと前を見なきゃダメだよ。今みたいにぶつかるし、何かが起きたあとじゃ遅いからね」

「はーい」

「もうキタちゃんは調子がいいんだから」

「ところで、二人は練習でもしたのかい?」

「練習? わたしたちはただかけっこをしてただけだよ。ね、ダイヤちゃん」

「うん」

「あーそういうもんなのか」

 

 二人はウマ娘と言ってもまだ子供だ。それこそ走ることだけが遊びだけではないし、今だったらそれこそゲームとかもっと違う遊びがあると男は思っていたのだろう。だから、ここで走り回っているのを見て、学校の行事かあるいは体力テストなどのための練習だと解釈していたらしい。

 

「でもでも、やっぱりわたしもいつかレースで一番をとるの! だから今からがんばって練習するんだ!」

「キタちゃんは気が早いよぉ」

「ははは。まあ、キミたちぐらいの歳の子はいっぱい遊んで、よく食べて、ちゃんと寝るのが一番いいと思うけどね」

「そうなんですか?」

「何かを意識して変な癖がつくよりかはいいんじゃないかな。それこそこんな風に自由に遊べるのは今だけだしね。中学生になったら勉強もいまより難しくなるし、それ以外の時間はトレーニングだから」

「ほえー。おじさん本物のトレーナーさんみたいなこと言ってるね!」

「そりゃあ現役のトレーナーだからね。トレセン学園は知ってるだろ? あそこで働いてるんだ」

『えー!?』

 

 衝撃の事実を知ってブラックだけではなくダイヤまでも驚きの声をあげた。しかし二人の目はキラキラと輝いているようにも見える。

 

「そんなに驚くことかな……」

「だっておじさん、すごーい怖い人かと思ったもん」

「あはは……」

「おいおい。これでも結構名が売れてるトレーナーなんだぜ? 聞いたことぐらいないか。オグリキャップ、サイレンススズカ、ミホノブルボン……あとゴールドシップ」

 

 彼が名を挙げたウマ娘の名前を聞いた途端二人は互いを見合って年相応にはしゃぎながら言った。

 

「あのかいぶつオグリキャップに!」

「うん」

「とうぼうしゃサイレンススズカ!」

「そうそう」

「えーと、さいぼーぐのミホノブルボン!」

「まあ合ってる」

 

 三人までは順調に答え合わせをしていたが、最後のゴールドシップで二人の口は止まってしまう。それを見た彼も何かを察したがもう一度訊いた。

 

「……知ってる? ゴールドシップのこと」

『……』

 

 沈黙が答え。

 彼はそれだけですべてを納得したかのように天を仰いだ。

 

 これがキタサンブラックとサトノダイヤモンドが初めてトレーナーと邂逅した日であった。まだこの時、彼のチームにまだスペシャルウィークやトウカイテイオーが学園に来る少し前の時である。

 

 

 

 

 二人にとってトレーナーとの出会いはこれっきりかと思いきや、意外と関係は続いていた。といっても週に一、二回会うかないか。ただそれが何回も続いたこともあり、今でも交流が続いている。

 それでも互いに連絡先を交換しているわけでもないし、たまたま最初に出会った公園で会う度に色々と教えてもらっているという奇妙な関係である。

 

「手の動きはこんな感じで、全体的にこう走るわけ」

「えーと、こうですか?」

「おじさま。わたしはどうでしょうか」

「ブラックはそれでいいよ。ダイヤはもっと腕をこの角度で振る感じ」

 

 年端もいかない女の子二人に手取り足取り教えている30代の男、というのは見るからに危ない光景である。見る人が見れば、あれは確かにウマ娘への指導だとわかるが、例えそれが分かってはいてもこれでは流石に信じろと言うのは難しい。

 

 なので。

 

「ちょ、ちょっと待てって! 俺は何もしてないって!」

「はいはい。変質者はね、みんなそういうんだ」

「さ、財布だ。財布に学園関係者専用の身分証あるからそれを見てくれ!」

「アンタもしつこいね。最近多いんだよ。トレーナーと身分偽って子供のウマ娘に近づくヤツ」

「だから誤解だって!」

 

 当然通りすがりの人に通報された。これに関してはまさに残当なのである。

 しかしそれを黙ってみているブラックとダイヤでもなく、二人の必死の説得と身分証があってなんとか連行は免れた。ただそれでも信用してはくれず、彼はある人に電話して自分の身分を証明することに。

 時間的に30分もかからずその人は来てなんとか事なきを得た。

 が、彼の修羅場は終わってはいなかった。

 

「トレーナーさん。今回ばかりは理事長に報告させてもらいます!」

「ま、待ってくれたづなちゃん! それだけは勘弁してくれ! このことをアイツに知られたら一生ネタにされて脅される!」

「それを言ったら私だってこれをネタに脅しますよ」

「お、奢る。今度ご飯奢るから!」

「……」

「に、二回おご……じゃあごっ……わかった! たづなちゃんが満足するまでご飯奢らせていただくので今回は見逃してください……」

「そう言われたらしょうがないですね。ひとつ貸しですからね」

 

 当人たちから離れたところで二人は汚い大人の世界を知ってしまうのであった。

 

 

 

 

 また二人が教えを請うのは何も走ることばかりではなく、学業もときには先生らしく彼は教えていた。

 

「おじさん。ここはー?」

「ここはさっきの応用だから、諦めないで頑張りなさい」

「おじさま。わたしもわからないところが……」

「いや、ダイヤは専属の家庭教師とかいるだろ」

「そうですけど、わたしはおじさまの授業のが好きです」

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、教科書通り教えてるだけなんだけどなぁ」

 

 教えていると言っても二人の宿題を片付けるときである。一教師としてこれは如何なものか、と彼も思わなくもなかったが、バレなきゃいいやの精神で特に何も考えずに二人に教えていた。

 ただ彼も意外と満更ではなく、もしかして一番教師らしいことをしているのでは、と思うぐらいであった。

 なにせ彼が担当しているクラスは全員優秀で学年1位でもある。つまりはみんな頭がいいので、1を教えれば自分でどんどん5にでも10にする子ばかりなのだ。

 

「おじさんは先生もやってトレーナーもやってるけど、大変じゃないの?」

 

 宿題の問題集を解きながらブラックは彼に訊いた。

 

「大変だよ。もっと給料増やしてほしいぐらいには」

「なのに、どうして両方やるんですか」

「ダイヤだったらどっちやりたい?」

「わたしですか? んーちょっとどっちもむずかしいです」

「ダイヤちゃんはいつかお父さんの仕事手伝うんじゃないの?」

 

 ダイヤの父親は資産家で有名だ。つまりはいいところのお嬢様である。親友のブラックからしたら、

 将来は父の仕事を手伝うようになると思うのは不思議ではない。

 

「それは先の話だよ。それに本当にそうなるかわからないし、そういうキタちゃんは?」

「わたしも先のことはわかんないなぁ。おじさんはやっぱり両方やりたいから、いまのお仕事してるの?」

「教師はそうかもね。ある人に、あなたは教えるのが上手だから教師が向いてるかもね、そう言われて教師を目指したんだ」

「じゃあ、トレーナーはどうなんですか?」

 

 ダイヤが言うと、彼は二人ではなく遠い空の方を見ながら、どこか懐かしくも悲しい声で言った。

 

「最初は夢、次は未練、いまは……夢の続きが見たい、からかな」

「ダイヤちゃんわかる?」

「わたしもちょっとむずかしいよ」

「あはは。まあ、二人がもう少し大きくなったらわかるかもな」

「大人の人ってみんなそう言うんだよ、ねーダイヤちゃん」

「うん。なんかちょっとズルいです」

「大人はね、ズルいぐらいがちょうどいいのさ」

 

 

 少し時は流れ、彼のチームにトウカイテイオーとマックイーンが加入して二人が活躍し始めた頃。ブラックはテイオー、ダイヤはマックイーンと二人は彼女達の走りに憧れ夢を持つようになった。

 

「なんだ。二人はテイオーとマックイーンのファンなのか」

「うん! わたしもテイオーさんみたいなウマ娘になる!」

「わたしはマックイーンさん!」

 

 時期的にマックイーンが天皇賞・春に勝ち、テイオーが無敗の三冠を目指す年である。実を言えば三人は同じ会場に居たのだが、二人はまだ幼いため人混みに紛れてトレーナーからしたら見えず、逆に彼の場合は単に見ている場所がまったく違うため出会うことがなかった。

 

「じゃあ丁度よかった」

 

 彼はそういうとポケットから二枚のカードを二人に渡した。

 

「おじさま、これは?」

「関係者専用のフリーパス。これを見せれば会場にタダで入れるすげーアイテム」

「おじさんいいの!?」

「他のヤツには見せんなよ。バレたら俺が怒られるからな」

「……またあのきれいなお姉さんにですか?」

 

 ダイヤは以前警察のお世話になりかけた時に来た女性──たづなのことを覚えていたので、きっとまたその人に怒られるのかと思ったようだ。

 彼は彼女の名前を聞くとびくりと肩を震わせた。

 

「その時はまたご飯奢るから大丈夫……たぶん」

「おじさんカッコ悪いよ」

「じゃあそれ返しなさい」

「おじさんはカッコいい! たぶんね」

「なあダイヤ。ブラックのヤツ、最初に比べて俺に冷たくないか」

「あ、あはは。きっとそれだけ仲がいいってことです……たぶん」

 

 こんなにも歳が離れて別に生徒と先生という関係でもない、ただの友人のような関係の三人だ。仲がよくなければこうも毎週会ったりはしない、とダイヤはもちろんブラックも口には出さないだけでちゃんと分かっていた。

 そんな時、前から如何にも黙っていれば美人そうな芦毛の長い髪をしたウマ娘がやってきた。

 

「おーっす未来のチャンピオンども。そんなつまらなそうな男よりアタシとあそぼーぜー」

「あ、ゴールドシップさん。こんにちは」

「こんにちは」

「ちゃんと挨拶ができてよきかなよきかな」

 

 三人の関係はそこそこ年月が経っている。ならばそこに彼女が入っていないわけがなく、気づけばゴールドシップもブラックとダイヤの二人とは面識があった。

 

「おい、ロリコントレーナー。時間だからさっさといこーぜ」

「ん、ああもうそんな時間か。それじゃあ二人とも、また今度な」

「どこかへ行くんですか?」

「これからチームのみんなとスイーツバイキングなんだよ」

「しかもこいつのおごりでな!」

「お前らに金を払わせるわけにはいかんだろうが」

「強がっちゃってさ。じゃあチビどもまったなー」

 

 二人は公園を去っていく二人の背中を見ながら見送っていたが、その間ですら二人は言い合いをしていた。

 

「二人に何あげたんだよ」

「未来への投資」

「おまわりさーん! ここに危ない人がいまーす!」

「危ないのはおめぇだろうが!」

 

 仲がいいのか悪いのかわからない二人を見て、ダイヤはぽろっと口を零した。

 

「おじさまとゴールドシップさんってどんな関係なのかな」

「んー恋人には見えないよね」

「うん」

「となると……あ、アレだ!」

「あれ?」

「うん。わたしとダイヤちゃんみたいな関係じゃない? たぶんだけど」

「あー、そう言われるとそうかも」

 

 恋人には見えず、かといってそれ以上でもそれ以下でもない。例えるなら自分たちと同じ友達あるいは親友というのが当てはまる。だけど、それでもちょっと違うような気がすると二人は思った。

 

 

 

「んー」

 

 ブラックは休み時間という貴重な時間を、ただ自分の席に座って教室にいるクラスメイト、特に男子に目を向けていた。

 当然ダイヤも親友である彼女の小さな異変に気づいた。ただ唸り声をあげているブラックを見てダイヤは首をかしげた。

 

「キタちゃんどうしたの」

「クラスの男子を見てたの」

「それはなんとなくわかるけど、それまたどうして?」

「なんていうのかな。みんな子供だなーって」

「それはそうだよ。わたしたち子供だもん」

「いや、おじさんと比べて」

「あー」

 

 彼の名前を出すとダイヤはブラックが何をしていたのか察しがついた。

 二人にとって身近な男というのは、父親を除けば学校のクラスメイト達が真っ先にあがる。しかし二人の場合は倍近くも離れている彼の存在があった。

 彼は二人にとっては何とも贅沢な存在。教師でありトレーナーでもあり、ウマ娘である自分達にはなくてはならない人だからだ。

 さらに長い付き合いになると、彼の人柄の良さや大人の魅力というのも幼いながらも分かるようになってくる。

 故についクラスメイトの男子と彼を比べてしまったようだ。

 

「変だよね。歳だってすごい離れてるし、だけど全然イヤじゃないんだもん。ダイヤちゃんだってそう思うでしょ?」

「うん。わたしもおじさまのことはキライじゃないし、むしろ一緒にいる時すごく楽しいよ。ほんと、なんでなんだろうね」

「ねー」

 

 ウマ娘は比較的身近な男性で一番名前があがるのはやはりトレーナーである。そのためウマ娘とトレーナーが恋人関係になってそのまま結婚するケースは多い。同時に女性関係で揉めることが多いのだがそれは割愛する。

 そういった特集などを女性雑誌などではよく取り上げられるが、幼い二人にとってそういうのはまだ興味がいかないため知らなかった。

 

 その気持ちがよくあるウマ娘がトレーナーに抱く信頼なのか、はたまた親愛なのかはまだわからないままだった。

 しかし、それに気づくある出来事が起きた。

 

 

 

 

「テイオーさんの次のレースいつかな」

「有からここ最近レース出てないもんね」

「おじさんもあんまり教えてくれないしさー」

「しょうがないよキタちゃん。いくらわたしたちがおじさまと仲がよくても、さすがにそれは教えてくれないよ」

「それはわかってるけど」

「わがまま言っちゃダメだよ」

 

 ブラックはテイオーのファンで憧れだ。だから誰よりもその走りをみたいと思うのは当然であったが、日本ダービー、天皇賞・春と二度骨折をしているので慎重になっているんだろうとブラックは思っていた。

 それはマックイーンを応援しているダイヤも同じで、昨年の骨折から無事復帰戦を勝利して帰ってたので、ブラック同様早く次のレースが見たいと思ってはいても口には出さず胸にしまっている。

 

「だけどさ、最近のおじさんなんだか辛そうに見えるよね」

「うん。やっぱりテイオーさんとマックイーンさんの怪我とか関係あるのかな」

「なくはないと思うけど」

「だよね……」

 

 彼と会う頻度は変わっていないものの、最近……特にテイオーの二度目の骨折とマックイーンが骨折してから彼の表情は以前と違うと二人は感じていた。しかしそれを聞くことはさすがにできずにいる。

 実際聞いたところで幼い自分たちに何ができるのか、それを二人はわかっていたからだ。

 

「……あれ? ねぇダイヤちゃん。もしかしてあそこにいるのおじさんじゃないかな」

「え? あ、本当だ。けど、なんだか様子が変だよ?」

 

 帰り道に通る公園の前を通りかかったとき、ベンチに座っている見慣れた彼がいることに気づいた二人。遠目からだがどこか具合が悪そうに見え、二人は慌てて彼に声をかけながら駆け寄った。

 

「おじさんどうしたの!」

「おじさま、どこか怪我をしたんですか!」

「い、いや、なんでもない……なんでもないんだ」

 

 彼はそう言うだけで顔を上げることはなく、まるで顔を見せたくないかのようだった。しかしブラックもダイヤもその理由はすぐにわかった。

 泣いていたのだ……彼は。

 よく見れば足元に靴で押しつぶしたタバコの吸い殻も落ちている。それも一本だけじゃなく五、六本は吸っていたようだ。

 二人は幼いながらもきっと何か辛いことがあったに違いない、そう思っても声をかけるのを躊躇っていた。いや、なんて声をかければいいのか互いに顔を見合わせている。

 二人がどうすればいいか右往左往していると、意外にも彼がブラックの肩を掴んで必死に声を絞り出しながら言った。

 

「明日……ブラックには、ちょっとよくないニュースが流れるかもしれないけど、大丈夫だから……アイツは大丈夫だから……」

「お、おじさん……?」

「おじさま、わたしたちでよかったら相談に乗りますよ……おじさま?」

「大丈夫……ほんと、大丈夫だから……」

 

 彼の顔は必死に涙を堪えているような表情をしていた。けど、よくみれば頬には涙の痕がたしかにあった。

 二人は、大人とは子供と違って簡単に泣くことなんてないと思っていた。当然彼も大人で、知っている大人の中ではすごく心の強い人なんだと思っている。そんな彼がこれほどまでに追い詰められているのが信じられなかった。

 ブラックとダイヤはいよいよこの状況をどうするか考え始めたとき、後ろから二人の頭を撫でながらゴールドシップが現れた。

 

「ここはアタシに任せて、二人は家に帰んな」

「ご、ゴールドシップさん。で、でも……」

「ゴルシちゃんに任せなって」

「キタちゃん、ここは……」

「う、うん」

 

 自分たちではどうすることもできないと判断し、二人はゴールドシップにこの場を託すことにしてその場を後にする。

 二人はやはり気になったのか、公園の出口で足を止めて振り返る。するとそこには彼の隣に座るゴールドシップがいて何か話しているのは遠目でもわかった。

 けど、二人はそれを盗み聞きしようとは思わなかった。

 

 この出来事が二人にとって、彼を意識するようになったきっかけである。

 ただ、二人が同じ想いを抱くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 あの日、おじさんが公園で泣いている姿を見たその翌日のこと。私はおじさんが言った言葉の意味をお昼休みの時に知った。

 ウマッターというのはすごく便利で、使っている人たちのリアルな書き込みが毎秒電子の海に現れては消えていく。私もURAの公式アカウントをフォローしているから、毎日のように投稿をしているURAのツイートにはよく目を通していた。

 だからいつのまにか来ていた通知を開いたとき、トウカイテイオーさんが三度目の骨折をしたという情報を嫌でも見てしまった。

 

「キタちゃん、もしかして」

「うん……だけど」

 

 ダイヤちゃんもそのことを知って、昨日のおじさんの様子がおかしかったのはこのことだと確信したんだ。

 

 でも……本当にそれだけなのかな。

 

 私は疑念を抱いた。

 確かに三度目の骨折は最近のウマ娘ではあまり起きてはいない故障だけど、あのおじさんが本当にそれだけであんな風になるのかと思ってしまった。こんな短期間で三度の骨折をすればたしかに悲しい、悲劇と言ってもいい。

 おじさんは強くて優しい人だ。でも、もしかしたら人知れずあの時のように泣く人だったかもしれない。

 その可能性もなくはないけど、私はもっとトウカイテイオーさんのことより、何かそれ以上のことがあって弱さを見せてしまったのだと思っている。

 

 意外にも私の予想は確信へと変わった。

 

 

 

 テイオーさんに関して悲しいニュースが流れる中、私は必死に手作りのお守りを作っていた。彼女は私の目標で、同じウマ娘として彼女の走る姿に憧れていたから。

 指に何度も針を刺してはダイヤちゃんのお世話になってようやくお守りができると、私は早速テイオーさんに渡すためトレセン学園に向かった。

 もう夕方で会えるかどうかわからなかったけど、道の向こうからテイオーさんとゴールドシップさんが歩いてきた。

 だから私は彼女のもとに走ってお守りを差し出し──拒絶された。

 予想外の展開だったけど、この時の私はそれでも諦めずにお守りを受け取ってほしくて言ったんだ。

 

「あ、あの、わたしテイオーさんみたいになりたくて、夢なんです!」

「ごめんね。でも、それ諦めて。他の子にした方がいい──」

 

 驚いた。テイオーさんの言葉よりも、ゴールドシップさんが彼女の頬を叩いたことに。

 そこからはテイオーさんとゴールドシップさんの口論が始まった。私は最初それに呆気にとられていて、ゴールドシップさんがテイオーさんの胸倉を掴んだあたりで我に返って必死にゴールドシップさんを抑えることに精一杯だった。

 何度もゴールドシップさんに呼びかけたけど、彼女は怒りで我を忘れているのか私の声は届かなかった。でも私の耳は二人の声が嫌でも聞こえて、それで知った。

 

「アイツが辛くないとでも思ってんのか! アイツは、お前と同じぐらい辛ぇんだよ! お前にわかるか? 夢を叶えようと思っても叶えらなかったヤツの、その夢を叶えてあげられなかったヤツの悲願が!」

 

 幼い私にしては驚くほどゴールドシップさんの言葉の意味を理解してしまった。

 

 私は知っている。おじさんが辛かったのを。

 多分泣いていたのはテイオーさんのこともあったかもしれないけど、それ以前に似たようなことがあったんだと思った。だからその人とテイオーさんを重ねていたんだって。

 それはおじさんがテイオーさんのことを誰よりも大事にしていて期待もしていたんだと思う。

 

 現にテイオーさんは三冠も無敗も叶えられなかったけど二度の骨折を乗り越えてきた。今度もきっと乗り越えられる。私だってそう願ってる。

 

 けど、目の前にいるこの人は本当にそれをやってのけるウマ娘なんだろうか。

 

 この人はさっき言った。トレーナーのために走っているって。

 それは全部自分の欲望を満たすためだけだ。別におじさんは自分のために走ってほしいなんてきっと思っていないというのに。

 この人はなんと傲慢で我儘なんだろう。

 これがおじさんが望んでいたトウカイテイオーの姿なんだろうか。これが私が憧れていたトウカイテイオーなんだろうか。

 

 ゴールドシップさんは言った、ウマ娘として大事なものって。

 私だってそれは知っている。

 

「──どうやったらもっと速く走れるようになれるか?」

「うん。だってだれよりも速く走れたら、絶対に一番になれるよね」

「違うよキタちゃん。速さよりも最後にモノを言うのはスタミナだよ」

 

 私とダイヤちゃんはそんな誰もが考えることをおじさんに聞いた。互いに意見を争う私たちを見て、おじさんはどこか楽しそうに言った。

 

「速さもスタミナも大事だ。けど、レースではもっと大事なことがある」

「うーん、わかんない!」

「キタちゃんはもっと考えようよ……」

「あはは。じゃあなんで二人はなんでそう思ったんだ」

『勝ちたいから!』

「なんだ、もうわかってるじゃないか」

 

 レースにおいて速さもスタミナも大事。だけど、もっと大事なのは絶対に勝つという強い気持ちだということ。

 

 地面に尻もちをついてゴールドシップさんを見上げているテイオーさんを見て……思ってしまった。

 この人は私よりも子供だなって。

 私は知っているのに、なんでこの人はそれを忘れてしまっているんだろう。誰よりもその力があるのに……。

 なによりも、なんでこんな人のためにおじさんは涙を流しているんだろう。

 

 私は許せなかった。

 

 おじさんには涙じゃなくて笑っていてほしいんだ。私はおじさんの笑顔が好きだから。

 だからテイオーさんが許せないって思った。でも、それでも彼女は私の夢で憧れだ。トウカイテイオーはきっとこのままでは終わらないっていう確信があった。

 いや、終わらせてはいけないんだ。だってそうしたらきっとおじさんがまた涙を流してしまうから。

 そのために私はあの引退ライブで叫んだ。みんなが叫んだ。

 

 そして彼女は引退を撤回し、あの有で再び奇跡を見せてくれた。

 嬉しかった。

 ああ、これが私が憧れるウマ娘なんだって。この走りがトウカイテイオーなんだって。

 レースが終わったあと、思わず私はダイヤちゃんをおいてテイオーさんに会いに行った。本当は関係者以外立ち入り禁止だけど、おじさんからもらったフリーパスをそれっぽく見せて係員を突破した。

 そこから私はあちこち走り回って見つけた。

 

 おじさんがテイオーさんを抱きかかえながら歩いていて、私は彼女の笑顔の奥にあるモノを見てしまった。

 

「なあ。いい加減降りろって」

「やーだ。今日ぐらいいいでしょ」

「はあ……おんぶじゃダメか? 腕が疲れてきた」

「ダーメ。んふふっ」

 

 おじさんの首に腕を回して、まるで映画のお姫様みたいに抱かれていた。だけど問題はそこじゃなかった。

 テイオーさんは笑っていた。誰もがそれを見れば年相応にカワイイ笑顔と思うに違いない。でも私は違った。私の中にある何かが警笛を鳴らしている。

 そして、ふとこう思ってしまったんだ。

 

 アレは──テイオーさんのようで別の存在なんじゃないかって。

 

 同時に何かが囁く。

 

 アレはきっとおじさんを不幸にする、きっとまた彼に涙を流さしてしまう、と。

 

 それは許してはいけないことだ。

 

 ただの囁きの言うこと、言ってしまえば妄言のはずなのに何故か確信だと思えてしまう。

 それを決定づけたのは誰でもない、ゴールドシップさんだった。彼女はいつの間にか私の背後に立っていた。

 

「ブラック、それ以上はやめておけ」

「え?」

「テイオーに憧れるなと目標にするなとは言わない。だけどもうアイツには関わるな」

「ど、どうしてですか……」

「お前が知っているトウカイテイオーは、もうどこにもいないからだ」

 

 ゴールドシップさんはどこか切なそうに二人を見ながら私に言った。それがテイオーさんなのか、それともおじさんなのかはわからない。

 真意はゴールドシップさんにしかわからないけど、私はたぶん彼女は哀れんでいるのかと思った。なぜならここまで悲しい表情をする彼女を見たことがないから。

 

「行こう。きっとアタシたちが行ったらもっと酷くなる」

 

 私はゴールドシップさんに手を引かれてその場を後にした。振り払っておじさんの元に行くことだってできた。でも私はそれをしなかった。

 もしそれをしたらおじさんを悲しませてしまう、そう思ったから。

 

 そして気づけばあの囁きは聞こえなくなっていた。

 

 

 

 

 あれから月日は流れて、私はトレセン学園に入学した。身長も伸びて体も胸も大きくなって、なんていうか女の子から女性になった感じがした。でも胸はダイヤちゃんのが大きかった。私より美味しいものを食べているからだろうか。

 

 あの日から囁きは聞こえなくなった。だけどその代わりと言わんばかりに頭痛がするようになった。

 入学するまではほとんどなかったけど、テイオーさんのレースを見る時は必ずと言っていいほど頭痛がした。これはずっと続くというよりはほんの一瞬起こるもので、普通の頭痛と違って長引くことはない。でも、その一瞬の痛みがちょっと辛い。

 

 それは入学しておじさんのチームに入ってから酷くなった。トレーニングに集中している時はそうでもないけど、視界におじさんが誰かと話していると特に酷い。最初はテイオーさんだけかと思った。でもそれは違っていて、チームの大半が私の頭痛を引き起こしている。

 だけどゴールドシップさんが近くにいる時は頭痛はあまり起きない。なんでだろうって思ったけど、私は深く考えることはなかった。

 

 この頭痛はあの囁きだということは間違いなくて、それは常に私に警告を促している。

 おじさんはみんなに好かれている。それはきっと悪いことじゃないはずなのに、どうしてテイオーさんをはじめ多くのウマ娘がおじさんといる所を見る度に頭痛がするのか。

 

 まるでそれは──私におじさんを守れと言っているようだった。

 

 私はおじさんが好きだ。おじさんの笑顔が好きでそれを守りたい。

 特にテイオーさんに対して、私は入部早々宣戦布告みたいなことをした。そうしたのは彼女が一番危険だと思ったから。でも危険な人はテイオーさんだけじゃなくて、チーム内だけではなくチーム外にも多くいた。

 これだけ多いと私も一人では対処しきれない。それでも私は頑張った。

 

「おじさん今度一緒に遊びませんか! もちろんダイヤちゃんも一緒で」

「ブラック……頼むからここでは先生かトレーナーって呼んでくれないか」

「でも、おじさんはおじさんでしょ」

「そうだけど……そうなんだけどさ……こう、心はまだ若いっていうか、あるだろ。色々と」

「そういう所がおじさんなんだよ」

「……つらたにえん」

「若い子が使う言葉を無理して使うともっとおじさんくさいよ」

「……辛いです」

 

 小学生からの癖で私はおじさんの腕に抱き着いて頼みごとをしていた。昔と違っていまの私の胸は大きいから、ダイレクトにおじさんの腕に当たるけど、慣れているのかあまり照れたりはしないのは残念だ。

 こうしている時、特に校舎にいるとあちらこちらから視線が向けられているのが分かる。特に強烈な殺意を込めた視線を送っているのは、テイオーさんだということは直接見なくてもわかる。

 不思議なことにこうしている時はあまり頭痛はしない。

 

 こうやって私はどうすればいいか分からず、ただ思いついた方法でおじさんを守ろうとした。効果があるのは分からないけど、誰がおじさんを悲しませようとしているのか、それを炙り出すことには成功していた。

 でもやっぱり一人じゃ限界があって、だから私はダイヤちゃんに相談した。

 

「ダイヤちゃんはさ、おじさんのことどう思ってるの?」

「どうって、おじさまのことは大好きだよ。そういうキタちゃんだっておじさまのことは好きでしょ」

 

 ダイヤちゃんは私と違ってハッキリと自分の気持ちを理解している。そういうとこが彼女の凄いところでもある。

 

「そうだけど、私はまだよくわからないんだ。これが恋なのかそうじゃないのか」

「ちょっと変な関係だったからね、私たち。だけど急にどうしたの?」

 

 ダイヤちゃんの言っていることはわかる。なんていうか例えるのも難しいんだけど、親戚のおじさんに懐くような感じなのかな。変な例えだけど、それが長く今でも続いてしまった感じなのだと思う。

 

「私はね? おじさんにはいつも笑顔でいて欲しいんだ。だからおじさんを悲しませるようなことをする人が許せない」

「だからあんなことをしてたの?」

「やっぱりわかっちゃう?」

「分かっちゃうも何も。どう見たって喧嘩を売っているようにしか見えないよ。まあ、私もそれを知ったうえでキタちゃんに付き合っておじさまと出かけたりしてたんだけど」

 

 図太い性格をしているというか、大事なところは絶対に抜け目がないのがサトノダイヤモンドというウマ娘なんだろうか。

 

「とにかく。そういうことをしておじさんを守ろうとしてたんだ」

「キツイこと言うけど、それは結局キタちゃんの独りよがりだよ。確かにその、テイオーさんは特に過激というか過剰な所があるのは知ってる。けど、それは他のみんなもそうで。最近は特にピリピリしているよ」

「私の所為なのかな」

「関係がないわけじゃないと思うけど、一番の原因はおじさまの歳が関係してるんじゃないかなって私は思ってる」

 

 もうおじさんの年齢は30を超えている。今の時代あまり結婚をしないという人が増えているらしいけど、おじさんはどちらかと言えばそれを望んでいる側だった。最近はよく実家から電話がかかって、そういう話で口論になっているのを私をはじめ多くのウマ娘が耳にしている。そこでおじさんはよく『今はまだ無理なんだよ』と言っていて、別にする気はあるんだと思う。多分そう歯切れが悪い言い方をするのは私たちが関係しているからだ。

 するとダイヤちゃんは続けて言った。

 

「あと高等部の先輩たちが焦ってるんじゃないかな」

「どうして?」

「だっていつまでも学園に居られるわけじゃないし、いずれは引退して卒業するでしょ? 卒業したらもうおじさまと関わることなんて早々ないと思うし」

 

 ダイヤちゃんの言うことは最もだ。たしかにそう言われると先輩たちのアプローチは激しかったような気がする。

 だから先輩たちからすれば、私はそれを邪魔しているということになるのか。結果的にはいい方に転がっている。

 するとダイヤちゃんが私の手を掴んで言った。

 

「私ね、キタちゃんだったら……納得するよ。でも、それ以外の人がおじさまと付き合うのは絶対に嫌なの」

「私もダイヤちゃんだったらいいと思ってる。初めてだよね。今まで好きになったものは全然違ったのに、おじさんだけは一緒になっちゃった」

「そうだね……キタちゃん私ね、計画していることがあるの」

「けい……かく?」

 

 ダイヤちゃんは突然話題を振ってきた。彼女の顔はとても真剣で、大切な話だということはすぐにわかった。

 

「うん。そのためにちょっとやらなきゃいけないことがあるの」

「それは、なに?」

 

 そう聞くと、彼女の口角がニヤリと上がったように見えた。

 

「おじさまの本当の気持ち、知りたいと思わない?」

 

 ──ダメだ。

 

 あの囁きが頭痛と共に帰ってきた。今までダイヤちゃんには起きたことがないのに、いまこのタイミングで私に囁いている。

 それはつまり、彼女が敵だということを教えていることに他ならない。

 だけど、私はそれを聞いて思わずツバを飲み込んでしまった。ダイヤちゃんの提案はあまりにも魅力的で好奇心を煽るのだ。

 

 ──ダメだ。

 

 また囁きが言う。

 でも、私だって知りたい。おじさんが私のことを本当はどう思っているのか。

 

 ──ダメだ。

 

 頭の中で何度も囁くけど、私の答えは決まっていた。

 

「……知りたい」

 

 それを告げたとき、私の頭痛は収まり囁きは聞こえなくなっていた。そして、いつのまにかダイヤちゃんに丸め込まれていたことに、私は気づかずにいた。

 

 

 

 




テイオーの時もそうだけど、前後編に深い意味はナイヨ。
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