どけ!トレーナーの隣はわたしだ杯   作:ししゃも丸

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「5番はミホノブルボンです。ゲート入りしてから相変わらずのポーカフェイス。何を考えているのでしょうか」
「サイボーグとも噂されているミホノブルボンですからね。おそらく脳内でレースのシミュレーションでもしているのでしょう」
「にしては彼女の勝負服の飾りがピンク色に何度も点滅していますが」
「卑しいウマ娘ランキング上位選手ですから、きっと『自主規制』なシミュレーションをしてますね、アレは」


第5R ミホノブルボン

 

「君は短距離において素晴らしい才能を持っている。なのに三冠ウマ娘になりたい? やめなさい。それはキミの才能を殺してしまう」

 

 マスターを筆頭に大勢のトレーナーが私の夢を不可能だと断言した。短距離ならば私は100%の確率で素晴らしいウマ娘になる、そう続けて言う者もいた。

 それを決定づけたのは私のスタミナが要因だということはすぐに特定できました。当時の私は2000mの中距離はおろか1600ⅿも満足に完走できず、そんなウマ娘がどうやって3冠を取れるのかと何度も言われ続けました。

 

 しかし、私はそれを受け入れることなど到底不可能。感情も希薄で自主性もあまりない私が唯一譲れないのが「三冠ウマ娘」になること。周りの人達が何度説得を試みても、断固として私はまた抵抗を続けていました。

 

 父と私の夢。

 

 これだけは譲ることのできない私の、私の……我儘です。

 

 夢と現実の板挟みにあっていた時、私は一人のトレーナーと出会いました。別に顔に出していたわけでないのですが、彼には私が思い悩んでいたように見えたそうです。

 私はただ好奇心で言いました。

 

「マスターも他のトレーナーも三冠ウマ娘は無理だと言われました。あなたもそう判断しますか?」

「え、短距離ウマ娘を三冠ウマ娘に?」

「肯定」

「出来らあっ!!」

「今の発言は冗談だと判定。不用意にそのような発言をするのはよくないと進言します」

「キミの三冠ウマ娘だって冗談にしか聞こえないがね」

「否定。私のは冗談ではありません。それ以上の発言はさすがの私も……そう、これは怒りです。私も怒ります」

 

 父と私の夢を軽々しい発言で貶されて、はじめて怒りという感情が芽生えました。そんな私を前にしても、彼は顔色変えず言いました。

 

「マジじゃなきゃ、出来るなんて言わないさ」

「……あなたなら私の夢を叶えられる、そう言っているのですか?」

「キミにその気があるなら」

「状況分析……完了。現在の状況から私の夢を遂行するためにこの提案を受け入れるべきと判断します」

 

 答えを出すと、一瞬彼の口角が少しあがったように見えた。

 

「自分の限界を超えろミホノブルボン。お前の敵は、常識だ」

 

 奇しくも私が彼に抱いた初めての感情が「怒り」でした。まさかこれが後に「愛情」へと変わるとはこの時の私には考えられないことでした。

 

 

 

 

 坂路トレーニング。

 それが彼が私に命令した三冠ウマ娘になるためのトレーニング。坂路コースは傾斜がつけられたトレーニングコースで、バ場材にウッドチップを使用しているため脚への負担が少ないのが大きなメリットとされています。

 ただ坂を駆け上がる。これを繰り返すことで私のスタミナ不足を克服するのがこのトレーニングの目的。

 

「はっ……はっ……はっ……」

「がんばれ! もう少しだ!! 根性だー!!!」

 

 何度も何度もコースを往復している最中ずっとゴールドシップは並走しながら応援していました。最初は鬱陶しく耳障りで練習の邪魔だと何度も口に出さずに我慢していて、いつしかその声援に耳が慣れるぐらい私の集中力は極限までに高められていました。

 その頃になると私はあることにひとつ気づいてしまったのです。

 ゴールドシップは長距離レースにも出るウマ娘と聞いていましたので、彼女のスタミナは私の比にならないのは理解していました。

 ですが、ゴールドシップは応援しながら私と並走し、時にはバカにしているのかお菓子を食べながら走っており、彼女は計算では測れないウマ娘だと再認識した瞬間でした。

 

 

 

「中距離2000ⅿのレースに出走、ですか?」

「そうだ。これで結果を出すことができれば周りも、なによりもお前自身の考えを改めさせるタイミングにはちょうどいいだろ」

 

 彼の言葉は至極当然。

 すべては結果です。いくら目標を、夢を語ろうと結果を出さなければ誰も納得はしません。このレースはある意味私の未来を決めるレースと言ってもいいでしょう。

 私は出走することを伝えると、彼は後ろめたそうに言いました。

 

「それにこれ以上部外者の俺が指導するのは問題だからな」

「すみません」

 

 その言葉に私はすぐに謝罪の言葉を述べた。今日まで私はマスターに自主練習の申請をして今まで彼の指導を受けていました。つまりそれは虚偽の申請をし、さらにあろうことか所属トレーナーではない人間の指導を受けていること。

 彼もそれを理解しており極力バ場には現れずに遠目で私の練習を観察しているぐらいでした。しかし、ゴールドシップが常にいたことであまり意味がなかったようです。

 なので彼の周りに対する視線はあまりいいものではなく、私自身も所属しているウマ娘から冷たい視線を浴びていました。

 けど、彼はそんなの関係ないかのように私の頭を撫でながら、

 

「レースに勝つやつが謝るんじゃない」

「──はいっ」

 

 この時の私はいい顔をしていたとあとでゴールドシップから聞かされました。

 

 父以外の男性に撫でられたからです。

 

 と、回答をしたら彼女に笑われてしまいひどく納得がいきませんでした。

 

 

 

 そして肝心のレースですが、トレーニングの成果もあり余裕の勝利……ではなく、辛勝という形で1番をとることが叶いました。

 その場に訪れていた誰もが私の勝利に目を疑っていて、もちろんマスターもそうです。唯一私の勝利を確信していた二人だけは別ですが。

 レース終了後、マスターがいまだに信じられないかのように半信半疑で話を始めた。

 

「中距離レースに出る、そう聞いたときは耳を疑った。それでも私が出走を許可したのは、これで負ければ諦めがつくと思ったからだ」

「それは、予想していなかったわけではありません」

「だろうな。結果だけを見れば、私の見る目がなかったということだ。で、見る目があったトレーナーのキミはさぞ鼻が高いんだろうね」

 

 それが嫌味を込めて言ったことだと私にもわかりました。ですが彼はそんなこと知らんぷりな態度で返答しました。

 

「なんのことです? 私は偶然彼女と同じバ場にいたうちのじゃじゃウマを見ていただけですよ」

「じゃじゃウマ、か」

「ええ。じゃじゃウマです」

 

 その当人は話に興味がないのか、ルービックキューブに夢中で見向きもしていませんでした。

 

「そういうことにしておこう。だが、今回の件でキミには心底愛想がつきた。私から申請したのならともかく、勝手に他チームのトレーナーの指導を受けていたのだからな。手続きはこちらでしておく。あとは、キミの好きにしなさい」

「あっ……ありがとう、ございました」

 

 周囲の目もあるからだろう。それがマスターなりの私への最後の命令だと悟り、背中を向けた彼に深く頭を下げた。

 

「それとこれは独り言だが……。あまりやりすぎない方がいいぞ。彼女のこともあるが、キミのこともよく思わない人間は多い。気を付けることだ」

「──私たちはここに所属している同僚であって仲間でない、と思っていますがね」

「確かにその通りだ。まあ、がんばりなさい」

 

 私にはその言葉の意味が理解できなくて、かといって聞くこともできず、この会話の真意はわからないままになってしまいました。

 

「まあ、そういうわけらしい。明日からまたよろしくな、ブルボン」

「はい、よろしくお願いします。マスター」

 

 こうしてマスターの正式なウマ娘となり、マスターをマスターと呼んだ初めての日でもありました。

 

 

 

 

 マスターのチームに所属してから数年たったある日のこと。

 その晩、私はふとウマッターで自分のことを調べてみたい好奇心に駆られてしまいました。別にウマッターでなくともウマ娘新聞やネット記事を見ればいいのですが、こういったSNSでは常に新鮮な情報が毎秒と飛び交っているので、リアルタイムで知りたかったというのが1番の理由でした。

 ただ……。

 

「お前ら、絶対にウマッターとかで自分の名前検索するなよ。フリじゃねぇからな!」

「おっけーグーグル。へいSiri! ゴルシちゃんについて教えて!」

『すみません。わたしには理解できません』

「……ふっ。AIごときがこのゴールドシップ様を理解できるはずもないかーそうだよなーうん!」

「いや、的確だろ──ごふっ?!」

「──ひと言余計だぞ♡」

 

 そんなこともあって今日までマスターの言いつけを守っていたのですが、とうとうそれを破ってしまう日が来てしまったようです。

 

「すみません、マスター。私は好奇心を抑えられません」

 

 ──ミホノブルボン

 早速自分の名前を検索すると早速でてきた。

 

「情報収集開始……ふむふむ」

 

 ぱっと見て最近つぶやきだと、可愛い、速い、これで元々短距離ウマ娘だったとは思えないなどなど、ついにやけてしまうものばかりでした。

 そんな中、あるつぶやきを目にしてしまいました。

 

 ──ミホノブルボンの勝負服えっちじゃね? 

 

「……?」

 

 えっちとはどういうことでしょうか。えっちとはエッチ……つまりH、エロスのことを言っているのでしょうか? 

 しかし、私の勝負服はレースに最適化されています。他の方の勝負服と比べれば装飾が少ないので華がないと言えばありませんが……理解不能です。

 ただそのワードが頭から離れず、この悩みを解決すべく翌日マスターに聞いてみることにしました。

 

 

 トレーニング場に訪れるとまだマスターはおらず、代わりに珍しくゴールドシップがすでにいました。なぜか勝負服の姿でサングラスをかけていましたが、それは本来ではありえない光景なのです。

 

「ゴールドシップが一番にこの場所に来る確率0.564%。よって、これは異常事態だと推測します。そもそもなぜ勝負服なのか。トレーニングには適していません」

「ブルボン……ここは、私には狭すぎるとは思わねえか……」

「否定。トレセン学園のトレーニング設備は国内最高峰です」

「囁くのさ。アタシの中のゴーストが」

「あなたはなにを言っているのですか?」

「じゃあちょっと行ってくるわ」

 

 そういってゴールドシップがどこかへ去っていくのと入れ替わりでマスターがやってきた。しかし何か困った様子です。

 

「どうかしましたか、マスター」

「ああ、ブルボンか。俺のサングラス知らないか? 部室に置いておいたはずなんだが見当たらんのだ」

「サングラス? 最近のログにデータあり。つい先ほどゴールドシップがかけているのを目撃。しかし、どこかへ去っていきました」

「あ、あの野郎……壊したらマジでただじゃおかねぇぞ」

 

 こめかみがピクピクと動いてあるのを察するに、マスターはかなり怒っているようです。そんなマスターも大事ですが私の悩みも優先的に解決する必要があります。

 

「マスター。ひとつ教えてほしいことがあります」

「なんだ藪から棒に」

「私の勝負服は……えっち、ですか?」

「──お前、まさか」

「はい。マスターのご推察の通り、私は言いつけを破りウマッターで調べてしまいました」

「命令に忠実なお前がそれを破ったことを喜ぶべきか、それとも怒るべきなのか。俺は複雑だよ……」

「申し訳ありません。ですが、これは急務なのですマスター。私はえっちなんですか?」

 

 ぐいっと一歩マスターの前に踏み出して押し迫る。その距離こぶし一個分。私はマスターを見上げ、マスターは私を見下ろしていて、その顔はどこか頬が赤くなっているのを発見しました。

 

「えっち、かは置いておいてだな。お前の勝負服は……まあ、カッコイイと思うよ? 腰の……よくわからん装飾とか」

「再度回答を要請。それでは私のこのモヤモヤは解消できません」

「じゃ、じゃあ魅力的?」

「そういうことを聞きたいのではありません。マスター、私はえっちなのか、えっちじゃないのかが知りたいんです」

「勝負服の話じゃないのか……」

「それも含まれていますっ。とにかく、はいかイエスで答えてください」

 

 ここはさらに押すべきだと判断。さらに一歩前進。彼我の距離はゼロ。私の胸がマスターの胸板に

 接触。同時にマスターの動揺を確認。予測プログラム起動、マスターを逃さないよう体を固定させます。

 

「答えてくれるまで離しません」

「……えす」

「なんですか。声が小さいです」

「イエスです……」

「なにがですか」

「ミホノブルボンは、えっちです……」

 

 その瞬間、私の脳内サーバーがショートを起こしてしまいました。普通でしたら復旧に数分はかかるところが、私は奇跡的に自我を保つことに成功。よって、さらなる追撃戦に移ります。

 

「マスターの体温、心拍数ともに上昇を確認。つまり、マスターは私に性的興奮をしていると断定」

「待て待て待て。お前さっきから変だぞ!」

「否定。私は正常です。マスターは私をえっちだと認識。つまり、私に対してそ、その……性的行為を望んでいます。即ちはそれは……愛情だと判断。私もマスターに愛情を抱いています。よってこの行動は間違いではありません」

 

 胸の鼓動が速くなっているのを常に確認しています。確かに当初の目的から少し逸脱しているのは否定しません。

 ですがこの胸のときめき、マスターにえっちと言われてかつてない感情の高ぶり。これはまさしく愛情に他なりません。

 私も、その、マスターとそういうことを望んでいる。

 これを愛と言わずなんと呼ぶのでしょうか。

 その答えを教えてくれるかのようにマスターは私の肩に手を置いて言いました。

 

「いいかブルボン。それはお前の言葉で言うなら……エラー、そうエラーとかバグみたいなものだ」

「否定。私は正常。けしてバグによって生じた感情ではありませんっ」

「お前ぐらいの年頃にはよくあるのさ。俺だってあったよ。ちょっとだけ自分が特別扱いされていると勘違いして、その人を好きになっちまうもんさ。特にここは同年代の男子がいなくて、たまたま一番関わりのある男が俺だっただけさ」

「……どうしてそんなことを言うんですか。マスターは私のことがきらい、なのですか?」

 

 愛情から一転。私の感情は悲しみへと変わってしまいました。それも初めてのことです。

 

「そんなことはないよ。けど俺に対する感情は一時的なものだ。お前も、もうちょっとしたらわかるようになる」

 

 結局、私はその言葉が頭から離れなくて練習もせず、夕食も食べずにずっと自室に閉じこもっていました。

 

「バグ、なんかじゃありません。私は……マスターが好きです」

 

 まるで呪文のように私は何度も同じ言葉を唱えて、気づけば眠りについていました。

 

 

『次のニュースです。某所で開かれていたミュージックフェスタにて突如謎のウマ娘が乱入しました。彼女はステージのエレベーターから本来出演するだった○○氏に変わって突然登場。そのウマ娘はかのマイケル氏を彷彿とさせるムーンウォークをしながら一曲披露し終えると逃亡。現在もその行方を追っています。委員会からの公式声明によると、そのようなウマ娘は現在確認されておらず、我々とは一切関係がない、と発表しており彼女の正体にも注目が集まっています』

 

 翌朝、そんなニュースが耳に入ってきましたが特に興味惹かれることなく学園へ登校。その際セグウェイに乗ったゴールドシップがあくびをしながら登校していたので、昨日はただ単にサボっていたのだと判断しました。

 

 

 

 

 

 それから月はまた流れ、私が無敗とはいきませんでしたが念願の三冠ウマ娘の称号を手にしました。そのことを故郷の父に直接報告しにいきたいとマスターに宣言すると、

 

「俺もトレーナー兼教師として報告する義務があるから一緒にいってもいいか?」

 

 まさかの返答に私は即答で了承しました。

 あれからマスターと私の関係に変化はありません。それはつまり、私はまだマスターに愛情を抱いているということ。

 

「エラーやバグではない。私は心からマスターを……愛しています」

 

 けれどそのマスターが私のことをどう思っているかは、未だ不明のままです。

 実家には途中までは新幹線を使いそのまま電車に乗り換え、今ではタクシーを使って久々の帰省となりました。

 当然私の実家ですから他のウマ娘はおらず、マスターとの二人きりでの帰省。内心では緊張と興奮で平静ではいられなかったのですが、当のマスターはいつもの雰囲気で特に変化がなかったのだけは残念です。

 

 久しぶりの我が家につくと、父と母が出迎えてくれました。玄関で軽く挨拶したあとすぐに三者面談が始まりました。

 

「まずはトレーナーさん。この子の夢を叶えていただきありがとうございます」

「頭をあげてくださいお父様。三冠ウマ娘はブルボン、そしてなによりあなたとの夢だと聞いていましたから。それの手助けができて私も嬉しく思います」

 

 普段あまり見ることのない父の態度もそうでしたが、マスターもトレーナーというよりも先生の側面が強くて新鮮でした。

 

「そういっていただけると私も胸を張れます。ブルボンは子供の時からあまり自主性がなくて、三冠ウマ娘になりたい、そうこの子の口から出たときは……本当に……本当に嬉しくて。そしてそれが叶うことができた。ブルボン、本当にいいトレーナーに会えてよかったな」

「はい。マスターは自慢のトレーナーです」

「あ、すみませんね。勝手に身内だけで話してしまって」

「お気になさらないでください。久しぶりの親子との会話なんですから。報告といっても学業も問題なく、選手としても十分すぎるほどの結果を出しているのであまり語ることもなくて。だいたいは資料を見ていただければ問題はないかと」

「そうですか。ところで──トレーナーさんはお付き合いしている人はおりますかな?」

「いえ、いませんが……」

 

 突然父が話題を変えて空気が変わりました。私は平静を保っていましたが、どうやら父はそれを見抜いているのか目線が何度かこっちを見てきます。

 

「ではうちのブルボンはどうです?」

「お、お父さん!」

「この子は不愛想ですが自慢の娘ですよ」

「その、私はトレーナーである前に教師でもありますので、教え子に手を出すのはさすがに世間体がありますというか、お気持ちだけはいただいておきます」

「そうですか。いまはそういうことにしておきます」

「はい?」

「ささっ、長旅で疲れたでしょう。いま料理をご用意しますから!」

「い、いえ。私の用は済んだのでこれで──」

「まあそう遠慮なさらずに!」

 

 なぜか日帰りで帰るはずが父の巧みな話術により一泊することになりました。最終的にマスターも渋々納得し、久々の家族での食事を楽しみました。

 食事を終えたあと、地元と空気が似ているので散歩をしたいとマスターが一人で出て行ったあと、父が私に言ってきました。

 

「ほんと、いい男だな彼は」

「自慢のマスターですから」

「で、どうなんだ? 彼との関係は」

「それは──」

 

 私は父に以前あったことを話すと、腕を組みうなり始めました。

 

「彼の言い分も理解はできる。わたしもトレーナーだったからな」

「つまり、お母さんとそういう感じだったのですか?」

「いや、私は母さんに一目惚れだったよ。まあ、口には出さなかったがね」

「意外でした」

「だろ? ところで、もしかして彼は……人気なのか?」

「人気……モテる、という意味では正しいです」

「それは強敵だな。よし、わたしも手伝おうじゃないか」

「嬉しいのは山々ですがいいんですか?」

「なに。わたしも早く孫の顔がみたいからな」

 

 その日の夜、私は将来のことをシミュレーションしすぎで中々寝付けなかったのは秘密です。

 

 それから父は何かと暇を見つけては地元からこっちにやってきてマスターを誘って食事をしたり、ペアチケットを送ってきて一緒に行かせたりと応援してきました。

 また父のアドバイスで私も積極的に行動するようになり、同時に他のウマ娘達からの妨害もされたりもしましたがこちらも仕返ししたり、そんな日々が続きました。

 

 

 

 

 そんなある日のこと。

 とあるレースの開催が発表されました。どういうわけか1番のウマ娘にはマスターを手に入れられる権利が得られるという謎のレース。しかもすでに出走するウマ娘は決まっていて、そこには私の名前もありました。

 不可解で謎が多いレースですが私は躊躇うことなく出走を決意。

 そしていま、ゲートに入りました。

 周りのウマ娘たちはみんな浮足たっているように見えられます。その点私は至って落ち着いています。

 当然です。私が勝つ確率は99.436%なのですから。

 

 余裕のある私は勝利のその先をシミュレーションしています。勝った暁にはまず父に報告し、そのままマスターのご実家に挨拶にいきましょう。それから色々と段取りを決めて……その、やはりアレは結婚したあとの方がいいのでしょうか。

 私は多分我慢できそうにありません。マスターはどうでしょうか。できればマスターから求められたいものです。

 ん、少し飛躍しすぎなような気がしてきました。

 では、結婚式はどうでしょうか。

 マスターは和風と洋風どちらが好みなのでしょう。

 私としてはここは──

 

「やはりウェディングドレスは着たいところです。ムフフ……」

 

 

 

 

 




「あ、電話だ……?! あ、どうも。ミホノブルボンのお父様、ご無沙汰しております。はい、はい……え? いつ結納するかって? ちょ、ちょっと待ってください!」
「おっと。ここでミホノブルボンのお父様によるインターセプトだ!」
「え? ご飯は和風と洋風どっちがいいか? 私としましてはまあ和風のが好み……って、いやいやいや、式は洋風にする?! 勝手にどんどん話を進めないでくださいっ」
「これに感化されて各ウマ娘達が一斉にゲートを叩いて暴れ始めています!」
「これも計算のうちなのでしょうか。なかなかやりますね、彼女」

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