―ACE—最高の好敵手   作:ニーガタの英霊

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「おれが信じるお前でもない、お前が信じるおれでもない! お前が信じるお前を信じろ!!」
 ――天元突破グレンラガンよりカミナ


メイクデビュー⑮

 九月十九日、阪神レース場。

 ついに私はメイクデビューを迎える。

 

「イェ~~~イ!! カツラギ緊張してるぅ?」

「張っ倒すよ?」

 

 ニヤニヤしながらダブルピースをするシービーにツッコミを入れながら高鳴る心臓を落ち着かせようと深呼吸を繰り返す。

 

「距離1200、バ場状態は稍重。小雨が降って芝は湿っているね」

 

 レースを控えた地下バ道で味田トレーナーは冷静にバ場状態の再確認を行っている。

 

 今日まで様々な練習を行ってきた。

 基礎トレから食事、睡眠に至るまでキッチリとやって来た。

 だが、それが通じるかどうかは分からない。

 

「不安?」

 

 シービーは人の気持ちも知らない落ち着き払った言葉で私に問う。

 

「……全然、平気だよ」

「あら、それはいいことね。まあ勝っても負けても大したことにはならないし気楽にやりなさいよ」

「他人事だと思って……」

 

 こっちがこのメイクデビューにどれだけ懸けてるとわかって言ってるのか?

 無神経にも思えるシービーの発言にイラッとすると味田トレーナーは口を開く。

 

「そうだね、気楽にやるといい」

「え……」

 

 え、トレーナーのあなたがそう言っちゃうの?

 

「このレースに負けたからと言って、それで人生が終わる訳でもない」

「……」

「がむしゃらでもいい、無様でもいい。今、僕等がやれる準備は全部してきた。本気で走れば、脚は応えてくれる。本気の先にあるものが今の君の実力で、全力だ」

「はいッ!」

 

 当たって砕けろ。一文にすればそんな程度でしかない発破だ。

 それでも、今の私には十分すぎる言葉だった。

 

 

 

 

 

「実際、勝てると思う?」

 

 カツラギエースを見送った地下バ道でミスターシービーはトレーナーに問う。

 

「レースに絶対はないというけど、まず間違いなく勝てる。一番は無事に帰ってくることだね」

 

 地下バ道の連絡通路を歩きながら味田はそう断言した。

 自信があると言うよりも勝って当然といったように。

 

 メイクデビューを勝利で飾れるウマ娘は決して多くない。未勝利戦も含め、トゥインクルシリーズで重賞レースを目指すウマ娘たち。

 しかし、そのウマ娘の半数はここで蹴落とされる。トレセン学園に入学出来たとしてその後ウィナーズ・サークルに入れるのは一握り。重賞レースにすら参加できずに卒業するウマ娘とて珍しくはない。

 

 凡人からしたら傲慢にも見えるかもしれない。だが、味田にはそう言ってしまえるほどの実力がある。

 トレセン学園で栄誉ある八大競走で優勝できるトレーナーは十人も満たない。その八大競走に殴り込み、並みいるベテランを差し置いて二つのタイトルを奪取したのが味田という男だ。

 

「カツラギエースは、北海道三石郡三石町という人口約5000人程度の小規模な集落の生まれだ」

 

 地下バ道から観客席に出ると人は疎らで、どんよりとした曇天の中カツラギエースたちが出バ機の手前で最後の準備に取りかかっているのが見えた。

 

「実家は兼業農家で祖父母、父母、本人の三世帯家族。父親は役場で働き、母親は親類である片山牧場で働いていたらしい」

「よく調べましたね」

「……? トレーナーなら担当ウマ娘の家庭環境を把握しているのは当然だよ?」

 

 いや、ちょっと怖いわ。トレーナーといっても成人男性がお前のすべてを知ってるぞとか言われたらそれは普通に恐怖なのである。

 

「小学校、中学を普通制の学校に通い、高校進学を目前に本格化。地方のトレセンに入学を決めていたところ、偶々中央のスカウトの目に留まり、こちらの学園に入学。シンデレラストーリーと言えば聞こえはいいが、ノウハウも経験も何もない少女をただの素質という理由だけで拉致したのとそう変わらない」

「アナタすごい毒吐くじゃない」

「甘言を弄して何かが前進することはない。事実から目を背けて、空想でコーティングしたモノに僕は価値があるとは思えない……」

 

 小さな田舎町に走りを教える指導者などいない。だからカツラギエースは走り方を知らない。レースのやり方も、周囲と競うこともわかっていなかった。

 スカウトされたという自尊心を持っていた少女をそれまでの経験やノウハウで心を折った学園側にも問題があるだろう。

 

 レース場に備え付けられたスピーカーからファンファーレの音が聞こえ、今まさにメイクデビューの幕が上がらんとする。

 

「カツラギエースはレース経験がない。これは明らかな彼女の弱点だ」

 

 事実選抜レースでいい結果はまるで残せなかった。スタートダッシュは良かったものの、バ群に飲まれたり、逃げウマ娘を執拗に追いすぎてスタミナを消費しすぎたりする面が多々あった。

 

「カツラギはレースだと焦りがちになるものね」

「ああ、だから今回は少しだけ助言したよ」

 

 トレーナーがそう呟くと、ゲートが開かれ一斉にウマ娘が飛び出した。

 

「さあ、始まった」

 

 穏やかな口調でありながら、トレーナーは瞬き一つせず、己の担当ウマ娘を見つめるのだった。

 

 

 

 

 

「ヘタクソだね」

「ヘタクソ……」

 

 メイクデビュー前日。私は味田トレーナーにそう言われた。

 テレビに映るのは四月の選抜レースの様子だったり、簡略された私の参加した模擬レースの様子だった。

 

「ここ、焦りすぎだね。ほら、逃げに釣られて完全に懸かってる」

「いや、だって追わないと追い付けないじゃないですか」

「次はここ、完全にバ群に捕まってる。内側に寄りすぎて、前にも横にも行けない」

「みんなすごく邪魔でした」

 

 前のウマ娘が邪魔でスピードが落ちるものだから私もスピードを落とさざるを得なかった。もっと頑張ってほしいと思った。

 

「シービー、カツラギのレースを見てくれ。どう思う?」

「ヘタクソね」

「ぐぬぬ……」

 

 シービーにバカにされるとイラっとくるが、ことレースに於いてはシービーのほうが何枚も上手だ。彼女とトレーナーがヘタクソというなら遺憾であるが私のレース展開はヘタクソなのだろう。

 

「じゃあどうすればいいんですかこんなの! もういっそ私が一番先頭に立てばいいんですか!?」

「それも一つの解決策だが、カツラギエースにはまだ無理だよ」

「何でですか!!」

「ペース配分が出来てないから」

 

 ペース配分?

 

「カツラギエースは走るとき、自分のペースじゃなくて回りの速さに合わせてるでしょ?」

「えっ?」

「大体開いても三バ身程度、それ以上は離れたがらない。自分のペースがわからないから周りに会わせて、近くに他のウマ娘が居ると安心するタイプでしょ?」

「……」

 

 そう言われればそうかもしれない。

 逃げウマ娘を追うときにどんどん放されていって、もしかしてペース遅いのかな? って思ったことはあったし。バ群に入ったときもとりあえずぴったり後ろについていけばいいのかなと思ったし。

 

「逃げっていう戦法はただがむしゃらに逃げればいい訳じゃない。一部の天才を除いて、頭を使って自身のペースと、如何に後続のウマ娘達の足を残したまま走りきらせるか。そう言うところに目を配らなきゃならない。逃げウマ娘はレースを作れるからこそ、ラップタイムの正確さや何処で足を緩めさせるのか、自身が差されないギリギリを見極めなければならないからね。総じて逃げは玄人の戦いだよ」

「玄人……それはそれで憧れますね」

「現状付け焼き刃以外の何物でしかないよ」

 

 トレーナーは映像を消すと機敏な様子で立ち上がる。

 

「けれど、そんな君にも素晴らしい点がある。それを踏まえて、まずは練習だ」

 

 ――埋没した思考を現実に呼び覚ましたのは、レースの始まりを告げるファンファーレだった。

 

 場所は阪神レース場、芝1200。

 周囲には14人のウマ娘がいて、皆一様に気合いが入っている。

 

 濡れたターフほど鼻腔を擽るものはない。

 ほんと二週間前に新調したシューズは表面を濡らし、踏み締めるたびにしっとりとした感触が脚に伝わる。

 

 緊張感が心臓の鼓動を速め、何処か周囲の風景がいつもと違って少しだけゆっくりに思える。

 

 肌寒さを覚える秋の風が今の私にとってはとても心地がよかった。

 

 係員の指示のもと、出バ機に入る。

 心臓の鼓動は五月蝿いぐらいに高鳴っている。

 

 この瞬間にも次々と出バ機に入るウマ娘たちはいるのだろう。けれど、今の私にとってはどうでもいい。

 この狭く圧迫感のある出バ機が開くときを今か今かと待ちわびている。

 心臓の鼓動が耳を鳴らすほどに五月蝿い。

 

「これを気楽と言える簡単な頭が羨ましい」

 

 気楽に受けろだと? 無理だろうそんなもの。

 だって、そうだろう。こんなもの、面白くて堪らないのだから。

 

 すべてのウマ娘が出バ機に入ったと同時にガコンッという出バ機の開く音が耳を撫でる。

 不思議とその音は私の心臓の鼓動と同じぐらい聞き取りやすかった。

 

 出バ機が開くと同時に、私は身体の重心を前に出す。まだ脚は動かさない。そのままゆっくりと前に倒れるように重力に沿って。

 

 目は開けない。身体の感覚だけを頼りに、力を抜いていく。

 

 まだ……。まだだ、まだ……。

 

 ――うん、ここだ。

 

 目を開けると、視界には濡れて雫の滴るターフが飛び込む。

 身体は大体45度は傾いているだろう。まぁ、そんなもんだ。

 無意識に私は右足が前に出ると同時に、残したままの左足を踏み込む。

 

 身体が跳ねる。姿勢は前傾からゆっくりと起き上がるようにフォームを整える。

 出バ機から出た景色は爽快で空は蒼く輝いていた。

 

 

 

 

 

「上手い」

 

 トレーナーは表情を一切変えず、そう呟いた。

 アタシから見ても惚れ惚れするほどのスタートダッシュだった。

 

「好位置ね、けれどスタートが上手すぎて最初逃げの娘より前に立ってたわよ?」

「いいや、あれでいい。あれで逃げの娘の出端を挫いた。序盤からペースが狂ってくるよ」

 

 事実トレーナーが指摘した通り、その後のレース展開はかなりかかり気味での進行になる。

 

「カツラギは……三番目あたりね、先行集団の真後ろぴったりにくっついてるわ」

「ああ、作戦通りだ。カツラギエースはあの位置が一番強いよ」

 

 

 

 

 

『前から五番目、ないしは先行集団の真後ろに付こう、ペース配分がわからないのならバ群に巻き込まれず、尚且つペース配分がある程度わかってるウマ娘のすぐ後ろを走ればいい』

 

 トレーナーはそう言った。

 逃げの後ろじゃ掛かりすぎる。なら先行集団の一番最後方に位置どればまず間違いない。それが私がトレーナーから唯一貰った作戦(オーダー)だった。

 

 走りやすい。

 ペースは一定、風もこない。なにより左右空いてるので動きやすく余裕もある。

 

 なるほど、これはいい。

 

 普通だったらもっと私はスピードをあげてるはずだ。距離は短く、ぐんぐんと。

 だが、今はまだスローに感じられる。大分悠長で、ゆっくりとしたペース。

 心の中で脚が残ってしまうんじゃないかという焦りもある。

 余りにも走りやすくて、余りにも楽すぎて、困惑する自分がいる。

 

 レースとはもっと辛く、苦しく、厳しいものではないのか?

 明らかに楽で楽しむ余裕すらある。

 

 心が焦る、だが、その時じゃあない。

 

 気楽にやろうとトレーナーはいった。

 負けたとしても人生が終わるわけでもない。

 クラシックの三冠のように生涯にたった一度しか出れないレースでもない。

 

 だから、信じてみようと思う。トレーナーを。

 

 コーナーのカーブを曲がり、残りは上がり三ハロン。

 

 ――仕掛け時だ。行けるッ!

 

 強くターフを踏み締める。

 身体はもうラストのダッシュに入っている。

 身体は前傾に、脚は全然残っている。

 

 ぐんぐんと延びる、先行集団を追い抜き、バテている先頭のウマ娘を追い抜く。

 

 おいおいおい、こんな簡単に追い抜けるのか?

 

 身体が軽い。まだ、全然余裕がある。

 

 どこまでも行けそうだ。もっとはやく、もっと強く。

 

 足を伸ばそう。歩幅は広く、腕の振りも大きくしておこう。

 

 ――嗚呼なんて、気分がいいんだろう。

 

 その日の私は8バ身と大差をつけてメイクデビューを制した。




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 この世界ではまだグレード制制定以前のため、勝負服が着られるのは八大競走(皐月賞・日本ダービー・菊花賞・桜花賞・オークス・エリザベス女王杯・天皇賞春・秋・有馬記念)八大競走と同格に位置付けられる宝塚記念、国際レースであるジャパンカップのみです。
 URAファイナルズ制定前ということを踏まえると格式的にもうまぴょい伝説を指定曲としてるのは有馬記念が妥当でしょう。
 グレード制が導入されると勝負服が着られるのは大体原作とおなじになります。
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