どけ!トレーナーの隣はわたしだ杯   作:ししゃも丸

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第11R・第12R キタサンブラック・サトノダイヤモンド後編

 

 

 キタちゃんから相談を受けて初めておじさまに対する想いを知った。なんていうか、キタちゃんらしいなって思ったし、子供ぽいっというよりは純粋なんだと思った。

 おじさまの笑顔を守りたいっていうのは共感をしなかったわけじゃないけど、私とキタちゃんではあの日感じたのは真逆なんだと気づいた。

 私はあの日、おじさまが辛くて泣いていた姿を見てこう思ってしまった。

 

 ああ、なんて可哀想な人なんだろう。今すぐ抱きしめてあげたい、慰めてあげたい、それで私に溺れてほしい。

 

 幼い時の私はそれがどういうモノなのか理解するのに少し時間がかかった。けどいまはそれがなんなのかハッキリと理解している。

 

 あの時のおじさまを見て、私の母性本能がくすぐられたんだ。

 

 別におじさまのお母さんになりたいわけじゃない。ただ私に甘えてほしい、おじさまを甘やかしたいだけ。

 だからそのために私はウマ娘としてレースに勝つための努力だけではなく、女性らしさを磨くようになった。

 トレセン学園に入学する頃には私の体は大きく成長した。自分で言うのもアレだけど、同年代の子よりは魅力的な体をしていると思う。

 

 トレセン学園に入学しておじさまのチームに入り、キタちゃんがおじさまを守ろうと色々と模索している中、私も自分なりにどうすればいいか考えていた。

 シンプルにどうやっておじさまを手に入れられるのか。おじさまとの付き合いはそこそこ長い方だけど、周りの人達からしたら出遅れてるし、歳も一番年下でまだ子供だと思われていても不思議じゃない。

 

「……これならいけるかも」

 

 思わず声に出してしまうぐらい画期的な方法を思いついた。

 だけど、その前に色々と個人的に知りたいことがあった。

 

 それは真実。

 言ってしまえばおじさまの本音だ。やはりというかどうしようもない部分もあるけど、誰だって隠していることは多々ある。

 でもおじさまの場合はそれがかなり多い。知りたいことはたくさんあるけど、みんなが知りたいのは自分のことをどう思っているか、誰のことが好きなのか。ある意味恋バナみたいで普通は盛り上がるところだけど、そんな生易しいものではない。

 

 私にはそれを可能にするだけの力がある。

 だから親友のキタちゃんだけには教えてあげた。

 

「おじさまの本当の気持ち、知りたいと思わない?」

 

 キタちゃんはすぐには答えなかった。迷っているんだ、今まで体験したことのない甘美な誘惑に判断を鈍らせてる。

 だけど私には分かっているんだよキタちゃん。親友だからキタちゃんのことなんてお見通しなんだから。

 

 いくらおじさんのためと言い張ったって、キタちゃんはおじさんのことが好き。私や他のみんなと変わらない。

 だから──

 

「……知りたい」

 

 そう言うと信じていた。

 

 

 

 

 URAが運営しているトレセン学園をはじめとした育成機関、さらにはレース場といったウマ娘に関係している施設には莫大な資金がかかる。そこにはもちろん多くのトレーナーやスタッフの給料もそこに含まれている。

 ではそれらをすべてURAだけで補っているかと言われれば、それは不可能である。ウマ娘のレースは野球やサッカーといった大きな競技のひとつでもあるので、一部は国からの補助も出てはいなくもないが、ほとんどはスポンサーからの資金提供……俗にいう出資を受けている。

 

 私の父は国内では有名な資産家でURAのスポンサーの一人だ。だからちょっとした我儘は通る。

 URAは年に数回パーティーを開く。当然出資者は呼ばれるし、有名人や学園の関係者に名のあるウマ娘、そしてそのトレーナーも。

 私は父に頼んでおじさまもそのパーティーに招待した。なにせ彼はトップトレーナーの一人だからこの場に呼ばれてもなんら不思議ではない。

 

 おじさまはちゃんとした正装でパーティーに出席していて、その隣には理事長と秘書のたづなさんも普段とは違って綺麗なドレスを着て、三人は挨拶周りをしていた。

 

「……一ついいか」

「なんだね」

「なんで俺ここにいるんだ。場違いだろ」

「当然。キミの手腕は高く評価されているからな!」

「本音は?」

「……上からキミを絶対に連れて来いと言われているんだっ」

「理事長もスポンサーには逆らえないというわけです」

「世知辛い……」

 

 どうやらおじさんは挨拶周りでくたくたのようだ。私はそろそろかなと父に合図を送った。

 

「やあ秋川理事長。どうです、楽しんでおられますか?」

「ええ、先程まで我が学園の自慢のトレーナーくんにちょっとした経験を積ませていたところです」

「おお、あなたがダイヤのトレーナーですか」

「と、言いますと……ダイヤのお父さまで?」

「はい。いつもダイヤからお話は聞いておりますよ」

「それは、どうも」

「実は今日は娘も来てるんですよ。ほら、あそこに。友達のキタサンブラックも一緒に」

「え?」

 

 予定通りの流れで私は呼ばれたので、キタちゃんと一緒に小走りで向かった。

 

「おじさま、こんばんは」

「こ、こんばんは」

 

 私はよくこういう場に出ているから慣れているけど、キタちゃんは今日が初めてだからちょっとぎこちなかった。

 しかし挨拶をしても返事が返ってこない。口を開いてるところを見るに、どうやら私たちのドレス姿に見惚れているようだ。

 

「……おじさま?」

「いや、その、驚いた。なんていうか、見違えたっていうか……うん、よく似合ってるよ二人も」

「おじさまにそう言ってもらえると私も選んだ甲斐があります」

「私はちょっと恥ずかしい……」

 

 キタちゃんは黒を基調とした和風ドレスで、私は至って普通なドレス。でも、ちょっと露出が多いかなとは思ってるけど、おじさまに見せるんだからこれぐらいはしないといけない。

 さてと。挨拶は済んだから、おじさまを連れて行かなければならない。そのためにわざわざ手の込んだことをしたのだ。邪魔者がいない今がチャンス。

 

「理事長、少しおじさまをお借りしますね」

「え、あ、ああ。彼なら煮るなり焼くなり好きにしてくれて結構」

 

 学園では彼女に逆らうことなんてできない。けど、この場では立場は私のが圧倒的に上だ。だから理事長も素直に私の言うことを聞くしかない。

 

「ふふっありがとうございます。ではおじさまいきましょうか。お父さま、またあとで」

「ああ。行ってきなさい」

「おじさんこっちだよ」

「え、ちょっと、娘さんに借りられてきま、すっ!」

 

 何か言おうとしている理事長やたづなさんを無視して、私とキタちゃんはおじさまを連れて大広間を後にした。

 

 

 

 

 

「ここは?」

 

 おじさまを連れてある部屋に入るなり尋ねてきたので、私は扉を締めて鍵をしながら答えた。

 

「プライベートルームです。ここにはこういう部屋がいくつもあるんですよ」

「じゃあダイヤのお父さん用の部屋みたいなものか」

「まあ、そんなところです」

 

 実際はお父さまが用意させた部屋なだけで専用というわけではないけど、ややこしくなるので話を合わせる。

 パーティーには多くの資産家や有名人に多くの人が訪れる。なので部屋にはソファーにバーカウンター、さらにはダブルベットにシャワールームだってある。つまりはそういう()()なことをするための部屋だ。

 

「おじさん、何か飲みますか? お酒ならたくさんあるよ」

「いや、未成年の前で酒を飲むわけには……」

 

 無邪気にキタちゃんがカウンターの方に向かいながら言うが、おじさま手を振ってそれを口惜しそうに断る。

 なので私はそっとおじさまの耳元で囁いた。

 

「いいんですか。おじさまが普段飲めないようなお酒、いっぱいあるんですよ?」

「うっ……」

「今日は無礼講でいいんじゃないかな。それに明日は休みだし、おじさんはそういうエッチなことをしないって信じてるから」

「あ、当たり前だろうが」

「じゃあ遠慮しないで。どうぞ、おじさま」

「……お前らはちゃんとジュースだからな」

『はーい』

 

 誘惑に負けたおじさまは急ぎ足でカウンターの内側に入ると、目を光らせながらどれを呑もうか選り好みし始めた。時間的に1分ぐらいかけて、英語で書かれたラベルの瓶を手に取り、蓋を開けるとそれっぽく匂いを嗅ぎながらグラスに注いでいた。

 氷も何も入れないので、おそらくウィスキーでも選んだのだと思う。

 おじさま一口に飲むと恍惚とした顔をして、私に言った。

 

「な、何本か持って帰ってもいいかな……」

「それはおじさま次第ですよ」

「んーよくわからん。ところでさ、さっきからちょっと気になってたんだけど」

「なんでしょうか」

「なんかこう……甘い匂いがするんだけど」

 

 そう言うとキタちゃんが私に視線を送ってきたので、とりあえず頷いて私はその質問に答えた。

 

「アロマですよ。効果まで聞いていないんですけど、そこまで嫌になる香りじゃないと思います」

「そうなんだ。うん、いい香りがするよ」

 

 どうやらおじさまはこのアロマを気に入ってくれたようだ。まあそうでなくちゃ困るんだけど。

 

「ほらほら。おじさん、こっちこっち」

 

 気づくとジュースが入ったグラスを持ったキタちゃんがソファーに座ってパンパンと叩いていた。

 

「はいはい」

「キタちゃん、こういう時ぐらいもっとお淑やかにできないの?」

「お淑やかって言われてもむずかしいよ~」

「まぁまぁ。俺達しかいないんだから、そういう硬いこと言わなくたっていいよ」

「それはそうですけど……」

「ほら、ダイヤも」

 

 おじさまがソファーに座ってそう言うので、私は遠慮なく隣に座った。おじさまの左右に座る私たち。まさにおじさまからしたら両手に花だ。

 普通だったらちょっと慌てるところだけど、おじさまはそんなことすら気にせずにいる。

 

「効いてきてるかな」

「え、なにか言ったか?」

「いえ、なにも。ところでおじさま。折角ですから色々お話しましょ」

「そうそう」

 

 キタちゃんに目で合図を送って二人でおじさまの腕に抱き着く。おじさまはそれを笑いながら受け流して、特に振りほどく素振りすらなかった。

 

 

 

 それから多分30分ぐらい経ったあたりだろうか。おじさまの頭がフラフラとしだして、手に持っていたグラスを床に落としてしまった。

 

「おじさん!」

「おじさま大丈夫ですか?」

「あ、ああ、ちょっと酔いがまわってきたのかな……おかしいな、おれ、けっこうつよい、はずなんだけど……」

「無理しないでください。さあ、ベッドまでいきましょ。キタちゃん」

「う、うん」

 

 私たちはトレーナーを支えながら少し離れたベッドまで連れて行く。ウマ娘は人間と違って力があるから、おじさまみたいな体格のいい人でもそこまで苦にはならない。

 ベッドまではそこまで離れていないので、すぐにおじさまを仰向けでベッドに寝かせた。

 

「おじさま、聞こえますか?」

「……ああ……きこ、える……」

「──どうやら効いてるみたい」

 

 私はおじさまの状態を確認して、思わず笑顔で言った。それにキタちゃんが怯えながら言うのだ。

 

「ほ、本当に大丈夫なの、ダイヤちゃん」

「大丈夫だよ。あのアロマは私達ウマ娘には効果はないけど、人間にはすごく効くの」

「それは聞いてたけど、効果はなんなの? おじさん、すごく変だよ」

「ほら、よくエッチな本であるでしょ。嗅ぐとすごくエッチになるやつ。アレと似たようなもので、ちょっと催眠状態になってもらってるだけだから、命に別状はないの」

「そ、そっか」

 

 安心したのかキタちゃんはほっと胸をなでおろしていた。

 さて、肝心なのはここからだ。

 私はヒールを脱いでベッドに乗り、おじさまの頭を膝に乗せた。

 きっとこんなことをしたことのあるウマ娘は私以外にはいないだろう、そう思うとなんとも言えない優越感が込み上げてくる。

 キタちゃんはまだ状況に慣れていないのか、その場に立っておじさまを見ている。

 

「じゃ、じゃあやるんだね」

「当たり前だよ。そのためにここまでしたんだから」

 

 そう、今日はこのためだけに用意したのだ。お父さまに頼んでおじさまを参加させて、この部屋を用意して、特別なアロマを使っておじさまを催眠状態にさせる。

 すべてはおじさまの真意を聞くために。

 

「それじゃあキタちゃん。準備はいい?」

「う、うん」

「じゃあやるよ……おじさま、おじさま」

「……なに……」

「いいですか、おじさま。これから聞く質問に正直に答えてくださいね」

「……うん……」

 

 私は優しくおじさまに語りかけながら催眠をかけていく。ゆっくりだけどちゃんと受け答えできているのを確認してキタちゃんに合図を送った。

 

「え、えーと、おじさんの好きな食べ物はなんですかっ!」

 

 さすがの私も呆れてしまった。ここまで来て、まさかそんないつでも聞けそうなことを言うとは思わなかったのだ。

 

「キタちゃん……」

「だ、だってぇ~」

「……さば……みそ、ていしょく……」

「し、渋い」

「もう。次はちゃんとしてね」

「う、うん。じゃあ……私、じゃない。キタサンブラックとサトノダイヤモンドのこと、どう思っていますか」

 

 そうそう。まずはそういう所から聞いていかなくちゃ。

 おじさまは『ンー』と唸りながらゆっくりと語りだした。

 

「ふたりとも……すごくおおきく、なって……おどろいた……」

「ちなみに、どこがですか」

「だ、ダイヤちゃん!?」

「……」

 

 しかしおじさまの理性とでもいうのだろうか。それが阻んでいて一向に喋ろうとしない。なので何度も私は囁いた。

 

「おじさま、ちゃーんと答えてください。私達のど・こ・が大きくなって驚いたんですか」

「胸」

「はわわっ」

 

 本当に催眠状態になっているのか怪しくなるぐらいスパっと言うのでちょっと呆気を食らった。けど、キタちゃんは私と違って顔を真っ赤にしている。ちょっとうぶすぎないかな。

 

「おじさま。他にはどういうことを思いましたか?」

「ま、まだその質問続けるの……」

「当然。まだ、ちゃんと聞いていないんだから。ほら、まずはキタちゃんだよ」

「……ぶらっくは、さいしょにあったときからかわらなくて、あかるくて、いいこのまま……だけど、ちょっとめのやりばに、こまる……」

「あーなるほど。やっぱりキタちゃんはスケベだね」

「なんで!?」

 

 キタちゃんの勝負服は一見普通の勝負服には見えるが、実際は胸元がかなり開いていて露出が意外と多い。他のウマ娘の勝負服と比べても、ここまで胸元が開いている勝負服はそうそうない。なので結構そういう所に鈍感なのか、勝負服を着ている時のキタちゃんに対して、おじさまの目はよく泳いでいる。

 

「じゃあ私はどうですか」

「……だいやは、すごくきれいになった。ほんとうにこどもなのかってぐらい、おとなびていて……みりょくてきで、びじんさんになった」

「なんか私と違ってズルくないかな」

「ふふっ。これも日々の努力の賜物だよ」

 

 それから私達はおじさまに質問を続けた。前もってリストアップしておいたウマ娘の名前を一人ひとりあげていき、まるで尋問するかのようにおじさまに問い詰めていった。

 結果から言えば、おじさまはみんなのことが好きなのは間違いなかった。それはトレーナーとしてなのか、それとも一人の男としての回答なのかは少し判断に戸惑う部分もあった。けど、キタちゃんの言うようにおじさまは優しい人だから、きっと両方とも彼の本音だと捉えることができるのだと思う。

 

 そして、残す質問はあと三つ。

 私は元々迷いなんてなかったんだけど、キタちゃんはここに来てやっと覚悟を決めたようだ。それだけ残った三つの質問は今までとは比にならないほど重要だから。

 

「キタちゃん」

「うん……おじさん」

「……ん」

「おじさんは、トウカイテイオーのことをどう思っていますか」

 

 返答はすぐに来ず、少しだけ静寂が訪れた。するとおじさまの顔に変化があった。彼の目から薄っすらと涙が漏れ始めていた。

 

「おれが……わるいんだ……」

「……え?」

 

 思わず私達は顔を見合わせた。

 

「あいつが、あんなふうになったのは……おれのせいだ……おれのわがままで、ぜんぶおれのせいなんだ……もっとはやくおしえてやれば、よかった……ゆるしてくれ、ゆるしてくれ……ていおー……」

「おじさまっ、もう大丈夫ですから、落ち着いてください」

「ていおー……ごめん……おれが……おれが……」

 

 私はおじさまを落ち着かせるべく優しく抱きしめた。彼の顔が私の胸にそっと触れる。こんな状況なのに、私はこの瞬間をずっと望んでいた。泣く赤ん坊をあやすように、私はおじさまの耳元で優しく囁き続けながら抱きしめた。

 どれくらいの時間がかかったのかはわらかないけど、おじさまの涙は止まりテイオーさんの名前を出すのも終わった。

 ようやく落ち着いたおじさまをまた膝の上に戻して、視線をキタちゃんに向けた。すると彼女の様子がおかしかった。

 

「──やっぱりテイオーさんを許しちゃいけなかったんだ」

「キタちゃん……?」

「あの人はやっぱりおじさんを悲しませる……理由はどうであれ、おじさんを悲しませる人は許さないっ。あの時の囁きは間違っていなかったんだッ」

 

 右手で頭を抑えながら言うキタちゃんの姿はどこか異常だった。私なんか視界に入っていなくて、ただおじさまの顔を見ながら彼女は何度も呟く。

 

「キタちゃん!」

「──! あ、あれ、私……」

 

 私の叫び声でキタちゃんはやっと我に返った。様子を見るに先程自分が言っていたこともあやふやのようで覚えていないようだ。

 残りの質問が二つまで来たけど、すぐには聞けなかった。今度はキタちゃんが落ち着かなければいけない番だから。

 ベッドに腰かけながら気持ちを落ち着かせるキタちゃんに対して、おじさまはまだ催眠状態を維持していた。

 目は虚ろで、その視線は天井だけを見ているのか、あるいは何も見えてないのか。でも、そろそろ終わりにしないとマズイ。

 これ以上は危険だ。

 さっきのテイオーさんの質問が拙かった。アレはきっとおじさまが心の奥底にしまい込んでいた罪の告白。たぶんキタちゃんにはその心当たりがあるんだろうけど、生憎私はそこまでテイオーさんの事情に詳しくはない。キタちゃんに聞くことはしなかったけど、彼女が何かを知っているのは間違いはないだろう。

 

 正直に言えば、私はテイオーさんとか他の人の問題なんてどうでもいい。私か、最悪キタちゃんのどちらかがおじさまを手に入れられればいいんだから。

 

 私はキタちゃんを待てず、再び質問を始めた。

 

「おじさま。あと二回だけ質問をします。それまでもう少し頑張ってくださいね」

「……ああ」

「いきますね。おじさまの──」

「待ってダイヤちゃん」

 

 声を遮ったのはまだ頭を抑えているキタちゃんだった。その表情は先程とは違って、いまはかなり苦しんでいるようだ。額にも汗が浮かび上がっているし、なにやら緊迫しているように見える。

 

「やっぱり、それだけはやめよ? 多分だけど、よくないよ」

「どうして? これを聞くためにここまでしたんだよ。今までの質問よりも重要なことなのに、キタちゃんがこれは最後の方にしようっていうから私は我慢したんだよ」

「わかってる、わかってるんだけど……聞いちゃいけないって言ってるの」

「アレが?」

「うん」

 

 キタちゃん曰く、『囁き』と呼んでいるのものが彼女に警告しているらしい。先程の不可思議な状態も多分それが影響しているのだろう。

 だけど、私にだって譲れないものはある。それがいまで、例えそれが親友であるキタちゃんの言葉でも。

 

「──! ダメっダイヤちゃん!」

 

 きっと私が言うのをやめないと察したのだろう。彼女は慌てて止めようとするが、私のが早い。

 

「おじさまが本当に好きな人は誰ですか」

「──」

「え?」

「おじさん、いまなんて……」

 

 催眠状態のはずなのに、嘘みたいにハッキリとその名前を言った。でも、その名前は私達が知っている名前ではなかった。

 私もキタちゃんも予想外の展開に驚いて、でも、おじさまに異変が起きた。

 

「……でも、あいつはもういない……死んだ……あの日、死んだ……あぁ……あぁあああああ!」

 

 突然おじさまは叫び暴れ始めた。しかもさっきのテイオーさんのとき以上におじさまは取り乱している。

 これがキタちゃんが止めた原因なのだとすぐに私は理解した。けど、そんなことよりも私達はおじさまを抑え込むのに必死だった。

 

「おじさま落ち着いてください! 大丈夫、大丈夫ですから!」

「おじさん暴れないでッ……だから、私止めたんだよ!」

「今更自分は関係ないみたいな言い方やめて! キタちゃんだって知りたかったんでしょ!? おじさまの気持ち、おじさんの本音を!」

「そうだよ。でも、その結果が、これだよッ」

「だから私に全部押し付けるの? もうキタちゃんも戻れない所まで踏み込んでるの。つまり共犯者なんだよ、私達は!」

「わかってる。わかってるよッ。でも、どうして……催眠状態のはずなんでしょ!?」

「多分、その所為でおじさまにとって一番思い出したくないことを掘り越しちゃったんだ」

「それってテイオーさんのよりもっと上ってこと?」

「うん。だから催眠状態にも関わらず、逆にその当時の記憶がフラッシュバックしたんだと思う」

「……おじさん」

 

 それからどれくらいの時間おじさまに抱き着いていたんだろう。ゆっくりと、ほんの少しずつおじさまは大人しくなって、気づけば小さな寝息を立てながら眠りについていた。私は最後に『起きたら今までのことは忘れています』とよくある暗示をかけて、この茶番は終わった。

 気づけばベッドのシーツはおじさまが暴れた所為で乱れていた。

 私とキタちゃんは顔を見合わせてぼーっとしていて、さっきまでの嫌悪な雰囲気などどこかにいってしまった。

 

「どうしよっか」

 

 キタちゃんが分かり切ったことを言うので、代わりに私が答えた。

 

「寝よっか」

「うん」

 

 そのまま私達は先に寝ているおじさまに抱き着きながら眠りについた。ドレスのままとかそういう些細なことなんて気にしないで。

 意識が遠のいていく中、私はあることを思い出した。

 

 ──あ、最後の質問聞いてないや。

 

 最後の質問。ゴールドシップさんのことについて私達は聞くのを忘れた。ある意味ではこれが本当に大事な事だったのに、最後にしようなんて言った私はとんだ愚か者だと思う。

 けど、自分を責める前に私も眠りについていた。

 

 

 翌朝。まだ重い目をこすりながら部屋を見渡すと、首吊り自殺を図ろうとしていたおじさまがいたので、一緒に起きたキタちゃんと慌てて阻止した。

 この様子なら昨晩のことは絶対に覚えていないだろう、そう私は確信した。

 

 

 

 おじさまの本音を聞き出すという当初の目標はどちらかと言えば成功に終わったと言えるけど、完璧とは言えない形で終わった。

 だけど、肝心なことは一つを除けば知ることができた。

 

 あの夜、子供の頃お母さまが私を抱きしめながら寝てくれたように、私もおじさまを抱きしめながら一夜を共にした。アレが私が求めるもの、おじさまが私に求めてほしいもの。

 でも、きっとおじさまはまだ私のことなんて子供のようなものだから、女の子としては見てはくれるけど、女性としては見てはくれない。

 

 きっと時間が解決してくれる──それに甘えてはいられない。ハッキリ言って私やキタちゃんは若くて時間もあるけど、おじさまや他のみんなはそうもいかない。高等部の年上組はかなり焦っているし、おじさまだってそろそろ覚悟を決める歳だ。

 おじさまに好意を抱いているウマ娘の大半はもう結婚ができる年齢だけど、私達はもう少しだけ時間がかかる。

 だから、急がなくちゃならない。

 そのために私は、それを可能にするための方法を思いついたのだ。

 

 ある日の平日。お父さまが家にいるのを見計らって、私はその日の学校を休んで実家に帰った。お父さまにお願いをするために。

 

「お父さま。実はお話があるんです」

「ダイヤ。学校を休んでまで私に話とは。一体どんなことなんだ?」

「はい。実は……私、欲しいものがあるんです」

「欲しいもの? それを言うためにわざわざ家に戻ってきたのか。お前は昔からあまりモノを欲しがらない子だったからね。いいだろう、言ってごらん」

 

 お父さまが言うように、私は子供の頃からあまり何かを欲しがろうとはしない子だった。あるもので満足していたというか、多分キタちゃんと友達になれたのが大きな原因の一つだとは思うけど。

 だからこそ、それを私は利用した。お父さまならそう言ってくれだろうと。

 

「私ね、おじさまが欲しいの」

「おじさま……? あ、ああ。お前が所属しているトレーナーのことだったね。しかし、お前にはまだ早すぎるだろう。それに彼じゃなくても、お前にはもっと相応しい相手を──」

「お父さま」

「ッ!」

 

 私はお父さまをもう一度呼んだ。いつもと同じだけど、どこか言葉に圧を感じるように。

 

「もう一度いいます。私はおじさまが欲しいんです。おじさまと結婚して、おじさまの子供を生みたいの。他の男なんていらない」

「だ、ダイヤ。お前、一体何を言って」

「別に力ずくでおじさまを手に入れてきてとか、拉致してとか言ってるわけじゃないの。ただ、お父さまにちょっとやってもらいたいことがあるだけなんです」

「わ、私に? ダイヤ、お前は一体私に何をしろと言うんだ」

「簡単です。URAに掛け合ってレースを開いてほしいだけ。そう、特別なレースを」

 

 それからは本当にすんなり話が進んだ。お父さまは私の言うとおりにURAへ取り次いだ。どこで、誰をとまでは考えてはいなかった。まずはレースを開催させることが重要だった。

 ただ意外だったのは、恐ろしいぐらいに話が進んだことだ。

 

 お父さまにお願いをしてから数日以内にはURAがレースの開催を正式に発表。出走ウマ娘は後日発表という形で公に世に出た。

 いくらお父さまが出資者の一人はいえ、ここまで話がすんなりと通るとは思ってもみなかったのだ。だけど、過程がどうであれ大事なのは結果だ。

 私の計画は恐ろしいぐらいにスムーズに進んでいる。あとは出走する人選をどうするかという問題が残っていたけど、これも意外な形で片付いた。

 

 同日、お父さまに呼び出された私は二通の手紙を渡された。

 一つはURAからの手紙で、中を見ると以下のようなことが書かれていた。

 

『○○月○○日に開催されるレースに出走するウマ娘に貴方が選ばれました。このレースに出るも出ないも貴方の判断にゆだねます』

 

 たったこれだけだけど、手紙の最後の方にこう書いてある。

 

『勝者にはもれなく彼を手にする権利を得ることができます』

 

 彼、とは間違いなくおじさまのことだ。そのことをお父さまに聞けば、

 

「いや、私はそのことについては一切話していない。レースを開催しろ、としか言っていないよ」

 

 見た感じでは嘘を言っているような雰囲気ではなかった。

 では、一体誰が? 

 これは私の計画で、キタちゃんにも全部は話していない。

 

「もう一通の手紙は誰からですか」

「わからない。URAの誰かだとは思うが、これをお前に渡してほしいと私がよく窓口に使っている人間から渡されたものだ」

 

 私宛というのがまた妙で、つまりはこのレースを私が主導して行わせたものだと気づいているこということだ。まあ、お父さまを使って無理矢理開催しているからいずれはバレるとは思っていたけど、最後の一文が問題をややこしくしている。

 考えても仕方がないので、恐る恐る手紙を開けた。そこには二枚の紙があって、一枚目はまさかの出走者の名簿だった。

 

 1番ダイワスカーレット。2番シンボリルドルフ。3番オグリキャップ。4番サイレンススズカ。5番ミホノブルボン。6番アグネスタキオン。7番ライスシャワー。8番カレンチャン。9番メジロマックイーン。10番トウカイテイオー。11番キタサンブラック。12番サトノダイヤモンド。13番ゴールドシップ。

 

 そこには私やキタちゃんだけではなく、ゴールドシップさんを除いた全員がおじさまに好意を寄せているウマ娘達だった。

 

「……ゴールドシップさん?」

 

 なぜ、と一瞬思ってしまったけど、よく考えてみればいても不思議ではない。おじさまに一番近いウマ娘は誰でもないゴールドシップさんだから。

 そういう意味ではこの人選はなんらおかしくはない……ないんだけど、一体誰がこれを決めたんだろう。

 疑問を抱きつつも二枚目を見た。

 

『アリガトウ』

 

 たったそれだけ。

 わかることは出走ウマ娘を決めたのはこの人だっていうこと。それ以上のことは多分わからないと思う。

 私は今回の件について喜ぶも、一つの大きな謎を抱えてしまった

 

 

 それから私はキタちゃんに会いに学園に戻ると、彼女の手には私が貰ったのと同じ手紙を握っていた。

 

「キタちゃんにも届いていたんだね」

「私にもって、ダイヤちゃんにも……?」

「そうだよ」

「もしかして、これがダイヤちゃんが言ってた計画なの?」

「うん」

 

 笑顔で答えたけど、キタちゃんの顔はどこか暗かった。

 

「嬉しくないの? これでおじさまを手に入れられるんだよ」

「嬉しくないって言われたら嬉しい。でも、こんなことしたっておじさんは喜ばない。むしろ悲しいだけだよ」

「キタちゃん。遅かれ早かれこうなる運命だったんだよ。たまたま今回はこういう形になっただけ」

「そうかもしれないけど……」

 

 中々納得しないキタちゃんに私は少しイラついていた。いつまでいい子ぶっているんだろうって。だから、彼女をやる気にさせる魔法の言葉を唱えた。

 

「じゃあテイオーさんにおじさまを盗られてもいいの?」

「そ、それはダメッ」

「キタちゃんにとって、おじさまを一番悲しませるのはテイオーさんなんでしょ? だったらテイオーさんからおじさまを守らないと」

「それは、わかってるっ」

「わかってるなら勝たないと、ね?」

「っ」

 

 私はキタちゃんの手を取って囁く。

 

「私かキタちゃんが勝てばいいの。そうすることでおじさまを救えるんだよ? だから、レースに勝っておじさまを救って……二人で幸せになろうよ」

「……」

 

 キタちゃんは言葉ではなく、頷くことで答えた。

 でも彼女はまだ迷っているということは、その顔によく出ていた。

 

 

 

 そしてレース当日。

 舞台はついに幕を上げた。

 形はどうであれ私の計画が実現したのだ。このレースが開催された本当の理由を知らない大勢の人達が会場にやってきている。

 彼らからすればこれはある意味、イベント感覚あるいは面白そうなレースを一目見ようという感覚なのだろうか。

 

 現に彼らだけではなく、ゲート入りしているみんなもゲートが開くのをまだかまだかと待っている。正直にみんなには私に感謝してほしいなって思ってる。

 だって、私がこれを考えなかったらきっともっと酷い形になっていたと思うし。まあ選んだのは私じゃないけど、そこは公平なんじゃないかな。

 

 そしてキタちゃん。

 少し前までは迷いがあるような顔をしていたけど、いまはその逆で覚悟を決めたようだ。その隣にいるテイオーさんにプレッシャーを与えているように私には見える。

 私じゃ多分テイオーさんには真っ向から戦っても勝てないから、テイオーさんはキタちゃんに任せる。きっとキタちゃんもそのつもりだと思うけどね。

 

 キタちゃん。前に言ったように私達のどちらかが勝てばいい。勝っておじさまを手に入れて二人で幸せになるの。

 立場上私がおじさまと結婚した方がなにかと便利だからそこは許してほしいな。でもちゃんと二人で一緒に結婚式をしようね。そこはちゃんと考えてるから。

 私とキタちゃん、そしておじさまの三人で一緒の人生を歩もうね。

 好きになった人は同じになっちゃったけど、私達は親友だからちゃんと分かち合えるよ。

 だから──

 

「親友の私を裏切らないでよね……キタちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 レース開催日が目前に迫る中、私はまだ迷っていた。

 これが本当に正しい選択なのか、これで本当におじさんは笑顔で……幸せになれるだろうか。そんなことばかり考えながら毎日を過ごしている。

 

 私はおじさんが好き。だけど、おじさんが笑顔で幸せに過ごせるなら、きっとそれは私じゃなくてもいいんじゃないかなって思ってしまう。

 

 そのおじさんはいつもと変わらない毎日を過ごしている。レースのことは知っていて、そこに出走するウマ娘も開催が目前に迫った辺りで発表をしているから知っている。それが自分のチームの大半が出走するとなれば、不思議と思うのが自然だろうがおじさんは特にそういう素振りを見せていなかった。

 

 レースに向けてトレーニングに励むみんなを応援しながら、私達に普段と変わらない笑顔を向けている。

 それが私には辛かった。

 全部を知っているから。誰が、何のためにレースを開催して、そしてその報酬がおじさんだということを。

 だから何も知らずに過ごしているおじさんを見るのが辛かった。

 あの夜から囁きは何も言ってこない。テイオーさんやみんなを見ても頭痛もしなくなった。なんでだろうって最初だけ思っただけで、今じゃ気にすらしていない。

 

 気づけば私は学園を出て街を歩いて、いつの間にかおじさんと出会ったあの公園に来ていた。いつも通っていたはずなのに、何故かふと懐しくなった。よく見るとブランコがあったはずなのに撤去されていた。

 そういえばブランコで何かニュースになったから、それでなくったのかな。

 他にも変わっていないかと思って辺りを見回すと、一番高い鉄棒の上に片足で、多分ヨガでよく見るポーズをしながら立っているゴールドシップさんがいた。

 

「お、やっと来たな」

「え?」

 

 まるで私がここに来ることをわかっていたかのような発言だった。

 そもそもゴールドシップさんもゴールドシップさんで、本当に捉えようがなくてよく分からないウマ娘だ。

 ダイヤちゃんだけが公式発表前に出走名簿を持っていたから、私もゴールドシップさんが出るのは知っていた。いざ公式が発表しても、ゴールドシップさんだけは特にいつもと変わらない日々を過ごしているのだ。

 周りはみんな必死にトレーニングをしているのに、彼女だけはおじさんと何故かキャッチボールをしているし。

 だからいまこうしてここにいるのも、理由があるのかもしれないし、本当はないのかもしれないと勘ぐってしまう。

 ゴールドシップさんは依然として鉄棒の上に立ちながら言った。

 

「良い話と悪い話があるけど、どっちから聞きたい」

 

 これまた突然だった。私は性分ってわけじゃないけど、やっぱり悪い話から聞いてしまうタイプだ。

 

「じゃあ……悪い話からで」

「──悪い話は今のテイオーには誰も勝てないってこと」

「え、いや、突然何を言って」

「お前はわかってるはずだぞ。あの時、お前はそれを感じ取ったはずだ」

 

 あの時って、あの有マ記念のことだろうか。たしかに私は囁きによってテイオーさんが危険だと教えてくれた。

 思い返せば、ゴールドシップさんもあの場に現れたのもそれを察してのことだった? 

 

「それはな、ウマ娘の中で極稀に現れるんだよ」

「囁きのことですか?」

「お前はちっと特殊だな。普通はレースの最中に起きる。けどお前は、幼いながらもそれを発現させた」

「これは一体なんなんですか。どうしてゴールドシップさんはこれのことを知って……」

「速さのそのまた先にあるもの、知覚の限界を超えたもの、あるいは領域(ゾーン)を超えた何か。限界突破、無我の境地……呼び名は色々あるけど、アタシは『ゼロの領域』って呼んでる」

「ゼロの、領域」

 

 ゴールドシップさんはゼロの領域について説明した。簡単に言えば、これはレースにおいてありとあらゆる情報を知ることができる。例えばどのラインを走れば一番いいのか、走っている他のウマ娘の思考、もっと言えばバ場の状態や実況や観客の声までわかるという。

 

「さっきも言ったようにお前は特殊だ。レース外のところでそれが起きちまってる。だけど、お前も学園に来てレースを走るようになって、それをよく実感したことがあるんじゃねぇか?」

「……たまにあります。なんていうか、自然とどこを走ればいいのか、前にいる時後ろを走っている人がいつ仕掛けてくるのか、とか」

「それが本来のゼロ。だけど、お前のはなんか変わってる。例えるとニュータイプ的なやつ」

「な、なんですかそれ」

「なんだ知らねぇのかよ。まあいいや。兎に角、テイオーのヤツは完全にゼロを使いこなしてる」

「だから誰も勝てない、ですか?」

「それを抜きにしても、今のテイオーはやべぇーってことだ」

 

 それはいつもテイオーさんのレースを見てきたからわかる。今のテイオーさんの走りはかつてと違って、何ていうか凄味がある。まさに無敵と言わんばかりの走り。

 だけど、特に気にもしてなそうに語るゴールドシップさんの所為でいまいち緊張感とか危機感が伝わってこない。

 そこで私はあることを尋ねた。

 

「他にもゼロを使える人っているんですか」

「身近なウマ娘だとスズカ。アイツがよく言う『景色』っていうのがゼロなんだよ。ただスズカは自覚がないし、無意識にそれをやってるだけで使いこなしてはいない」

 

 そう言われると妙に納得してしまう。それにゴールドシップさんが正しいのなら、私も無意識の内にゼロの中で走っているということだからだ。

 

「で、ここからが良い話」

 

 私は思わず唾を飲み込んだ。

 

「テイオーに勝てる見込みがあるのが、お前と多分マックイーンの二人」

「なんでマックイーンさんだけ多分なんですか」

「繋靭帯炎を患って以来、一度もちゃんと走ってないから」

 

 それはその通りで、確かに盲点だった。だけど、マックイーンさんはその状態でも勝つ見込みがあると言われるんだから、きっとそれを可能にする力があるということ。

 そんな時、ふと私はある大事なことに気づいた。

 

「ゴールドシップさんはどうなんですか? ゼロのことを知っているし、テイオーさんのことも把握しているじゃないですか」

「アタシは伝説のスーパーウマ娘だから負けないし」

「えぇ……」

「別にさ、他の奴らだっていいんだ。アタシがテイオーを抑えればいいだけだから」

 

 ゴールドシップさんは本当にそれをやってのける勢いで軽く言ってみせた。

 それはつまり、テイオーさんを彼女が抑えることで誰かを勝たせるということ。いや、その二人以外でレースをするってことになる。

 けど、そんなまどろっこしいことなんてしないであなたが勝てばいいだけのことだ。

 

「じゃ、じゃあご──」

「みんな死ぬ気で挑んでくる。テイオーのヤツだってそうだ。それなのに持てる力を全部発揮できないまま走って負けたくないだろ」

 

 ゴールドシップさんが勝てばいいじゃないですか、そう言おうとしたけどゴールドシップさんによって声を遮られてしまった。

 

「それは、そうです」

「お前だってそうだろ。トレーナーが、なによりもアイツがその結果を受け入れられるかどうか。まあ、このレースのこと自体アイツも疑ってるけどさ」

「……」

 

 例えば、私達中の一人が勝ったとして、はたしてそれをみんなは受け止められるだろうか。私の場合ダイヤちゃんなら問題はない。

 でも他のみんなは? 

 多分このレースの勝敗のことよりも、そのあとのことが問題だと私は気づいた。負けたみんな、なによりもおじさんがそれを受け入れられるかどうか……想像すらしたくもない。

 

「始まった以上は最後までやらなきゃならない。どんな結果が待っていても、それを覚悟して走るしかない。ブラック、お前はどうする。何もせず、ただ他の奴らを勝たせるだけで終わるか? それでお前の願いは叶うのか?」

「私の……願い」

 

 おじさんにいつも笑顔でいてほしい。

 それが今でも変わらない私の願い。

 私は、怖かった。今回の件でおじさんがまた泣いてしまうんじゃないかって。だから走ることに怯えてもいた。

 だけど、ゴールドシップさんの言うように待ち受けているのが悲惨な結末だとしても、私は逃げてはいけないんだと思う。

 今回の一件に深く関わっていて、なによりもダイヤちゃんを止められなかった私は……逃げちゃいけないんだ。

 なら、やるんだ。おじさんをまた悲しませてしまったら、私が笑顔にする。私が幸せにする。

 例えそれが、親友であるダイヤちゃんを裏切る形になったとしても。

 

 覚悟は決めた。腹もくくった。

 だけど、最後に聞かなきゃいけないことがある。

 

「どうして私なんですか。ゼロの領域を使えるからですか?」

「違う」

「え?」

 

 ゴールドシップさんは鉄棒から降りて、私を指で指しながら言った。

 

「お前が──新たなる希望だから」

 

 

 

 結局のところ、あの言葉の意味は今でもわかっていない。

 それでも、ただひたすら今日のためにトレーニングを熟してきた。練習だけではゴールドシップさんの言う『ゼロの領域』を完全にコントロールするどころか、発現すらできはしなかった。

 つまりはぶっつけ本番。

 でも、やるしかない。手を抜いて勝てるレースじゃないんだ。

 

 私は、ここにいるみんなと同じだ。

 おじさんのために走っている、ただあの人の笑顔を守りたいから。

 

 勝ちたい……誰よりも速く、誰よりも強く、私が一番であることを証明するために。

 なによりもテイオーさん。形はどうであれ私はようやくあなたと同じターフの上に立っています。でも、そこにあの時のあなたはもういない。

 だけど、それでもいいんです。夢はもう、今この瞬間叶ったから。

 

 だから今はもう……一人のウマ娘としてレースに、そしてあなたに挑み、勝ちます。この場にいる誰よりも、あなたを勝たせるわけにはいかないから。

 おじさんを守るため、例えおじさんを悲しませることになっても、あなただけは勝たせない。

 

 ──『……』

 

 囁きが何かを告げている。隣にいるテイオーさんか、それともこの場にいる全員に対してか。

 何を教えてくれているのかはわからない。だけど、今の私はとてもリラックスしていた。

 大きく息を吸って吐いて、目を閉じて……次に目を開くとそこは……ゼロの世界だった。

 

 この瞬間、私は『ゼロの領域』を完全に把握した。

 

 声が聞こえる。実況や解説。会場にいる大勢の人の声。

 そして。

 

『アタシが1番になって、あなたの1番になるから。だから待っててね……ふふっ』

『だから勝つよ。待っててね、あなた』

『毎日私のためだけにご飯をつくってほしいんだ……この子のためにも』

『夫婦になればずっと一緒ですよ、トレーナーさん』

『やはりウェディングドレスは着たいところです。ムフフ……』

『私は壊れてしまった。だから……壊れた責任を取ってくれたまえよ、トレーナー君』

『邪魔者はみんなけすからね──お兄さまお兄ちゃん』

『あなたを──救ってみせます』

『トレーナーの隣は──ボクだ』

『親友の私を裏切らないでよね……キタちゃん』

 

 

 声が聞こえた。

 だから私も、この場にいる全員に布告するように……あの言葉を口にした。

 

「──勝負だッ」

 

 

 

 




「いよいよ次で最後だな! で、最後は誰よ」
「いやいや。何をとぼけたことを」
「最後はあなたですよ、ゴールドシップさん」
「えーゴルシちゃんわかんな~いって、おい待て! HA・NA・SE!」
「会場のみなさま、ただいまゴールドシップさんが移送されております」
「なのでもうしばらくお待ちください」
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