どけ!トレーナーの隣はわたしだ杯   作:ししゃも丸

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「えー6番はアグネスタキオンです」
「これは意外な展開ですね。何を考えているのかまったく読めません」
「そもそもなぜ彼女がこのレースに参加しているのでしょうか」
「情報によれば例の香水は彼女がつくったとか」
「ああ。あの一部のウマ娘に大人気だというアレ、ですか」
「はい。アレです」


第6R アグネスタキオン

 誰しも何かに、ハマる、ということはあるだろう。

 

 私の場合それは研究が入ると思う者もいると思うが、私にとって研究とはすでに当たり前のことなんだ。人が朝になったら起きて夜になったら眠るように、研究とはそれと同じように生活の一部のようなもの。

 

 そんな私の研究対象というのはウマ娘の肉体向上について日夜研究している。まあ、気まぐれで他のことについて研究することもあるが、基本はウマ娘に関して研究を続けている。本当ならレースなど出ずに24時間研究に没頭していたいのだが、トレセン学園に在籍している以上成果を出さなければならない。

 それはもちろんウマ娘としてレースに勝つこと。

 ただ私はちょっと特殊で、研究の一部で発見あるいは開発したものを提出しているのでちょっとだけ融通を利かせてもらっていたりもする。

 

 とまあ色々語ったが、私──アグネスタキオンというウマ娘はこういうウマ娘なのである。よって研究以外に興味を惹かれることはこの先ないのだろう、そう思っていた。

 

 ほんの数分前までは。

 

 

 

「ふわぁ……はふぅ。いかんいかん。昨日も遅くまで研究に没頭してしまったせいで頭が回らないなあ。それに空腹だ……そうか、朝食をとっていないからか。これは我ながら盲点だった。とりあえず適当にサプリメントで栄養補給でもするか」

 

 欠伸を隠しながら私は学園に提供されている研究室へと向かうことにした。そこには私物も多く置いているので、サプリやカロリーバー……まあ定番なカロリーメイトが置いてある。それでしばらくは持つだろう。

 しかしだ。このペースでは朝のホームルームに間に合いそうにないな……まあ、いいか。委員長であるサクラバクシンオーが『遅刻はいけませんよっ!』と言ってくるだけだ。

 先のことを考えても仕方がない。まずは研究室に急ごう。

 私は角を曲がるタイミングで思わずまた欠伸が出てしまい、ついそれに釣られて目も閉じてしまった所為でこちらに歩いてくる存在に気づかなかった。

 

「はあぁ~~がぁっ?!」

 

 口を大きく開けたまま私はそれにぶつかってしまった。それが人間で、男性だという気づいたのは同時だった。

 

「おっと、大丈夫か」

「あ、ああ。私の不注意が招いたことだ。気にしないでくれ」

「欠伸をしながら歩いてたらそりゃあそうなる。で、キミは……ああ、あのアグネスタキオンか」

 

 そういわれて私も目の前の男性を見上げた……が、映ったのはやや予想より背が高く、ガタイのいい健康的で実にいいモルモットになりそうな男だ。

 ただ目の前の男には偶然であるが見覚えがあった。

 

「そういう君は……あのゴールドシップのトレーナーだねぇ。うん、実に興味深い」

 

 ゴールドシップはここトレセン学園では超が付くほどの有名ウマ娘だ。触らぬ神に祟りなし。しかし当人はまるで自然災害のごとく突然やってくる。ウマ娘はおろか、学園にいる全員が頭を抱えているという。

 対して私もそこそこ有名だという。よく私のことを奇人だという者もいるが、さすがにゴールドシップには負けると思っているよ。

 そしてその彼女のトレーナーであるこの彼もまた有名であった。なにせあのゴールドシップのトレーナーというだけで人は彼を賞賛、時には驚愕の目で見る。

 

「あいつが有名なのは知っているが俺もか?」

「意外と自己評価が低いのかい? 彼女はもちろんだが君のチームにはあのオグリキャップ、サイレンススズカ、ミホノブルボンや多くのウマ娘達が活躍しているんだ。トレーナーとしての君の腕も高く評価されている、と聞いている」

「俺もキミの噂は聞いている。男女問わず実験の対象にした結果、色々とやりすぎて目を合わす前に逃げ出すって」

「ふぅン。いやあ、中々いいモル──実験が怖くて中々協力してくれなくてねぇ。どうだい? 一回ぐらい逝ってみないかい。いまより強靭な肉体になる、かもしれないよ」

「悪いが遠慮しておく。それじゃあ俺はもう行くぞ。お前も自分のクラスに早くいくように」

「はいはい……ん。ちょっと待ってくれたまえ」

「いっ?! な、なんだいきなり人の腕をつかんで」

 

 すれ違う直前私は彼の腕を掴んで強引に引き留めた。彼は引き離そうと必至だが、残念ながらウマ娘の握力で掴まれたらそう簡単に振りほどけはしない。

 私はそのまま彼に近づいて彼の匂いを嗅いだ。

 

「スンスン……この微量なヤニの臭い……君、タバコ吸っているねぇ?」

「びくっ……」

 

 彼の肩が一瞬だけ跳ね上がった。実にわかりやすい。

 それも当然で、ここトレセン学園は全面禁煙なのだ。吸えるとしたらそれはトレーナー寮であるが、ウマ娘はヒト族と比べて聴覚だけではなく嗅覚も優れているため、タバコの臭いを嫌う者は多いと聞く。なので、吸いたくても吸えないのだ。

 

「実に、いやあどうやってここまで臭いを消しているのかは知らないがうまくやったねぇ君ぃ」

「ど、どうしてわかった……一度バレて以来、一日3本しか吸っていないし、消臭も徹底的にしているのにっ」

「ハーハッハッ。ウマ娘でも特に私は研究で色んな臭いを嗅いでいるから他の子より敏感なんだよ。しかしこれは賞賛に値する。きっと私以外ならずっと誤魔化すことができただろう! うんうん、君はよく頑張ったよ」

「……アグネスタキオン。キミにこれをあげよう」

 

 と、彼は満面な笑みでラップに包まれた丸い物体……おにぎりを渡してきた。つまりこれは……賄賂か! 

 

「困るねぇ。こんなもので私が納得するとでも? なに、ちょっとだけ私の実験に──」

 

 ぐ~~。

 

 最悪のタイミングで音がなった。それも私のお腹から。

 私は表情を変えずに立ち尽くしてしまい、なんとか平静を保つために努力をしていたがきっと顔は赤くなっていたに違いなかった。

 対して今度は彼が先程の私のようにニヤニヤと笑みを浮かべているではないか。

 

「どうやらキミの体は素直のようだ」

「い、いや、私からとは限らないんじゃないかなぁ。そういう音を鳴らす虫が通りかかっただけかも」

「虫、ねぇ。確かにそうかもしれない」

「だ、だろ?!」

「だから、今度はそうならないようにちゃんと睡眠と食事をとれ。オグリ用俺特製おにぎりだ。なに、礼はいらない。お相子、だからな」

 

 ポンと肩を叩いて彼は自分のクラスへと駆け足でこの場を離れていった。

 まったく、今日は最悪の日だ。

 

「くそっ。君の所為だぞ。久しぶりにいいモルモットが手に入るところだったのに」

 

 自分のお腹に私は怒るとまた腹の虫が鳴いた。しょうがないと思い、私は渋々彼から貰ったおにぎりをパクリと一口食べた。

 

「……もぐもぐ……ふむ、生姜昆布か。渋いねぇ」

 

 おにぎりは意外と美味しいのが余計に腹が立った私であった。

 

 

 

 

 

 その日の午後。

 私は自分の研究室でただぼーっとしていた。

 なぜか。

 

「実に、実に奇妙だ。なぜか彼の臭いのことばかり考えてしまう。いや、ヤニの臭いが混じっていて独特の臭いだったのは認めるが……」

 

 別にタバコの臭いが初めてというわけではない。今は昔と比べるとタバコに対する規制というか当たりがキツイ時代なのも知っているが、街に出れば風に乗ってどこからかタバコの臭いがするものだ。特にパチンコ店の前を通るときは。

 なのでここまで気になるものではないはず。

 だというのに──

 

「どうしてあの匂い(・・)が頭から、いや鼻から離れないんだ?! くそっ考えろアグネスタキオン。君はできる子じゃあないか……むっ、そうか! 自分でその匂いを再現すればいいんじゃないか!! 天っ才だな私は!!!」

 

 そしてこの時から途方もない実験の日々が始まった。

 

 

 

 たった一瞬だけ嗅いだ匂いを再現する。これは私の研究史上かつてない挑戦だ。

 0から1を生み出すというのは想像以上に難しい。それはいち研究者である私だって理解しているつもりだ。

 まず肝心なモノが二つ。一つは当然あのトレーナーが吸っているであろうタバコの銘柄を特定すること。タバコは銘柄によって匂いも味も変わるという。なので銘柄の特定は急務だ。

 そして二つ目は……彼自身の体臭だ。これはとても難しい課題だ。私が彼のチームだったら入手するのも楽なのだが、こればかりどうしようもない。

 なので。

 

「これも研究のためだからね。仕方がないね」

 

 私は堂々とトレーナー寮の彼の部屋の扉をピッキングしていた。

 どちらかと言えば私は合理的なタイプだと自負しているが、時には研究のために非合理的な行動もすることもあるのだ。

 

「いや。この場合は合理的なのでは? まあどっちでもいいか。さてさて、未知の領域へと入ろうじゃあないか」

 

 扉を開けて中に入る。もちろん指紋を残さないよう手袋はつけているぞ? 

 中に入ると部屋の空気と外の空気が違うことに気づいた。

 

「ん~これは間違いなく彼の匂いだね。一応サンプルとして採取しておこう」

 

 におい袋を使って採集しながら部屋の奥へ。トレーナー寮は確かどの部屋も1DKだったと記憶しているが、その割には彼の部屋は物が少ないように見える。

 仕事用かあるいは普段使いの机がひとつに椅子も一個。台所は元々備え付けの冷蔵庫や電子レンジがあるだけで、調理器具も必要最低限。

 

「それにしたってベッドもない、布団もない、まさかの寝袋とは……」

 

 物を削りすぎているというよりは徹底しているとこの場合は言うべきなのだろう。なんと言うべきか、ここに住んでいない……そう生活感がないのだここは。

 

「──はっ。いかんいかん。彼の生活の詳細など追及しても仕方がないんだ。お目当てのタバコはっと……」

 

 見たところ灰皿が見当たらない。一日三本と言っていたあたり予想ではあるが朝昼晩という配分で、学園内では吸えないとなるとトレーナー寮ぐらいでしか喫煙スペースはないはず。

 

「こっちにないとなると……お、あったった」

 

 お目当てのものはまさかの台所にあった。灰皿には吸い殻が何十と溜まっていて選り取り見取り。

 

「ふむ。換気扇を使って臭いを吸わせていたわけか……さて、いくつか拝借してと」

 

 吸い殻を数本回収してもう一度部屋を見渡す。タバコ以外の物は1ミリも動かしていないので特に不自然だとは思わないはず。ただでさえこの部屋は物が少ないので何かあればすぐに気づかれてしまうことだろう。

 時間的にトレーナーがいることはないだろうが用心深く部屋を出て再度鍵を閉める。私はウマ娘として優れている聴覚をフルに活用しながらトレーナー寮の敷地内から無事撤退することに成功し、そのまま真っ直ぐ研究室へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「か、完成だ……!」

 

 実験開始からはや56時間4分。ついにそれは完成した。

 小さな小瓶に入った少量の液体。傍から見ればそれは一般に売っている香水と何ら変わりはないだろう。

 試しにハンカチにつけてその匂いを確認してみる。

 

「す~~……はぁ~~~~~~~~あっ」

 

 匂いを嗅いでいる恍惚した自分の顔が薄っらと窓ガラスに映るのを見て我に返った。わざとらしく咳払いをして、あの時嗅いだ匂いと比較してみる。

 

「今までのモノより確かにオリジナルに近い。近いが……オリジナルには敵わない、か。ふむ、まああのサンプルだけでよくここまで再現できたんだ。さすが私だな! しかし……これはどうしたものか」

 

 あのトレーナーの匂いを再現した小瓶ともう一つ。同じ容器にこれとは別の液体が入っている。それは私自身の匂いを再現した香水だ。

 別に深い意味はないんだ。ただ、サンプルも少ないしそう気軽に使えないので、試験的にまず自分の匂いの香水を作っただけに過ぎないのだ。

 まあ、あまり自分の体臭がいい匂いだとは思ってはいないんだが。

 

「ふむ。試しに彼にあげてみてもいいね。本人の反応も気になるし」

 

 それにまた間近で彼の匂いを嗅げるしね。

 

 

 

 

「え、これを俺に?」

「この間の礼とでも思ってくれたまえ。それに何をとは言わないがいいカモフラージュになるかもしれないよ」

「何をカモフラージュするかは知らないけど、ありがたくもらっておこう」

 

 この私たちは互いに悪い顔をしていて、今まさに分かりあっていたと言っても過言ではないだろう。

 というわけで、先日のおにぎりのお礼ということで彼に香水を渡すことに成功。断られた場合はどうしようかと思っていたが、素直に受け取ってくれてほっとした。彼のオリジナルの匂いはやっぱりよかったし……。

 

 ん……ほっとした? 

 

 なんでそんな言葉が出たのか自分でも理解できない。

 ただ……喜んでもらえたことだけは確かに嬉しかったのは間違いない。問題ないから問題ないのだ。うん、そういうことにしておくとしよう。

 

「今度は感想を聞くという名目でまた会いに行こう。実に名案だ」

 

 そう言葉に出している時の私は実に気分がよかった。

 

 

 今思えば踏み込んではいけない領域に片足を突っ込んでしまったことを私は気づけなかったのである。

 

 

 

 

 香水を渡してから1週間ぐらい経ったある日、私は予定通り彼に感想を聞こうと学園内を探し回っていた。

 どの時間に会いに行くべきか。これはかなりの時間を要した。

 最初のようにHRの時間あたりが狙い目かと思ったが登校するウマ娘が多い。では職員室はどうかと思えばそこも人が多い。かと言って午後では彼のチームのウマ娘や他のウマ娘もいる。

 そうなると昼休みで大半の生徒が昼食をとっている時間がベストだと判断したわけだ。ただまあ、この時間も他よりはリスクが少ないだけで、彼をいかに早く見つけられるかが最大の難関であるのだが……意外とすんなりとクリアできたようだ。

 廊下の先に部室へ向かおうとしている彼がいるじゃあないか。

 

「うんうん。日頃の行いがいいからだね。運よく見つかった……はいいが、彼女がいるのか」

 

 彼の隣を歩いている長身で芦毛のウマ娘で学園で有名人のゴールドシップが一緒に歩いているではないか。

 どうすればいいかほんの数秒ほど考え──彼女がいなくなるのを待つことにした。

 

 つまりは尾行のようなものだね。

 距離からして5mから10ⅿの距離を保つ。ウマ娘の聴力をもってすればこの距離でも会話は聞こえるのだ。

 

「今日の昼飯なに食うよ?」

「なにってお前はカフェテリア行けばいいだろうが」

「バカだなぁトレ太君は。君のお金で食う飯だからいいんじゃないか」

「ふぁっきゅーゴルえもん。とりあえずどうすっかなあ。抜け出して焼肉食べ放題でも食いにいくか。ランチだと安いし」

「ぐへへっ。旦那、あっしもお供しやすぜ」

「オグリに黙ってるならいいぞ」

「あたり前田のクラッカー……いや、うん。マジで言わない。アレはもう……いやだ」

「あのオグリがご飯を奢るからな……気絶するまで食わされるけど」

 

 ──なにアレ? 

 

 なんだこの会話は。というよりあのゴールドシップがあそこまでトレーナーに従順……従順? いや、普通になんかその……意外過ぎて言葉が出ないぞ! 

 自分の要件なんかよりこのままどういう会話を続けるのか気になった私は尾行を続けることを続行しようとしたその時。

 

「ところでよ。最近言おうと思ってたことがあんだけどさ」

「なんだ急に」

「お前……最近変なニオイ(・・・)するぞ」

 

 おや、これはもしかするともしかするかもしれないね。

 

「え、マジか? いや、ちょうど1週間前ぐらいから香水つけてんだよ。匂いもそこまできつくないし、結構気に入ってるんだ」

 

 おお! 彼はやっぱりあの香水をつけてくれたのか! しかもかなりの高評価だ。うんうん。作った私も実に鼻が高いよ。

 しかし、隣にいるゴールドシップはわざとらしく鼻を抑えながら言った。

 

「いや、やっぱにおうって」

「付けてるっていってもほんの少しだぞ。今日までお前以外に言われたことないし」

「みんなあえて言わないだけだって。言ったらお前、よよよ~って言いながら心折れるだろうし」

「そこまで言うか」

「おう。アタシはいつものお前がいい」

「なんだその、寿司屋みたいな例え」

「つまりそういうことなのだ」

「はぁ、そこまで言われたら流石にな。しゃあない。詫びの品もって返しにいくか」

 

 その言葉を聞いて私の思考は止まってしまった。

 ただ何も考えられずにただ立ち尽くしていた。

 私が意識を取り戻したのは、たまたま通りかかったカフェことマンハッタンカフェがやっとのことで私の名前を呼んだ時だった。

 

 後日。彼は本当に詫びの品をもって香水を返しに来た。

 それがさらに私の心に追い打ちをかけた。彼は何も知らない。それが普通の香水ではなく私の匂いだということに。

 私利私欲のためにやっていた私と違って彼は何も知らない。だからこそ余計に良心が痛む。

 

 気に入っていると言ったとき、すごく嬉しかった。

 だって仕方がないじゃないか。私は今まで他人に何かをプレゼントしたことがないし、それが自分の匂いがする香水でそれを気に入っていると言ってくれたんだ。まるで私自身がそう言われてるみたいで嬉しかったんだ。

 それがもう叶わなくなり、すごく悲しい気持ちになった。

 それは初めての感情だった。

 私はその悲しみを埋めるため、彼の匂いがする香水を枕にかけて顔をうずめた。

 

 ああ、心が安らぐ。すごく気持ちがいい。

 

 タバコとか薬をやっている人間はこのような感覚なのかと思った。

 だからなのだろう。

 

 私は次第に壊れていった。

 

 

 

 

 

「タキオンさん。用って何ですか?」

「いやあ、よく来てくれたねスカーレット。実は君に折り入って頼みがあるんだ」

「はあ?」

 

 ダイワスカーレット。彼のチーム所属のウマ娘の中で唯一まともな交流がある子だ。彼女はまだ中等部ということもあって、先輩の頼みを断れない性格を利用して呼んだ。

 

「実はちょっとこれを嗅いでみてほしいんだ」

 

 ハンカチに彼の香水をつけたものを彼女に渡すと、いかにも嫌そうに言ってきた。

 

「だ、大丈夫なんですかこれ」

「安心したまえ。君もきっと気に入ると思うよ。ささっ、ちょっとだけ嗅いでみたまえ」

「う、うーん。す──……はぁ~~~~~あっ」

「ククッ」

 

 最初に私がなったときと同じ顔。まさに予想通りの反応だ。あらかじめ偵察していた通り、彼女は彼に気がある。だから余計に効果があるのだろう。

 故に私はここで素直に教えた。

 

「いい匂いだろ? 実はそれ、君のところのトレーナー君の匂いなんだよ」

「は?」

 

 恍惚とした表情から一転。スカーレットは私を殺すかのような勢いで睨んできた。しかし私は怯えたりなどしない。話はまだこれからなのだから。

 

「おお怖い怖い」

「アタシのトレーナーに何かしたのならタキオンさんでも許さない。……ちょっと待って。もしかして、少し前にトレーナーから違った臭いがしたのって!!」

「アーハッハッハッハッハッ! その通りだよ。やっぱり気づいていたんだね。だがそんなことはいいんだよ。問題はこれからだ」

「これから?」

「そうとも。スカーレット、それは実にいいだろう? しかしだ。それはまだオリジナルには遠い。だからさ、私に協力してくれないか?」

「きょ、協力? なにを手伝えっていうのよ!」

「実に簡単なことだよ。そうだね、例えば……彼の汗がついたタオルとか、シャツなんかも理想的だ。そういうのを持ってきてほしいんだよ。もちろん報酬をあげよう。それで作った新作を無料で提供しようじゃあないか」

「そ、そんなこと、できるわけ……」

「いいのかい? 大好きな彼の匂いをいつでも味わえるんだ。こんなにうまい話はないよ?」

「……」

 

 結果はもう言うまでもないだろう。彼女はその日から私と共犯者になったわけだ。

 さすがにすぐにとはいかなかったが、まさか本当に汗を拭いたタオルを持ってくるとは思わなかったがね。

 

 

 

 それからは本当に笑いが止まらなかったよ。

 サンプルが増えたから香水を量産出来て、スカーレットが広めたのかそれとも別の要因が関係しているのかは知らないが香水を求めて私のもとに多くのウマ娘が訪れた。無料で提供するのもどうかと思ったので、それなりの良心価格で提供し始めた頃だったかな。

 まさか我らの生徒会長まで来るとは思わなかったよ。

 

「アグネスタキオン。何やら最近景気がいいと聞くが」

「いやあ、これはこれは生徒会長さま。まあお陰様でね。どうです、ひとつ」

 

 顧客用に用意しておいたサンプルを渡すと、一瞬表情が崩れそうになったがそこは皇帝シンボリルドルフ、見事に耐えて見せて指をスッと3つ立てた。

 

「どうもありがとうございます。ああ、ちょっとだけおまけしておきましたよ。次もご贔屓に」

「考えておこう」

 

 まさかあの会長がとは思わなかったわけでもないが、実際の意外だった。まあ彼女が裏切ることはないだろうね。直接私のところに来たということは、それだけのリスクを背負って来ているわけだから。

 

 しかし本当に笑いが止まらないのは、売っている商品はみんな最初に完成した物をちょっと改良しただけのものにしか過ぎないってことさ。

 当然オリジナルに近いモノは独占しているがね。

 これは今までと比較にならないほど純度が高いし、なにより中毒性も段違いなので売れないという理由もあるにはあるが。

 まあ、ただ単に独占したかっただけでもある。

 

 

 きっと第三者が私を知ったら、どうかしている、そう言うに違いない。

 だけど、仕方がないことだったのさ。

 

 私はもう壊れてしまった。

 

 だから何がよくて何が悪いのかよくわかってないし、元々こういう性分だったんだろうね。自分のしたいことずっとやってきただけなんだ。

 いまもこれからもきっと同じようにしていくことだろう。

 

 

 

 

 私は彼の匂いにハマった。しかし、興味や趣味は時が経てば飽きるものだ。

 この場合はこのまがい物に飽きてきたということになる。

 

「はあ。そろそろオリジナルが欲しい。最近は彼に会う口実もないから余計にだ。何かいい案はないものか」

 

 そんな時だった。私が所属するチームのトレーナーからあるレースの出走が決まったと。

 開催時期も変な時期で、噂によればURA側によって出走ウマ娘はすでに確定しているのだという。

 別に興味もないので断ろうと思った矢先、一通の手紙が届いた。送り主はURAで中身は今回のレースに出走が決まったことが書かれていて、トレーナーから聞いたものとなんら変わりのないものだった。

 

 

「つまらない。トレーナーに言って取り消しを……ん?」

 

 手紙の最後に何か書いてあるのが目に留まった。

 

『勝者にはもれなく彼を手にする権利を得ることができます』

 

 妙な文章であったが私にはそれが何を意味をするかわかった。だから考えが一転しレースに出ることを決めた。

 なにせ、合法的に彼が手に入るのだ。これを逃す手はない。

 

 

 そして、レース当日。

 見慣れたウマ娘達が私と同じようにゲート入りしているのを見て、こう思ってしまった。

 

 ああ、彼女達も私のように壊れているのか、ってね。

 同族嫌悪というわけではないが、鬱陶しい存在だとは思う。もう無料で香水をあげるから私に1番を譲ってくれないかと交渉してやろうかと思った。

 が、やめた。

 レースに勝ってこそ、私はここにいる誰よりも優れている──否、彼に相応しいウマ娘と証明できるのだ。

 初めてだよ。ここまで本気になったレースは。

 ああ、もう少しで君を手に入れられるんだね。そう思うと体がゾクゾクするよ。

 持ってきた彼の匂いが染みついたハンカチを鼻にあてて呼吸をしながらこのあとのことを考えた。

 レースに勝ったらまずはどうしようか。彼に抱き着いて飽きるくらいまで匂いを嗅いでいるのもいい。いや、もっと私らしくいこうじゃないか。

 

 そうだね……例えば、人とウマ娘の子供はどちらの出生率が高いとか? 今なお明かされていない秘密の解明を君となら喜んでやるさ。

 だからね。

 

「私は壊れてしまった。だから……壊れた責任を取ってくれたまえよ、トレーナー君」

 

 

 

 

 




「アグネスタキオンは紅茶が好きだという情報がありまして。トレーナーさんは紅茶はお好きで?」
「いえ。自分はコーヒーのが好きですよ」
「おっと。6番ゲート以外のウマ娘からクスクスと笑い声が!」
「ああ。だからマンハッタンカフェと一緒にカフェでコーヒーを飲んでいっらしゃるのか」
「カフェとはただの飲み友達なだけなんだが。ていうかなんで知ってんだよ」
「いけません! アグネスタキオンを筆頭にウマ娘達がゲートで暴れています!」
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