「7番ライスシャワーに8番カレンチャンの登場です」
「お兄さまとお兄ちゃん。その長く続く戦いですが今日だけは休戦のようです」
「ゲート越しで何やら作戦会議を行っているように見えますが……そもそもカレンチャンは短距離ウマ娘では?」
「今日だけ中距離、長距離ともにAかSなんじゃないですか?」
「メタいです」
「じゃなきゃやってられませんからね、この仕事」
「お兄さまはライスとトレーニングするの!」
「違うもん! お兄ちゃんはカレンとトレーニングするの!」
トレセン学園で多くのウマ娘がトレーニングに励むバ場のとある場所で、二人のウマ娘がそのトレーナーを取り合っていた。それはまさにおもちゃを取り合う姉妹のようだ。
一人はライスシャワー、ステイヤーとして活躍しているウマ娘。
もう一人はカレンチャン、スプリンターとして活躍しているウマ娘。
ライスシャワーは長距離、カレンチャンは短距離と二人は対照的なウマ娘であるが、互いに譲れないモノがひとつあった。
それが、トレーナーに対する呼び方であった。
ライスはお兄さま。
カレンはお兄ちゃん。
学園内で教師やトレーナーをそう呼ぶのは今のところこの二人以外にはいないだろう。
もし二人が別々のチームであるならばこのような争いは起こらなかったかもしれない。だが現に起きてしまったのだ。
不運なのは同じチームになったことよりも、二人に好意を寄せられているトレーナー自身になるだろうか。
その当人は二人の間で叫んでいた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛! ちゃんと個別で見てやるからとにかく離せぇっ!!」
彼の叫びがバ場に響き渡る。
悲しいかな。いくら人より筋トレをしても、ちょっぴり人並み以上に筋肉がついているのが自慢でも、ウマ娘の力には逆立ちしても勝てないのだ。
「ライスさん、今日はその辺にしておかないとマスターの腕が取れてしまいます」
「そうですわカレンさん。いくらトレーナーさんと言えど限度がありましてよ」
ミホノブルボンとメジロマックイーンが二人を止めようと声をかけるが、どうみても二人の顔はそこまで切羽詰まった表情ではないし、言い方もどこか適当であった。
それもそのはずで、この光景はいまにはじまったことではないからだ。
まるでここまでが一連の流れと言わんばかりに二人はトレーナーを開放し、彼は芝生の上に倒れた。
「今日はこれくらいにしてあげます」
「それはこっちのセリフだよ」
『フンっ』
二人は互いにそっぽを向いてそれぞれトレーニングするべく歩き出した。まあ向かう場所は同じなのだが。
すると残されたトレーナーの前にゴールドシップが目線を合わせて彼に言った。
「あらぁお兄たま。今日も無様なお姿ですこと。オホホッ」
「み、見てねぇで助けやがれ」
「面白いからヤダ☆」
「お、覚えてろよ……」
と、ここまでがこのチームがトレーニングを始める際のほんの一面である。
さて。トレーナーを取り合うぐらいなのだから、きっと二人の仲は犬猿の仲のような関係だと思う者も多いと思うだろう。
が、実際はその逆なのである。
「いくよライスちゃん。いえーい!」
「い、いえーい……」
カレンがスマホを持ち、手を伸ばしながらライスと一緒にウマスタ映えする写真を撮る光景は今ではよくあることだ。
カレンはウマスタグラムで名のあるウマスタグラマー『Curren』であり、写真の投稿やちょっとしたことをつぶやくのは彼女の日課でもある。それに慣れているカレンとは違ってまだライスの反応はぎこちないのだが、意外とこれがフォロワーなどには受けており評判がいいらしい。
「うぅ……まだ慣れないよぉ……」
「いいのいいの! ライスちゃんはそれがカワイイんだから!」
「そうかなぁ……」
「そうそう」
トレーニング以外での二人はまさに傍から見れば友達、もしくは姉妹のように見えることだろう。
現に二人も互いに親友と呼べるほどの仲だと認識している。
しかし、昔は今とは違ってまさに犬猿の仲だったのだ。
お兄さまとお兄ちゃん。
まさにこのたった一言で戦いの火蓋が切られたのである。
「お兄さまはライスのお兄さまなんです。だから、お兄ちゃんなんて軽々しく呼ばないで」
「えーライスちゃんコワーい。でも、お兄ちゃんはカレンのお兄ちゃんなんだよ? だからそっちこそお兄さま、なんてお嬢様ぶらないでよね」
「なんなんですか!」
「そっちこそ!」
と、二人が言い争う最中、トレーナーは本音をついぽろっと零した。
「俺はもうそういう風に呼ばれる歳じゃ──」
『何か言った
「いえ、何でもないです、はい」
強いウマ娘は目で相手を差すというが、ライスに至っては目から蒼い炎が見えるような幻覚を味わわされてトレーナーはただ肯定するしかできない。
ちなみにこのチームでの彼の呼称は主に「トレーナー」であるが、ミホノブルボンだけが「マスター」と呼んでおり、彼女は二人の争いを見てどこか勝ち誇っていた様子であった。
決着をつけるべく血で血を洗う争いがはじまったわけでもなく、かといってレースで決着をつけると言っても適正距離は互いに正反対。
ならばと大食い対決で決着をつける! となればオグリキャップが現れて当然の如く彼女が一番を取ってしまう。
じゃあどれだけトレーナーの良いところを挙げられるかという勝負になると、こぞって全員が参加して有耶無耶になり。
このままで決着がつかないので、
「決闘です!」
「望むところ!」
と、誰もいない中庭で二人だけの最終決戦が幕を開けたのだが、
「う、うりゃあああ!」
「てりゃああああ!」
ポコポコポコポコ。
そんな効果音が聞こえてきそうな可愛い殴り合いが起きるだけであった。二人とも流石に怪我をさせるとよくないと本能的に理解し、なによりそんなことになれば愛しのお兄さま(ちゃん)が悲しむ。
なのでこういうことになった。
「はぁ……はぁ……はぁ……や、やるね、カレンちゃん」
「そ、そっちこそ……」
「でも、お兄さまは譲らない」
「カレンだって」
『……フフッ』
雨降って地固まったのか、互いに認め合って熱い握手を交わす二人。まさに互いにお兄さま(ちゃん)を取り合うライバルとして認めた証であった。
その場にへたり込みながら、カレンはライスに尋ねた。
「ねぇ。ひとつ聞いていい?」
「うん。いいよ」
「なんでライスちゃんはお兄ちゃんのこと好きなの?」
ストレートな質問にライスは意外と落ち着いていて、ゆっくりとその問いに答えた。
「ライスは……自分が他の人に不幸を振りまいているんだって、ずっと思ってたんだ」
「不幸を振りまく?」
「うん。ライスね、小さいころから友達に不幸を振りまていたの。何もないところで転んだり、鳥のフンが落ちてきたりとか」
「でも、それってたまたまってこともあるんじゃない?」
「ライスも最初はそう思ったよ。けどね、ライスがいない時はそんなこと起きないの。だから、ライスが傍にいると不幸なことが起きる、そう思い込むようになったんだ」
「けど、今は違うんだよね」
「うん!」
ライスは笑顔で答えた。
「学園に来てからずっとひとりぼっちで、一緒に走ったら誰かに迷惑をかけると思って選抜レースにも出れなかった。あの頃のライスは……ほんとうに気が弱くて、その日も校舎裏でひとり泣いていたら……」
「お兄ちゃんが来たんだ」
「今でも覚えてるんだ。あの時──」
『──キミ、なんで泣いてるんだ? もしかしてクラスメイトに虐められてるのか? もしそうなら力を貸すよ』
『違うの……ライスはだめな子だから……ライスがいるとみんなを不幸にしちゃう。泣き虫で、それでもがんばろうって決めても、ライスが走ったら一緒にいる人に迷惑をかけるの。だから……だから……』
『んーその、よく分からないが……これだけは断言してあげよう』
『え?』
『俺より不幸なやつがいるわけない。いや、マジで』
『ど、どうして……そんなことが言えるの……?』
『どうしてって。あのじゃじゃウマと組んでから俺の日常は崩壊し毎日が──』
『うぉおおおお! 必っ殺ぅ、ゴルシスマッーーーーシュ!!!』
『ぐぁあああ?!』
『この野郎! こんな幼い子を泣かすとはふてぇ野郎だなぁ! このロリコンめ、とっとと警察に突き出してやる!!』
『い、いや……その、ちが……』
『そこのお嬢さん、ゴルシ様が来たからにはもう安心ですよ。ほら、いくぞこの変態!』
『ぜ、ぜったい、おれてるぅ……』
「……つまり。自分より不幸な人を見て吹っ切れたってこと?」
「まあ……そうなる、かな? それから色々あってお兄さまのチームに入って言われたんだ、『この世は平等じゃない。けど、幸せになれる権利は誰にでもある。だからもっと我儘になっていいんだよ。自分が幸せになるために』、初めて自分が幸せになっていいって言われてうれしかった」
「それからお兄ちゃんのこと好きになっていったの?」
「うん。ライス、お兄さまといる時が一番幸せなんだって気づいたの。それから少しずつ意識していくようになったんだ」
「いいなあ。カレンもそんなこと言ってもらいたいよ」
ライスの話を聞いてカレンは羨ましそうに足をパタパタと動かしていると、ライスが言った。
「そういうカレンちゃんは?」
「カレンはライスちゃんとは全然違うんだ。その……子供の頃に家族と出かけたときパパとママとはぐれちゃって、いまにもカレン泣きそうで、そんな時お兄ちゃんが来てくれたの」
「え、お兄さまが?」
「あ、ごめんごめん。ややこしいんだけど、お兄ちゃんだけどお兄ちゃんじゃないの。その人は優しく声をかけてくれて、パパとママが見つかるまで一緒にいてくれたの。その時にお兄ちゃんって呼んでて、たったそれだけの事だったのにカレンいまでもず──っと覚えてるんだ」
「じゃあなんでお兄ちゃんって呼ぶの?」
「正直に言うと、カレンにもわかんないの。声も顔も覚えてないのに、初めてお兄ちゃんを見たとき思ったの。あ、この人がカレンの運命の人なんだって。カレン、夢見すぎかな?」
「ううん。そんなことないよ。絵本の物語みたいで、ライスよりすっごく浪漫がある」
カレンの話を聞いて目をキラキラさせながらライスは自分のことのように嬉しそうに話す。
「えへへ。そうかな?」
「そうだよ」
それから二人は少しだけ無言になって空を見上げた。互いに知らないことを知って、理解して、同じ人を好きなったライバルなのに笑いあっている。なんとも不思議なことなんだろうと二人は思っていた。
「ねえ、協力しない?」
「協力?」
「そう! ほら、お兄ちゃんのこと好きな子いっぱいいるでしょ? でも、みんなカレンたちと同じくらいカワイイし魅力的で、ひとりじゃ多分勝てないと思うんだ」
「そ、そうだよね……ライスなんて……その、大きくないし……」
「カレンたちはカワイイで勝負だよ! ひとりじゃだめでも、ふたりなら!」
「う、うん!」
「じゃあがんばってお兄ちゃんと付き合おーーーー!」
「お、おーーーー!」
後に『お兄ちゃんさま同盟』と呼ばれる勢力の誕生の瞬間であった。
少し時は流れ。
「今年の夏合宿もいつもの場所に決まりました。はい、お前ら拍手」
『ブーブーブー!』
トレーナーの言葉とは裏腹に部室中にブーイングが飛び交った。
「過去の記憶から参照。チームに入ってから毎年同じ場所で合宿は異常であると判断」
「たまにはボクらだって高そうなホテルで合宿したーい!」
『そうだーそうだー!』
トレセン学園は夏季になると夏合宿を行うことが許可されている。ただ存在しているチームは片手では足りないのは明白。なのでだいたいチームの規模によるが短くて4日長くて7日の合宿期間が設けられている。学園が所有している合宿所がいくつかあり、チームを率いるトレーナーは公正なやり方でその場所を決めるのだが、このチームに至っては毎回海沿いにあるちょっと古い旅館が合宿場所となっていた。
噂ではABCあるランクの内のCランクの合宿所とのこと。
「私は、あそこの海の家のご飯が好きだから別に構わないぞ」
「はいそこ。食べ物だけで判断しませんの」
「でも、毎年近くでトライアスロンがあったり夏祭りがあるから、私も嫌じゃないかな」
「スズカと同じでアタシも嫌いじゃないぜ~」
「はい、年長組がこう言っているのでこの議題は終わり。お前ら当日遅刻すんなよー」
というわけで。
二人はどうやったら合宿中トレーナーを振り向かせることができるかの秘密会議を行っていた。
「というわけで! 今年の夏合宿は、今度こそお兄ちゃんをデートに誘いたいと思います!」
「……ねえカレンちゃん。ライスね? その、やっぱり夏合宿にデートに誘うのは無理だと思う……」
「ほら無理って言わないの! カレンもわかってる。でも、みんなだってカレンたちと同じことを考えているのは間違いないんだから」
その考えとは。練習用の水着ではなく、ちゃんとしたカワイイ水着で迫ろうというもの。しかし、二人をはじめ他のチームメンバーも実は用意してたりする……のだが、それは毎年誰もが失敗に終わっている。
次に夏祭りという最大のイベントがあるわけだが、これまたやっぱり全員で祭りを回るので抜け出すのは至難の業であった。
「それに、今年も同じ展開だと思う……」
「ううぅ……それを言わないでぇ……」
夏合宿当日。
「──今年もこの時がやってきたな……いいんだぜ。別についてこなくても」
「奴らと決着をつけないと、いつまで経っても傷が疼いて眠れないんでね」
まるで戦いに行く前の兵士たちのような会話をするゴールドシップとトレーナーだが、それは言葉だけではなかった。ゴールドシップはいつもの勝負服、トレーナーは本当に兵士のような装備をして本物か、それともモデルガンなのかは不明だが手に銃を持っていた。
「へへっ、お前もいい顔するようになったじゃねーか。それじゃあこの戦いに終止符を打ちに行こうぜ! 地球の命運はアタシたちにかかってるんだからな!」
「あいよ」
いつのまに用意してあったボートに乗り込みいざ出発しようとしたその時、謎の三人組が突如として現れた。
「おいおい。誰か忘れてないか?」
「まったく。テメェらだけにいい恰好はさせねーぞ」
「ちょっくら世界を救っちゃいますか」
「ボーボボ! 首領パッチ! 天の助! おめぇら来てくれたのか!」
「ふっ。愚問だなゴルシちゃん。俺たちはいつだって一緒に死線を潜りぬけてきた仲間じゃねえか」
「下がってろゴルシ。この首領パッチ様が全部消し炭にしてやるからよ」
「武者震いでいつも以上に体が揺れてるぜ……!」
「へっ! 命知らずなやつらだぜ。よっしゃー! いくぞお前らーーー!」
『おぉおおお!!!』
ゴルシの叫びともに新たに加わった三人を乗せてボートは出発した……が、トレーナーはいつのまにか船を降りていて、逆に船を見送っていた。
『!?』
まさかの例年とは違う別パターンに全員が驚いた。
ボートが見えなくなる距離まで行くとトレーナーは着ていた装備を脱ぎ始めていつもの調子で言った。
「はぁーあっちぃー。おーいお前らー、トレーニングはじめっぞー」
まるで何事もなかったかのように話を進めるトレーナーに対し、スズカが恐る恐る尋ねた。
「あの……トレーナーさん? 今年は、付いていかないんですか」
「いやあ、さすがに宇宙はちょっと無理だろ」
『宇宙?!』
「ちなみに去年は何と戦ったんでしたっけ?」
「ゴルゴル帝国だけど。今年はゴルゴル宇宙艦隊だっけな」
『……』
演技だとは思えないその素振りに全員がどう反応すればいいか悩んだ。そしてテイオーが今まで聞けなかった禁断の質問をした。
「ところでさ、トレーナー。あの三人だれなのさ」
「え、知らない人」
そんな訳ないだろう。
誰もがそれを言いたかったが突っ込んだら負けだと思い誰も言うことはなかった。
ちなみにゴールドシップは夕飯には帰ってきた。
些細な差異はあれど、こんなことが毎年起きるのでライスとカレンをはじめ全員が何もできずにひと夏の青春を無駄にしてしまうのであった。
ある日のこと。
ライスとカレンが一緒に学園内を散歩していると、ひとりのトレーナーが声をかけてきた。二人は正直興味がなく、ただ適当にながして早く部室に行こうと思っていたが、彼は長い前置きをやっと終えて本題に入った。
「とにかく、僕のチームに移籍しないか?」
『は?』
要は引き抜きの話であった。
実を言えば他チームから引き抜かれるウマ娘は少なくない。どのチームも偵察と称して他チームの情報を収集しているわけで、全員がそのチームで順応しているわけではない。そういったウマ娘に交渉をしかけて自分のチームに引き抜きを行う者もいる。
特にそれは成績があがらない中堅チームや、さらに上を目指す強豪チームに多く見られる。
二人のトレーナーも意図的に引き抜きを行っているわけではないが、サイレンススズカやミホノブルボンを引き抜いている過去があるように、目の前のトレーナーの行動はなんらおかしいことではない。
「君たちのような優秀なウマ娘があんな指導では絶対に強いウマ娘にはならない! 僕だったらもっと君たちに適した指導を保障するよ」
『……ぅ』
そのことに関しては二人は反論できなかった。大事なレースが近い日などは別だが、基本はある程度のメニューを毎日こなしているだけで、トレーナーである彼はゴールドシップとボードゲームやらカードゲームで時間を潰しているだけなのだ。
でも、二人はそれがただ遊んでいるだけではないことを知っているし、トレーナーとしての評価はすでに他のウマ娘たちがそれを証明している。
「そもそもあの男は過大評価されすぎなんだ。あのゴールドシップの担当だからって名が売れているだけだし、トレーナーとしての評価もオグリキャップをはじめとした強いウマ娘が勝っているからであって──!!」
彼の言葉は続くことはなかった。交渉していた二人の顔が先程まで見た表情と違うことに気づき、二人の威圧に当てられて言葉が出なくなった。
「あなたが何を言っても構わないけど、お兄さまの悪口は許さない……」
「あ、この人のアカウントみぃ~つけた。サブ垢で誘導してフォロワーのみんなに凸らせちゃおうかなあ」
「へ? いや、一体なにを……」
「カレンたちはあなたに興味なんてこれっぽっちもないけど、お兄ちゃんに何かするなら……それ相応の報いは受けてもらうよ」
「もういいよカレンちゃん。この人……目障りだからバイバイしてもらおうよ……」
「それもそうだね。じゃあ……ちょっと一緒に行こうか」
「ま、まって、だれ──」
「おーい、二人ともなにやってんだー! 雑用したくなかったら早く部室にいくぞー!」
『はーい!』
少し離れたところでトレーナーが大声で叫ぶと、彼の方を振り向いていつもの笑顔で応えた。トレーナーが部室の方に向かうのを確認すると、二人は再度男の方を向いて冷たい声で伝えた。
「命拾いしたね」
「これに懲りたらカレンたちに関わらないことだよ」
男はただその場にへたり込み、二人は先に向かったトレーナーを追うべくその場をあとにした。男はこのことがきっかけとなり、しばらく不調が続いた。
予兆はあったのだろう。
二人はトレーナーが大好きで、わたしたちに振り向いてほしい、もっとわたしたちだけを見てほしい。そのために邪魔な人を排除すれば、いずれトレーナーはわたしたちを愛してくれる。そしてトレーナーを害する人がいるならば、それらから彼を護る。
心の奥底で眠っていたものが、先の一件でついに表に出てきてしまったのだろう。
ただそういうことならば、なぜ最大の障害であり邪魔者であるチームメンバーを手にかけないのか。
理由は簡単だ。
そんなことをすればトレーナーが悲しむのが目に見ているからだ。だから手を出さないだけ。
それだけのことを正当化できる口実さえあれば、二人はいつだって手を取り合って殺る覚悟があった。
そして遂にそれが叶う日が来てしまった。
「カレンちゃんにも例の手紙きた?」
「うんきたよ。カレンたちにきたってことは、多分ほかのみんなもだよね」
「ライスちょっと偵察してみたけど、大半がチームのみんなみたいだよ」
「まあ驚きはしないけどね」
「ただ他の人が誰なのかはわからなかった……ごめんね」
「大丈夫だよ。だって、カレンかライスちゃんのどっちかが勝てばいいんだもん」
「うん、そうだよね! ライスたちでお兄さまをみんなから護らないとね!」
レース当日に向けて殺る気に満ちている二人。しかし彼女たちは気づかなかった。
URAからの手紙とはいえ、一体誰がどうやって自分たちを選定し、この手紙を送ってきたのか。
その理由は最後まで気づかないままであった。
少し時間が経ち──迎えたレース本番。
7番ライスシャワー。8番カレンチャン。
二人はゲート入りする前に作戦会議を行っていた。
「じゃあカレンは予定通り先行で」
「ライスは少し後ろから……ヤれそうだったら……これで……」
勝負服に付いている装飾の短剣を少し抜いて見せるライス。
「まあ、それは最終手段だね。他はどうだか知らないけど、カレンたちはどちらかが勝てばいいんだもん」
「最悪、最後はライスかカレンちゃんのどちらかが犠牲になればいいんだよね?」
「そう。すべてはお兄ちゃんをこいつらから護るためだもん。だから、がんばろうねライスちゃん!」
「うん。ライスたちでお兄さまを護るんだから!」
二人は手を繋ぎ、実況席にいるであろうトレーナーを見た。
『邪魔者はみんな消すからね──
「えーライスシャワーが飾りの短刀を研いでいるのが見えますが……」
「カレンチャンに至ってはSNSでトレーナーさんとの自撮り写真をアップしまくったり、あちこちで暴れてます」
「トレーナーさん、これについて……あれ、トレーナーさんはどこにいったのでしょうか?」
「これは……勘づいて逃げましたかね」
「おっと、ゲート入りしているウマ娘がざわついています。掛かっているかもしれません」
「まあ、すぐに連れ戻されるでしょうし気長に待ちましょうか」