それは一本の電話から始まった。
「はぁ!? 見合いをするから帰ってこいだぁ!?」
『そうよ。あなたがいつまで経っても嫁さん連れてこないからって、お義母さまがお見合いをセッティングしちゃったのよ』
電話の相手は俺の母親だ。
仕事が終わって自宅に帰り、ビールを飲みながら時間を潰していたところに珍しく母さんから電話がかかってきた。
どうせ、ちゃんと食べてる? 大丈夫?
みたいな事を今回も言ってくるかと思えば、着信ボタンを押して第一声が『お見合いするから帰ってきなさい』だった。
しかもよりによってそれを実行したのが俺のばあちゃんで、その名前を出されたら流石の俺も断ることができないのだ。
『日にちは今度の金曜日ね。今からでも有給は取れるんでしょ?』
「まぁちょっと理由を盛ればなんとか。でも、なんで今更見合いなんてするんだよ」
『だって、こっちはてっきりゴルシちゃんと結婚するかと思ってたら、あなた達恋人でもなんでもないんじゃない。それにあなたも今年で三十でしょ? 弟の祐樹は結婚して子供だっているのに、長男のあなたがまだ独身じゃいい笑い者だってお義母さまが言うんですもの』
「別にもう孫は抱けたんだからいいだろ」
『あなたの孫が抱きたいのよっ。いいから帰ってきなさい。あ、お土産もよろしくね!』
そう言って母さんは言うだけ言って電話を切った。
現実逃避したくてビールを一気飲みしたが、缶ビール程度では酔うに酔えなくて、全部忘れるように俺はベッドへ潜り込んだ。
翌日。俺は職員室で有給を取るために申請書に必要事項を記入してたづなちゃんの所に持って行った。本来ならばちゃんとした人間に渡すべきだが、これも彼女の仕事上の都合と言うか多分俺限定でこういうことが通る。
まぁ、書類を提出しなくて彼女に催促され続けたらこうなったんだけど。
出来上がった申請書をたづなちゃんに渡す。最初は色々と聞かれると思ったけど、意外とすんなりと話は通った。だけど、気になることを言ってきた。
「奇遇ですね。この日は理事長もお休みなんですよ」
「へぇー。それまたどうして」
「そこまでは私も聞いていませんよ。ただ家の都合だとかで」
「そういえば理事長もそこそこの名家だったな」
「それはもう。そうでなければ、あの若さでこの学園の理事長にはなっていません」
「そりゃあそうだ」
有給の申請は通った。あとは最大の問題であるうちのウマ娘達だ。
そこまで聞き分けのない娘達じゃないから、すんなりと受け入れてくれることを祈りながら午後のミーティングで伝えることに。
「今度の金曜日は家の事情で実家に帰ることになって休むことになった。だから当日は練習するなり自由に過ごしてくれ」
『じぃ~~』
はいっわかりました、なんて言葉は案の定返ってこなかった。ゴルシを除いたみんなが俺を睨んでいる。
「家の事情ってなんですか」
スズカが問い詰めるべく聞いてきた。
「別にそこまで大したことじゃないから安心しろ」
「では帰らなくてもいいと、私は断言します」
ブルボンや、一体どうやったら断言できると言うのか。
「その日のご飯はどうすればいいんだ!」
「お弁当作っておくから、それで我慢しなさい」
オグリは一人だけ他のみんなとは理由が違って何故かほっとした。
「……そのまま帰ってこないこと、ないよね……?」
「土日挟んじゃうけど、来週の月曜日にはちゃんと帰ってくるって」
ライスはライスで凄い心配をしているのか、今に泣きそうな顔をして慌てて慰めることに。
最後にゴルシはゴルシで。
「気を付けて行って来いよ~」
まるで興味がなさそうにいつものようにルービックキューブで遊んでいた。
というわけで、なんとか全員を説得することができた俺は何の憂いもなく実家に帰ることになった。
俺の実家は関東にある某県某市某町○○ってところにある。住んでいるところはまさに田舎って感じの場所で、山や畑に田んぼばかりしかないところだ。最近はちょっとは発展してコンビニもできて、外に出ていた倅たちが戻ってきて新宅がちらほらと増えてきた。
でも町にいけば都心にあるお店並みとは言わないが、普通の町並みはしている。なんていうかそこまでに行くための道が田舎と都会の境界線みたいな感じだ。
村から行けばだんだんと近代的になって、町から戻ればどんどん古くなっていく。
場所が場所だけに東京から新幹線に乗って、そこから電車を何回か乗り換えてやっと町の駅にたどり着ける。
一応毎年お盆の時期には帰っているのでそこまで町に違いはない。
駅を出れば一台のベンツが執事と一緒に待っていた。
「お待ちしておりました、坊ちゃま」
「時田さん。俺はもう三十になるんだから、その呼び方はもうやめてくれよ」
「はっはっは。では早く結婚されて、旦那さまと呼ばせてください」
「はぁ……まぁ、家まで頼むよ」
「はい」
ただの田舎の村出身の出なのに執事がベンツで待っている光景は滅多にないだろう。俺が生まれた頃から時田はうちに仕えている使用人だ。普通の家に使用人なんていない。
つまり俺の家は……普通じゃないってことになる。
車に乗ってだいたい三十分ほどで実家についた。相も変らぬ我が家である。
子供の頃はこれが普通だと思っていたけど、小学、中学、高校とできた友達の家にいけば違和感を覚え、大人になった今ではどう見ても映画などで出てくるヤの付く人の屋敷にしか見えない。
勝手知ったる我が家なので遠慮なく中に入り、玄関で靴を脱いでそのままいつもの場所にいるであろう居間に向かった。
居間に入れば、ようやく来たかというような顔をした──頭に耳と尻尾がある二人のウマ娘……娘? であるばあちゃんと母さんがお茶を飲みながら待っていた。
「ただいま」
「おかえりなさい。で、お土産は?」
「ほれ。適当に甘いお菓子買ってきたよ」
「あらあら。今すぐお茶持ってくるわね」
「用意してねぇのかよ……」
呆れながら俺は座布団の上に腰を下ろした。お茶は用意せずにこれだけは用意してあったようだ。
「ばあちゃんも久しぶり」
「なんだい。お前一人だけかい」
久しぶりに会った孫に言う第一声がそれであり、しかもかなりガッカリしながらお茶を飲むばあちゃん。
可愛い孫が帰ってきたと言うのに、一体何が不満なのだろうか。
「一人って、他に誰連れてくるんだよ」
「てっきりお前が面倒見てる娘らを連れてくると期待してたんだよ……ちょっぴりね」
「それは期待してねぇってことだろ」
「細かいこと気にするんじゃないよ。折角連れてきたらうちの名前はやらんけど、側室として迎えてやろうと思っておったんじゃから」
「側室って……」
「まったく、お前と来たら一向に彼女は作らんし。お前の弟はとっくに結婚して子供もできて……。なのに長男のお前はまだ独身じゃろ。我が“木場”家の長男として恥ずかしないんか」
「うん」
迷いもなく答えると、ばあちゃんはこれでもかというぐらいわざとらしいため息をついた。するとタイミングよく母さんがお茶と早速俺が買ってきた土産のお菓子をもって戻ってきた。
「お義母さまもあなたが結婚しない内はまだまだ死ねないってよく言ってるのよ」
「でもさ、どうせアレだろ? 彼女連れて来いって言ったって、ウマ娘じゃなきゃダメなんだろ」
「当然じゃ! 代々木場家の長男に嫁ぐ女はウマ娘と決まっておる!」
そう。それが我が家のおかしな仕来りだ。俺のばあさんも母さんもウマ娘なのがその証。
「ガキの頃から散々聞かされてきたから覚えてるけどさ。うちのご先祖様がとあるウマ娘に恋しちゃって、どっちかはわからないけど片方が名家で、当然認められないから駆け落ちしてここまで逃げ延びて、気づいたら今日までこんなに栄えたって話。だからうちに嫁ぐ女はウマ娘なんだろ」
実際その話は真実だと思ってる。こんな田舎の村で一番デカい家を建て、ここから見える範囲の土地は全部うちの名義だとか、さらには俺が知らない所有している土地があるって言うし、もっと言えば県知事にまで顔が利くってんだから、信じられないっていう方が無理な話だ。
「私は浪漫があって好きよ。それにその話の他にも、代々木場家に生まれる子供は男の子で、その子の子供は絶対に女の子は生まれないって話も浪漫よねぇ」
ちなみに弟である祐樹の子供も男の子。もうここまで来ると呪いと変わらないと俺は思ってる。
「浪漫か、それ」
浪漫というのが母さんの口癖みたいなもので。よくドラマとか映画を好んで見てる。ちなみに父さんとの出会いも映画みたいな浪漫のあるものだったとかないとか。
「だからわたしはゴルシちゃんならきっとお前さんの、いや、木場家に相応しい嫁さんになるとな! なのにお前と来たら、ゴルシちゃんに手も出しておらんとは。このヘタレめッ」
「手を出すわけあるか!」
「私もゴルシちゃんなら大歓迎よ!」
「そうじゃそうじゃ。きっとゴルシちゃんなら、木場家初の女子を、立派なウマ娘の子を生んでくれるとわたしは確信しておるんじゃ」
なんでも長く男しか生まれないことには意味があると思ったのか、木場家の悲願はいつか立派なウマ娘を世に送り出すことらしい。
だから長男の嫁はウマ娘であり、それも名のある子を連れてくるとかないとか。興味がないので調べてないが、ばあさんも母さんも現役時代は結構活躍していたようだ。
だからというわけではないが、二人がこうもゴルシのことを気に入っているのは訳がある。それはアイツと出会った一年目に一度実家に連れてきたことがあるからだ。
そしたらあいつ外面だけはいいから二人にすごく気に入られて、気づいたらこの有様だ。
もっと言えば、うちは男の子がいないから尚更外から来た女の子には、これでもかってぐらい可愛がるという謎の発作みたいなものがある。
仮に他のメンバーを全員連れてきても、きっとゴルシと同じように可愛がるに違いない。
とにかくキリがないので俺はこの話を終わらせることにした。
「はいはい。もうアイツの話は終わりにしてだ。肝心の見合いはいつからだ?」
「そうねぇ。相手の方もそろそろこっちに着くって話だから、あなたが準備している間に家には着いてると思うわよ」
「あいよ。ところで、相手は誰だよ。ばあちゃんセッティングしたって聞いてるけど」
「なに。ちょっとわたしの友人を通して紹介してもらったんじゃ。まぁ若い頃のわたしほどじゃないが、別嬪さんじゃぞ。それに……おっと、これは自分で見た方が早いわな」
「そりゃあそうですよお義母さん。だって、ねぇ……」
「そうじゃな。だって……ぷっ」
『アーハッハッハ!』
何やら意味深な言葉を残して二人は大笑いして部屋を出て行った。
久しぶりに実家にある自分の部屋で、俺はこういう場で着るときのスーツに着替えて時間を潰していた。
漫画はそこそこ、ゲーム機も当時に買ったものがちらほらと。向こうのマンションにも一応あるけど、忙しくてあんまりゲームはしていない。その代わりにゴルシのヤツが勝手に色々とやってる姿を後ろで見ている時の方が今は多い。
時計を見てそろそろかなと思いばあちゃんの所に行って孫の立派な姿を見せれば、
「ほんとお前さんは見た目だけは立派だね。女の一人や二人引っかけてそうなのに、現実は残酷じゃて……」
「最後は絶対にケチをつけなきゃいけない呪いにでもかかってんのかよ」
「まぁまぁ。ほら、応接間でもう待ってるから行きなさい」
「行きなさいって、普通最初は全員で挨拶みたいなことするじゃねぇの?」
「こっちはこっちでするからいいのよ。オホホ」
ばあさんも母さんも常に普段来ている服は着物で、その所為か人をバカにしている時のその様はすごく似合っているのが腹立たしい。
それにしたってなんで最初の顔合わせがないんだ。俺は何か作為的なものを感じながら応接間へ向かうことにした。
いざ応接間の前に立つと、ちょっと緊張した。初対面の女性と話すのがダメとかという話ではなく。ただ単に見合いというこの状況だから緊張しているのだ。
……襖を開けたらゴルシじゃありませんように。
俺は大っ嫌いな神様に久しぶりに祈りを捧げながら襖を開けた。
「お待たせしてすみません。木場家長男の──」
「こ、こちらこそ! あ、秋川家の──」
『……ん?』
襖を開ければ相手側も慌てて立ち上がって挨拶をしてきたのだが、すべてを言い切る前に言葉が途絶えた。
それもそのはずで、聞きなれた声に見たことのある顔の女性がそこにいたからだ。
「……理事長?」
「な、なななっ! 驚愕ッ!? なんでキミがここにいるんだ!?」
こんな言い方する知り合いなんて一人しかないない。
は、嵌めやがったな、あのばばぁ!
「二人ともこれはどういうことだ!」
俺は叫びながら二人がいる部屋に戻り、バンッと音を立てながら襖を開けた。しかしそこに二人はおらず、一枚の紙切れが。
「秋川さんと一緒にスイーツ食べに行ってくるだぁ!? ふ、ふざけやがって……」
怒りのあまり紙をクシャクシャにして畳の上に叩きつける。今すぐとっちめに出向いてやろう、そう思っていると上着の裾を引っ張りながら理事長がそこいた。
「な、なぁキミ」
「あ、ああ理事長、すみません。今すぐうちの女どもから事情を吐かせに──」
「い、いやな、その……見合いの続き……するか?」
「……はい?」
それから応接間に戻って、テーブルを挟んで互いに正座をしながら無言の時間が少しだけ続いた。
向こうもそうだと思うが、まさか見合い相手が自分の知っている人間だとは思うまい。
ん……人間?
そこで俺はあることに気づいてしまった。
俺の見合い相手ということは、それは当然ウマ娘なわけだ。しかし理事長には耳どころか尻尾なんて……。
下を向いていた顔を上げると、彼女の頭には確かに耳があった。
「え、理事長ってウマ娘だったのか!?」
「……そ、そうだ。知らなかったのか、キミは」
「だって、普段帽子被ってたし、尻尾なんてないし」
「注目。あるじゃないか、ほれ」
そう言って腰をこちらに見せると、確かに彼女には尻尾があった。おかしい、普段から尻尾なんて出ていただろうか。
もしかして、俺がただ見ていないだけ?
確かにウマ娘の尻尾をジロジロと見るのは、ある種の視姦でありセクハラに当たるという。俺は無意識に見ないようにしていたのだろうか。
「それはわかった。それにしたって俺は相手のこと伏せられてたからしょうがないとしても、理事長は俺の名前知ってるでしょう」
「と、当然だ。だが、まさかキミだとは思わなかったんだッ。木場家の跡取り息子がキミだなんて思わないだろ!」
その素振りを見るからに、どうやら木場家というのは名家でもある秋川家でも通る名前だということが見てわかる。
しかし、その跡取りはそんなことこれっぽちも思っていないので試しに聞いてみた。
「そんなに有名なんですか、俺の家」
「し、知らないで今まで過ごしてきたのかキミは!?」
「まぁ、ただ土地と金だけはある田舎の権力者ぐらいにしか思ってないです」
「……この場合、流石と言うべきなのか……うぅ……」
学園でよく俺に頭を悩ませるように彼女はテーブルに肘をついて頭を抱えていた。
俺は雰囲気がいつもの学園での感じに戻ったのを感じると、灰皿を持って縁側に移動した。ウマ娘に関係なく、流石に喫煙者でもない女性の前で堂々と吸う無神経なことはしないのだ。
「キミ、タバコ吸っていたのか」
「ええ。ところで理事長は──」
「ここは学園じゃないんだ。普通に名前で呼びたまえ」
「じゃあ、そっちもそんな堅苦しい喋り方やめてください」
「しょ、性分だ、これは」
「あ、そうなの……ふぅー」
煙を吐いて灰を灰皿に落としてまた口に加える。ちらりと後ろを見て、こっちを見ながら座っている彼女を見た。いつもの服とは違い、今日はちゃんとした年相応に可愛らしい清楚な服装だ。
理事長──いや、やよいちゃんはまだ恥ずかしさが抜けない素振りを見せながら、俺に聞いてきた。
「き、キミは……どうするんだ」
「どうするって、何を?」
「見合いに決まってるだろ! いくら顔見知りといっても、これはこれ、それはそれだ。正直に言えば、相手がキミだと知って驚いたけど、別にイヤではないし。キミはどうだ。私では、不満か?」
「不満って。やよいちゃんに不満はないよ」
「やよい、ちゃん……!?」
「イヤか? なら、やよいって呼ぶけど」
「そ、そうだな。そっちのが、私は嬉しい……ぞ」
するとやよいはブツブツと独り言っていたが俺は大人なので聞き流した。
「で、やよいはこのままこの見合いを続ける気なのか」
「なのかって、キミは元々その気ではなかったのか?」
「正直ね。それに俺は……まだ、結婚する気はないんだ」
「あの娘達がいるからか?」
「ああ」
否定はしなかった。それが大部分を締める理由でもあるけど、彼女は多くのトレーナーを今まで見てきているから、他の例も交えて教えてくれた。
「キミのような男は少なくはないよ。知っての通り、トレーナーとウマ娘が恋に落ちるという話はよくある。またトレーナー側にはもう恋人や妻がいて、それを最初に教えていれば問題はないが、親密な関係になるほど悲惨な事になる事例もある。今まで勝てたウマ娘がスランプに入り、または痴情のもつれにまでなってしまうことも」
「あの娘達が俺にそういう感情を向けているのはわかってるんだ。俺も若い頃そういう経験があるし、やよいが言ったようなことも懸念している。だけど」
「だけど?」
「俺は、今が最高に楽しいんだ」
朝早く起きるのは辛いけど、学園に行って教師の仕事をして、そしたら今度はトレーナーの仕事をし
て。アイツらと一緒にいる時間は騒がしいけど、充実している。昔ではありえなかったことだ。
みんながそれぞれ自分の夢を叶えるために頑張る姿を見るのが好きだ。
それを叶えてあげるために、俺はアイツらの力になりたい。
だからもうちょっとだけそれを味わっていたいんだ。
「昔のキミは……つまらん男だったからな」
やよいは昔の俺を知っている。だから、俺が言う言葉の意味をよく理解しているのだろう。
「そこまで言うか」
「当然。だけど、今のキミはイヤってぐらい退屈させない男になった。しかしそう思うと、昔のキミの方が問題を起こさないから、そういう意味では前のがよかったな!」
「ひでぇなーおい」
「だったらちゃんと期限通りに言われた書類を提出してくれたまえ」
「努力します」
「全く、キミという男は……」
やよいはやれやれと言わんばかりにため息をつきながら、何故か縁側で座っている俺の隣にやってきて腰を下ろした。
傍から見れば父とその娘だろう。身長差も相まって、余計にそう見えてしまう。
何よりも、普段と違って今はウマ娘として耳と尻尾が目に入るので、どうにも調子が狂う。やよいはそんな俺の気持ちなど知りもせず、笑顔で言った。
「キミは結婚“は”する気がないだけで、恋人なら作る気はあるんだろ?」
「まぁ……そうなる、か……?」
「なら恋人のフリでもしようじゃないか。なに、俗に言う“まずはお付き合いから始めましょう”だ。それなら両家も納得するだろうしな」
「お、それはいいな」
「だろ? それにいつかはキミの気持ちも変わるんだ。そしたら……結婚すれば何も問題はない」
「うん……うん?」
「くくっ。よろしく頼むよ、未来の旦那さま」
気づけばいつもの扇子を取り出すと、その文字には『婚約』と書かれていた。
それから俺とやよいは表向きは恋人同士という関係になった。『なんで恋人からなんじゃ!』と、ばあちゃんが声上げていたが、何だかんだでそれを受け入れてひとまずこの見合いはひと段落した。
俺達の場合は職場恋愛というものに分類されるのか。平日は毎日学園で会えるし、やよいは理事長だからその権力を使えば俺を簡単に呼び出せもして、何より俺が普段の行いもあるので呼び出されもするので、顔を合わせない日は休日以外には滅多になかった。
正直に言えば、俺はこのままなあなあで済ませようとしてたいのだが、意外にもやよいからデートの誘いを受けることが多かった。
彼女曰く。
「たまには恋人らしいことをして、それを報告せねばなるまい」
確かにその通りだなと納得した俺は、平日の仕事終わりに彼女とデートする機会が増えた。休日はほぼあの娘達に潰されるし、バレる危険性もあったので。
そんな関係を続けながら早数年が過ぎた。
最近はやよいが俺のマンションにも来るようになって、すっごい高そうな酒を持ってくる回数が増えた。しかし彼女はお酒に弱いのか、すぐに酔って眠ってしまう。
「すぅ……すぅ……」
俺の太ももを枕にして眠るやよいを眺めながら、一人で酒を飲みながらふと思った。
もしかしたらこのまま彼女と一緒になる未来もあるのだろうか。
一方、木場家では新たな動きを見せていた。
「結局あの見合いから早数年。秋川のお嬢さんとは一向に進展がない。これは一大事じゃ」
「やっぱりあの場を切り抜けるためのカモフラージュでしたね」
「二人して困ったもんじゃ。折角あの時ゴルシちゃんも呼んで修羅場が見れると思ったのに、そのゴルシちゃんがああ言うんじゃ……」
そうなのだ。実はあの場にはゴールドシップもいたのだ。それも二人がいた応接間の前にある庭園に彼女は潜んでいた。
彼は知らないことだが、祖母も母もゴールドシップとちゃんと連絡先を交換していて、連絡を取り合っていたのだ。
「まさか、『アイツが理事長を選ぶならアタシは全然構わないよ。まぁでも、アイツがアタシにそれを望むなら、アタシも考えてやらないわけじゃないぜ』、ですもんね。あのゴルシちゃんでもやきもちをやくと思ったんですけど」
「やっぱりゴルシちゃんに嫁いでもらいたいのう。あの懐の広さ、ウマ娘としての才、なによりアイツをよくわかっとる」
「しかしお義母さま。やよいちゃんはやよいちゃんで色々と頑張ってるそうですけど、肝心のあの子がアレじゃ……」
「そう思ってな!」
先程まので暗い雰囲気はどこへやら。彼女はテーブルの下に隠した数枚の見合い写真をドンッとテーブルに叩きつけた。
「お義母さまいつのまに!?」
「カッカッカッ。わたしに抜かりはないわ! 知り合いに声をかけたらビックリするぐらい写真が送られてきたんだよ!」
「どれどれ……あらあら!」
「くくっ。アイツの驚く顔が目に浮かぶわ!」
そこには数枚の……否、そこそこある見合い写真がずらりと並べられて、丁度母親が両手に持った二枚の写真には、かの名門のお嬢様に似ていたり、無敗で三冠ウマ娘になった娘と似てるよう顔をしているのであった……。
以下補足
木場の場は馬の代わり。
この話は正史。各キャラの回想も正史。
本編のレースは今のところ個別エンディングに入る手前のBルートという設定。
なので前回の話も一応補足すると、アレはまだルート分岐前の正史時間軸です。
はたして私はすべてのルートを書ききることができるのでしょうか。