あと細かい時間軸は気にしてはいけないゾ。
あの夏合宿からアタシとアイツとの関係は、変わったように見えて変わっていない。ただまぁ、前よりはもっと近い距離感になったんじゃねぇかなって思う。
ただアタシの生活に変化が起きたのは間違いなかった。
ある日のこと、それは部室でアイツの話から始まった。
「なあ、モデルの仕事やる気あるか?」
今日は将棋じゃなくてサッカーの練習でもしようと、アタシが色んな物をしまっている箱からサッカーボールを取り出している時にアイツが言ってきた。
「モデルぅ? アタシが? なんで?」
そう答えるとアイツは淡々とその理由を述べた。
「高身長で」
「うん」
「それなりのモデル体型で」
「うんうん」
「黙ってればすげー美人に見えるから」
「一言余計じゃい!」
「ぐほっ」
くの字に曲がったアイツを殴り飛ばしたあと、アタシはちょっぴり考え……答えを出した。
「面白そうだからやる!」
事実、毎日トレーニングしているよりは絶対にアタシは面白いと思ったからだ。
それから話はドンドン進んでいき、アイツの友人だというKEIさんが今回の仕事を依頼した張本人。これが中々面白い人で、アタシも結構気が合ったりして、アイツの学生時代の話を聞いて盛り上がったりした。
そして、その日からアタシのモデルデビューでもあり、後のスーパーウマ娘モデルこと『ロールバトー』誕生の瞬間だった。
その名前のことをアイツに聞けば。
「お前の名前をフランス語にするとこうなるんだ。結構いい名前してるだろ」
「おぉ~。中々イカス名前じゃねぇか!」
「それに本名だとつまらんし、こっちの方が色々と面白いだろ」
「お前もわかってきたじゃねぇか!」
「おかげさまでな」
控室でそんな些細なことでアタシ達は笑いあった。
そして撮影に挑むのだが、普通なら素人がそう簡単にいい写真が撮れるとは思えないだろうが、そこは安心と信頼のゴルシちゃん。
伝説のスーパーウマ娘であるアタシにとってこのような事など朝飯前なのだ。
当然撮影は全部一発OKということで、サクサクと仕事は終わった。
依頼人であるKEIさんは大層喜び、次もまた仕事を頼むと言われた。さらに撮影で使った衣装は報酬とは別にお土産という形で貰った。
この事もあって、アタシはモデルになって以降、一度も服を買ったことはない。
アタシ達はスタジオを出たあと、雰囲気の良さげなオープンカフェで小休憩を取ることに。店員に案内された窓際の席に座って、互いに頼んだ飲み物を飲みながらアタシはそこでアイツに言った。
「なぁ」
「ん。どうした」
「着替えたいからオマエの家行っていいか?」
「ブッ」
そう言うとアイツは飲んでいたコーヒーを吹いた。
「な、なんだいきなり!」
「いやぁ、着慣れた服じゃないからちょっと肩こっちゃった☆」
「俺の家じゃなくて、寮に帰ればいいだろうが」
「それもそうなんだが、ほら視線がだるくてよ」
「視線? ……あー」
アイツはアタシに言われてようやくそれに気づいたようだ。店内にいる人から店の前を通りかかる人らが全員アタシを見ている。
それも当然だろうなと思った。
モデルの仕事をするぐらいだから、みんなの視線を釘付けにしてしまうこのアタシの美貌がいけないんだから。
「んー俺の家の場所、言いふらさないならいいぞ」
マジで?
と、アタシは心の中で言った。半分冗談で言ってみたのが、やはり何事も言ってみるものだと思った。
「言わない言わない」
「信用ならねぇな……」
そんなことを言いつつもアイツは自分の家にアタシを連れて行ってくれた。
トレセン学園にはトレーナー寮があるが、そこには基本的に住んでないと聞いていたので、どんな家に住んでいるのか楽しみだったりする。
案内されたのは結構いい所のマンションで、部屋は一人暮らしにしては贅沢すぎるほど広かった。
何か面白いものがないかと見回してみたが、リビングにあるのはプレスベンチぐらい。あとは……アタシがデビュー戦で勝った時の写真や他のレースで勝ったときの写真、それにレースに勝ったウマ娘とそのトレーナーに送られるトロフィーが置いてあった。
だけど、それは一個だけでデビュー戦で勝った時のものだった。
「なんだオマエ、盗撮が趣味なのか」
「ちげぇよ! 記念って訳じゃないけど、やっぱりトレーナーとして担当しているウマ娘が勝った証は残しておきたくてな。流石にトロフィーは置くところなくなるから、それ一個だけど」
「ふーん……。折角だから、今のアタシとツーショットでも撮るか?」
「……なんか裏がありそうだな」
「ないない。それにいいのか~? もしかしたらアタシがスーパーモデルになってるかもしれないんだぜ~」
そう言ってその場でクルリと一回転して、それっぽいポーズをとって見せた。意外と現金なやつなのか、唸りながらアタシの誘いに乗るか悩んでいるようだった。
「ン~。確かに、今のお前は美人だからな……」
「今のとはなんだ今のとは! アタシはいつでも美人に決まってるだろ! こうなったら無理やり撮ってやるッ」
「うおっ、待てって、あぶなっ!?」
アイツの首に腕を回そうとすると抵抗されて思うようにポーズが取れず、まるでサッカーでいうボールの取り合いみたいな感じで足と足が攻めぎ合い、気づけば体勢を崩して倒れた。
だけど、咄嗟にアタシを庇ってくれたのかこちらには特に痛みはなく、アイツの痛みに堪える声だけが耳に聞こえるだけだった。
そして、この瞬間を逃さずスマホを構えた。
「いってぇ……」
「はい、笑って~」
「は?」
カシャッ!
構図的にはアタシの体に腕を回し抱きしめている間抜けな顔をしたアイツに、舌を出しながらカワイイポーズをしている二人の写真が撮れた。
仮に『ロールバトー』の名前が売れて、これを世に出したらとんでもないスキャンダルだろうなと、アタシは思った。
この写真を巡ってひと悶着あったけど、アタシはこの一件以来アイツの家に遊びに行くようになった。
別に友達がいないとかそういう訳ではないのだ。
それから12月31日の大晦日。
この時期になると一部のウマ娘は実家に帰省する子も多い。普段は門限があるけど、こういった大型連休では暗黙の了解なのか、多少は目を瞑っているのでちょっとした夜更かしができる。
まぁ、チームに所属していればトレーナーが保護者代わりなので特に問題はなかったりする。という訳で、アタシはその保護者の家でゲームをしながら年を越そうとしていた。
テレビの画面にはアタシが操るキャラと、どこかの誰かが操るキャラが壮絶な戦いを繰り広げていた。
「えい、このっ!」
「お前ってゲームするとき一緒に体も動くタイプだよな」
「黙ってろッ、あと少し、でぇええええ!? こいつ回線切りしやがった!」
「レースでもゲームでもお前は落ち着きがないな」
「本気と書いてマジでやってんだよ。あーあ、こいつの所為で萎えちまったぜ。やれやれ、強すぎるってのも罪だよなぁ~」
コントローラーのHOMEボタンを押して電源アイコンを選択、本体の電源を切りながらアタシはアイツの隣に座った。
「はいはい。お前はつよいつよい。お、0時になった。あけおめことよろ」
「あけおめ~。しかし、オマエが言うと似合わないなっ」
「ざけんな。俺はまだ二十代だッ。で、どうするか。初詣にでも行くか」」
「甘酒っ、甘酒飲みに行こうぜ!」
「へいへい」
夜道を歩きながら神社に向かうと、普段の時間帯にしては人が多い。友達同士、恋人、家族連れと多くの人が目に入る。
アタシとコイツの場合は、ウマ娘とそのトレーナーだということは一目瞭然だろうな。
どうしようない会話をしながら神社に着くと、すでに神社には多くの人やウマ娘で賑わっていた。とりあえず一杯甘酒を飲んだあと、アタシは願掛けしに誘うとアイツは申し訳なさそうに断った。
「すまんな。願掛けならお前だけやってくれ」
「──あ、わりぃ。今のは無神経過ぎた」
「気にするな。ま、俺の分もついでに祈ってくれ」
「任せておけ」
こればかりはアタシも素直に謝った。
アイツは例の一件以来神様を信じなくなった。だから願掛けはしない。
そういうこともあって、アイツは神様を信じるのも祈ることもやめて、変わりに信じているのは誰でもない自分、あるいは何かに向かって頑張ってるヤツと言っていた。
アタシは賽銭箱の前に立って、五円玉を放り投げ、パンパンと手を叩く。
「どうかアイツの家の蛇口からジュースが出てきますように!」
「それなら俺は、ペプシかドクペがいいな」
「ついでにコーラと三ツ矢サイダー以外の炭酸が消えますように!」
「は? マジでキレそう」
それと──アイツが今年も楽しく笑えますように。
アタシは言葉に出さず、胸の中でアイツの代わりに祈った。
そのあとアタシはおみくじを引くと、なんと『大吉』だった。
結果の紙をもらうと、『今年から多くの出会いがあるでしょう。だって大吉だからねっ!』、と最初に書かれていた。
ちなみに一部抜粋すると、待人は『もういるじゃん』、金運は『そこに財布がありますよ』、学問は『天才過ぎてお辛いでしょう』、恋愛は『ま、そういう形もあるよね!』だった。
なんとまぁ開き直ったおみくじであった。
そして残りの正月休みは、なんとアイツの実家で過ごすことになっていた。
「実家に帰るんだが、お前も来るか?」
と、意外なことにアイツから誘われたのでアタシは面白半分でついていくことにした。
そして実家に帰る当日の新幹線の中で、アイツに言われた。
「誘っておいてなんだけど、お前は帰らないのか?」
「別に帰っても誰もいねぇし」
「あ、すまん。そういうつもりじゃなかったんだ」
「気にすんなって。ほら、弁当食おうぜ」
アタシの言った言葉の意味をアイツがどう受け取ったかは知らないが、事実本当のことだからそこまで気にすることはないんだ。
だって、こっちにアタシの帰る場所はないんだから。
正月休みも終わり再び今まで変わらない日々が戻ってきた。
それにしてもまだアイツの実家での衝撃は忘れらないぜ。
なんてたって、アイツのばあちゃんと母ちゃんがウマ娘で、さらにすっげー金持ちの跡取り息子だってんだから、これは驚かずにはいられないってもんだ。
あと普通に普段通り接していたらすごく二人には気に入られて、連絡先まで交換しちまったんだ。まぁ、ちょっとだけ猫被ったけど……。
それと行った時期がお正月ということも相まって、ばあちゃんからはお年玉を貰った。大層気に入られたのか、それとも別の理由なのかは定かではないが、お金の入った封筒はぶ厚かった。
これには流石のアタシもビビッてつい受け取るべきか数秒迷ったぜ……。
実を言えば、正月休みから四月頃までは特に変化はなかった。
あると言えば、これでアイツと出会って大体一年目ということぐらいだろうか。
「あのおみくじウソついてやがったな」
「ま、そんなこともあるさ」
と、アイツは能天気に答えた。
だけど、本当に変化が起き始めたのはこれからだった。四月と言えば、また今年も多くの新入生がやってくる季節だ。
トレーナーとしては、ここは新たにスカウトに動き出すところなのだが、アイツは一向に動く気配すらなかった。
学園サイドもそんなすぐに4人もチームを集められるとは思っていないので、今は仮ということになっている。
「アタシが言うのもなんだが、新しいメンバー集めなくていいのかよ。チームとして認められるの、あと最低三人は必要なんだろ?」
「それはそうだが、今のところはいいかなって思ってる。お前で手一杯だし。それに……」
アイツはやけに意味深な目つきでアタシを見てきた。
それは如何にもこのゴールドシップ様が原因と言わんばかりである。
「なんだよ。まるでアタシが悪いみたいじゃねぇか」
「Exactly! 在校生はお前の噂知ってるから、スカウトしたくても逃げられるんだよな! アハハ!!」
「必殺ゴルシブリッジ!」
「ぎゃぁあああ!」
結局このあと、特に互いに何かをする訳でもないままいつもと変わらない日々を過ごしていった。
変化が起きたのは年に四回ある内の一回目の選抜レースが終わって少し経ったぐらいに起きた。
その日も変わらずアタシ達はトレーニングコースにあるベンチでトレーニングをしていたんだ。ちなみに今日のメニューはオセロ。
たまには気分転換も必要だ。なのでオセロになった。
しかし、コイツはオセロになると今までと違ってやる気を見せた。まさにお互い勝利を譲らない熱い戦いが繰り広げられていたんだ。
そんな時、アイツがふとボードからコースの方に目を移した。アタシも思わずそっちに目を向けると、一人のウマ娘が走っていた。
「あいつがどうかしたのか?」
「いや、ただ……すごく辛そうに走ってるように見えたから」
「ん?」
そう言われてもっと集中してそのウマ娘を見た。確かになんだか走りに力が感じられないというか、変な走りをしているように見えた。
「アレは……サイレンススズカか。なんで、あんな走り方をしてるんだ? 彼女はもっと自由に走らせた方が絶対いいのに」
「オマエいま、すっげートレーナーらしいこと言ってるぜ」
「フンッ。お前がスーパーウマ娘なら、俺はウルトラトレーナーだからな」
「ほう、言うじゃねぇか。だったらちょっくら教えてくる!」
「いいけど、俺の名前出すなよ。後々うるさいから」
「合点承知の助!」
許可をもらったアタシは早速スズカのもとに走った。スズカは丁度走りをやめて息を整えている所で、アタシはアイツが言った言葉をそのまま伝えた。
「なあ、なんでスズカはそんな辛そうに走るんだ?」
「え? えーとあなたは……もしかして、あのゴールドシップ?」
「アタシは常に進化し続けているからどのゴルシちゃんかわからないけど、たぶんそのゴルシちゃんはアタシのことだな!」
いやぁ、有名人になると辛いぜぇ……。おっと、サインが欲しいならマネージャー(トレーナー)を通してもらわないと。そう言ってみる雰囲気では当然なかったのである。
スズカはアタシ、というかアイツの言葉の意味がよくわかっておらず、アタシなりに例えを交えて教えてあげた。
それを伝えると、スズカの表情が少し柔らかくなったように見えたので、きっとその言葉の意味を理解できたのだと思う。
するとスズカがなんで教えてくれたのかと聞かれて、アタシはついうっかりアイツの存在を口にしてしまった。
「おっと三分経ったからゴルゴル星に帰らなければ。チャオ!」
こう手をシュッと振ってアタシはその場を去っていったのである。
そして翌日。今日もアイツとトレーニングコースのベンチで将棋をしていた。今日のアイツは本を読みながら舐めプしていやがった。
するとコースにスズカがやってくるのが見えた。
どうやら昨日の言葉が効いたのか、直接コイツに会いに来たと直感したアタシはワザと負け続けて、最後には叫びながらその場から逃げ出す振りをしながら膳立てをしてあげた。
「ちくしょう! 覚えてろよぉおおお!!」
一瞬だけスズカの方に向いてウィンクした。見えているかわからないが、あとはお前次第だ。
同じウマ娘として困ってる奴は放ってはおけないし、何よりこの方がこの先面白くなりそうな予感がしたから。
それから少し経ってサイレンススズカはアイツのチームに移籍してきた。移籍してきてからのスズカの走りは、以前にも増して凄くいい顔で走るようになって、アイツも最初のトレーニングした日は嬉しくて涙を流していたぜ。
ま、それはちゃんとトレーニングするウマ娘が入ったからなんだけどな!
また、この時アタシはあのおみくじのことを思い出した。
今年は多くの出会いがあるでしょう──つまり、サイレンススズカはその出会いの一人目ということで、この後も続々と新しい仲間が増えるということを意味している。
それをアイツに伝えてみると、
「そんなホイホイゲームで仲間になるような都合のいい展開なんかねぇだろ」
と、こんな事を言っていたのだが……。
「おやおや~目の前に、困っているウマ娘がいるぞ~」
「……だからなんだ」
「トレーナーとして困ってるウマ娘を放っておいていいのかなって、ゴルシちゃんは思うゾ」
「はぁ……ちょっと行ってくる」
「いってらっしゃ~い」
アタシはハンカチを振りながらアイツを見送ると、一緒にいたスズカが言ってきた。
「ねぇゴールドシップ。もしかして、私の時もこんな感じだったの?」
「さ、どうだったかな。アタシ、昔のことは覚えてない性質だからな~」
「ふふっ、そういうことにしておいてあげる」
実際そうしてくれると助かる。だって、そういうのは一々語るものではないとアタシは思っているからだ。
そして件のお悩みウマ娘はミホノブルボンというウマ娘。なんでも三冠ウマ娘を目指しているのだが、所属しているチームのトレーナーや周りからも短距離ウマ娘として期待されているらしい。
しかし、本人は三冠ウマ娘になることが彼女の父との夢なんだとか。
『夢』、という言葉に誰よりも執着していたアイツだったからこそ、ミホノブルボンの夢を手伝ってあげたいんだとアタシにはわかっていた。
だけど、スズカの時と違ってそれはすぐに解決する問題ではない。だから坂路トレーニングという指示だけだして、その付き添いにアタシが一緒に走ってあげていた。
アイツは遠目でアタシを見つつ、彼女の状態をチェックする。自分で言うのはとても癪ではあるが、アタシは学園一の問題児なので一緒にいても何ら問題はないし、そのお目付け役としてトレーナーであるアイツがいるのは理にかなっている。
そうしなければならなかったのは、第一にミホノブルボンが他チームのウマ娘であること。こればかりは至極当然のことであり、他チームのウマ娘を第三者であるアイツが指導していいはずがないからだ。
例外としてはそのトレーナーに許可を得て行うことだが、ミホノブルボンのトレーニングは決して認められるものではなく、彼女は自主練習という形で一人でトレーニングしているという名目になっていた。
次に問題になっているのは時間だった。三冠ウマ娘の称号を勝ち取るためには、皐月賞、日本ダービー、菊花賞の三つのG1を勝たなければならない。特に菊花賞は長距離、元々スプリンターであるミホノブルボンには長い道のりだ。だからそれを克服するためのスタミナを付けるためには、長い時間を要する。
アタシはミホノブルボンが中距離のレースに出て結果を出すという話をアイツがしたあとに聞いてみた。
「なぁ。ブルボンのヤツ勝てると思うか?」
「勝つよ」
アイツは迷いなく答え、アタシはどうしてと訊いた。
「ミホノブルボンはスプリンターとして素晴らしい才能を持っている。そんな娘が三冠ウマ娘になるどころか、中距離だってまともに走りきれるかも怪しい」
「だけど、お前は違うんだろ」
そう言うとアイツは当然と言いたげに笑って見せた。
「何となくだけどわかるんだよ。この娘にはそれを成し遂げるための力が絶対にあるって。それにさ、叶えてやりたいんだよ。俺はダメだったから……いたっ」
折角いい話で終わると思ったのにすぐ台無しにしようとしたので、アタシはアイツの脳天に軽いチョップを入れた。
「バーカ。もうケジメつけたんだろ? だったら、そんな顔をしないで笑えよ」
「ふっ。そうだったな。お前らの夢を叶えるのが、俺の仕事だもんな」
「そうそう。それぐらい胸張って言うぐらいがいいんだよ、オマエはさ」
「やっぱお前がいないとダメだな、俺は」
「当たり前だろ? 約束したんだから」
「ああ、そうだな」
そしてアイツの期待通りミホノブルボンはレースに勝って、周囲の常識をぶち破った。レースの後色々あって彼女はアタシ達のチームに移籍することになった。
それからブルボンは苦しいトレーニングを耐え抜いて、後に念願の三冠ウマ娘になった。
え、アタシはどうだったかって?
日本ダービー……? 知らないレースだな。
アタシとアイツだけだったのがスズカとブルボンが加わったことで、広かった部室が二人増えただけで狭くなったような気がしてきた。
これでアイツのチームに所属しているウマ娘は三人。だけど、もう一人来れば表向きはちゃんとしたチームとして扱われるんだが、その一人がまだ見つからないでいた。
そんな時一人のウマ娘がやってきた。
名前はオグリキャップ。
なんでも地方で凄い活躍してたっていう話だ。当然そんな優秀なウマ娘を誰もがスカウトしようとしている中、アイツも動こうとはしていた。
オグリキャップはアイツのクラスに編入することになり、編入当初はアイツが結構面倒を見ていたので、他の奴らよりは面識はあった。
だけど、根が優しいのかそれを理由にすぐにスカウトするようなことはなく、でも他の奴らは違うから多くのトレーナーが彼女をスカウトしていたけど全員玉砕に終わっていた。
そんなオグリキャップをどうスカウトすべきかとアイツは悩んでいたんだ。
「どうやってオグリキャップをスカウトするか」
「あいつ食べるのが好きなんだろ? だったら食い物で釣ればいいじゃん」
「そんな簡単にいくか? まぁ、やれるだけやってみるわ」
と、アイツはアタシに内緒でオグリキャップをスカウトしに行った。
バカめ。アタシ抜きで飯に食いに行こうなんざ10年早いわ!
アタシはこっそりアイツを尾行してそのタイミング待ち、そしてオグリキャップがやってきたのだ。
「よぉオグリ! 昼休み抜け出してウマ娘専用のメニュー出しているお店のランチを奢るから俺のチームに入らないか?」
「何をしているんだトレーナー! 都会のランチは混むと聞く。今すぐ出発しよう!」
ここだと言わんばかりにアタシは二人の前に飛び出した。
「──やはりあの店か……いつ出発する? アタシも同行する」
「ゴルシ院」
「おまえの次のセリフは、『来てもいいがお前は別会計だ』、という!」
「来てもいいがお前は別会計だ──―はっ?!」
まぁそのあと学園を抜け出してランチを食べたのはいいが、それを後で理事長とたづなに怒られたんだけどな、アイツが!
オグリが入ってこれでアタシ達のチームはようやくちゃんとした形になった。それからはちょっと間が空いたりしたけど、どんどん新メンバーが入ってきた。
「ら、ライスシャワーって言いますっ。い、いっぱい迷惑をかけるかもしれませんけど、よろしくお願いしますッ」
それは以前校舎裏かどこかでアイツに泣かされていた小さいウマ娘だった。
「やっぱりオマエ手出してたんじゃねぇか!」
「してねぇよ!」
「大丈夫よ、ライス。迷惑をかけるのはトレーナーさんの方だから」
「え?」
「スズカの言う通りです。ところで、ライスさんはどうやってマスターにスカウトされたのですか?」
「ら、ライスは自分でお兄さまのチームに入ったんですけど……」
『⁉』
ライスの言葉にこれはアタシも含めた全員が驚いた。だって、アイツのチームだぜ……?
「ふっ。ライスは目の付け所が他の奴らと違うだろ? 我がチーム始まって以来の逸材だ。加入的な意味で」
「それよりもトレーナー。お兄さま、とはどういうことだ? まさかそういう趣味なのか」
「推測。これは世間的に拙いと私は判断します」
「い、いやな? 俺もそう言ったんだが……」
「やっぱり、ダメなんだ……ライスは本当にいけない子なんだ……」
「ああ! ライスは悪くない、いいから、お兄さまで」
この場合ライスがやり手なのか、それともコイツがしっかりと言わないのが悪いのかはどうでもいいとして。アタシ達は口をそろえて言った。
『このロリコントレーナー』
「違えよ!」
本人がそう言っても、事実それを確信づける光景を後日アタシは見てしまったのだ。
都内の公園で小学生のウマ娘に手取り足取り教えているアイツの姿を。
「げッ、ゴルシ!」
「お、オマエ、まさかとは思ったが、ライスじゃ物足りなくて遂には小学生にまで手を……」
「ち、違う。これはだな──」
「あー! ゴールドシップさんだぁ!」
「ほんとうだぁ! おじさまがゴールドシップさんのトレーナーなの本当だったんですね!」
と、黒髪のウマ娘がアタシの前にやってきて目をキラキラさせながら見てくるので、つい可愛くて頭を撫でてやった。
「お~もしかしてアタシのファンか! このこの~」
「いや、別にそういう訳じゃ……」
「あん?」
「はい! ゴールドシップさんのファンです!」
「素直な子は好きだぞ~」
「ほれ、キミも来なさい。頭を撫でてやろう」
「え? あ、わたしですか……」
「ダイヤ、言う通りにするんだ……俺のためにも」
「あ、はい」
「ほれほれ~よーしよし」
ダイヤと呼ばれた子の頭も髪がクシャクシャになるまで撫でてやるとアイツが言った。
「犬じゃねぇんだからさ……」
「あん。何か言ったかロリコントレーナー」
「何でもないです……」
これがキタサンブラックとサトノダイヤモンドとの出会いだった。
アタシは子供が好きだ。大人と違って面白いし、色んなことを仕出かすから。だけど、なんでまたこんな子供に手を出しているのかと問いただせば。
「いや、手は出してないからな?」
「はいはい。で、なんでなんだ?一々付き合ってやる必要もないじゃん」
「そうなんだけど、なんか気づいたら今の関係になったんだよ。それに人との出会いなんてそんなもんだろ。よくわからないキッカケが最後まで続くこともあるさ」
「他にもあるんだろ?」
「んー勘、かな」
「奇遇だな。あの二人は何かあるとアタシのセブンセンシズが教えてくれている」
「ウソつけ」
実際その通りだったりする。
けど、半分ウソで残りはアイツと同じで勘だった。この二人はきっと何か面白いことをしてくる、そんな予感を感じさせたのだ。
「えー突然だが、転入生及び新メンバーの紹介です」
「初めまして。カレンチャンって言います。カレンって呼んでください。今日からお兄ちゃんのチームに入ることになりました!」
『お兄ちゃん!?』
「──は?」
「あかん、これはあかんでぇ! あのライスがキレにキレとるでぇ!」
突然始まった新メンバーの紹介にアタシはワザとらしく煽った。現に『お兄さま』と呼んでいるライスとキャラが被っているからだ。
まぁでも、スタイルは全然違うからそこまでキャラ被りはしてないってゴルシは思った。
「お兄さま……どういうことなの……ライスはもう、いらないの……?」
「ライス、落ち着きなさい。俺は何もしていない」
「となると……え、カレンは自分からチームに入ったってこと!?」
かつてライスが入った時のように古参組はそれに驚いている。アタシはもう慣れたのでそこまで驚かないが、どうして自分から入ったのかは気になるところだ。
そう思っていると、カレンが自分から教えてくれた。
「そうだよ。だって、お兄ちゃんはカレンの運命の人なんだもん!」
『……ふーん、運命の人、ねぇ。ふーん』
「ま、待てお前ら。め、目がちょー怖いぞ。ほら、笑えって。カワイイ顔が台無し──」
わかっている結果を語るほど愚かなことはない。
アタシはひっそりとアイツのために割り箸で作った十字架を近くに添えておくのだった。
それからまた新入生が入る季節がやってきて、何やら話題のある二人のウマ娘が言い争っていた。
「ちょっとなんでアタシが入ろうとしているチームを選ぶのよ!」
「そっちこそ。俺の真似すんなよ」
「Hey、そこのカワイ子ちゃんたち。チームに悩んでるならアタシのチームに入らないか?」
「え、あなた誰ですか?」
「細かいことは気にしなーい気にしなーい」
「えーと、ちなみにチーム名は何て言うんですか」
黒髪のボーイッシュなウマ娘がチームリストを持ちながら聞いてきたので、アタシは素直に教えてやった。
「チームスピカ」
「え、それって──」
「まさか──」
「当て身」
『うっ──』
一瞬にして二人の背後に回り込み、トントンと首筋に手刀を叩き込んだ。周囲を確認しながら気絶した頭にズダ袋を被せて二人を拉致した。
部室に連行したあと、当然意識を取り戻した二人が色々と言い争うのだが、それはアイツがトレーナーらしく説得した。
「なんでアタシがコイツと一緒のチームに入らなきゃいけないのよ!」
「それはこっちのセリフだっつぅの!」
「まぁ落ち着けって。俺は二人が一緒のチームに入った方がいいと思うぞ」
『どうして!』
「だって、ライバルが同じチームだと競い甲斐があるだろ?」
『……フンッ』
二人は互いに顔を見合わせてすぐにそっぽを向いた。
実際アイツの言うように二人は一緒にトレーニングをした方が調子もよかったし、後にちゃんと結果も出していた。
そしてそんなイキのいいウマ娘がすぐにまた現れた。
名前をスペシャルウィーク。なんでも北海道からやってきた転入生だ。オグリのように地方での成績があるわけでもないし、出走経験もなかったが持ち前の勘でコイツには光るものがあると思って目をつけていた。
そのスペシャルウィークは学園に来てから間もなくして、何故かチームリギルの入部テストを受けていた。が、惜しくも失格して肩を落としながら寮に帰るところを拉致した。
「スカーレット、ウオッカ。やぁっておしまい!」
後輩ということで、何だかアタシの手下みたいな配役になっている二人と一緒にスペシャルウィークを拉致することに成功。
道中彼女は暴れながら叫び、それは部室まで続いた。伝統のズダ袋を外すとまだ泣きわめいていた。
「お母ちゃ~ん! 都会はこわい所だよぉ~!」
「おいおい。また拉致してきたのか」
「失敬な。これはゴルシ流スカウト術と言ってくれ」
「まったく、物は言いようだな。えーと、スペシャルウィークだっけ。ほら、ここにサインしたら帰してあげるから」
「ふぇ。ほ、本当ですか」
「ほんとほんと」
『……くくっ』
涙を拭きながらスペシャルウィークは何も知らずそれにサインしているが、それは入部届だということをアタシ達は全員黙って見ていた。だけど、あまりにも面白いので誰かの笑い声が漏れていた。
「書きました」
「はい、ようこそ。チームスピカに」
「えぇええええ!! 私入るなんて言ってませんよー!」
「だって書類にサインしただろ?」
「だ、騙された!?」
さらりと笑顔で一連の流れをやってのける辺り、アイツのがアタシより悪だと思う。
「やっぱアタシのが数倍マシだろ」
「正直、どっちもどっちじゃない?」
「え、スズカさんいるんですか!?」
「あら。私のこと知ってるの?」
「はい! 私、こっちに来た時にちょうどスズカさんのレースを見て、私もスズカさんみたいなウマ娘になりたいって思ったんです!」
「ふふっ、ありがとう。でも、チームに入りたくないんでしょ? ちょっと残念ね」
「え、私チームに入りたくないなんて言ってませんよね!? ね!」
『(……ちょろ)』
アタシより現金なやつだと後で言ったら、『お前には負ける』とみんなに言われちまった。
解せぬ。
スぺのヤツが入部したあとトウカイテイオーとメジロマックイーンが入ることになるのだが、この二人はアタシ達の場合ちょっとだけ特別というか、特にアイツにとってテイオーには少し事情があった。
「なぁ。お前ってなんでマックイーンに対してあんな……からかうっていうか、遊んでいるんだ? 面識あったのかお前ら」
俺はある日の休日、いつもの如く勝手にやってきては台所で昼飯を作っているゴルシに聞いた。
傍から見ていたが、確かマックイーンが入学した辺りから結構頻繁に遊びに行っていたと記憶している。
ゴルシは手を動かし、目線はフライパンに向けたまま教えてくれた。
「何て言うんだろうな。オマエがよく言う、ウマ娘とトレーナーは惹かれ合うってやつ? そのウマ娘版みたいな感じだな」
「なんだそれ。でも、お前らをよく見てみると髪とか似てるような気がするし、黙ってれば姉妹にも見えなくはないな。黙っていれば」
「オマエは一言余計なんだよ。お前に言われなくても、アタシとマックイーンはベストパートナーだぜ」
「お笑いコンビならそうだろうな」
「そう言うお前だってテイオーのヤツに入れ込んでるじゃねぇか。やっぱ幼児体型だからか」
「そんなんじゃねぇよ。実は、テイオーのことはアイツが入学する前にルドルフに教えてもらってたんだよ」
「ルドルフに?」
「ああ」
俺はよく相談室でルドルフことルナと一緒に隠れてお茶を飲み合っている。なんでかって言われたら、彼女に色々と相談されていく内にここを非公認だが私室として使い始めたのが始まりだと思う。
職員室でもコーヒーは飲めるんだが、書類の提出を迫るたづなちゃんとやよいに小言を言われるので、それから逃げる名目でここを使っている。
ルナもルナで、生徒会長という皆の模範にならなけれならないので、たまにはこうした場所でリラックスできる空間が必要ということで、利害が一致している二人で相談室を私物化していた。
テイオーの話は入学式が行われる少し前にそこで知ったのだ。
『ねぇ、先生。今年は面白い子が入ってくるよ』
『へぇー。その子の名前は?』
『トウカイテイオーだ』
教師でもある俺は入学式に参加せねばならないので、その子を探してみようと思ったが名前だけでは到底見つけることはできなかった。
テイオーを直に見たのは今年一回目の選抜レースの時だった。
「ルドルフが面白いと言ったのも気になったし、俺も興味があって選抜レースに顔を出したんだよ」
「で、どう感じたんだ?」
伊達に長い付き合いではないのか、ゴルシは俺がただ見て終わった訳ではないことを見抜いていた。
「正直に告白すれば、目を奪われたよ」
「お前がそこまで言う程なのに、どうしてスカウトしなかったんだ?」
「それは……怖かったから」
「……また夢を失うかもしれないから、か?」
いくら事情を知っているとは言え、ほんとお前には敵わないな。隠してもしょうがないので素直に白状した。
「俺は、それが怖くてスカウトしなかった。けど、まさか向こうから来るとは思わなかったけどな」
「それは確かにそうだな……あいよ! ゴルシちゃん特製焼きそばだ!」
そう言ってテーブルの上に料理を持ってきたゴルシ。俺の皿は比較的普通の量だが、ゴルシはウマ娘だけあってその倍の量はあった。
ちゃんと、いただきますと言って一口食べて感想を述べた。
「来るたびに飯作ってくれるのはありがたいんだが、いい加減焼きそばにも飽きてきたな。お前、他の料理作れないのか」
「作ってもらってるのに贅沢なヤツだなー。一応お好み焼きも作れるけど、手間だからヤダ」
「焼きそばと比べたらそうだろうよ」
俺は二口目を口に入れようと箸で摘もうとするが手が止まった。
あの話を知っているのはゴルシだけだ。だから俺は……自然とコイツについ悩みを打ち明ける癖があった。
「なあ……諦めた夢を、また追いかけてもいいと思うか」
「──テイオーがそうだってことか?」
俺はただ頷いた
あの場にいた人間なら誰もが思ったことだろう。トウカイテイオー、彼女は凄い。この若さでこれ程の能力を持っているなら、将来とんでもないウマ娘になるんじゃないか。
俺もそうだし、それは昔、ルドルフの走りを見て衝撃を受けた時と同じモノだった。
だからつい思ってしまった。
この子ならあの日叶うことがなかった夢を叶えられるんじゃないかって。
何よりも俺は、トウカイテイオーにあの頃の彼女を重ねていた。
このウマ娘は絶対に世界で一番のウマ娘になる。そしてそれをトレーナーである俺が実現してみせるって。
「俺は、お前のおかげで立ち直れた。皆のおかげで誰かの夢を叶えるための手伝いができた。それはトレーナーとして誇らしいことだ、これ以上ない喜びだ。だから、これ以上望むのは贅沢なんじゃないかって、思っちまうんだ」
「別にいいじゃねぇか。お前だって言うだろ? 夢と目標は時として変わるものだって。だったら、トウカイテイオーにお前の夢、託したっていいんだよ」
「……そう、なのかな」
「それにもしもまたお前が挫けちまったら、アタシがお前の傍にいてやる。それに約束したしな。お前の人生楽しくしてやるって。だからアタシは、お前を応援するよ」
「ありがとう、ゴルシ」
「当たり前だろ。アタシはオマエのウマ娘なんだからさ」
気づけば俺はかなり精神的な部分でゴルシに甘えている節があった。昔の俺は全部自分で何とかしようとする人間だった。
けど、あの日以来俺は弱くなったのか、それともゴルシと出会ったことによってそうなったのかはわからない。
わかっていることと言えば、俺は自然と足りない部分をゴルシに支え、補ってもらっているということだ。
「それにしても、焼きそばに入っているこの肉はなんだ?」
「知らない方がいいゾ」
豚肉でも牛肉でもない肉に不信感を抱きながら俺は口に運ぶのだった。
「じゃあ前から言っていたように、一週間程俺とゴルシは凱旋門賞に出るためにフランスに行ってくるから、お前ら問題は起こすなよ」
『Boo! Boo!』
『ゴールドシップだけズルーい!』
『そうだそうだ! 私達も連れてけー!』
まさかのブーイングの嵐に俺はため息をつきながら肩を落とした。
事の始まりはまさにゴールドシップが凱旋門賞に出ることから始まった。否、多分俺が付いていくことに反対していることは、目の前の光景を見れば一目瞭然。
しかし、凱旋門賞に出ると同時にもう一つ目的があった。
それはゴルシが、かの有名な『パリ・プレタポルテ・コレクション』の春夏コレクションに出ることになったからだ。
いや、ゴルシじゃなくてロールバトーが、だ。
これは友人であり仕事を依頼してくるKEIから言われたもので、なんでもとあるブランドがロールバトーを使いたいとオファーが来たのだ。
これまた偶然で、パリコレの開催している日と凱旋門賞が近かった。この場合どちらがついでという形になるかはさておき、この二つに出るためにゴルシと共に俺も同行せねばならなかったのだ。
といってもパリコレはレースが優先のため一日しか出演できないので、ある意味旅行に行く気分に近い。
それを皆に説明することはできるはずがないので、俺は魔法の言葉を唱えた。
「こいつを一人で海外に行かせられると思うか?」
『……それはそうだけど!』
「え、アタシの扱いひどくね?」
魔法の言葉で最終的に納得した皆を日本に残し、俺とゴルシはフランスのパリへと向かった。
予定としては前半がパリコレに出演し、残りはレースに向けての調整ということになる。パリコレに関してはKEIも同行してくれているので比較的スムーズに事は運んだ。
パリコレに関しての評価と言えば、絶賛されたというか高い評価を得た。何度も言うがゴルシは他のウマ娘と比べて背が高く、体型もモデル向きだ。髪も芦毛ということでそれなりに目立つ。
俺はアイツの姿を舞台裏でKEIと一緒に見ていた。
「やっぱりゴルシちゃんいいわね~! 最初貴方に仕事を依頼して正解だったわ!」
「まぁこんな事にまでなるとは、流石の俺も予想はしてなかったがな」
「照れちゃって。でも、本当にゴルシちゃんとは何もないの?」
「ないって何が」
「何って、彼女のことが好きとか、惚れてるって意味で」
「あ~~~ないな、それは」
そう答えるとKEIは信じられない顔をして、何故かは知らんが怒っているように見えた。
「だって、どう見たって貴方達の関係って恋人を超えて夫婦みたいなものじゃない! それであの娘には何も感じないなんて信じられないわよ」
「あいつは俺の恩人だよ。今の俺があるのも、あいつのおかげ。だからゴルシは何ていうか……もう居て当たり前みたいな? 上手く言えないがそんな感じなんだよ」
言葉を必死に選びながら言うと、KEIはやれやれみたいな感じで言った。
「はいはいごちそうさま。やっぱりお似合いよ、貴方達」
「?」
どうやらKEIは俺の言った言葉の意味を理解したらしいが、俺にはか──彼女の言うことはさっぱりだった。
それからパリコレが終わり、本格的にこちらの空気や環境に慣れさせるべく近くのトレーニングコースに向かう道中、そこには森があって二人でそこを歩いていたのだが。
「──あれ、ゴルシ? ……おーいゴルシさーん……やっべ、置いていかれた」
ちょっと目を離した隙にゴルシはどうやらどんどん森の奥に行ったらしく、俺は一人その場に取り残されてしまった。
「フッ。田舎で育った俺だ、こんな事では動じない。……多分こっちだな」
田舎育ちとはいえ、流石に初めての場所では土地勘もない俺はただ一人で森を抜けだすべく歩いた。
でも、コース場がある方とは逆に歩いたらしく、40分以上迷ったあと現地のスタッフさんに救助してもらった。
それでいざコースに戻れば、ゴルシは一人チェスをしていた。
今回ばかりは俺に非があるので何も言えず、
「大人の癖に迷子になってやんの~!」
とゴルシにしばらくバカにされた。
そして迎えた凱旋門賞当日。日本から出走するのはゴルシだけではなく、あと二名のウマ娘も一緒に出ることになっている。
伝統あるレースなので、俺もちゃんとした正装でゴルシが入場してくるのを待っていた。
きっと大丈夫。ゴルシなら、きっとゴルシならこういう場ぐらい空気を読む。
だがゴルシは……ハジケた。
『おーいゴールドシップ! がんばれよー!』
「おー! お前ら来てくれたのか! イェーイ、みんな見てるー!?」
わざわざ日本から応援に駆けつけてくれたファンの声援を聞いて、ゴルシは列を離れて観客席に向かって愛想を振りまいていた。
よく見れば、一緒に出走する日本のウマ娘達はまるで、自分達とは無関係ですみたいな顔をしながら他人のフリをしていた。
終いにはレース開始直前だと言うのに、ゲートに向かって走り出した。何故かそれに釣られて走り出したウマ娘もいた。
これ、生中継なんだけどな……。
「HAHAHA。まったくアレはどこのウマ娘なんだい。まったくトレーナーの顔が見てみたいYO!」
「……いや、あなたのウマ娘でしょうが」
「ちょ、やめて。カメラがこっち見てる」
それはカメラだけではなく、一部の関係者も俺に様々な感情を乗せた視線を向けてくるのであった。
そして肝心のレース結果だが、残念ながら14着で終わってしまった。
言い訳になってしまうが、どうしてもこういう大きな国際レースになると、兎に角自国のウマ娘を勝たせるという風潮というか雰囲気があった。
特に今回に至っては、レース前のゴルシのパフォーマンスで無駄に目をつけられた所為か、前に出ようと思ってもブロックされてしまい、それが結局最後まで続いてしまったということだ。
こればかりはどうしようもない、そう納得するしかなかった。
ただ……。
「あー終わった終わった。おーいホテルに帰ろうぜー」
『!?』
周りのウマ娘がまだ息を整えている中、ゴルシは一人だけ疲れを見せることなくいつもの感じで俺の所にやってきた。
「やっぱお前は大物だよ」
「何がだ?」
「お前はスゲーってことさ」
「当たり前なことを言われても嬉しくなーい」
「はは。そうだな」
こうして俺達の凱旋門賞は終わりを告げた。
その日の夜。
アタシ達は何だか凄い高級そうなレストランでパリでの最後の夕食を迎えていた。場所が場所なだけに服装はちゃんとしていて、アタシに至ってはいつの間にか部屋に用意されていた赤いドレスを着ていた。
多分、これはアイツが用意したレースに勝った時のご褒美なんだとすぐにわかった。
「なぁ、負けたのにこれはちょっとアタシが惨めじゃないか?」
「バーカ。元々勝っても負けてもここに連れてくる予定だったんだよ」
アイツはワインを口にしながら言った。ちなみにアタシはジュースなんだけど、これがスゲー美味くてビビってる。
「え、そうなんだ」
「折角フランスまで来たんだ。最後ぐらいうまい酒と飯ぐらい食って帰りたいだろ」
「なんだよ、結局は自分のためじゃん」
「あとは思い出作りだ」
「ま、楽しい思い出は確かに大事だもんな」
「そうそう」
アタシは肩っ苦しいのは苦手だ。だけど、たまにはこういう場所で、こんな綺麗なドレスを着ながら飯を食うのも悪くはない。まぁ、ちょっと量が少ないから物足りないけどさ。
それからいつものように会話を挟みながら食事を続けながら、アタシはつい本音を漏らした。アイツのワインの匂いにあてられて少し酔ったのかはわからないけど、少し緩んでしまったのは間違いなかった。
「そういえばさ」
「ン?」
「こうして二人っきりなのは久しぶりだよな」
「久しぶりって、休日はよく俺の家に来るだろ」
「そうじゃなくて、昔は……オマエと出会った頃はいつも二人だけだったろ? それが今じゃ大所帯だ」
「そういうことか。確かにそう言われれば、こっちに来てからは昔と同じような感じだな」
「昔は昔でいいと思ってるけど、アタシは今は今でスッゲー楽しい。オマエはどうよ?」
「俺もそうさ。毎日が騒がしくて、だけどすごく楽しいよ。だからお前には感謝してる。あの時からずっと」
「……そっか。アタシはちゃんと約束を守れてるんだな」
それを聞けてアタシはホッとしたというか、満足したっていうか。なんだか変な気分になっていた。センチメンタルになったわけじゃないんだが、やっぱりちょっと酔っちまったのかもしれない。
そんなアタシをアイツはすぐに見抜いて言ってきた。
「どうした急に。なんだか弱気じゃないか。お前らしくもない」
「ふん。日本に帰ったらどんなことしてやろうかちょっと考えてただけだいッ」
「はは。そうかそうか」
オマエが楽しい人生を送れるようになって、アタシも嬉しいし同じくらい楽しい時間を過ごせてる。
けど、何事にもいつか終わりは訪れる。
その時、オマエの隣にアタシはきっといない。
そう思うとやっぱりアタシでも辛いし、だからこそオマエの隣は居心地がいいんだと改めて気づいた。
時間は経ち、アタシ達は毎度の事ながら初詣に訪れていた。一人、二人、三人とどんどん増えてきて、何処かに行くのも大所帯だ。
例年のことながらアイツの代わりに願掛けをしたあと、アタシは毎度のようにおみくじを引いていた。
最初は大吉だったけど、年が経つにつれてあまりいい結果は出なくなっていた。それもそのはずで、毎年大吉ばかりが出るわけがないからだ。
去年は『吉』で、『あなたの周りに変化があるでしょう。多くのことを試されるかもしれません』なんてことが書いてあった。
でもそれは確かに当たっていて、去年は多くのメンバーが入ったし、この前に至ってはスズカが故障してしまったから。
「うぉおおお! こい大吉!」
流れを変えるべくアタシは叫びながらおみくじを引いた。けど、結果は『凶』で幸先が悪いと思いつつも中身を確認した。
『流れが悪い方向へ変わりつつあります。でも大凶じゃないから大丈夫! きっといいこともあるよ!』
なんか喧嘩を売られている気がした。
そしてこの年は、チームの中ではスぺが主に活躍した。アイツはスズカのことが好きだから、今年は特に気合いが入って……そしてジャパンカップに勝利した。
スぺがジャパンカップで勝つ前にスズカの復帰戦もあって、スズカは見事に勝利を収めた。多くの人が泣いてスズカの復活を喜んだ。アタシや皆もそうだし、アイツも泣かなかったけど喜んでいた。
昨年スズカが故障したとき、アタシはアイツが凄く落ち込むと思った。だけど、どちらかと言えばスズカがとても前向きだったから、アイツもそこまで落ち込みはしなかった。
でも、アタシはイヤな予感がしてアイツの後ろをこっそり付いていき……聞いてしまった。
『トレーナーさん、私と一緒に来てくれませんか?』
『……それは海外遠征のことか』
『はい! トレーナーさんが一緒に来てくれたら私、絶対に負けません。それにトレーナーさんは私に先頭の景色を見せてくれた。だから今度は私がトレーナーさんに新しい景色を見せてあげたいんです。だから、だから……私と一緒に──』
『……それはできないんだ、スズカ』
本来スズカは昨年の天皇賞を勝ったら海外遠征に行く話が出ていた。けど、それはアタシの時と違って長期間向こうで過ごすことを意味している。もちろんそれは一人でだ。
けど、そのために残った皆を置いていけるわけもなく、当然アイツは付いていくことはできない。
これがスズカなりの告白だということぐらいアタシにもわかっていた。
アイツだってそこまでバカじゃない。スズカがどんな想いでそれを言ったかわかってる。けど、アイツはそれを受け入れることはできない。
『すみません、もうこれ以上トレーナーさんの顔も、声も、見たくも、聞きたくもないんです。でも、明日にはいつもの私ですから……お休みなさい』
言い争ったあと、スズカはそう言い残しアイツの下から去っていった。
そしてこれがまるで起爆スイッチのように他にも変化が現れ始め、それを決定づけたのは恒例の初詣だった。
皆と楽しく過ごせますように。そして、今年もアイツが楽しく笑っていられますように。
気づけば毎年同じことを願掛けしているような気がする。
そして、肝心のおみくじは──『大凶』だった。
「……笑えねぇな」
本当に笑えない。マジでそう思った。
貰ったくじを開けばこう書かれていた。
『ついにパンドラの箱が開いてしまったようです。きっとこれから多くの災難や試練が貴方の周りに降りかかることでしょう。だけど大丈夫、最後にはきっと希望があるよ!』
これはアタシに対して言っているんじゃない。
きっとアイツのことだ──何故かアタシはそう確信した。
そしておみくじの言った通り災難や試練が起き始めた。
まずはチームの空気が以前よりも少し悪くなった。アタシは……みんながアイツに好意を抱いているのは知ってる。だからアイツの取り合いって訳じゃないけど、今までは笑って流せたはずのことが、陰口とまではいかないまでも厳しい視線を向けるようになった。
またそれはチームではないウマ娘にも見られた。といっても、ルドルフに関しては前から知っていたし、あと知らない所ではアグネスタキオンがアイツに絡もうとしているのに後から気づいた。
ただ全員に共通しているのは、絶対アイツの前では可能な限りぎり険悪な雰囲気は出さないようにしていたこと。
でも、これはまだ始まりに過ぎなかった。
本当の意味で大きな災難がアイツに降りかかることを、まだアタシもアイツも知らなかった。
(心がツライヨーホントダヨー)
以下おまけ。
初期プロットでは凱旋門賞の話で、ラスト付近でどっちかの部屋で一夜を過ごす案があった。
でも前編となんか被るからやめた。
ちなみにうまぴょいを匂わせる予定もあった。