どけ!トレーナーの隣はわたしだ杯   作:ししゃも丸

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ダイワスカーレットグッドエンドです。


ED.01 君に幸あれ

 

 あの日、私はあのレースで1番になった。

 

 それはつまり、あの人の1番になった、ということだ。

 

 あの強敵ぞろいのライバル達がいる中、私が1番になれたことは素直に誇っていいのだと思う。だけど、当時の記憶はもう朧気で、どうやって私はみんなに勝ったのかはあまり覚えていない。

 

 だけど、大事なのは過去ではなく現在だ。

 

 だって、アタシにはもう欲しいものなんてない。1番欲しかったあの人は、いつもアタシの隣にいるんだから。

 

「ほら。あなた、起きて」

「……ン……」

「起きなさいって。今日は朝から授業があるんでしょ?」

「……あぁ、そうだっけ。じゃあ……起きなきゃな」

 

 まだ起きようとしない彼を揺さぶりながら起こす。仕事があると言えば、重たい体を必死に動かして、ようやく、私の夫は起きた。

 

「おはよう。スカーレット」

「おはよう、あなた」

 

 起きた彼にキスをする。

 かつてアレほど望んだキスは、今では当たり前になっていた。

 

 あのレースの後は色々あってもうあんまり覚えていないんだけど、確かなのはアタシは現役を退いたということ。

 引退ライブとかそういうのは特にした覚えがないんだけど、多分したんじゃないかな。今でも町に行けば、アタシのファンだった人に声を掛けられることもある。なのでそこまで酷い終わり方ではなかったはずだ。

 

 あの人は、アタシの引退とトレセン学園卒業と同時に学園を去り、その後に結婚した。

 今の彼の仕事は地元で学校の非常勤講師をしている。普通の教師と違って給料は安いけど、その分時間が空くのでアタシは助かってる。

 彼の実家は地元ではかなりの名家で、生きていく上では一生お金に困らない生活を送れるのに、彼は教師の仕事を続けていた。

 

 それも高校なので、非常に多感な年頃な生徒で一杯だ。自分のように彼に淡い恋心抱く女子生徒がいてもおかしくはないが、アタシよりカワイイ女なんて早々いるわけない。何よりもあなたがアタシを見捨てるなんてこと、絶対にするわけないって信じてるんだから。

 

「ほら、襟が曲がってるわ」

「ああ、すまない」

「もう。アタシがないとほんと、ダメなんだから」

「はは、ごめん」

「ま、アタシがやりたくてやってるから、別にいいんだけど」

 

 朝食を食べ終えて、仕事着に着替えた彼を身だしなみ整えてあげる。準備ができたら、玄関で彼を見送るのが日課だ。

 

「じゃあ行ってくるよ」

「いってらっしゃい、あなた」

 

 いってらっしゃいのキスも最初は恥ずかしかったけど、今では慣れたものだ。

 彼が仕事に行っている間、私のやるべきことはそこまでない。家が家だけに数名の使用人が働いているし、掃除や庭の手入れだって彼らがやってくれる。精々自分の部屋を掃除するぐらいだろうか。

 なので、普段はおばあさまとおかあさまとお茶を飲んで過ごすことが多い。それでも空いている時間は多いから、料理の勉強をしたり、特に使う訳じゃないけど資格の勉強をしたりしてる。

 あとはたまに雑誌の取材を受けたりするぐらいだろうか。

 

「ねぇ、スカーレットちゃん。あの子にはもう伝えたの?」

「いえ、まだです。その、まだ言うタイミングがないっていうか……」

 

 ほんの少し膨らんだお腹をさすりながらアタシはおかあさんに言った。

 そう。アタシは妊娠をした。あの人の子供を授かったのだ。

 

「ふふっ。ま、それも夫婦ならではの贅沢な悩みよね」

「でも、いいんですか。おばあさまにも教えなくて」

「いいのいいの。たまにはおかあさまをビックリさせてあげしょ」

 

 多分、普段からおばあさまに振り回されているから、その仕返しと言わんばかりにおかあさまは企んでいるんだろう。それがいずれアタシの番に回ってくると思うと、ちょっと素直に喜べなかったりする。

 

「で、もうどっちか分かったの?」

「えへへ。それは、おかあさまにも秘密です」

「え~お願いっスカーレットちゃん!」

 

 教えてあげたいし、教えたらきっと喜んでもらえるのは間違いないけど、やっぱり最初はあの人に伝えたい。

 

 どんな顔するかな。喜んでくれるかな。

 でもまずはアタシがちゃんと彼に言わなくちゃ。

 

 

 

 

 数日後。

 

「よぉ、スカーレット!」

「久しぶり、ウオッカ」

「いやぁ、会う度になんていうか風格が出てるな」

「もう、なによそれ」

 

 彼と結婚してから、今でも連絡を取り合っているのは彼女だけだ。ウオッカは早くに引退したアタシと違って、現役を続けていたけどここ最近になって限界を感じ、遂には引退を決意した。

 それでもやっぱりウマ娘だからレースを忘れられなくて、彼女はいまサブトレーナーの道を目指してる。

 

 アタシと違ってそこまで勉強が得意じゃなかったけど、あの人は教師でトレーナーだったから、彼から色々学ぶためにこうしてこっちに来たり、彼と一緒に東京に旅行ついでに教えに行ったりしていた。

 だから今日もそのために来たかと思ったらどうやら違うようで、家ではなく町でよく家族といく喫茶店でアタシとウオッカは旧交を温めていた。

 

「それで、いま何ヶ月なんだ?」

「3ヶ月過ぎたあたりかな」

「おお。お腹出てるなっ」

「えへへ。まだちょっと慣れないけどね」

「お前もとうとうお母さんかぁ……」

 

 ウオッカと今では親友でもあり、かつてはライバルでもあった。だから、アタシがこうして子供から大人に、そして母親になるの見て感慨深いそうにこちらを見てくる。

 だけど、すぐに顔色を変える。何だか言いたそうな雰囲気を出しているけど、言うのを躊躇っているようだった。

 

「どうしたのよ。何か悩みでもあるの?」

「いや、そういう訳じゃねぇんだけどさ……」

「じゃあ何なのよ。いつもだったら前もって連絡寄越すのに、今日はいきなりこっちに来て」

「あーうん……別にそこまで大した用じゃないんだよ」

 

 ウオッカももう子供じゃなくて立派な大人だ。だから、あの頃見たいに行き当たりばったりじゃなくて、ちゃんと事前にこちらの予定を確認して会う約束をするようになった。

 アタシはてっきり、サブトレーナーになるための試験関連であの人に用があると思ったけど、どうやらそうではないらしい。

 彼女は先程から歯切れが悪い返事しかない。それ程まで躊躇う話しとは何なのかしら。

 

「いいから言いなさいよ。アタシとアンタの仲じゃない」

「……わかったよ。けど、初めに言わせてくれ。これから話すことを聞いて、気を悪くしないでくれよ」

「まぁ、善処するわ」

 

 ウオッカは深呼吸して、気持ちを整えてからそれを話始めた。

 

「先週の水曜日の午後だったかな。お前らこっちに遊びに来たりでもしたか?」

「えーと、先週の水曜? いいえ。その日はあの人仕事だったわよ。ただちょっと、人と会う約束があるって言って、午前中から早くに家を出て行ったわ。でも、夕方前には帰ってきたし……」

「じゃあ俺の見間違いか」

「どういうこと、それ」

 

 アタシはウオッカが何を言いたいのか察してしまった。だから、逃がさないように声を強く出して言った。

 

「そ、その日、たまたま街を歩いていたらトレーナーに似ている人を見たんだよ。背が高いし結構目立つ人だから、もしかしてって思っただけだって。だからお前が考えているような……」

「あの人が、浮気しに東京まで行ってるってこと……?」

「そうじゃねぇって! 色々あったけど、トレーナーが選んだのはお前じゃねぇかッ。それに子供のことだって知ってるんだろ? だったら──」

「言ってないの」

「え……」

「まだ、あの人には言ってないの。妊娠したことも、もう3ヶ月だってことも」

 

 お腹を触りながら、アタシはウオッカに伝えると、彼女はそれに驚いたのか呆気を食らっていた。でも、すぐにウオッカはアタシを励まそうとしてきた。

 

「で、でもよ、トレーナーが浮気するとはお前だって思ってないだろ……」

「そんなの、わかんないわよ。アタシはあのレースで勝ったけど、他の……アイツらがそれで納得してるとは思えないわよ……」

「スカーレット……」

 

 ウオッカは自分の座っている席からこっちの席に移動して、アタシの手を握って励ましてくれた。

 

「俺は部外者で、こんなことを言えた権利なんてないけど。話さなきゃ、ちゃんと。お前らは夫婦なんだからさ」

「うん……ありがとう、ウオッカ」

 

 

 

 

 

 ウオッカに励まされたアタシは、すぐに家に帰ってあの人のもとへ急いだ。今日の予定は確か午前中と午後両方あったけど、すぐに帰ってこられる時間だからもう家にいてもおかしくはない。

 家に着いて玄関に入れば、彼の靴があった。それを見て思わず肩の荷が下りる。でも、まだ不安で多分アタシ達の部屋にいるだろうと思って急いだ。

 

「あなたいる!?」

 

 部屋の扉を開けながら、思わず叫んで叫んでしまった。そこには、机に向かってテストの採点をしている彼がいた。

 何故かそれだけで嬉しくて、彼に抱き着いた。

 

「おいおい、どうしたんだよ急に。それにどこに行ってたんだ?」

「……ごめんなさい。ウオッカがこっちに来てたから、会いに行ってたの」

「ウオッカが? だったら一緒に連れてくればよかったのに」

 

 アタシの髪を撫でながら、いつもの優しい声が耳に入ってくる。

 話さなきゃって思ってるのに、もしそうだったらどうしようって考えちゃって、すごく怖い。

 だけど、知らないままなのはもっと怖い。

 アタシは彼を抱きしめながら頑張って声に出して尋ねた。

 

「ねぇ……先週の水曜日は仕事、だったわよね」

「ン? ああ、そうだよ」

「それに人と会う約束してるって言って、午前中から出て行ったわよね」

「あ、ああ。友達に会いに行ったんだよ。けど、今更なんでそんなことを聞くんだ?」

「……ウオッカから聞いたのよ。あなたがその日、本当は仕事なんてしないで、東京にいるのを見たって言ってたのよ」

 

 抱き着いているから彼の心臓の鼓動がよく聞こえから、アタシが言った途端一瞬だけ鼓動が早くなったのを確認した。

 

 ああ、本当なんだ。

 

 思わず彼を抱きしめている腕に力が入る。

 

「っ……。言わなかった俺も悪い、ごめん。でも、会いに行ったのは俺の古い友人で、だから東京に行ったんだよ」

「ウソよ! 本当は東京にいる……あの娘達の誰かに会いに行ってたんでしょ!」

「違う!」

「違わないわよッ。忘れられないんでしょ、みんなのことが。だから、アタシに黙って、ウソまでついて……アタシのどこが不満なのよ……ねぇ……ねぇ!」

「ぐッ……すか……れっど……」

 

 アタシは怒りのあまり彼の首を締めていた。もうここ最近はトレーニングなんてしてないけど、それでもウマ娘の力は人間の力を超えていて、だから必死にアタシの手を首から引きなそうとしても無駄なことだった。

 

「アタシ、あなたの1番になりたかった。だからあのレースで1番になった、やっとあなたの1番になれた、やっと一つになれた……なのにどうしてっ、他の娘を見るのよ! どうしてアタシだけをあなたはまだ見てくれないの!?」

「……か……っど……」

 

 だんだん彼の抵抗が弱くなっていく。彼の右手がアタシの腕を掴んでいたけど、まるで人形のようにするりと落ちた。

 

「ねぇ、何か言ってよ……」

「……」

「あなた……? ッ!?」

 

 ようやくアタシは彼が息が出来ず苦しんでいることに気づいて、慌てて首を掴んでいた手を話した。

 

「げほっげほっ!! ……はぁ……はぁ……」

「ご、ごめんなさい、ごめんなさい……ちがうの、アタシ、そんなつもりじゃ……」

「すか……れっど……」

「違うのよ。ただ不安で、怖くて……捨てられるんじゃないかって思って。それにこの子のことを思ったら……」

「この、子……?」

 

 お腹を抑えていたアタシの手に、彼が気づいた。

 まさかこんな状況で伝えることになるとは思わなかった。

 

「あなたと、アタシの子よ……」

「本当に……俺達の子供、なのか」

「そうよ……女の子……ウマ娘なの」

 

 目から涙が溢れ落ちる。怖くて、本当に怖くて、まだ震えが止まらない。捨てられて、一人になったらこの子をどうしようとか、そんな先の見えない恐怖が襲い掛かる。

 だけど、アタシの涙は彼が拭いてくれて、優しく抱きしめてくれた。

 

「どうして、もっと早く言ってくれなかったんだ」

「あなたをビックリさせたくて、そしたらこんなことになっちゃったの……ごめなさい」

「謝るのは俺の方だよ。ごめんよ、スカーレット。これからは、可能な限りお前の傍にいるよ。仕事もやめる」

「……ほんと? ちゃんと、アタシだけを見てくれるの?」

「ああ、お前だけを見るよ。本当に心配をかけて、ごめんな」

「うん、もういいの。大丈夫だから……愛してる、心の底からあなたを愛してるの」

「──俺も、愛してるよ。スカーレット」

 

 彼はそう言ってアタシの唇を奪った。

 今までの中で、心が一番満たされたやさしい口づけ。今度はそれが嬉しくてまた涙がこぼれた。

 

 アタシは確かにこの人に愛されている。でも、それを疑ってしまった自分が恥ずかしい。

 

 だからもう二度と彼を疑わないことを誓った。

 

 だってアタシ達はようやく夫婦から家族になるんだから。

 

 

 

 

 

 

 それから十数年の時が流れた。

 アタシは第一子を出産してから今日に至るまで、気づいたら12人の子供を生んでいた。つまりそれは、毎年一人は子供をつくっていたということで。

 それも全員ウマ娘。これには木場家全員が驚いた。

 

 おばあさまはおばあさまで、『一代で木場家の悲願どころか、サッカーチームができるとは思わんかった』、と言って、まだまだ元気なご様子。

 

 でも、全員がウマ娘ということは、つまり跡目を継ぐ男がいないということ。今まで男家系の木場家が、まさか男の子が生まれない緊急事態が発生。

 なので──

 

「今度は男の子かな」

「流石に今度は男の子であってほしい」

「なによ。もうアタシとするのはイヤってこと?」

「変に解釈するなって……」

「あはは、ごめん。でも……男の子じゃなくても、アタシは嬉しいの。だって、あなたとアタシの子供ですもの。イヤなわけないじゃない」

「そうだな」

 

 ここまで随分とあっという間だった気がする。

 でも、ここに辿り着くまでに多くのことがあった。だけど、すべてはこの幸せを掴むために、アタシは走ってきたんだ。

 

 アタシは幸せよ。

 あなたと出会えて、結婚して、たくさんの子供達に囲まれている。これ以上の幸せなんてきっとないって思えるぐらいに。

 だから──

 

「あなたも幸せだよね」

 

 

 

 Fin

 

 




やっぱりスカーレットには甘いって思うんだよね。


おまけ情報
・本当に幸せなんだろうか。
・史実でいう所の本来の第7仔は無事出産している。
・浮気“は”してない


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