――僕のヒーローアカデミアより志村菜奈
「どうしたら勝てると思いますか?」
単刀直入に私は味田教官に質問した。
「……三つほど理由があるけれど、聞く?」
「お願いしますっ!!」
味田教官はしばらく熟考するとしぶしぶと言った表情で口を開いた。
「ヴィジョン、フィジカル、テクニック。極論を言えばこの三つがあれば大抵のレースには勝てる」
「えぇっと……」
「
「……普通フィジカルが一番重要なんじゃないんですか?」
「たしかに多少なりとも素質の面では先天的な素質がモノを言う分野だね。でもフィジカルは創れる――というより、肉体的素養という意味じゃあ君よりフィジカルに優れたウマ娘はそういないよ?」
「えっ?」
私は困惑した。なんてこった、私って恵体だったのか……。
「ちなみに、どこら辺がいいんですか?」
「脚」
脚……。そう思い、私は自分の脚を見つめる。
「細いが天性の長足だ。股関節部分の柔軟性を鍛えれば優れたストライドになる。他のウマ娘が100歩走る場所で、君は優に80歩ぐらいで完走できる。これは大きなメリットだ」
「つまり、ステイヤー向きということですか?」
足の長さを有利に運ぶために体力の温存が効く
「僕ならレースの王道。中距離向きに育てる。カツラギエース。君は細い。だからまずは肉を付けるべきだ」
「ほぇ……?」
「体重を増やせ、そもそもの筋肉量が足りない。だから最後まで走りきれない。スタミナ不足と体力不足に陥る。――そもそも、君は走れる身体になってない」
「いや、でも私太りやすい体質ですし……」
「素晴らしいことじゃないか。太りやすいってことは栄養が肉体に結び付きやすいということだ。そうなると筋肉もつきやすくなるし、栄養補給により肉体の回復も図れる。太れることは才能だよ。親御さんに感謝しなさい」
「……」
えっと、それじゃあ。食べ物とか我慢しなくていいってこと?
「……もしかして、今まであまり食べてなかったのかい?」
「はい、レース前とか身体重くなったらもっと走れなくなると思って……」
「道理で顔色が優れないわけだ……、その分だと僕があげたお菓子なんかも食べてないんだろう?」
「スズカとかウイナにあげてました」
お菓子を上げると素直に喜ぶスズカに実は甘いものが大好きなニホンピロウイナーは私と同期のウマ娘だった。
シービー? 黒飴を鼻に詰め込んだよ。
「10キロは増やすよ」
「ぴぇ……っ」
「当然だ。レースを走りきれる必要な筋肉量が足りてないんだから……その太股も倍以上に太くするよ」
「デ…、デブになる……っ!?」
「ならないよ」
味田教官は呆れたようにため息を零した。
「というより、なんで君をずっと僕が見てるんだ……。素質なら一流クラスなんだから普通に声を掛けられるべきだろうに……」
「なんででしょうね……」
「……学園のトレーナーの劣化が激しい。去年よりも数を増やしたらしいけど、当のトレーナーの実力がこの程度ならなんら意味がない。スカウトマン程度に気づけることがトレーナーが気づいていないのは明らかに怠慢だよ。解決策にもなっていない。学生たちを舐めてるよね。ふざけている……」
味田教官は怒りを滲ませながら、ゆっくりと立ち上がる。
「理事長にかけあって来る。コーヒーは好きに飲んでていいから。……あぁ、机の上は触れないでくれ。じゃあ」
味田教官はそういうと背広を着てトレーナー室より去っていく。
取り残された私は、そんな急展開に呆然と見送らざるを得なかった。
味田教官が入れてくれたコーヒーは相変わらず苦かった。
「……そこまで言うなら、教官がトレーナーになってくれればいいのに」
どうしてあれほどまでにトレーナーになることを彼は避けているのだろうか。
あれほどまでに高い見識を持っているのに、あれほどまでに熱意があるのに。
勿体ないと思ってしまうのは、私が彼にほだされているからなのだろうか……。
「……」
ふと思い立った様に私はソファーから立ち上がり、味田教官のトレーナールームを見て回る。
一番気になるのは机の上だが、教官直々に触れるなと言われたものを触ることはない。私はシービーと違って利口なんだ、と。本棚を見る。
そこには主に運動力学がなんちゃらとかトレーニング論だとか、ウマ娘の医学に食育に関する資料だとか実に頭の固そうな書籍や論文集などが敷き詰められていた。
「あっ」
そして本棚から下、DVDの欄に目を向けると『八大競走』やら『○○記念』などの題字でまとめられたファイルの最後に見慣れないものがあった。
たしか昔、活躍していたウマ娘の名前だったはずだ。と記憶の底から思い出す。
このファイルだけ異様に分厚く、そして何度も読み返したのか、ファイルの表紙は少しだけ擦り切れていた。
ふと、手に取ろうと思い。そして、やめた。
なんとなく、分かるのだ。
これは他人が勝手に触れていいものじゃない。
人の心に勝手に踏み込むことほど、人を傷つけることはないだろうから。
本棚から目を離し、部屋の隅に置いてあるケースに目を向ける。
ケースに積もったほこりを、手で拭うとケースの中にはチリ一つなく磨き上げられたトロフィーが並べられていた。
その中でも一際目を引くのはやはりこの二つ。八大競走の一角を制した。一つのトロフィーと一枚の盾だ。
そしてそれを取ったのは、おそらく……
「貴方はいったい……」
とんなウマ娘だったのだろうか。そしてどうしたら彼女のようになれるのか……。
初夏の生暖かい風が私の頬を撫でた。
競馬クソ強おじさんはこの時点で昔担当したウマ娘が誰だか当たりつけてるんだろうなと思ってる。