―ACE—最高の好敵手   作:ニーガタの英霊

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「『金を払う』とは仕事に責任を負わせること、『金を貰う』とは仕事に責任を負うことだ。金の介在しない仕事は絶対に無責任なものになる。」
 ――らーめん才遊記より芹沢達也


メイクデビュー⑥

「歓迎、良く集まってくれた」

 

 重々しい調度品が並べられ、壁には歴代の理事長の肖像画が並べられた理事長室で理事である秋川理事長は口を開いた。

 

「理事が我々を呼び出すとは珍しいですな」

 

 眼鏡をかけ、髪を七三にまとめた小太りの男――チームアクエリアスのチーフトレーナー桐生院は眼鏡のフレームに手を当てながら微笑む。

 

「用件ならさっさと言ってくれんか? ワシぁ、忙しいんでの」

 

 ポロシャツを纏う細身の老人――チームサジタリウスの統括トレーナー朝倉はこれ見よがしに腕時計を叩きながら理事長を威圧する。

 

「けけけっ、相変わらずこえーなぁ、ジジイ」

 

 草臥れたスーツを纏い、タバコをくわえるリーゼントの男――チームペルセウスの総監督中村は笑いながら揶揄する。

 

「中村ァ……オメェ相変わらず礼儀のなってねぇ男だなァ」

「悪いな、そんな大層なモンは母親の腹に置いてきちまったわ」

 

 顔を突きつければこうした言葉の応酬が繰り返される。

 優秀なトレーナーは我の強さも一流だ。一触即発の空気に押されたのか理事長秘書である駿川たづなが二人の間に入り込む。

 

「中村さん、朝倉さん。落ち着いてください」

「ほれ見ろジジイ、たづなちゃんに叱られちゃったじゃねぇか?」

「フンッ……」

 

 顔を会わせれば喧嘩を始める二人に理事長は辟易する。

 

「困惑、何故顔を見合わせれば喧嘩する」

「ンフフフフッ、それは彼等なりのコミュニケーションですよ、理事」

 

 桐生院は笑みを浮かべながら答えると、朝倉と中村は露骨に顔をしかめる。

 

「腹黒が何を言う……」

「また、ええかっこしいしてやがるわ」

 

 腹黒メガネ(桐生院)スパルタ爺(朝倉)流行請負人(中村)

 優秀なトレーナーではあるが、仲は最悪に近い。有能だから考えが合うかと思えば、特段そうでもないのは良くも悪くもトレセン学園の個人主義を象徴するかのようだった。

 

「本題、集まってもらったのは他でもない味田教官より提案が持ち込まれた」

 

 味田の名が出た瞬間、場がピタリと静まりかえり、仄かな緊張感が場を支配する。

 

「内容は?」

「苦言、トレセン学園のトレーナーの習熟不足についてだ。諸君、カツラギエースは知っているな?」

「本年度のスカウト生の一人だな」

 

 中村はカツラギエースの名を聞くや直ぐに返答した。

 

「疑問、桐生院氏と朝倉氏は?」

「ワシぁ今年の生徒に関してはキャパオーバーでそもそも取るつもりは無かった」

「こっちはメジロ家の方から依頼されて一人取ったからね。選抜レースとか見てないけど、その娘そんなに優れてるの?」

「素質で言えば、まず間違いなく上モノだ」

「へぇ……俄然、興味が湧いてきたね」

 

 桐生院はにやついた笑みを浮かべ、カツラギエースの名をその瞬間に覚えた。

 

「話半分ではなにもわからん。映像を出せ映像を。身長、体重、座高、体脂肪率、筋肉量、その他諸々。データがなければ判断できんわ」

 

 逆に苛立たしげに朝倉は答えた。他人の話ではなく実際に見なければ判断できないといった彼は慎重かつ、真摯であると言えよう。

 中村を信用していないとも言えるが。

 

「承諾、後でデータを送ります。問題、味田教官は有望なウマ娘であるカツラギエースが誰の目にも留まらなかったことに憤慨していました」

「その娘のアピール不足ってことはないかい? 今年はタレント揃いだし、選抜レースの結果しだいでは漏れることもあるでしょ?」

 

 冷静にその娘のアピール不足をあげる桐生院だったが、そんな彼の発言に朝倉は鼻で笑う。

 

「フンッ、スカウト組じゃぞ。アピールなぞ必要あるまい。情報を集めれば容易に獲得に動くのが普通よ」

「ジジイに同意だな。トレーナーが情報収集を怠っているとしか思えねぇな。スカウト組ならトレーナーから声を掛けられるのが普通だな」

「だよねぇ……」

 

 信じたくはないが、トレーナーの習熟不足が祟ってるのは紛れもなく事実と言えるだろう。

 

「まっ、外的要因がないとは言えないがな」

 

 中村がくわえたタバコに火を着けようとするが、たづなにここは禁煙です。と叱られると寂しそうに胸ポケットにタバコを詰め込んだ。

 

「確信、やはりシービーか」

「その通りでさぁ。シービー獲得競争でトレーナーの目はシービー狙いに傾いてる。俺らはとっくに今年のウマ娘を獲得したが他のやつらは違うだろ」

「一等の宝くじを手に入れるチャンスなのに、わざわざ二等、三等は狙わないか」

「シービーの状態も知らんくせに肥大した欲だけは一人前じゃな。吐き気がするわい」

 

 トレーナーは実績こそがすべて。八大競走で何度一着を取ったか。上位リーグたるドリームトロフィーリーグに何人ウマ娘を送り出したか。或いは海外遠征を成功させたか。

 その数によってトレーナーの格は決まると言える。

 

 中村であればハイセイコーを見いだし、ブームの火付け親になり、ハイセイコー自身をドリームトロフィーリーグに送り出し、その後、名ウマ娘カブラヤオーやトウショウボーイなどのG1ウマ娘を多数抱え、そして結果を出させてきた実績。

 

 朝倉は現在の組織制トレーナー制度の開拓者であり、元チーム北斗の部門別チーフトレーナーであり、シンザンを育成した実績を持つ男だ。

 担当ウマ娘は決して才能のあるウマ娘とは言えないがスパルタ式のトレーニングで短くも鮮烈なる成果をあげたウマ娘を抱えている。

 もっともそれゆえに壊し屋なんて異名もあり賛否両論のトレーナーとして話題には事欠かない。

 

 チームアクエリアス五代目トレーナー桐生院は代々続くトレーナー一族の御曹司。

 アクエリアスの強みは代々引き継がれた徹底した桐生院式マニュアル(トレーナー白書)にあり、どんな人間であろうが一定の能力はマニュアルで補える点である。凡人を秀才に秀才を天才に代える安定した強さと育成論こそが桐生院式の強みだ。

 そして、当代桐生院の最高の強みがレース本番における卓越した作戦立案能力にある腹黒の策士である。

 

「静聴、各々の案を聞きたい」

「辞めさせればいいんじゃねぇのか? 人件費削減にもなるわな」

 

 中村は暴論を唱えた。

 

「難題、それは厳しい」

「だったらURAに掛け合って重賞の賞金を増やしてくれ」

「……疑念、足りないと?」

 

 ウマ娘レースの重賞の賞金は決して安いものではない。

 特に八大競走となれば少なくとも一人が数年は遊んで暮らせる金額は出る。

 しかし、中村は溜め息をついて肩を竦める。

 

「まず、優勝賞金の全額が払われる訳じゃないさ。俺のところは半分は学園にやって、そのさらに半分はウマ娘本人に支給残った金額をトレーニング器具の維持費用や合宿費用に交通費、積み立て金にすれば、サブトレーナーのボーナスとして残るのは雀の涙程度だ。ジジイのところは?」

「オメェの所とそうは変わらん。強いて言うならウマ娘本人の支給額のほかに保険金も懸けとる。レースは戦場と同義、いつどんなトラブルがあるかわからんからな」

 

 ちらりと桐生院の方に視線を向けると桐生院の懐事情も良くはないのか、苦笑いを浮かべていた。

 

「質問、それでは今いるチームのトレーナーを増やすことは可能か?」

「無理だな」

「無理ですね」

「無理に決まっとるわ」

 

 辛辣なほどに現実は厳しい。三人ともそれぞれキャパシティは限界に近い。

 

「ワシのところは今年それぞれの部門別チーフトレーナーと副統括の六平を独立させたばかりじゃぞ? 新しい部門別チーフトレーナーは生え抜きじゃが、チーフ付きのサブトレーナーはひよっこどもよ。そんな中新しい人員を入れてみろ。流石に管理できんわ!」

 

 朝倉翁は怒りを滲ませながら反論する。

 

「何処をいってもついて回るのは金の問題さ。俺んところはいっぱいいっぱい。これ以上押し付けんならトゥインクル・シリーズ辞めて今いる人員連れてってドリームトロフィーリーグにいった方がマシってもんですわ」

 

 中村はシビアに現実を突き付ける。

 

「ウチのマニュアルは秘伝です。余所のトレーナーにほいほい見せられるようなモノではないし先人たちが血反吐を吐いて作り上げた芸術です。公表するなら公表するためにそれなりの値段をつけて買い取ってほしいモノですね」

 

 タダで俺らの積み上げてきたもんを掻っ払うとか嘗めてるの? という言い分は納得しかない。むしろ譲歩してくれているレベルだ。

 

「俺たちはプロです。仕事に責任を持ってる。せめて給料分の仕事をさせてください」

「謝罪、私が軽率だった」

 

 秋川理事長は頭を下げて深く謝罪する。

 

「いいんです。俺も言い過ぎました」

 

 中村は頭を掻きながらその謝罪を受け入れる。

 

「ですが、結局のところなにも解決していないのでは?」

「……俺らがどうこうできる問題じゃないことは分かった。それだけで一歩前進だろ?」

「そうさな、極論を言えば出来て手の空いてる奴がすればいい」

 

 朝倉は憮然として言い放った。

 

「――味田を復帰させろ」




 ゴルシウィーク、いいよね
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