どけ!トレーナーの隣はわたしだ杯   作:ししゃも丸

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「えー3番のウマ娘のしょうかーーあーーーっと!! 3番オグリキャップがまだレース前だというのにお腹をさすっているぅ! しかも片手じゃない、両手でだーーー!!」
「いやあちょっと待ってください。情報によると控室には彼女にしては少ない量の弁当箱が見つかったと報告がありますが……」
「つまりそういうことなのか?! ちょっとお腹を大きくしてそういう風に演じているのか?! 戦いはすでに終わっているとでもいいたいのでしょうか!」
「まああんな状態でも走れてしまうのがオグリキャップではありますが、果たして真実はどちらなのか気になりますね」



第3R オグリキャップ

トレセン学園に在籍している多くのウマ娘の中で私は初めから入学したわけではなく、転校生という形でここにやってきた。

故郷での私はただ周りの子よりちょっと走るのが速いだけのウマ娘だと思っていたが、地元のみんなはそんな私を見てウマ娘レースに出ることを勧めてくれた。

それが動機となって地方レースに出ては勝利を収めていく内に中央にも私の名が知れ渡ったらしく、地元のみんなの後押しもあってここトレセン学園にやってきた。

 

さて。途中編入という形で入学したので色々と心配ごとが多々あってとても大変だったんだ。

道には迷うし勉強は地元と比べると大分差があって、特にご飯を超特盛で頼むと食堂にいるウマ娘らの視線を集めてしまうし。

私はみんなと比べて田舎者だからきっとカルチャーショック 文化的な違いがあるからだとその時は思い込んでいた。

 

特に一番の悩みの種はどのチームに所属するということだった。私はもともと地方のレースに出ていて十分な成績を収めていたということで、学園からは選抜レースに出るかは自由にしていいと言われていた。

詳しいことを聞けばウマ娘はみなどこかのチームに所属することが義務付けられているらしい。地元でいうところの部活動の強制参加みたいなものかと思った。

とにかく私はまだこちらに来て日も浅く友達も少ないし、多くのトレーナーたちが私をスカウトすべく毎日のようにトレーニング場へやってくるのは流石に参った。

ただでさえ都会の人の多さにまだ慣れておらず、もっと言えば地元の学校より多いこの学園にすらまだ慣れていないんだ。

そんな多くの頭痛の種に悩まされながら食堂にいくか迷っていると。

 

「よぉオグリ! 昼休み抜け出してウマ娘専用のメニュー出しているお店のランチを奢るから俺のチーム入らないか?」

「何をしているんだトレーナー! 都会のランチは混むと聞く。今すぐ出発しよう!」

 

即答だった。

いや、別にランチに釣られたわけじゃない。本当だ、信じてくれ。ちゃんと理由もあるんだ。

突然現れたこの人は私のクラス担任。転校初日から馴染めない私に色々と教えてくれてとても感謝している。特に勉強面ではひじょーうに助かった、うん。

なのでトレーナーにはやはり彼がいいと判断したんだ。本当だぞ?

 

「――やはりあの店か……いつ出発する? アタシも同行する」

「ゴルシ院」

 

と、いきなり彼の後ろに現れたのは同じクラスメイトで数少ない友達のゴールドシップだった。彼女は転校初日からこれでもかというぐらい絡んできて、それがきっかけで転校生という立場だったけどクラスに早く馴染めたのは感謝している。

しかし、彼女は妙なポーズをとっているが意外と様になっている。これが都会の流行なのだろうか。

 

「おまえの次のセリフは、『来てもいいがお前は別会計だ』、という!」

「来てもいいがお前は別会計だ―――はっ?!」

 

これがゴールドシップと彼、トレーナーとのコミュニケーションだと気づくのにそれなりの時間がかかるとは、この時の私は思いもよらなかったのである。

 

 

 

 

「はっはっは……ふぅー」

 

目標の走り込みを終えて一息つけながらバ場を見渡す。故郷と比べると設備の多さも違うが、バ場の管理が隅々まで行き届いて圧巻される。こんなところで毎日トレーニングできると改めて考えると、やはり私たちはとてもいい環境にいるんだと実感できる。

 

「転校して少し経つが、やっぱりここはすごいな」

「ウマ娘のための学園だからな。ほれ、そろそろ小腹が空いたろ?」

「ありがとう。むっ、今日はチョコパイか。私もこれは大好きだ。しかし、キミは毎日いろんなお菓子を用意してくれるが、その、お金とかは大丈夫か? 別に私のために無理をしなくても……」

「そういうのは気にしなくていいんだよ。お前は腹が減りすぎると能力を十分に発揮できないタイプだから、適度にカロリーを補給するほうが合ってる。それに俺もこの時間は小腹が空くしな」

「ふふ、そうか」

 

トレーナーが頬張るのを見て私も一口食べる。うん、やっぱりチョコパイはおいしいな。なんだか最近昔と比べると小さくなったような気がするが、まあきっと気のせいだろうな。

 

「あー! ゴルシちゃんにもチョコパイくれよ!」

 

バ場の隅っこでひとり将棋をしていたゴールドシップがこちらに気づいたのか、耳をピンと張って尻尾をぶんぶん振り回してやってきた。

 

「お前の分はない」

「えー?!チョコパイチョコパイチョコパイチョコパイチョコパイチョコパイチョコパイチョコパイチョコパイチョコパイチョコパイチョコパイチョコパイチョコパイチョコパイチョコパイチョコパイ!!」

「そんなに欲しいなら隣のチームに入りなさい」

「わかった!」

 

即決。むしろ言い切る前にゴールドシップはどこかへ走り去っていたが、トレーナーはただチョコパイを頬張りながら彼女の背中を眺めるだけだった。

 

「い、いいのか?」

「アイツはあれでいいの。さて、大体10分ぐらいか。じゃあオグリ、ゴルシが戻ってくるまでまた走るか」

「わ、わかった」

 

とりあえず考えても仕方ないのでまた私は戻って走り込みを始めた。

すると本当にトレーナーが言ったように10分後ぐらいに帰ってきたが、その顔はどこか哀愁ただよっている。

私は今日10個目となるチョコパイをトレーナーと一緒に頬張りながら話を聞いていた。

 

「お帰り。で、チョコパイはもらえたか?」

「いや、代わりに源氏パイもらってきた」

「そのわりには元気がないな」

「それがさ、アタシが『お前らきのこ派? それともたけのこ派?』って言ったら第三次きのこたけのこ戦争が勃発しちまった。トレーナー……戦争は悲しみしか生まないね」

「ちなみに今日はどっち派だ?」

 

聞き耳を立てているだけだったのでよく聞き取れたのだが、今日は、とはいったいどういうことだろう。ちなみに私はたけのこだ。故郷でよくたけのこがたくさん採れるんだ。それから数日間はたけのこ料理尽くしで……いかんいかん。思い出しただけでよだれが……。

 

「チョコバット派」

「お前この前はBIGチョコ派じゃなかった?」

「はあ?! アタシは生まれた時からチョコバット派だーい! 冷やすとすげーうまいんだぜ!」

「それな」

「わかる」

「オグリも言うようになったじゃねぇか!」

「もぐもぐ……ん。ふふーん。私もようやく都会の空気に馴染んできたというわけさ」

「それは違うんじゃねーかな……」

 

トレーナーは優しい目をしながら言ってきたが、私もゴールドシップもそれ以上は何も言わなかった。いや、言えなかった。

なにせ、彼女がもらってきた源氏パイを食べるのに夢中だったからな!

 

後日小耳に挟んだが、たびたびお菓子が消えるという事件が多発しているらしい。詳しく聞けば意外なことに、その日盗まれたお菓子はちょうどゴールドシップがもらってきたお菓子と酷似していたんだ。

 

「都会は不思議でいっぱいだなあ。もぐもぐ」

 

そんなことをぼやきながら今日もゴールドシップが持ってきたお菓子を食べる私であった。

 

 

 

 

月日は流れ、あるレースの帰り道でのこと。

 

「今日はなに食べるか」

「むー悩む」

 

私とのレースのあとはいつもこの話から始まる。レース後の私のお腹は食べ物を求めぐーぐーと警笛を鳴らすので困ったものだ。

いつもだったら今日はアレにしよう、またあそこ行こうとか案が思い浮かぶのだが今回はちょっとばかり違った。

 

「な、なあ。もし嫌じゃなかったらでいいんだが、キミのて、手料理が食べたい」

 

い、言った。それになんでかわからないがすごく緊張してしまっている私がいる。

 

「俺の?」

「そ、そうだ! い、いや、急なことで悪いのは承知している。ただちょっとその……」

「まあいいけど……あまり期待するなよ? じゃあ行こうか」

「あ、ああ!」

 

鏡がなくとも私はかつてないほど満面の笑みを浮かべているに違いない。

先に歩き始めたトレーナーを追うべく駆け出して隣を歩こうとしたとき、思わず空腹で足がふらついてしまって彼の腕に摑まってしまった。

 

「おいおい大丈夫か?!」

「お、お腹が空きすぎて倒れそうなんだ。て、手をつないでくれないか?」

「ぷっ、あははっ。オグリらしいよ。ほれ」

「……ふふっ。キミの手は意外と大きいんだな」

「そうか? 普通だと思うけどな。さて、家はそう遠くないからもうちょっと我慢してくれな」

「ああ。これならなんとか持ちそうだ」

 

そう言って握る右手に力が入る。思っていたより大きくて暖かい。ちょっと握ると握り返してくれるこの感覚は、なんていうかむずむずするけど悪くない。

 

私は、他のみんなと比べると奥手だった。否、いまの関係というか環境で満足していたんだ。トレーナーの授業を受けて、トレーナーとトレーニングをして、トレーナーと一緒にご飯を食べる。それだけで私は満たされていた。

だけど、少し前からその頻度は減ってしまった。みんながトレーナーと居たいから我先にと彼の隣を盗りたがる。

 

だから、私だけのトレーナーとの時間が欲しかった。私だけのトレーナーのナニカが欲しいと思い始めていた。

そしていま、その一歩を踏み出した。

私だって譲るつもりはないんだと、一歩また一歩とそれを胸に抱きながら。

 

 

 

それから30分もしないうちにトレーナーが住むマンションにやってきた。

驚いたのはトレセン学園のトレーナー寮ではなくちゃんとしたマンションに住んでいるということだった。

理由を聞いてみれば、

 

「仕事とプライベートはわける派なんでな」

 

とのこと。

 

「さあどうぞ。一応掃除はしているがあまり見ないでくれよ」

 

そして私は他のみんなが踏み込んだことはないであろう聖域へ足を踏み入れたのだ。最初は部屋が薄暗くてあまり見えなかったがトレーナーが部屋の明かりをつけてくれた。

部屋の広さはたぶん2LDKだろうか。一人暮らしにしてはかなり贅沢なんだと思う。リビングにはテーブルやソファーの他にダンベルといったトレーニング用品があった。

 

「なるほど。キミのがたいがいい理由がわかったよ」

「この仕事はハードだからな。鍛えておかないと体が持たない。テレビでも見ながらソファーにでも座ってくつろいでくれ。すぐにできるもの作るから」

「ありがとう。その、ちょっと部屋を見てもいいか?」

「寝室と仕事部屋に入らなければいいぞ」

 

さっそく了解を得たのでソファーには座らずゆっくりとリビングを見渡すことにした。やはり気になるのはアレだな。

小さな棚の上に飾ってあるいくつもある写真。そこには私だけではなく、チーム全員がそれぞれレースで1番をとった写真が飾られていた。それだけじゃなくて集合写真や何気ない一面を撮った写真も飾られている。

やはりみんなのことを見てくれているんだなと思うと同時に、自分だけを見てほしいと思うのはやはりいけないことなのだろうか。

トレーナーと一緒にいられる今がとても楽しい。けど、それを他の誰かに奪われてしまったら? 

 

「私は……イヤだ」

「どした?」

「んっっっ?! い、いきなりその、お、驚くじゃあないか!」

 

本当にびっくりした。突然キミの顔が目に入るなんて心臓に悪すぎる。

 

「呼んでも気づかないお前が悪い。ほれ、できたぞ」

「ほ、本当か?!」

「特製肉なしチャーハンだ」

「は、ハムもか?」

「ちょうど切らしてた。いやなら俺が食べるから別にいいんだぞ?」

「そ、そんなことはない! さあ食べよう、いますぐ食べよう! いただきます! はふっはふっ――」

 

見た目は至って普通のチャーハン。だけど一口、また一口と口に入れる度に私の体が不思議な感覚に包まれていくのを感じる。

 

「どうだ、うまいか?」

「はふっ、味は中華料理屋には及ばない、な」

「さいですか」

 

がっくしと頭を垂れるがその顔はどちらかといえば笑顔だった。その笑顔が無性にかわいいと思えてしまうほどに。

 

「だけど」

「だけど?」

「今まで食べたどんな料理よりも心が満たされていくんだ。ありがとうトレーナー!」

「そっか。そりゃあよかった」

 

この日は私の人生の中で一番幸せな時だと思っていた。

だけど、その日から私の不調が始まったきっかけでもあった。

 

 

 

 

 

『どうしたオグリキャップ?! 今日も調子が出ていないのか! いまようやく追いつき……1番です! オグリキャップなんとか差し切って1番を手にしました。怪物オグリキャップ、なんとか連勝を重ねますがまだ雲行きは怪しいか?!』

 

実況の声がイヤというほど突き刺さる。そんなことは私が1番よくわかっているんだっ。チームのみんなですら、私の不調に驚きを隠せず心配して声をかけてくれる。

やめてくれ。そんな優しい言葉をかけないでくれ。

いつものように私をからかってくれ。

そうしてくれないと、あまりにも……惨めで仕方がないんだ。

 

「オグリ……」

 

ああ、トレーナー。1番会いたいのに、1番傍にいてほしいのに、いまだけはその声もキミの姿も見たくはない。

お願いだ。私を、こんな弱い私を見ないでくれ。

 

「お前、どうしちまったんだ。何かあるなら教えてくれ。体調も問題ない。体にどこか故障があるわけじゃない。俺にはこれ以上なにも――」

「わかってるんだ……」

「え?」

「私が不調なのは全部わかってるんだっ。キミが作ってくれたご飯を食べて以来、私はどんなに美味しいご飯を食べても満たされない! たくさん食べてお腹をいっぱいにしても、心だけは満たされないっ!! どんな料理も私の心を満たしてはくれないんだ……キミのご飯以外は……」

 

私は幼少のころ以来の涙を流しながらトレーナーの胸に顔をうずめた。彼はただすまないと謝りながら私を抱きしめくれた。

 

「わかっているならなんでもっと早く言ってくれなかったんだ」

「……ぐずっ……キミに迷惑をかけたくなかったんだ。私の我儘でキミに負担をかけさせたくなかった……すまない」

「ばーか。ウマ娘はトレーナーに押し付けてなんぼなんだよ」

「……うん……うん……」

 

このあとのオチはそんなに語るものではない。

むしろ美談になるものでもないんだ。なにせその日以来、レース前に彼の作ってくれたおにぎりを食べるだけで私はレースに勝つことができたのだから。

 

 

 

なあ、トレーナー。私はやっとわかったんだ。

もう私の心と体はキミがいないとダメなウマ娘になってしまったんだって。

だけど、ふとあることにも気づいてしまった。私はいつもキミから与えてもらってばかりで、私からはなにも返せていないことに。

キミのおにぎりを食べている時やレースを走っている時もずっとどうすればキミに恩返しができるのかって。

そしてようやく気づいた。

 

「そうか。私自身をキミに捧げればいいんだ」

 

そのためにこのレースに参加したよ。私をキミのものにするために。

レースに勝ったら、私のすべてをあげるよ。もちろん、その……経験がないからうまくできないかもしれないけど、そういうことだってしていいんだ。

その代わりなんだが……。

 

「毎日私のためだけにご飯をつくってほしいんだ……この子のためにも」

 

 

 




「なんだかすでに勝利の鼓動を刻んでいるようですね」
「で。本当のところどうなんですか、トレーナーさん」
「そうですね。腹十六分目ってところだと思います」
「はぇーなんかすごいですね」
「ところで。マナーモードにしてもまだ通知が止まらないんですけど。どうにかしてくださいよ」
「そんなの俺が聞きたいよ」
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