夢を見ていた。
夢の中の俺は、どこかの学校の先生をしていた。それも女子高……いや、ウマ娘の専門学校だったかな。
みんな一癖も二癖もあるような個性的な子達ばかりで、俺は年頃の女の子に対して苦戦しながらも教師としての勤めを果たしていたと思う。
どうやら俺は教師だけではなく、チームを率いるトレーナーでもあったらしい。これまた個性的な奴らの集まりで、何ていうか……すごく楽しいんだ。
最初は二人だけのチームがどんどんメンバーが増えていって、トレーニングをしているだけでも俺は充実していた。あの子たちが走るレースは好きで、勝ったらとても嬉しいかった。負けたら……ちょっと悔しいとかそういうことも感じたりした。
俺の生活にはいつもあの子たちがいた。学校でも、休日でも、関わっていない時間はないんじゃないかってぐらい。
それはまさに幸せと言える時間だった。
だけど、そんな時間はいつまでも続くわけがない。
──……い。
始まりがあれば、当然終わりが訪れる。
──……おい。
そんな事は分かっていた。でも、終わりたくない。終わらせたくない。そうずっと思ってた。
だから、いつまでもみんなと一緒にいたいって心の中で願っていたんだ。
「おい起きろって!」
「うおっ!? な、なんだよ、ゴルシか。ビックリするだろ……」
大声で怒鳴られて目を開けた。そこにはゴールドシップが見るからに腹を立てているのがわかった。
「ビックリするじゃねぇだろ。人がちょっと目を離したらぐっすり寝てやがって」
「え、寝たのか」
「ゴルシ様~なんでもおごります~って寝言言いながらな」
「ウソつけ!」
「いずれそうなるさ。ほれ、チケット取ってきたぞ」
そう言ってゴルシは透明なプラスチックのようなカードを渡してきた。カードには多分会社名かな、それに俺の名前に何かの番号が書いてあった。
俺は気になって彼女に聞いた。
「なにこれ」
「まだ寝ぼけてんのか? 今日はこれから宇宙遊泳にいくって約束したろ。それはそのツアーのチケット兼証明書だ。本当に大丈夫か?」
「……あーそうだったな。それで月……まで来たんだっけ」
「そういうこと。ほら、行こうぜ」
そう言ってゴルシは手を差し出し来たので、俺はその手を掴んで彼女と一緒にこのツアーをやっているシャトルのゲートまで向かった。
搭乗ゲートまで来ると、外に乗るであろうシャトルが見えた。その形は一見旧世代のようなデザインをしているが、中身は常にアップデートとしているらしい。宇宙では常に緊急事態に備えて、そういう所にかなり気を使っている、とゴルシが言っていたような気がする。
ゲートを通って中に入ると、シャトルの中は飛行機の中とさほど変わらない空間だった。通路が真ん中にあって、その両サイドに二席ずつ並んでいる。俺達以外にもツアー客はいるけど、そこまでじゃない。
「えーと。お、ここだな。窓側は譲ってやるよ」
「珍しいな」
「今日は特別さ」
「ふーん。ま、お言葉に甘えるか」
窓側の席はまあまあ見晴らしはよかった。と言っても、まだ空港内だから何も見えない。
それから10分と待たずにシャトルは発進した。
エレベーターを上がって、カタパルトまで移動して、エンジン点火、射出。シャトル内の重力装置は中々よく出来ているのか、そこまで強烈なGは身体に襲い掛かってこなかった。
月の引力を抜けたあと、シャトルは指定された場所に向かう。別に宇宙は誰の物ではないが、よくあるツアーのように指定された場所が国連によって定められているのだそうだ。
宇宙に出てから思うのは、確かに窓際の席というのはとてもいいものだということだ。ほとんど暗闇だけど、向きによっては地球が見えるので中々の絶景だ。
景色を眺めている俺に対して、ゴルシはのんびりと寛ぎながら何かの雑誌を読んでいた。そこれで俺はあることに気づいた。
「ゴルシ」
「トイレなら後ろにあるぞ」
「そうじゃなくて。お前さ、何かヘットギアみたいの付けてなかったっけ」
ヘットギアというか、頭にちょこんど変な帽子を固定しているようなヤツだったと思う。今のゴルシは何もつけてないし、綺麗な芦毛の長髪が肩にまで垂れている。
「アタシはそんなSFぽいもんなんか付けてない。仮に付けてたら、ただのアホっ子娘に見えるだけだ」
「んーそうだよな。お前は美人だからな、黙ってれば」
「オマエはいつも一言余計なんだっ」
雑誌を丸めて頭を叩かれた。
どうやら今日の俺は何だかおかしいようだ。記憶が曖昧、いやごちゃごちゃしているような気がする。
ゴルシも何だかいつもと違うんだけど、その違和感が分からない。でも、間違いなく俺が知っているゴールドシップなのは間違いないんだ。
俺はこれ以上叩かれたくないので、窓の外を眺めながら目的地まで黙っていることにした。
「では、船に戻りたくなったら腕のそのボタンを押してください。それではスーツに備え付けられている酸素が持つまで、ごゆっくりとお楽しみください」
ツアーのスタッフらしき人の説明を受けて、俺は宇宙へと飛び出した。
宇宙服は昔の物と比べればかなり進歩している方だけど、それでもまだデカい。宇宙に進出して以来新たに浮き彫りになった宇宙を漂うデブリの問題は今なお終わることはない。だからこうやって少しでも頑丈な物になっているんだとか。
他のツアー客と離れた場所で俺とゴルシはプカプカと浮きながら地球を眺めていた。隣にいるゴルシを見れば、ヘルメット越しに見える彼女の耳がつぶれているのが見えた。
「アハハ。流石に宇宙服まではウマ娘用ってないんだな」
「笑うなよ。これでも昔よりは大分マシになったんだからよ。ほれ、こっちに来いって」
「お、おう」
腰の装置を押して酸素を噴射。少し離れていたゴルシに…………衝突する形で抱き着いてしまう。
「オマエ、下手くそだな」
「うるせえな。初めてだから仕方ないだろ。……あれ、初めてだっけ?」
「そんなことないけど、オマエにはセンスがないだけだよ」
「でも……不思議だよなあ。別に初めてじゃないはずなのにさ。俺……地球を見て感動してるよ」
「ま、そういうこともあるよな」
ここは静かだな。地球といる時と違って、自分が黙っていても何かしらの音が聞こえてくる。車の音、鳥の鳴き声、風が吹くと音。だけどここは宇宙だから、何も聞こえはしない。
こうしてゴルシと会話している時は別だけど。
「なあ。しりとりしようぜ」
「しりとり? 宇宙にまで来てか?」
「いいんじゃんか。どうせ見ているだけでヒマなんだしよ」
「それもそうだな……じゃあ、しりとりのりからな」
「んーリンゴ」
「ゴリラ」
「ラッパ」
「パセリ……って、早速テンプレ過ぎるな」
「へへっ、これからだぜ。ゴルシ様のしりとり地獄は」
まさにそれが実現してしまった。
開始からすでに10分以上も最初の第一回戦は続いていた。よくもまあ互いに言葉がすらすらと出てくるものだと思った。
もしかしたら同じ言葉をもう何回も言っているかもしれないけど、長くやっている所為でそれすらも区別が付かなくなってきた。
地球という最高の景色を眺めながらやることが、まさかのしりとりは何と空しいことか。最初は地球を眺めてるだけでなんとか保っていたけど、だんだんと飽き始めてきたし、途中でゴルシが『け』縛りをしてきたのが余計に拍車をかけた。
「けーけー、け、ケア島っ」
「鰻茶漬」
「け……慶応義塾大学っ」
「草裏紅茸」
「けぇ……経過水素!」
「総本家」
「え、そんなのありかよ……えーと、軽トラック」
「口紅茸」
「またキノコ⁉ け、けけ……軽減税率?」
「剱岳」
「……お願いします。もう『け』はやめてください…………」
「別に難しくないだろう。アレを言えば一発で終わるんだからさ」
「アレ? アレってなんだよ」
「さあ? 自分で考えてみな」
「えーと、タイム」
「認める」
腕を組んでちょっと考えてみる。ゴルシが言うアレとはなんなんだ? 『け』縛りをするということは、つまりあいつが言ってほしい言葉は『け』から始まるということになる。だけど、『け』から言ってほしい事って言われても全然思いつかない。
「はぁ……ヒント、ほしいか?」
「うん」
俺が悩みに悩んでいると、ゴルシが意味深はヒントをくれたので、俺は迷ずそれを求めた。
「アタシからは絶対に言わなくて、アタシがオマエから聞きたい言葉」
「……えーと、つまり?」
「あとは自分で考えろ……バカ」
そう言ってゴルシはそっぽを向いてしまう。
お前が絶対に言わなくて、俺から聞きたい言葉。そしてそれは『け』から始まる言葉……。え、それってつまり……そういうことか?
いや、確かに俺達は……待て。そもそも俺達って付き合ってるのか? いつも一緒にいるから考えたことなかったけど、俺達ってそういう関係になるのかな。
俺は……ゴルシとこういう関係になってから彼女がいつも傍にいることが当たり前だと思っていた。それが当然のことだと認識している。
いつかはそういう日が来るんじゃないかって考えなかった訳じゃない。でも、別に今と変わらないんだから、このままでいいんじゃないかって思ったりもした。
だけど……よくよく考えてみれば、俺達はお互いに対してそういう言葉を言ったことはないんだよな。恥ずかしいとかそういうのじゃなくて、やっぱり互いにいるのが当たり前だと思ってるから。
俺は……ゴルシのことが好きだ……うん、俺はあいつが好きだ。心からそう思ってる。きっと彼女も同じ気持ちのはずだ。
ああ、だからここに来たのか。地球を出て月を経由してまで宇宙遊泳をしにやってきたのは、誰もいない二人だけで話したかったからなんだ。
それにしたって、自分からは絶対に言わないって……まあここは俺が言うべき所だよな、うん。
ヘルメットの所為で頬を掻けないのがもどかしい。俺は離れていたゴールドシップを掴んで抱き寄せた。
コツンっと互いのヘルメットが当たって、彼女の顔がよく見えた。
「やっと分かったか」
「お、おう」
「じゃあ、早く言えよ。時間……ないし……」
心なしかゴルシが珍しく照れているように見える。そして俺も……多分、同じ感じなんだと思う。そんな気持ちが高揚してい中で、俺はあの言葉を伝えた。
「結婚しよう」
「──うん」
負けたはずの彼女は今までに見たことないぐらい素敵な顔をしていた。
「──おい起きろ!」
「──ぐへぇ!?」
腹部に痛みを感じて意識が覚醒した。痛みを堪えながら声がした方を向けば、ゴルシが俺を仁王立ちしながら見下ろしていた。
「お、お前いきなり何すんだよぉ…………」
「いくら電話しても出ないからアタシが直々に来てやったんだッ。そしたら呑気に寝てやがって」
「寝てた……?」
「おう」
言われて辺りを見回せば、そこは旅館の一室だった。
そうだ、俺は……夏合宿でよく利用していたあの旅館にみんな……と来ていたんだ。旅館に着いて、部屋に案内されたあと荷物を下ろしたあと……急に眠くなって寝てしまったのか……?
ダメだ思い出せない。
ただ覚えているのは──。
「俺さ、しりとりでお前に勝ったと思うんだけど」
「は? 何言ってんだオマエ。もしかして強く蹴りすぎて頭がどうかしちまったかな」
「あーダメだ。まだ記憶がこんがらがってる。……ここ地球だよな?」
「地球じゃなきゃどこなんだよ」
「んー宇宙……」
「オマエの目の前にいるアタシは誰だ」
「俺のウマ娘のゴールドシップだけど」
「よし、問題ないな」
「えぇ……」
正常かどうか確認する方法が自分をちゃんと認識できているかの質問だとは恐れ入った。
「ほら。さっさと行こうぜ。みんなオマエの事待ってるんだからさ」
「……」
何故か俺はゴルシが伸ばしてきた手をジッと見つめていた。ゴルシがこんな風にしてきたことあったかと思いながら過去の記憶を掘り起こす。
いつもと同じようにそう言ってはずいずいと人を置いて先に歩いていくような女だったような気がする。
だけど、たまにはこういう時もあってもいいか。そう思って彼女の手を掴んだ。
「安心しろって」
「ン?」
「アタシはずっとオマエの傍にいるからよ」
そう言うゴルシに手を引かれて俺は旅館の外に向かって歩き始める。
俺は歩きながら先程の言葉の意味を考えていた。いや、考えるまでもないだろう。きっと少し前の俺だったら分からなかったかもしれないけど、今ならその言葉の意味が分かるような気がする。
その答えが分かると、俺の手は無意識にゴルシの手を強く握っていた。
玄関まで来て靴に履き替えて外に出る。すると目の前には青空の下で、俺達を待っているみんなの姿があった。
「お、やっと来たぜ」
「もう。アタシ達を待たせるなんていい度胸してるじゃない」
「たまには待つのいいんじゃないかしら」
「そうですよ。まだまだ時間はたっぷりあるんですから」
「そうそう。これからみんなでたくさんの思い出を作るんだから!」
「ふふっ……むしろ時間が足りなくなりそうな気がしてきたね」
「肯定。時間は有限です。なのできちんとプランを立てるべきです」
「そうだな。まずは……みんで一緒にご飯でも食べに行こうじゃないか」
「おっと。ちゃんと紅茶があるお店を選んでくれたまえ。私はそれに関してはうるさいんだ」
「……とりあえず、静かで落ち着ける場所がいいです……あと美味しいコーヒー……」
「唖然ッ。まったく、キミは成長という概念がないのか」
「まあまあ。そこもまた彼のいい所じゃないですか」
「でもさ、これじゃ先が思いやれるよ」
「全くもってその通りですわ」
「やれやれ。気持ちは分かるがそう言ってやるな」
「そこに関してはみんなで考えていけばいいと思いますよ」
「そうですよ。ほら、お二人も早く来てくださーい!」
まるで願いが叶ったような光景が広がっていた。世界で一番我儘で、身勝手で、贅沢な願いが。本来なら絶対にこんなことあり得ないはずなのに、だけど確かにそれは目の前に存在している。
なんでそうなったのか、もうその答えを知っている。
だから俺は隣にいる彼女に振り向いて言った。
「ありがとう、ゴルシ」
「何言ってんだよ。ちゃんと約束したろ。オマエの人生をイヤって言わせるぐらい楽しくしてやるってさ」
「ちなみにだ。俺は一度だってイヤだなんて言ってないぜ」
「そうだったか?」
「そうだよ。だからさ、ゴルシ」
「ン……おわっ」
俺は油断していたゴルシの隙をついて彼女を抱きかかえて歩き出した。
「これからもよろしくな」
「当たり前だろ。アタシは──オマエのウマ娘なんだから」
そして俺は歩き出す。
みんなと一緒に未来へ向かって。
Fin