どけ!トレーナーの隣はわたしだ杯   作:ししゃも丸

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「ここで4番サイレンススズカの登場です」
「落ち着いていますね。これは期待が……おや、ポケットからなにか紙を取り出しました」
「……えーと、あれは婚姻届だ!! すでにトレーナーさんの名前も書いてあります」
「レースに勝ってそのまま役所まで大逃げ、ということでしょうか」
「あとはトレーナーさん印鑑を待つのみのようです」


第4R サイレンススズカ

 

 

「レースで前に誰もいないまま走りきるなんてそうそうあることじゃあない。でもお前は違う。お前は最後まで孤独で、誰よりも自由なんだよ、スズカ」

 

 あなたが言ってくれたこの言葉は私を励まし、強くし、いつしか呪いになった。

 最初はあなたの言葉通りだと思っていたんです。だけど、最近は違うんだって気きました。

 孤独だとあなたは言っていた。

 たしかにレースではみんな一人で、先頭の景色をみるために走っている。私も最初はそうだと思っていた。

 でも、私は一人じゃない。あなたがいつも私を見守っていてくれる。それだけですぐ傍にいるように思えるんです。

 だから私は誰よりも先の景色をあなたと見ていられる。

 誰もいない私たち二人だけの世界。

 

 なのになんで──

 

 私が見ている景色にあなた以外の影があるんですか? 

 

 

 

 

 

「あなたは素晴らしいウマ娘よ。今の走りもいいけど、私のチームに入ればもっと速く走れるわ!」

 

 トレセン学園に入学して初めての選抜レースを1番で走り終えた後、多くのトレーナーさんが私を囲むように似たようなことを口走っていた。

 この時の私はそこまで難しく考えていなくて、ただ自分がもっと速く走れるならばと最初に話しかけてきてくれたトレーナーのお誘いを受けました。

 

 結果から言えば、その日から私のレースはできなくなった。

 私のしたいレースではなく、トレーナーが望むレースばかり実践させられてしまった。

 この時は自分でもなんで思うように走れないのか、どうしてトレーナーの言われた通り走っているのになんで脚に力が入らないのかわからなかった。

 原因もわからずスランプが続いたある日、一人のウマ娘が私に声をかけてきた。

 

「なあ、なんでスズカはそんな辛そうに走るんだ?」

「え? えーとあなたは……もしかして、あのゴールドシップ?」

「アタシは常に進化し続けているからどのゴルシちゃんかわからないけど、たぶんそのゴルシちゃんはアタシのことだな!」

 

 ああ、やっぱりあのゴールドシップなんだ。

 彼女の名前はこのトレセン学園では有名だ。神出鬼没、奇想天外、ウマ娘界のトリックスター、1秒前と言っていることがコロコロ変わる女などなど。

 要約すれば、ゴールドシップに目をつけられたら彼女に祈れと言われるほどのウマ娘らしい。そもそもなんで神様じゃなくてその本人に祈るのかちょっとわからないけど。

 

「どうして私が辛そうに走って見えるの?」

「だって、前のスズカはこうビューンって走ってただろ? なのにいまはガガッガガッって感じじゃん」

「よ、よくわからないわ」

「車でいうとギアがうまく入らなくて加速できない感じだな」

 

 そういわれてようやく彼女の言いたいことが少しだけイメージできた。それよりもちゃんと説明できるなら初めからそう言ってほしい。

 ああ、なるほど。これがゴールドシップなんだ。周りのウマ娘が彼女と話すだけで一苦労しているという話を身に染みて理解しはじめた。

 

「あなたの言いたいことはその、少しはわかったわ。けど、どうして私にそこまで気にかけてくれるの? あなたとこうして話すのは初めてなのに」

「そりゃあアタシのトレーナーがスズカを気にかけて──―やっべ、アイツの名前言っちゃいけないんだった!」

「え、それって……」

「おっと3分経ったからゴルゴル星に帰らなければ。チャオ!」

 

 言うだけ言ってゴールドシップは嵐のように去っていき私は一人取り残されたのだった。

 

 

 

 翌日。

 私はゴールドシップの言葉が気になって彼女のトレーナーを探すべくトレーニング場を訪れた。ここには多くのウマ娘達が日夜トレーニングに励んでいる。そんなバ場にある観客席の片隅で一組のトレーナーとウマ娘が目に入った。

 あの長い芦毛の髪をしたウマ娘は間違いなくゴールドシップ。となるとその前にいるのが彼女のトレーナー? 

 

「でも、なんでトレーニングじゃなくて将棋?」

 

 ゴールドシップは将棋盤をじっと睨んでは駒を動かし、悪い手がくると腕を組んでいてなんだかそれっぽい。対してトレーナーは片手で本を読みながら適当に打っているように見える。なんでこうも対照的なんだろ……。

 きっとアレにはとても深い意味があって、私には考えつかないトレーニング方法なのだろう。そう思い少しばかり遠くから観察していたのだがあまり参考にならないことに気づいてしまった。

 本当にただ将棋を指しているだけでトレーニングのトの字もない。唯一わかったことと言えばゴールドシップは連敗続きのようで、ついにはうなり声をあげてどこかへ去ってしまった。その時一瞬だけこっちの方向を向いたのは偶然だろうか。

 呆けているのも束の間、私は一人になったトレーナーに先日の言葉の意味を問いただすべく声をかけた。

 

「あ、あの、ゴールドシップのトレーナーさんですよね」

「そうだが……君はサイレンススズカだね。俺に何か用か?」

「昨日ゴールドシップがあなたが私のことを気にかけているって言っていたので。それを聞きに参りました」

「はあ、あのおパカが。俺の名前出すなって言ったのに」

「それで! 担当でもないのにどうして私が辛そうだって思ったんですか。たしかに最近はレースも勝てなくて、練習だって満足にいっていません。何か知っているなら教えてほしいんです!」

 

 彼は話すべきか悩んだのか髪の毛をくしゃくしゃと掻きはじめ、私の真っすぐな目に打ち負かされてようやく話してくれた。

 

「はじめにだ。君のトレーナーを侮辱するわけではないことを念に押しておく」

「はい」

「それでだ。ハッキリ言って彼女の指導は君に合っていないように見えたからだ。彼女の指導はウマ娘に合う自分の考え、理論を身に着けさせるみたいな感じだな。トレーナーの視点だからこそ見えるもの、分かるものもある。故にそういう指導を君にしたわけだ」

「つまりトレーナーの指導は間違ってるってことですか?」

「そう焦るなって。俺だってそういう時もある。だけど、俺の指導は基本本人の自主性を重んじるというか、まあ大雑把に言うと放任主義なんだよ。やりたいようにやらせてる。もちろんちゃんと指導はする時だってあるぞ? そういう指導の違いで俺には君のトレーナーとは違う視点が見えるわけだ」

「というと?」

「君は逃げを得意とするウマ娘で、それも大逃げだ。語る必要のない速さにそれを可能とする尋常ではないパワー。だからこそ彼女は君にそういう指導をさせた」

 

 すべては私の選手生命を守るため──そう彼は言った。

 今のような走りを続けていれば、いずれ脚に故障を抱える。これだけの大逃げを可能とする脚があるならば、中盤または終盤まで脚を温存しここぞというタイミングで大逃げをすればいい。

 だけど、肝心の私がそれにまったく適応することができず、逆に不調の原因となってしまったと。

 

「そうだったんですね。私、なにも考えずにトレーニングしてました」

「サイレンススズカ。君は自分の走りたいように走るのが1番いいんだ。騙されたと思って一度走ってみるといい。頭を空っぽにして、全力で走ってみろ。きっと君がかつて見ていたモノが見えるはずだ」

 

 私は彼の言われるがままにバ場へと向かう。

 スタート地点に立って、大きく深呼吸……そして地面をぐっと蹴って駆け出した。今までしていた走りではなく最初から全力全開。すると驚くぐらい体が呼応している。これを待ち望んでいたかのように体が軽い。風を引き裂きながらただ走って走って走って……。

 

 ──見えた! 

 

 私は、私が見たかった景色を、走りを取り戻すことができました。

 一周では満足できなくて、もう一周だけ走ってから彼のもとに戻ると優しく迎えてくれた。

 

「もういいのか?」

「はい。失くしていたものを取り戻しましたから。本当にありがとうございます。これでまた私は走れます」

「それがトレーナーの仕事なんでな。ま、担当じゃないけどね」

「ふふっ。ところで、最後に一つ聞いていいですか?」

「どうぞ」

「ゴールドシップとしていた将棋も彼女のトレーニングなんですか?」

「あいつからやろうぜって言われて付き合っただけだから」

「ええっ! そ、それでいいんですか?!」

「さあ?」

「はあ……」

 

 彼は確かにさっきウマ娘の自主性を重んじるとか、やりたいようにやらせると言っていたのに、肝心の担当であるトレーナーがわからないって。

 折角の恩人の前だというのに私は大きなため息をつきながら肩を落とした。

 

「けどまあ」

「?」

「あいつにとっては、それがトレーニングなんじゃないかな」

 

 結局のところ。

 ゴールドシップのトレーナーは彼女と同じくらい何を考えているのか分からない雲のような人だということが、今日の最大の収穫でした。

 

 

 

 

 月日は流れ、私は以前所属していたチームから彼のチームへと移籍しました。元トレーナーとちゃんと話し合って互いに納得した上で。

 それからの私は速さに益々磨きがかかり、チーム内でも中々追いついて来れるウマ娘はいませんでした……というわけではありません。同じ逃げを得意とするミホノブルボンや怪物と呼ばれるオグリキャップ、気づいたら私の後ろを走っているゴールドシップと毎日張り合いのあるトレーニングをしています。

 まだスぺちゃん達をはじめとした後輩たちにはまだ追いつかれはしないけど、きっといつか私の隣を走るんだろう、そう思うと嬉しい気持ちもあった。

 

 そしてトレーナーさんだ。

 気づけば私は自然とあの人を目で追うようになるぐらい彼を意識し始めていた。トレーニングで走る時も、レースの最中で見える景色の向こうにあの人が映るほどに。

 これが恋なんだと気づくのにそう時間はかからなかった。

 ウマ娘が担当トレーナーに恋に落ちるという話はよくあると聞く。時にはそれが浪漫ある物語だったり、愛憎劇となる話もあるぐらいには。

 私の場合はきっと前者だ。トレーナーさんと出会ってから私はもっと速くなって、レースだって常に1番なのだ。これでそれっぽい感じの雰囲気で告白をしたら──想像するだけで頬が緩んでしまう。

 

「今度の天皇賞で勝ったら、一緒に来てほしいって言うんだ」

 

 

 次のレースが終わり次第私は海外遠征へいくことが決まっていた。これは元々私からトレーナーさんに相談したものだった。自分の力が海外のレースでどこまで通用するのか、一人のウマ娘として新たな目標にチャレンジしてみたくなったから。

 トレーナーさんの交友関係は広いもので、海外遠征の大まかな段取りはすぐに整って、向こうでの生活も彼の友人がサポートしてくれるらしい。

 だけど、トレーナーさんは一緒には来れない。そんなの考えるまでもないこと。けど、私はまだ諦めきれなかった。

 どうすればいいかと悩んだけど、答えはすぐに見つかった。

 

 ──恋人になればきっとトレーナーさんは付いてきてくれるに違いない。

 

 そのために今度の天皇賞は絶対に負けられない。1番をとって、トレーナーさんも手にいれて、海外で二人で新しい景色を見るんだ。

 

 しかしそれは叶わなかった。

 レースの最中、私は3コーナーを回ることなく気づけば芝の上に倒れていたから。

 

 

 

 

 結論から言えば、私はレースの中で左足首を骨折したらしい。けど、みんなが言うには最悪の事態は避けられたのだと言う。

 その報告は私にとって朗報であり悲報だ。

 治療に専念すればまた走れるようになる、これは別にいい。私はまたあの場所を走ることができるのだから。

 けど、私の告白はすることすら叶わずに終わり、さらに海外遠征の計画も挫折した。こんな状態でトレーナーさんに告白したらどうだろう。もしかしたら同情して受け入れてくれるかも。

 

「……いやだ」

 

 そんなお情けであなたが欲しいんじゃない。

 私は、勝ってあの人を手に入れるんだ。その熱意が心を死なせず、むしろ絶対に帰ってくるという決意に変わった。

 だからみんなが帰ったあと、トレーナーさんと二人きりになって私は伝えた。

 

「トレーナーさん。私、泣き言なんて言いません」

「スズカ?」

「絶対に治します。いくら時間がかかっても、どんなにリハビリが辛くても、絶対に私はまたレースに出ます。だから……復帰したレースで1番をとったら伝えたいことがあるんです。聞いてくれますか?」

「いつまでも待つさ。サイレンススズカがあの場所に戻ってくるのを」

「はい!」

 

 それからリハビリの日々が始まった。ギプスがとれたとき、久方ぶりに両足で歩いた感覚はかつてのものと違っていた。医師からまだ走ることは禁止されていて、それでもトレーナーさんが何度も専門医と相談して可能な限りのトレーニングを開始した。

 ようやく走ることが許可されてからがある意味本当の地獄のはじまりだった。失った筋力を取り戻すためにできるだけ左足に負担をかけないトレーニングをしてきた。

 けど、すでに私の左足は別物になっていた。それでも耐えた。耐えて耐えて耐え抜いて──すべてはあの景色をもう一度見るために耐えた。

 そして──

 

『復活! サイレンススズカ1番でゴールです!! 出遅れで最後方からのスタートでしたが彼女の速さは死んでなどいなかった。昨年の天皇賞から1年1か月。サイレンススズカ、奇跡の復活です!!!』

 

 復帰レースで私はあの日天皇賞でとるはずだった1番を手にした。

 震えが止まらなかった。涙が止まらなかった。

 みんなも泣いて喜んでいた。トレーナーも笑って迎えてくれた。過去最高のウイニングライブも演じられた。

 そしてトレーナーさんと二人きりになって、ようやく私は伝えたかったあの言葉を口にした。

 

「トレーナーさん、私と一緒に来てくれませんか?」

「……それは海外遠征のことか」

「はい! トレーナーさんが一緒に来てくれたら私、絶対に負けません。それにトレーナーさんは私に先頭の景色を見せてくれた。だから今度は私がトレーナーさんに新しい景色を見せてあげたいんです。だから、だから……私と一緒に──」

「……それはできないんだ、スズカ」

「──え?」

 

 たった一言で私はまるで地の底に落ちたような感覚に陥った。

 

「俺がお前の担当だけだったらそれでよかったかもしれない」

 

 やめて。

 

 どうしてそんなこと言うんですか。

 

 やだ。

 

 その先は聞きたくありません。

 

「俺はお前だけのトレーナーではいられないんだ。わかってくれと、納得してくれとも言わない。ただそれだけは──」

「──凱旋門賞には付いていったのに私はダメなんですかっ」

「そうだ」

「っ……」

 

 言い訳ではなくただそれを認められては何も言い返せなかった。

 あの時はみんなが反対した。なんでトレーナーさんがついていく必要があるんだって。でも結局私たち全員が納得した、受け入れてしまった。だからこの場であのことを非難する権利は私には持ち合わせていない。

 

「リハビリ、がんばったんです」

「知ってる」

「ようやく走れたのに全然うまくいかなくて、それでも今日までがんばってきたんですっ」

「わかってる」

 

 トレーナーさんには自分の言った言葉に同情とか後悔なんてなくて、ただ本心を言うだけ。だからこそ余計に心に響いた。

 だから言ってしまった。言わないようにしていたことを。

 

「……もし、あの時勝って同じことを言っても答えは変わりませんか」

「ああ」

「わかり、ました……私、帰ります……」

「スズカっ!」

 

 背を向けて歩き出した私を見て勘違いしたのか、トレーナーさんの声に緊張が走っているのがわかった。

 いっそ、それを演じてみようと思ったけどやめて振り向くことすらせず私は伝えた。

 

「すみません、もうこれ以上トレーナーさんの顔も、声も、見たくも、聞きたくもないんです。でも、明日にはいつもの私ですから……お休みなさい」

 

 ああ。これが浪漫ある物語だったらきっとあの人は走って私を背中から抱きしめてくれるのかもしれない。

 それが叶うならどれほど幸せなことなんだろう。

 けど、あの人は絶対にそんなことしない。

 トレーナーさんは私を見てくれるけど、傍にはいてくれるけど……私の隣にはいない。

 なぜ? 

 恋人じゃないから? 

 ううん。恋人じゃだめなんだ……恋人じゃ、トレーナーさんは私を見てくれない。

 

 翌日。

 私はいつものサイレンススズカに戻った。

 その日を迎えるために。

 

 

 

 

 

 それから月日は流れ、私は海外遠征をやめ国内に留まった。あの人が隣にいないのなら行く価値がなくなってしまったから。

 けど、それももうおしまい。

 このレースに勝てばようやく海外へ行くことができる。邪魔なウマ娘たちからも離れられて一石二鳥です。

 レースに勝ったらこれを持って役所にいくんです。

 二人の名前が書いてあるこれを持っていけば、私たち夫婦になるんですよ。

 私、わかったんです。恋人じゃダメだからトレーナーさんは私を受け入れてくれなかったんですよね? 

 だから夫婦になればいいって。すごく簡単なことだったんです。

 だって──

 

「夫婦になればずっと一緒ですよ、トレーナーさん」

 

 




「で、トレーナーさんアレ自分で書いたんですか?」
「たぶん何かの書類に俺のサインが必要だって言われて、とくに何も見ずに書いたやつかもしれません」
「目が腐ってるってレベルじゃありませんよ」
「特に疲れがね……サインって言われると無意識に書いてしまうんですよ」
「それにしても他のウマ娘たちは冷静ですね……ん? あーーーっと! 他のウマ娘も似たような紙を見せびらかしはじめたーー!!」
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