サイレンススズカバッドエンドです。
例によっキャラ崩壊?等ありますので、その点を踏まえた上でお願いします。
私はいつものように誰よりも速く先頭に立って走っていた。多分後ろはミホノブルボンだったと思う。
慢心していたわけじゃないけど、絶対に抜かれるもんかぐらいの気持ちではいた。けど、誰も私を抜けはしないと心の中で思っていない訳じゃなかった。
いつも同じ、それの繰り返し。
下手に自分の走りを変えるものじゃない。いつもと同じように先頭を走り、ゴールする。これだけでいいんだ。
でも、今日はいつもと違った。いつも見ている『景色』が、なんていうか違った。まずハッキリと違うのは色がなかった。かといって暗闇というわけではない。言葉にするなら『無色』の方が近いだろうか。それに声も聞こえた。
聞きなれた声が、耳にではなく頭に直接届いてくる。それは私に関係ない所でごちゃごちゃと激しい会話を繰り広げていた。
──五月蠅い。
私は拒絶した。
これは私が見たい景色じゃない、失せろ──そう心の中で叫んだ。
すると目の前の景色がいつも見ているモノに戻った。私は落ち着きを取り戻し、走り続け……いつものように誰よりも速く1番を手にしていた。
それからはあっという間だった。トレーナーさんと役所に行って結婚届を出して、後は日本を出るだけだった。
ビザの申請は前もって手を回しておいたし、滞在場所はトレーナーさんが以前用意してくれていた場所で問題はない。
正直に言って私はもうこっちに戻ってくる気はなかった。日本で走る気はもうないし、何よりも鬱陶しい存在がたくさんいるから。
とりあえずはまず向こうに行って、生活に慣れるところから始めようと考えている。
気づけばもう飛行機の中だ。私は隣にいる夫に言った。
「向こうでの生活が楽しみ。ね、あなた」
「……スズカ。俺は……ッ」
「あなたも楽しみよね?」
「あ、ああ」
「ふふっ」
夫である彼の腕に抱き着いて私は微笑む。
もう二度と、あの時のようにできとないとかダメだなんて言わせない。
あなたは私のモノで、私はあなたのモノなんだから。
二年後。
あれから私はアメリカに拠点を移して、海外のレースに出走するようになった。来た当初はとにかくこっちの生活に慣れるのに必死だった。特に食生活ががらりと変わったから、最初は中々レースで思うような成績を残すことができなかった。けど少しずつ生活に慣れてきたころには1番と取れるようになり、日本ウマ娘の中ではわりといい成績を残しつつある。
最初は不安だった生活も、慣れてしまえばこっちの生活も悪くないって思えるようになった。近所にいる人達はみんな親しみやすくて、何ていうかフレンドリーな感じ。
住んでいる街にもウマ娘専用のお店はあるけど、やっぱりこっちの食事は重くてまだ口に合わなかったりする。
でも、そんな私の不安をあの人が解決するために頑張ってくれている。昔のことはよくわからないけど、今ではこっちでも日本の食材は手に入る。なのでそこまで凝ったものじゃないけど、毎日美味しいご飯が食べられる。
あとはスペちゃんがよく人参を送ってくれるから、それが一番助かるとは最初思ってもみなかった。
スぺちゃん──スペシャルウィークは、あんなことがあっても今でも私を慕ってくれるとてもいい子だ。
だから私は……あの子を利用した。
いつぐらいだったかな。こっちの生活に慣れ始めてだいたい半年経ったぐらいだっただろうか。あの人はいつまで経っても日本を、みんなのことを忘れられないでいた。
私はとっくに忘れたのに、まるで恋人に振られたようにずっと未練がましく執着している。
何回言っても、何度痛みを与えても、あの人は私だけを見てくれない。
あまり気乗りしない決断だった。でもそうしなければいけなかった。そのために私はスぺちゃんをわざわざこっちに呼んだ。
最初はサプライズでスぺちゃんを呼んで、あの人を驚かせてあげた。
するとどうだ。今まで浮かない顔ばかりしていた彼が一転して笑顔になったじゃないか。
「スぺ……」
「あわわっ。と、トレーナーさん!?」
スぺちゃんもスぺちゃんで久しぶりに私達に会えてすごく嬉しそうで。でも、彼は思わずスぺちゃんを抱きしめていた
それだけはとても気に食わなくて、スぺちゃんもスぺちゃんで顔を真っ赤にして照れているのがとても私を苛立たせた。
我慢した。必死で微笑みを崩さないように。
これを期にスぺちゃんは数ヶ月に一度、あるいは月に一度は私達の所に通うことになった。日本の食材とかそういうお土産を持って来るのもあるけど、一番の理由はあの人がスぺちゃんに渡している手紙だった。
私はあのレース以来、今まで使っていたスマホを捨てさせて、私と仕事に関係ある連絡先しか入っていない物を新しく使わせている。
彼は目の届かない所でどこかに連絡を取ろうとしている時がたまにあったからだ。そうさせたのは彼女達との縁を断つためだし、あの人を束縛させるためでもあった。
スぺちゃんが来てから、彼は日本にいる家族とあともう一通の手紙を彼女に渡していた。中身までは検閲してないのは流石にそこまでして嫌われたくはないからだ。
ある意味でスぺちゃんは、ほんの少しすれ違っていた私達の関係を元に戻してはくれた。でも、同時にあの人の心に安らぎを与えてしまった。私ではなく、スペシャルウィークに。
だからそれを危惧して彼女が日本に帰った夜、ベッドの上で彼に跨りながら忠告を込めて教えてあげた。
「また私を裏切ったら許しませんよ、あなた」
「俺は裏切ってなんか──ぐっ」
思わず私は彼の首を締めてしまった。苦しそうに悶えている割には、私の膣にあるアレはとても反応がよかった。
彼の体にはあちこちに私の爪痕や嚙んだ痕が消えずに残ってる。これは私の物だという印。私からは逃げられないという鎖。
流石に殺すわけにいかないから首から手を放して、彼の顔にそっと手を添える。
「もし浮気したり、私から逃げたら今度こそ許してあげません」
「コホッ、コホッ……スズカ、俺は──」
「ええ、信じてます。あなたは私を裏切ったりしないって。でも……あなたには前科があるから。私の告白を拒んだあの日から、それはまだ私の中で消えていないんです」
「アレは、あの時は仕方がなくて、それはお前だってわかってくれているはずだ」
「理解はしました。でも納得はしてませんよ、私。それにやっと夫婦になったのに、あなたはいつまで経っても私をちゃんと見てくれないのが悪いんですよ」
「見てるよ。じゃなきゃ……こんな事しない……」
「ふふっ。そうですもんね。私達夫婦だからシてるんですもんね。まあいいです。でも、これだけは言っておきます」
「な、何を」
体を起こして彼の顔から胸に手を置いて爪を立て──
「あの子……スペシャルウィークと浮気するようなことになったら、あの子がどうなっても知りませんから」
「お前っ──」
私は自分の唇で彼の口を塞ぎ、爪に力を入れて今日も彼の体に証を残した。痛みを堪えている時の彼の反応がすごくいいから、お仕置きとか関係なしについやってしまう。
これが私達なりの愛。
違うと言われても、そうさせたのは誰でもない夫であるこの人。
だから私は悪くない。
でも、そんな生活をもう二年も続けていれば、いつかは限界が来ることはわかっていた。
だからそろそろ引退を考えていた。もう潮時かなって思ったし、全盛期ほどタイムの伸びもよくなくなってきたからだ。
それに現役を続けるために私達はまだ子供を作っていない。引退すれば遠慮なく子供を作れる。
きっとあの人も子供が出来ればものの見方も変わるだろう。そしたら今までよりずっと優しくしてあげよう。
なら早く行動に移さないといけない。
なぜなら最近あの人の様子がおかしい。何よりも昨年からやけにスペシャルウィークが色気づいているような気がするからだろうか。
前は年の割には子供ぽいって思ってたけど、環境が変わったのか落ち着きが出て、大人になったように見える。
あの人に関わる女でいま一番近いのはあの子だ。だから危険なのだ。
でも──
「あなた、私……言いましたよ。スぺちゃんと浮気したらどうなっても知らないって」
けど、それもいいかなって思えてくる。
だって、そうしたらあなたと私の間を邪魔する存在は何もない。
何より、今度こそあなたは私を心から愛さなければいけなくなるから。
ある日、スペシャルウィークがわざわざ日本から俺達の所に遊びに来てくれた。あの子は昔と比べると見間違えるほど成長した。
外見はそこまで大きな変化はないけど、心というか精神面で大きく成長したと思う。まだ子供と呼べる歳だけど、大人の女性が纏うような雰囲気を身に着けたような気がする。
初めて彼女がこっちに来た時、俺はある頼み事をした。
それは手紙。
こっちに来てからスズカにスマホを変えさせられ、仕事関連以外ではほぼ生活を管理されてしまった。だから家族との連絡も取れないし、日本の状況もテレビのニュース以外では知らない。
そのために俺は彼女に家族宛の手紙ともう一通……トウカイテイオー宛の手紙を託した。
俺はスズカが目を離した隙に俺は彼女に聞いたのだ。
あの後みんなはどうなったのかって。
最初はそれを拒んだ。悲しい目をして、首を横に振りながら知らない方がいいって。それでも俺は教えてくれたと懇願した。彼女は表情を変えぬまま重い口を開いた。
『みんなバラバラになっちゃいました。私が連絡を取れるのはほんの数人だけで、あとはわかりません』
『……あの子は、テイオーはどうしてる』
俺は一番気掛かりだったあの子のことを尋ねた。するとスぺの表情はもっと暗くなった。
『テイオーさんは……病院にいます。あの時に脚を怪我していたらしくて、でもそれはそこまで重症じゃないんです。一番の怪我は……心なんです。意識はあるのに、まるで死んでるみたいで……』
俺の所為だ。俺がテイオーをそのようにしてしまった。
泣きたかった。今すぐ日本に帰って、テイオーに謝りたかった。でも、そんなことすればスズカがどうするか分からない。
俺はスズカに恐怖し怯えていた。
そんな何もできない俺が唯一取れた手段が手紙だった。
最初の数回は家族だけしか返ってこなかったけど、ある日からテイオーからの手紙も返ってきた。スぺも手紙を渡すために病院に出向いてくれて、あの子は嬉しそうに言うんだ。
『テイオーさんの意識がちょっとずつ戻ってるんです』って。
嬉しかった。でも、最初の手紙は予想外……いや、ある意味では予想通りだった。
『つらい。しにたい』
たったその二言だけだった。
俺はとにかく『生きてくれ』とかそんな文章をがむしゃらに書いた。我儘で、自分勝手な言いぐさなのはわかってる。それでもテイオーに生きてほしい、そんな想いを込めて手紙を書いた。本当だったら電話とかオンライン通話を使ってでもあの子と話しかった。
けど、それをスズカが許すはずがない。
俺がテイオーを変えてしまったように、スズカも俺が変えてしまった。その責任を、罪を償おうと努力した。
でもダメだった。
スズカは俺の取る行動すべてを疑い、生活すら監視するようになった。以前持っていたスマホは捨てられたし、財布だってろくに持たせてはくれない。
それでも頑張ってスズカを愛そうとした。けど、月日が経つにつれて俺は彼女が怖くなった。何よりも心がどんどん擦り減っていくのを感じていた。
それからはスペシャルウィークが来た時と彼女が持ってくる手紙だけが俺の支えになっていた。スぺが言うには、ここ最近のテイオーは大分調子がよくなってきたと言っていて、手紙も最初とは比べ物にならいないぐらいたくさん書いてあった。
嬉しかった。文字だけでもテイオーの声が聞こえるぐらい、あの子は良い方向に向かっているんだって。
いつからだったか。手紙で我慢できなくなった俺は、スズカの目を盗んでスぺのスマホを借りて動画でメッセージを送るようにもなった。長くてたった1分か2分のメッセージ。自分のスマホが使えないのは、常に管理されているからだ。
すると次来た時にはテイオーも動画でメッセージをくれた。
『トレーナー。ボク、何とか生きてるよ。辛いことばかり考えちゃうけど……それでも、もう一度キミに会いたい。会って……謝りたい。ごめんなさいって』
泣くぐらい嬉しかった。
そこにいたのは俺が知っているトウカイテイオーだった。あの頃の、俺が好きだったテイオーがいたんだ。
会いたかった。会って、俺も謝りたかった。
でも、そんなことできるわけがないんだって諦めた。
スペシャルウィークがこっちに来るようになって1年ぐらい経つと、鈍い彼女でも俺達の異常性に気づき始めていた。
いや、もしかしたら初めから知っていたのかもしれない。
そう……彼女は危険を冒してまで俺に協力してくれていたんだとあとで気づいた。
俺は大丈夫かって聞くと、
『大丈夫です! トレーナーさんにしてあげられるのはこれぐらいしかありませんから』
笑顔でいうあの子に、いつしか俺は救いを求めていた。でも、あの時のスズカの言葉が蘇るんだ。
『あの子がどうなっても知りませんから』
傷つけたくない。だけど俺は彼女に縋ることしかできない。それを手放してしまえば、きっと俺はもう耐えられなくなりそうで……。
そんな時、脳裏にある言葉が過った。
『あの頃には……もう戻れないんだよ』
誰の言葉だっただろうか。とても大事な人が俺にそう言っていたような気がする。名前も顔もわからないけど、言葉だけは深く刻み込まれていたらしい。
戻りたい。あの頃に……みんながいて、毎日が楽しかった日々に。
過去の記憶を掘り起こして、その思い出に浸る日々が何日か続いた。
ある日の休日、スズカが言った。
「そろそろ引退しようと思ってるの」
それは俺にも分かっていた。レースで思うような走りができなくて、トレーニングではタイムの伸びが悪くなってきていたからだ。
正直に言えば、日本のウマ娘が異国の地でここまでやれてきたことがすでに賞賛に値する。トレーナーとして、サイレンススズカは十分に海外のレースで好成績を収めたはずだ。
だから引退という言葉が出たときはそこまで驚かなかったし、むしろ嬉しがっている自分がいた。
「ここで引退するのは別に悪いことじゃない。それに無理して怪我を誘発するよりはいいと思う」
「よかった。本当はあなたのためにもっと走っていたかったけど、やっぱり限界かなって思っていたから」
「お前は十分やってきたよ」
「ありがとう、あなた」
この時のスズカはキライじゃない。彼女の優しい笑顔は好きだ。
だけど……。
「引退したら日本に戻るんだろ?」
「──どうして?」
「……え」
俺は期待していた。引退したらきっと日本に帰れるんじゃないかって。だから聞いたんだ。でも、
彼女はそうじゃないらしい。
好きだったスズカの顔が豹変する。目に光りがなくて、ジッと俺を見つめてくる。まさに蛇に睨まれた蛙だ、俺は。
「日本に帰る理由なんてないじゃない。ここでの生活も慣れてきて、むしろ日本よりいいって私は思ってるんだから」
「で、でも、一度くらい帰ってもいいじゃないか。それに一応はまだトレセン学園所属のウマ娘ってことになってるし、引退するなら卒業もしなきゃいけ──」
「そんなに帰りたいの、日本に?」
「ッ」
予想しなかったわけじゃないけど、体が自分の意思とは裏腹に冷たい声に反応して後ずさってしまう。
「私といるの、そんなに嫌なの?」
「ち、違うっ。けど、引退するならそういう手続きをしなきゃいけないってだけで──ッ!?」
一歩、また一歩と近づいてきたスズカに押し倒された。普通ならこんな簡単に押し倒される訳ないのに、体がスズカに逆らえない。彼女に刻まれた傷が、痛みが俺の意思に逆らっている。
スズカは俺の上に跨り、服を脱ぎ始める。
「日本に帰ってどうするの? 日本なら私から逃げられるから? それとも……あの手紙の相手に会いに行きたいの?」
本音を言えばそうさ。俺は日本に帰りたい。あの子に、テイオーや他のみんなに会いたい。でも、お前から逃げたいと思ってしまうのは、お前が俺にそうさせるからだ。
言えない。口に出せばいいのに、俺の口は硬く閉ざしている。
言えば変わるかもしれないのに、言って変わってしまうことに恐れているから。もっと酷い目に遭うんじゃないかって。
「何度言ったらわかるのかしら。あなたは私だけを見て、私のことだけを考えていればいいの。それを思い出させてあげる」
いつもそこで俺の記憶は飛んでている。分かっているのは体に彼女が付けた傷跡が増えているということ。
だけど、昨日だけはいつもと違ったらしい。いつもしていたゴムをしてなかったことを翌朝になって知ったから。
こっちに来てから二年経ったある日、スペシャルウィークがまた遊びに来ていた。彼女はいつものように家族の手紙とテイオーの手紙を受け取った。実家からの手紙は主に母さんからで、俺はいつも嘘を混ぜて話を書いていた。
いつものように母さんやばあちゃん、家族のみんなが会いたい、帰ってきなさいって言っていた。
俺もそうしたい。でも、それはできないんだとまた嘘を付く。
そしてテイオーの手紙には最初のころのように少ない言葉だけが書かれているだけだった。
『大丈夫。もうすぐ会えるよ』
分からない。なんでこんな事を書いたのか。
スぺに聞こうとしたけど、三人で外に食事に行こうってスズカが言い出してそんな暇がなかった。
食事をする場所はいつも彼女が来るたびに連れて行くお店だ。普段でも二人でよく食べに行っているレストランで、歩いて行ける距離なので重宝していた。
家から出てだいたい半分を過ぎたあたりで、スズカが財布を忘れたと言って家に戻ることになった。残された俺とスぺはたまたま近くにあったベンチで休むことにした。
貴重な二人だけの時間だ。いつもだったら聞けないことを聞く絶好の機会……なのに、俺はもうそれを聞く気力すらなくなっていた。
限界だった
だから……隣に座るスぺに本音を口にした。
「……もう、イヤだ」
「トレーナーさん?」
「スぺ……俺、もう死にたいよ……」
「何を言ってるんですかトレーナーさん!?」
今まで我慢してきた涙が目から漏れ始めてきた。それを見せまいと手で顔を覆ったけど、隙間から涙がこぼれ始めた。
「もう耐えられないんだ。俺は彼女を必死に愛そうとした。でも、スズカはそれだけじゃダメみたいで。俺がそうさせたって分かってる。スズカだけじゃない。全部俺の所為なんだ。ならもういっその事死んで、そしたら許されるんじゃないかって!」
「トレーナーさん……」
「日本に帰りたいよ……みんなに会いたい、またあの頃に戻りたい……」
今まで口にしなかった想いを吐いた。それを口にする度に涙が溢れて止まらない。
すると俺の手をスぺが両手で包んでくれた。気づいたら目の前にいて、地面に膝をついている。
「スズカさんは今でも私の憧れで、先輩で、友達だって思ってます。トレーナーさんもそうです。あなた以外に私のトレーナーはいません。でも、二人はもう夫婦で、私は部外者だから……言いたくても言えなくて。夫婦の問題とか勝手に決めつけていました」
「スぺ……俺はまだ、お前のトレーナーなのか……」
「当たり前じゃないですか」
嬉しかった。俺まだお前のトレーナーで居られたことが、こんなにも嬉しいとは思わなかった。もう俺のウマ娘はスズカだけだと思っていた。みんな、俺の所為でバラバラになったから。
「スぺ、俺……」
「だから言ってください。トレーナーさんがいま私にしてほしいことを」
「……助けてくれ……もうここにはいたくないよ……」
「はい」
そう言うとスぺは俺を抱きしめてくれた。スズカといつもしているのに、何故か今までより一番温かいんだ。
体も心も温かくなっていくような気がして、俺はまた彼女の胸の中で涙を流した。
「──ちょっと目を離したらアレだもの。ほんと、あなたは懲りない人なんだから」
家に戻って財布を持って戻ってくれば、少し前の方で二人が抱き合っているのが見えた。耳に聞こえてくるのはあの人の泣き声で、きっとスぺちゃんが彼に何かを言ったということはすぐにわかる。
スぺちゃん本当にあなたって……最低な女。
人の夫をたぶらかして、寝取ろうなんて酷い女だ。昔のあなたは、あの人に対して恋愛感情なんてなかったくせに、今になって彼がちょっと弱っているところにずかずかと踏み込んで。
あなたもあなたよ。アレほど忠告したのに、やっぱり私を裏切るんですね。そんなに若い娘がいいのかしら。それとも胸の大きな女がいいの?
よりにもよってそれがスぺちゃんだなんて。
「あなた、私は言ったわよ。ソイツと浮気なんてしたら……どうなっても知らないって」
止めていた足を再び動かしながら、バックからナイフを取り出した。ここは日本より治安はあまりいいとは言えない。そのために護身用としていつも持っていたものだ。
ブォオオン!
突然私達の間に割って入るように一台のバイクが停まった。それは緑色のバイクで、燃料タンクの辺りにSUZUKIのロゴがあった。
運転しているのは、ウマ娘だ。ヘルメットを見ればわかる。普通のヘルメットは頭部に耳になんて付いてないからだ。
黒のフルフェイスのヘルメットに服装はホワイのジャケットとジーンズ。よく見ればグローブには指の部分だけが露出していた。
黒のバイザーで見えないが、そのウマ娘は私を睨むように言ってきた。
「──あなたがするべきことは、まさに今スぺ先輩がしていることだって分からないんですか」
聞き覚えのある声だった。咄嗟に私はその名前を口にしていた。
「キタサン……ブラック……?」
「お久しぶりです、スズカ先輩」
挨拶をしながらブラックはヘルメットを脱いだ。確かにキタサンブラックだ。二年も会っていないが間違いない。でも、私が知っている記憶の彼女よりもっと成長していた。背も少しだけ伸びて、ジャケットのジッパーをワザとらしく胸の谷間付近で下ろしているから、胸も大きくなったのが嫌ってぐらいわかる。
ブラックはバイクを下りてヘルメットをシートの上に置き、私の前に立ちはだかった。
「あの子と一緒に来たの?」
「いいえ、違いますよ。気づかなったでしょうけど、実は少し前から二人のことを見てたんですよ」
「……私に負けてからって、今度はストーカーみたいなことしてるの? 滑稽ね」
「何とでも仰ってくださって結構です。あなたが何と言おうと、何をしようとしても、私はあなたからおじさんを護ります」
何を言い出すかと思えば、私から彼を守る? 一体この女は何を言っているのだろうか。
「これは夫婦の問題なの。部外者であるあなたには関係ないわ」
「夫婦なら何をしても許されると思っているんですか? 私は確かに負けました。あの人が笑顔でいられるなら、それでいいってずっと思ってました。でも、実際はどうですか。おじさんは泣いているんです。誰でもない妻であるあなたが、彼を苦しめているんです」
「苦しめてなんかないわ。私は彼を愛しているのよ。でも、あの人がいけないの。私だけを見て、考えていればいいのに、今だってあの女に抱かれて。妻として怒るのは当然じゃない」
「本当に分からないんですね」
やれやれとブラックは首を振りながら、まるで私を憐れむかのような目で見てくる。当然それに私はイラつきを隠せなかった。
「何が」
「おじさんに必要だったのは愛じゃない。むしろ愛はもう要らなかった。あの人が一番欲しかったのは優しさです。それさえあればこんな事にはならなかった」
愛より優しさ?
私はちゃんと愛情も、優しさも、この身もたくさんのことをあの人に与え、捧げた。それなのにまだ足りたないと言うの。
「それは愛情の中に含まれていると思うけど? むしろあの人は私を裏切ったのよ」
「もう……何を言ってもダメなんですね」
「ええ。」
「あの人は助けてと言った。なら私は、それを叶えるだけです。でも、その前に伝言を預かっています」
「……誰よ」
「すべてを失ったとき、初めて自分の
テイオー?
ああ、そういえばスぺちゃんが言ってたっけ。心が病んじゃって入院してるって。そんな子が私に説教をするなんて、ほんと笑っちゃう。
過ちなんてない。あるとすればそれはあの人。だから私じゃない。
「それでどうするのかしら。これであなたを簡単にヤれるとは思ってないわ。むしろ、私をどうやってあの人から守るのかしらね」
ナイフをちらつかせながら挑発してみる。ブラックは特に何か武器になるようなものを持っているわけじゃないし、まさか素手で私を捕まえようとでもいうのだろうか。
「別にスズカさんを消そうだなんて思っていません。そんなことしたら、きっとおじさんが悲しむから。だから……」
そう言って右手を大きく広げて、私の前に向けた。
コンクリートを蹴ってブラックの前に迫った。すると、私の目は幻覚でも見ているのか、彼女の手から光の波が溢れているような気がして──
「少しの間、離れ離れになってもらいます」
それを最後に私の意識は途絶えた。
Fin
おまけ情報
・愛するが故に見えていたモノが見えなくなった。
・テイオーは色々あって浄化されました。
・キタサンブラックは救いのヒーローなんだゾ。
・別にこれでスぺとトレーナーがくっつくわけではないが多少の依存はしてる。
・ちょっとトラウマにはなったかもね(ナニにがとは言わないけど)
・トレーナーはあの後ブラックとスズカに会った上で日本に帰国。
・一応遠くない未来に救いはある
バッドエンドは以前に言っていた4人が書けるかまだわからないので、これ以降バッドエンドのお話はありません。
一応ゴールシップのバッドエンドも予定しているのですが、多分短そうなのでもしかしたら後日活動報告かもしれません。