「Umar Eats」の配達員から、トレセン学園にスカウトされたウマ娘の話   作:ayks

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ココロとカラダ

『ウマ娘とは、古くは文明の起こりから、人間と生活を共にしていた生き物である。

運搬から始まり、農耕、軍用、競技等、人々の営みに密接に関わってきた。

同じ言語を介し、共に笑い、泣き。

人類の歩んできた歴史に、彼女達の存在を欠かすことはできない。

ここでは、上記のような多様な使命に従事していたウマ娘の中でも、"競争バ"としての適性が高い個体について考察する。

 

ウマ娘は姿形こそ人間と大差ないが、その在り方や精神は、人間よりも"動物"のそれに近い性質を有している。

筋繊維は成人男性の数倍もの密度を有し、油圧式重機を彷彿とさせる膂力は物理法則を凌駕しているのではと錯覚する。

古来からの良き隣人であると同時に、人類とは違う(ことわり)で成り立っている、ある意味で最も遠い存在だとも言える。

 

彼女たちを、より動物的だと論じた根拠は複数ある。

先述した埒外の筋力は言わずもがな、議論の中心となるのはその"精神の在り方"である。

 

身体の個体差はあれど、ウマ娘として生を受けた以上必ず持っているものがある。

他者よりも速く。

他者よりも強く。

「勝負事」に対して異様に執着する、()()()()()()()

 

これが、ヒトとは決定的に違う差異である。

 

少し話は逸れるが、彼女達の身体構造は「誰よりも先に目的地(ゴール)へ辿り着く」という、種の望みを叶える為だけに形作られたと言っても過言ではない。

知的生命体としてほぼ完成され、種族単位での共通した精神的特徴を持たない人類とは似て非なる存在。

 

速く走れる脚があるから闘争を始めたのではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()()()()

その(おこ)りだけを見れば、ただひとつの目的のために進化を遂げた、原始的(プリミティブ)な――地球上に現存する、人間以外の生物の性質が色濃く表れていると言える。

有史以来、人類以外で初めて言語で意思疎通が図れる唯一の文化的種族であると同時に、種としての本能に忠実な動物的側面を併せ持った極めて稀有な生物でもある。

 

長々と身体的な特徴について触れてきたが、彼女達が持つ生物的ポテンシャルを十全に発揮するためには、その精神状態(ステータス)――トレーナーが使う用語で言うところの「やる気」――が大きなウェイトを占めている。

 

極端な例を挙げると、身体に異常をきたしていても、やる気でそれを補いレースで勝利した記録が残っている。

そして、その逆もまた然り――

万全なコンディションだろうと歴戦の猛者だろうと、精神(やる気)が不安定だと掲示板を外す、といった事例は枚挙に暇がない。

 

人類のアスリートでさえ平常心を保つため、ルーティーン等を重要視しているのだ。

"種の使命"に生きている競争バにとってメンタルのコントロールとは、身体作りと同じく最も慎重に行うべき事柄である。

 

ウマ娘は基本的に感受性が非常に豊かであり、善良で健全な精神を持つ個体が大多数を占めている。

そしてヒトと同等の知能を持ちながら、ヒトを遥かに凌駕する筋力を備えている。

にもかかわらず人類が彼女達に淘汰されなかったのは、(ひとえ)にウマ娘が善人だったから――という仮説があるのは有名な話だ。

 

故に、競争バの指導にあたるトレーナーは、担当のメンタルケアを慎重に行わなければならない。

感情の振れ幅が人類のそれよりも遥かに大きい彼女達であるからこそ、やる気のコンディションはパフォーマンスに大きく作用する。

 

具体的には、大きな動揺をもたらすような言動及び挙動は極力控えるべきである――』

 

 

「言えるわけが、ないんだよなぁ……」

 

 

ひとり読んでいた著書を閉じて、小さく独りごちる。

 

彼を除いて誰もいない、チーム・プロキオンの部室と化した埃っぽい部屋。

日はすっかり落ち、聞こえるのは風が木々を揺らす音と、遠くに聞こえる救急車のサイレンのみ。

この時間に敷地内に居る人間は、彼のように残業をしている者か警備員くらいだろう。

今の時代にはあまり似つかわしくない古い蛍光灯が、青白い光を部室に落としている。

 

レース本番で実力を遺憾なく発揮するために「平常心の維持が大事」というのは、有名を通り越してもはや当たり前の話。

心の起伏が激しいウマ娘は、人間よりもそのコントロールが難しいとされている。

ほんの少し琴線に触れるような出来事でいとも容易くやる気が下がり、コンディションにも多大な影響が及ぶ。

トレーナーにはそういった"気難しい"彼女たちのメンタルをケアすることも、暗に仕事の一環として捉えられている。

 

思い出すのは、泣きながら笑っていた彼女の母親の顔。

思い出すのは、苦い顔をしていた理事長とその秘書の顔。

 

そのどちらも、レースでの活躍を目指す彼女にとってはこれ以上ないほどの雑音(ノイズ)――邪魔こそすれ、彼女の成長に良い働きをするとは思えない。

 

『なんか――虫が良すぎんか?』

 

グラウンドを見下ろすあの日の夕暮れで、何かを察したタマモクロスからの質問。あれは完全に予想外で、思わず反応を示してしまうところだった。

母と自分、どちらの事に関しても、彼女に一切悟らせるわけにはいかない。

 

 

「……トレーナーって、思っていた以上に難しいんだな」

 

誰に聞かせるわけでもなく、小さく呟いた。

 

根を詰めなければならないスケジュールに加えて、精神面で特大の爆弾を抱えている彼女のマネジメントは、本当に慎重に取り組まなければならない。

これがベテランのトレーナーであれば、まだ過去の経験から培ったノウハウでどうにかできるかもしれない。

 

だが彼は、生まれて初めて担当ウマ娘を持った身。

チュートリアルを飛ばして、いきなりコンティニュー不可の超高難易度ゲームに放り込まれたに等しい。

 

更にその立場上、誰にも攻略法を相談できないというオマケ付き。

 

 

「これは気合入れないとな」

 

 

だが、決めたのだ。

例えそれがどんなに険しい道だろうが、必ず彼女と踏破してみせると。

 

()()()()()()()()というのはそういうことなのだ。

 

冷蔵庫に常備してある、鋭利な爪痕が刻まれたようなパッケージの缶を取り出し、プルタブを開けて中身を煽る。

意図的に強めにされた炭酸が、疲れで鈍くなっていた彼の脳を再度刺激した。

 

自らを鼓舞するように両頬を叩き、読みかけの本を再度広げる。

 

 

"今日も"、プロキオンの部室の灯りは消えることはなかった。

 

 

 

□ ■ □ ■

 

 

 

一方その頃――

 

時を同じくした学園の某所。

秘書が寄越した報告書を手に、低い声で唸る少女の姿があった。

 

 

「――納得。なるほど、母親の容体が」

 

「えぇ。衰弱が著しく、今も予断を許さない状態だそうです。

本来なら面会も謝絶で、生命維持に必要な機材を繋いだ方がいいと」

 

「……彼女は、"このこと"は?」

 

「あまり良くないことは知っているとのことでしたが、詳しくは……

と言うのも母親自身が、タマモクロスさんには言うなと病院を口留めしているそうで……」

 

「……例の『やる気』理論か、はたまた――」

 

それが競走バに対する知識からくるものなのか、母の矜持からなのか、理事長とその秘書に確かめる術はない。

ただ、その"伝えない"ということが、娘に対する深い想いから来ることだけは理解できた。

 

「――憂慮。初めての専属にしては余りにも荷が重いな」

 

「えぇ。ですが、恐らく大原さんも全て知った上で決断されたと思います」

 

『深刻』と書かれた扇子を揺らし、苦々しく呟く理事長。

そんな上司の様子を見ながら、たづなは翡翠色の目を優し気に細める。

 

その脳裏には、覚悟を決めた彼の男らしい表情と、先日学園内を案内した明るく振る舞う葦毛のウマ娘の姿が浮かんでいた。

 

「タマモクロスさん、大原さんの言う通りとってもいい娘でしたよ。

色々と辛いこともあるでしょうに、それを表に一切出さなかったんですから。

 

こっそりトレーニングも覗いてきました。まだまだ粗削りですが、少し磨けば眩く光る極上の原石です。

大原さんの観察眼には本当に驚かされます。あんな逸材が、こんなすぐ近くに眠っていたなんて……」

 

「笑止ッ!私は大原のトレーナーとしての素質を微塵も疑っておらんッ!

 

だからこそ、なおのこと腹が立つのだ。

私にもっと力があれば、あんな決断を彼に迫らせることもなかったのだ……」

 

握り締めた扇子から、ミシリと嫌な音が鳴る。

 

 

『特編』の存在は、トレセン学園に在籍するウマ娘に対して秘匿することが義務付けられてる。

それは()()()()()()()()()()()()例外ではない。

明文化されない理由は簡単だが、その経緯はかなり根が深い。

 

なぜ、伏せておくのか。

理由は単純――開示することに一切のメリットがないからだ。

 

ウマ娘は善良な生き物だ。種として劣っているはずの人類を虐げることなく、今日まで仲睦まじく歴史を築いてきた。

思いやりに溢れているが故に、人の悪意に――詐欺等の犯罪に――自覚なく巻き込まれてしまうことだってある。

 

それが、ウマ娘という生き物である。そんな彼女たちが――

 

自分のトレーナーが、自分の将来に人生(バッジ)を賭けていると知ったらどうなるだろうか。

同じレースに出走するウマ娘のトレーナーが、次で負けたら学園を去ると知ったらどうなるだろうか。

 

そんなことを知ってしまったら、レースに手心を加えてしまう可能性だってある。

 

――トレーナー生命が掛かっているため、他のトレーナーに対して"手をついた"。

 

国を挙げて行っている事業に、そんなアヤがつくことは絶対に許されない。

トゥインクルシリーズというものは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

では、なぜそこまで厳しい制約を課さねばならないのか。

これも理由は非常にシンプル――

 

URAの中にも、ウマ娘に対して()()()()()()()()()()()()()()()がいるからだ。

 

 

全てのウマ娘に可能性を与えたい先代理事長。

予算の都合で、無尽蔵には受け入れさせたくないURA役員。

 

 

互いに譲らない両者が長きに渡り平行線を辿った議論の末に導き出されたのが、"行使するハードルが限りなく高いワイルドカード"という、些か苦しい折衷案だった。

矜持、食い扶持、今まで積み重ねてきたものを人質にすれば、(いたずら)に行使するトレーナーは現れないだろうと、最初から使われることはほとんど想定されていない。

 

 

じゃあスカウトマンを外部から雇用すればいいのでは、という意見もあった。トレーナー一個人が、そこまでのリスクを負う必要はあるのかと。

しかし結局は、その責任の所在が変わるだけで何の解決にもなっていない。

誰の名前で連れてこようが、"採算"が見合わなかった場合、誰かしらが腹を切ることになる事実は変わらない。

 

そもそもの話として、スカウトマンになる素養を身に付けるにはトレーナーとしての知識が不可欠だ。

素人が地方に行ってレースを観たところで、何を見たらいいのかわからないのであれば意味がない。

だがそんな知識があるならば、全国各地をドサ周る薄給仕事よりも、府中で名誉や名声のために担当ウマ娘のトレーナーとして働きたいと思うのは自然だと言える。

 

そして何よりも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()にも関わらず、何故こちらがわざわざ金を出して探さなければならない?

役員の大半はそう考えている。

 

現に生徒会と理事長室が協力して行っている外部へのスカウト活動は、その費用のほとんどが秋川やよいからの私費――ポケットマネーから捻出されている。

 

全ての人間が、ウマ娘に対して無償の愛を注ぎたいと願っているわけではないのだ。

今の組織の中で、ウマ娘の行く末を心から案じているのはほんの一握り。

レースに携わる全ての事柄を、数字でしか考えられない"興業"としか認識していない連中に、彼女達は嫌気が差している。

 

"秋川やよい"と"駿川たづな"が今の組織の在り方を好きになれないのも、そういった考えが見え隠れするからだ。

 

これが、『特編』が生まれた経緯とその背景。

"ウマ娘"が知らない、"人間"の汚い部分が詰め込まれた契約。

 

尤も、学園の運営に深く関わっている生徒会長(ルドルフ)その右腕(マルゼンスキー)は知っているかもしれない。

だがいずれも人格者であるため、吹聴して回るようなことはしないだろう。

"知ってしまったこと"に対するリスクをしっかりと理解できるだけの分別がある。

 

 

タマモクロスのようなウマ娘は、全国――世界規模で見てもさほど珍しくない。

お金がない。身内の具合が悪い。面倒を見なければならない人がいる。

 

 

()()()()()()()()()()で、彼女達の夢が奪われるような今の現状が、秋川やよいには許せなかった。

 

 

「無論、当事者にとっては大きな問題であるだろうがな。

それを"些事"と言ってのけるだけの、ウマ娘にとって、より懐の広い世の中にしていきたい。

 

理事長としての私の願いはそれだけだ」

 

「……私も同じ気持ちです。そのために、ここに居るんですから」

 

 

「感謝――いつもありがとうございます、駿()()()()

 

「いいのよ()()()()()()。私とあなたの仲ですもの」

 

 

理事長と秘書は、互いに顔を見合わせて小さく笑った。

 

 

「奮起ッ!このまま連中の言いなりというのも面白くない。

 

()()()、我々ができる限りの範囲で、チーム・プロキオンには便宜を図るように。

彼らに何か困ったことがあれば、手を差し伸べてやって欲しい」

 

「かしこまりました、()()()

 

学園を預かる貴女の名代として、精一杯サポートさせていただきます」

 

彼らにとってはもう後に引けない背水の陣だが、これは今の体制を変える大きなチャンスでもある。

地方での実績もないウマ娘が中央で結果を残したとなると、URAも閉口したままではいられないはずだ。

 

 

深々と頭を下げる秘書。それを横目に、窓に映る月に視線を向ける少女。

帽子の上に居る猫が、彼女を気遣うように「にゃあ」と小さく鳴いた。

 

 

だがいくら支援したところで、トレーナー(大原)ウマ娘(タマモクロス)が結果を出さなければ意味がない。

頭の固い連中の考えを変えるには、その硬度を超える輝かしい結果でぶん殴るしかない。

 

 

「頼むぞ――」

 

 

こうして、それぞれの思惑は動き出す。

来る、メイクデビュー戦に向けて。

 




ささやかですが、前回に引き続き宣伝です。

ハーメルンで『十五夜にプロポーズでも』と言う作品を投稿していらっしゃる『ちゃん丸』氏主催の、『ウマ娘プリティーダービー~短編企画集~』に声をかけていただき、短編を寄稿させていただきました。

5月22日から始まっており、毎日21時に1話ずつ、計9つの作品が投稿されます。
参加者の中には、ウマ娘カテゴリ内でお気に入り4桁戦士とかもいらっしゃるので、もしかしたら皆さんも追っている方が書いた作品もあるかもしれません。

私のは5/28(金)に更新されています。
皆さんはタマモクロスが好きで拙作を読んでいただいているだけで、私はそれに乗っかっているだけ、というのは重々承知です。
それでも、良かったらお読みいただけるととっても嬉しいです。

忖度無しに全作品面白いので、よかったらご覧になってください。
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