「Umar Eats」の配達員から、トレセン学園にスカウトされたウマ娘の話   作:ayks

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我慢できませんでした。書きます


第1部 編入学編
プロローグ


それは4月に入って間もない、とある平日のことだった。

 

「――――遅い」

 

ミント味のタブレットを奥歯で噛み潰しながら、スマホの画面を確認する。

機種変更して間もないそれは、既に14時を過ぎたことを教えてくれた。

清涼感を感じる口内とは裏腹に、胸中はもやもやとした感情が渦巻いている。

 

「たかが昼飯の配達に何時間かけてんだ……ったく」

 

本当に久しぶりに取れた終日完全オフだというのに、せっかくの休みを台無しにされた心地だ。

普段は絶対に出ないような悪態がしきりに口を突いて出る。

 

日頃の激務から離れて、今日は一日本当に「何もしない」と決めていたのだ。

好きな時に起きて、好きな時に寝る。掃除や洗濯も今日はしない。

仕事の電話にも当然出ない。尤も、本来自分が今日やるべきことは、「同僚」に全て任せてきている。

 

なぜなら、今日がオフだから、だ。

もちろん飯も作らない。部屋着を脱がない。髭も剃らない。好きなものを頼んで好きな時に食べる。

 

いつも頑張ってる自分へのささやかなご褒美として、怠惰の極みを謳歌しよう。

そう思っていたはずなのに――

 

「――――もう我慢ならん!」

 

ベッドに投げ出していた体を起こし、注文先の電話番号が表示されているボタンをタップする。

今日は可能な限り重力にも逆らわないつもりだったのに。この労力をどうしてくれる。

繰り返されるコール音。幸い、数コールですぐに繋がった。

 

『お電話ありがとうございます。一発逆転寿司 ○×町店です』

 

「あ、もしもし?すみません2時間前に注文したんだのにまだ届いてないんですが」

 

自分でもちょっとびっくりするくらいトゲトゲしい声が出た。おかげでちょっと冷静になる。

すみませんすみませんとしきりに謝る店員に名前と注文内容を簡単に伝え、状況を確認してもらう。

 

『大変申し訳ありません……実は注文と違う物を配達員に持たせてしまったことに後から気付きまして……

 

慌てて戻ってきてもらったのですが、今度はその配達員のウマ娘が自動車と接触事故を起こしてしまいまして……』

 

――マジか。

 

『今代わりのウマ娘を手配しておりますので、今しばらくお待ちいただければ……』

 

一文節ごとに「申し訳ありません」と言うスタッフさんの話に、はい、はいと力なく返事をして電話を切った。スマホをベッドに投げ、自分もマットレスに体をぼふんと預ける。

 

「これが12位の力か……」

 

確かに、兆候はなんとなくあった。

起きてトイレに行こうとした所に、角で小指を強打し。

朝から飲もうと買っておいたビールは、冷蔵庫に入れ忘れ。

そして――何時間待っても頼んだ昼飯が来ない。

 

いつもなら絶対に見られない時間帯のニュース番組でやっていた星座占い。今日はなんと最下位だった。

普段なら鼻で笑うような些事。だがここまでツイてないと、今度からもう少し意識した方がいいだろうか、なんて思ってしまうのを誰が責められようか。

 

どうして、よりによって。

最高の休日になるはずだったのに、至る所から水を差されっぱなしだ。

明日になれば、また朝から晩まで身を粉にして働かなければならないというのに。

 

しかし、起きてしまったものは仕方ないのだ。

 

切り替えていこう。不幸とは往々にして起こるもの。店も、配達員も、運転手も誰も悪くない。

ウマ娘と車の接触事故なんて、日常茶飯事な故に新聞の記事にすらならない時代だ。

八つ当たりのようになってしまった店員に心の中で謝罪を述べ、事故ってしまったウマ娘の無事を祈った。

 

むしろ自分がついてないことで、他の誰かが幸せになりますように――なんて。

 

「……さて、今どのあたりかな」

 

寝転がりながら、再びスマホの画面を触り、バックパックの形をしたアイコンのアプリを立ち上げる。

 

最近のデリバリーサービスは、配達員がどのあたりにいるのか、あとどのくらいで着くのかがアプリからすぐに分かるようになっている。

時代も変わったものだ。

 

「――お?」

 

画面に表示された地図。その上にピンのようなマーカーが効果音と共に現れた。

それが家に向かってゆっくりと移動――しなかった。

 

否――()()()()()()、動かなかった。

 

「――え?」

 

マップの上に現れた点。

それが尋常じゃないスピードで動いている。

 

「――おいおい。アプリまでバグっちまったのか。

今日はとことんツイてないな」

 

その点は澱みない速度で進行を続け、ここ――自宅へと向かっている。

画面の下にある「あと○○分程度で到着します!」の数字が冗談のような速度で小さくなる。

 

ウマ娘の平均時速は、50~60kmと言われている。

だがそれは、あくまで「競争バ」としての適性を持つものの話。

レースに出ていないウマ娘も含めた全員の平均値となると、それらの7割ほどに落ち着く。

 

だが、この速さはもはや――

 

 

『ピンポーン』

 

「――は?」

 

唐突に呼び鈴が鳴り、ふと我に返る。

画面に表示されたマーカーは、自宅の位置と重なっていた。

恐る恐る、インターホンの「通話ボタンを押す」

 

 

『ウーマーイーツです!えらい遅うなってホンマすんません!』

 

「は、はい」

 

関西訛りのある少女の声。

反射的にエントランスのオートロックを解除する。

 

乗用車を遥かに超える速度でやってきた少女は、十中八九まず間違いなくウマ娘だろう。

しかし――"いくらなんでも速過ぎる"

 

注文した店とココまでの距離と、到着した時の時間。

アプリに表示されるタイムラグ等も考えても、その平均時速は――

 

「ちわーっす!ウーマーイーツですー!」

 

そんなことを考えていると、玄関の向こうから声がした。

 

「はーい今行きますー」

 

ぺたぺたと裸足のまま玄関に向かい、扉を開ける。

 

 

「遅なりましてホンマすんませんでした!」

 

そこにいたのは、珍しい「芦毛」。

白銀色の髪を垂らし、頭を下げる小柄な少女――らしきものが立っていた。

 

頭の上にあるふたつの耳。

尾てい骨から延びる尻尾。

 

それらが、年相応の"人間の"少女とは決定的に違うことを如実に表している。

 

 

「ウマ娘」

 

人間と大差ない体躯にも関わらず、人智を超えた超人的な走行能力を有した生き物。

人類の良き隣人として生を受け、今日まで共に歩んできた存在である。

 

動きやすそうなジャージ姿に身を包んだ芦毛の少女は、頭を下げたままじっとして動かない。

その耳は垂れ、手は少し震えていた。

 

お店の人に「大変お怒り」とか吹き込まれたのだろうか。

近年では店員やスタッフに対し、横柄な態度を取る客も少なくないと聞く。

 

それに、随分と若い。まだ"年端も行かぬ"という形容も十分に当てはまる年齢だろう。学園の生徒と大差ない――いや、むしろ同年代なのではなかろうか。

こちらに向けたままじっと動かない旋毛に、どこか重そうな事情を感じ取る。

 

「それはもう大丈夫です。えっと、車とぶつかった娘は……?」

 

「す、少し擦りむいた程度で、大事にはならへんかったようです……

運転手も無事やと」

 

大遅延に対して怒鳴られるとか考えていたのだろうか。少し戸惑いながら答えてくれた。

 

「それはよかった。ご苦労様です。急かしてしまったようですみません」

 

「ホンマすんません……お店のテンチョーも申し訳ない言うてました……

こちら品モンです。お代はカードで既にいただいとりますんで」

 

背負っていた大きなバックパックからビニールの包みを取り出し、手渡される。

違和感を感じる、ずっしりとした手応え。

 

中身を改めると、自分が頼んでいた量よりも明らかに多い。

「握りと天ぷらのセット」だったはずだが、茶わん蒸しやら唐揚げやら、身に覚えのないものまで色々と入っている。

 

 

「あの、こんなに頼んでないんですが……また間違えてません?」

 

「あ、いえ!それはテンチョーからのお詫びだそうです。迷惑かけたからって……」

 

「そうなんですか……」

 

不機嫌そうな電話のせいで、いらん気を遣わせてしまったらしい。

男とはいえ、流石にここまで沢山は食べられない。

 

その時、ふわりと香る油と寿司酢に反応したのか、目の前のウマ娘のお腹がくるると可愛らしく鳴った。

 

「~~っ!」

 

バッとお腹を押さえ、赤面する彼女。

 

「――っ、すんません!

ほな、ウチはコレで……」

 

「あっ、ちょっと!」

 

その場から逃げるようにエレベーターに向かう彼女を慌てて呼び止め、ビニールの中から自分が頼んだものだけを取り出す。

 

その残りを彼女に手渡した。

 

「え……?」

 

「流石にこんなには食べられないので、残りは『特急料金のチップ』ということで、キミに」

 

「え、でも遅れたのは……」

 

「遅くなったのは事故のせいであって、キミのせいでも何でもない。

それにお腹すいてるんでしょ?」

 

戸惑う芦毛のウマ娘。さらに追い打ちをかけるようにお腹が鳴って、少女はさらに顔を紅く染める。

 

「……ほんなら、頂いても?実は今日まだ何も食べてなくて……」

 

「勿論」

 

若干気まずそうなはにかんだ笑みを浮かべて、ビニールを受け取る少女。

 

「ありがとうございます!またお願いします!」

 

こちらを何度も振り返りながらお辞儀を繰り返す少女を手を振って見送った。

 

「"何も食べてない"、か……」

 

悪くもないのに実直に頭を下げ、必死に働く少女の姿は、どこか応援してあげたくなるような気持ちを掻き立てられる。

苦学生だろうか。現行の法律では、未就学のウマ娘に関して労働は禁止されていない。それにしたって若いし、この時間に働いているのはどう考えても何かおかしい。

まぁ、自分には何もしてやれないけどなと自嘲気味な笑みが浮かぶ。

ああして素直でいい子の対応は、こちらとしても気分が良い。是非とも頑張ってほしいものだ。

 

自室に戻り、タッパーの蓋に醤油を垂らしながら、ふと思い出した。

 

「そういや、本当にアプリのバグじゃなかったとして――

 

あの速度で結構な距離を走ってきたはずなのに、

 

息ひとつ乱れてなかったな」

 

 

本当にあの速度で走行していたのであれば――

並のウマ娘とは一線を画す心肺機能を有していることになる。

 

それは紛れもなく、「配達員」ではく「競争ウマ娘」としての素質。

 

もしかしたら、また近いうちに会えるかもな。なんて――

 

脂の乗ったカンパチの握りに舌鼓を打ちながら、そんなことをぼんやりと考えていた。

 

 

 

 

そして――

 

これが後に「白い稲妻」と称えられるウマ娘と、そのトレーナーとなる男の出会いであった。

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