―ACE—最高の好敵手   作:ニーガタの英霊

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「俺の敵はだいたい俺です」
 ――宇宙兄弟より南波六太


メイクデビュー③

「知らない天井だ」

 

 目が覚めると、そこは知らない天井だった。

 

 ずいぶんとラノベチックだとか漫画チックとか言われそうであるが、どうか許してほしい。一度ぐらい言ってみたいじゃん? こういう台詞。

 

「嗚呼、起きたのかね。おはよう……」

 

 しわがれ、乾いたような老人の声が私の覚醒を徐々に促し、寝たままの状態でゆっくりと声の主を瞳で捉える。

 

「先生……」

「嗚呼、そのまま。そのまま。ちょっと顔に触れるよ。うん……うん」

 

 そう言うと牛腸(ごちょう)先生は私のこめかみに軽く触れ、ペンライトを持つと私の瞳を指先で無理矢理開かせながら光を翳す。

 

「受け答えは出来るかな?」

「はい……」

「じゃあ、これは何本?」

 

 牛腸先生は人差し指を立て、それに対して私は一本と答えると。二度、三度頷きながら。早口言葉を復唱するように指示し、満足そうに再び頷いた。

 

「問題は無さそうだね。受け答えもはっきりしてるし視覚にも異常なし。違和感は?」

「……特には」

「そうか、それはひと安心だ。ほら飴を舐めなさい。落ち着くよ」

 

 そう言って牛腸先生は私に黒飴を手渡してきた。……おじいちゃんの飴のセンスはクソだった。

 手渡された飴を握りながら、再び牛腸先生に目を戻す。

 

「私、どうしてここに?」

「……選抜レースで出バ機に頭をぶつけてね。恐らくだが脳震盪だろう。幸い血も出てなかったし外傷はコブ位だ。一応病院で再検査をオススメするよ」

「……」

 

 そうだった。緊張と共にスタートした私の選抜レースは踏み込みの際に足元を滑らせてそのまま出バ機に頭をぶつけて気絶する始末だった。

 

「……あの、選抜レースって――」

「流石にもう終わってるねぇ……」

 

 こうして、私の高学年一年次の選抜レースはほぼほぼ終わった。

 

「ドンマイ、次があるって」

 

 保健室から教室に戻った私にシービーは慰める。

 けれど、慰めるにしてもへらへら笑ってるのはどうかと思う。

 喧嘩売ってるのかな?

 

「次って何時?」

「八月とかそこら辺? 学力テストもあるし、希望者募って夏期休暇中にやるんじゃないかな?」

「メイクデビューって何時までだっけ」

「12月まであるけどそれまでに一着取れなきゃクラシックには出れないわね……」

「……詰んだんじゃないのぉ~?」

 

 私は軽く自棄になった。

 

「よくわからないおっさんの口車に乗らなきゃよかった。もうダメね。田舎に帰るしかないわ」

「あちゃー、随分と弱気になっちゃったわね」

「勝てない。レベルが高い。才能がない。ないない尽くしの三重苦よ。シービー、笑ってくれ」

 

 所詮はこんなものだ。しょうがない、だって今度はレースに出れもしなかったのだ。

 元は田舎の小娘でしかないひとりのウマ娘。

 運よく中央のスカウトに見初められて来たわ良いものの、この学園に入ってからはまるで結果を出せていない。

 全くもって情けない。笑えてくるほどだ。

 

「笑わないよ。それにカツラギに才能がないなんてアタシは思わないわ」

 

 だが、そんな私の卑屈をシービーは否定する。

 

「……才能って、じゃあ何で勝てないって言うのよ」

「そんなの、言わなくてもわかってるでしょ?」

「なによ、それ……」

「だってアナタ、しょうがないとか思ってるでしょ?」

 

 シービーは的確に私の図星を突く。やめてくれ、そんなに諭すように言わないでほしい。自分が惨めになる。

 甘いと思ったら、突き放す。シービーはこういった変に優しいところと厳しくストイックなところがある。

 シービーはムードメーカー気質で、ふざけたり、笑ったり、馬鹿をやったり。ありふれるほどに問題児だ。

 規範を厭い。みんながそうするべきだという常識を笑い。気儘にどこまでも自由だった。

 けれど、彼女はレースにだけはふざけたことはない。それどころか誰よりも厳しく取り組む。

 四月半ばに行われた選抜レースで、彼女は誰よりも速かった。何が起きたのか、私にはわからない。突然不意に現れては同じコースを走っていた私を置き去りにして翔ぶようにゴールをしていた。

 

 才能が違う。同じ生き物じゃないと思った。

 

「ねぇ、カツラギ。トゥインクル・シリーズに出たい?」

「そりゃあ、出れるものなら出たいけど……」

「重賞レース、勝ちたい?」

「うん」

 

 重賞レース。所謂八大競走を筆頭としたウマ娘たちによる最上位のレースだ。八大競走、または人気投票で出走者が選ばれる宝塚記念と有馬記念では各ウマ娘たちは勝負服を身に纏うことが許される最高の栄誉とされる。

 

「勝率5割以上、八大競走二勝、二着四回」

「大した成績ね、ベテラン?」

「まだ20代よ」

「エリートじゃないっ……! サブトレーナーでもなく?」

「えぇ、しかも現状フリー。まだ担当ウマ娘がいない」

「タイプは?」

「管理型ね。堅苦しいけどそのぶん安全管理と練習の環境整備に秀でているわ。その他特徴としては食育に専門的知識があるわ。ご飯がとても上手で美味しい」

「……優良物件すぎる。そんなトレーナーがフリー? おかしくない?」

 

 あまりにも美味しすぎる。そんなトレーナーがいたら逆指名されてもおかしくはないほどにだ。

 

「人格に問題でも?」

「えぇ、けれどそれを差し引いてもお釣りが来るレベルよ。相性も悪くないと思う。それにカツラギはよくその人のこと知ってるでしょう?」

「はぁ?」

 

 よく知ってる人物?

 その言葉に私は拍子を抜かれるとシービーは自信ありげに呟いた

 

「味田教官――味トレを口説きなさい」

「冗談でしょ?」

 

 あの陰険瞳孔ガン開きおじさんを口説けと?

 えっ、てかあの人20代なん?

 

「40代ぐらいかと思ってた……」

「それは流石に失礼よ」

 

 トレセン学園の人気投票でお近づきになりたくない教官、トレーナーなんてものがあったら一位になりそうな人物。それが味田教官だろう。

 ウマ娘も味田教官の授業と聞くとあからさまに萎縮する娘もいるのだ。

 

「いや、でも…、うーん……」

「あれほど真面目で、勤勉で、ウマ娘(アタシたち)に心を砕いてくれるトレーナーをアタシは知らないわ。勝つためだけなら誰でもいいかもしれないけど。その先を目指すなら味トレの能力は絶対に必要よ」

「驚いた、凄い買ってるんだね……」

 

 正直言って、シービーは嫌ってると思っていた。どんな授業でもシービーは味トレに雑用を押し付けられて、ろくに走らせてもらってないからだ。

 そして、そんな疑問を口にするとシービーはニヒルに笑みを浮かべる。

 

「いずれ分かるさ…いずれな……」

「……なんかわからんがその台詞は腹立つ」

 

 私は保健医の牛腸先生からもらった黒飴をシービーの鼻に押し込んだ。

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