「Umar Eats」の配達員から、トレセン学園にスカウトされたウマ娘の話   作:ayks

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※タマモクロスのデビュー戦が5月というのは私の完全なガバです。本当に申し訳ありません




学ぶ意味、そして初戦

5月中旬

阪神レース場

芝2000m 出走者11名 バ場状態――良

 

新バ戦――通称「メイクデビュー戦」

 

 

()()()()()()()タマモクロスは、肩で息をしながら呆然と掲示板を眺めていた。

 

5着まで表示される掲示板。

デジタル数字で映し出された着順に、彼女のゼッケンに書かれた番号はない。

 

「はっ、はっ――」

 

遠のきそうになる意識を、応援席から向けられる一際強い視線が辛うじて繋ぎ止めている。

苦しい。肺が潰れそうだ。

 

結果を伝える実況も。

それなりに大きな歓声も。

 

何もかも聞こえない。聞きたくない。

 

生温い風が汗を伝う頬を撫で、赤と青の鉢巻(ストライプ)が力なく揺れる。

芦毛とターフに良く映えるそれが、今はたまらなく滑稽に見えた。

 

悔しがることもなく。

泣くこともなく。

自分の身に何が起きたのかわからないといった様子で。

 

結果に一喜一憂する他の出走者10人とは違い、微動だにせず立ちすくむウマ娘。

その様子を遠目に見ながら、彼女のトレーナーもまた渋面で奥歯を力いっぱい噛み締めていた

 

通常のトレーニング期間の半分にも満たない時間での急拵え。そもそもが無茶なスケジュールではあった。

彼女には「勝ってこい」と、激励の言葉をかけた。

だが当然、楽勝で1着になれるなんて希望的観測は微塵も抱いていなかった。

しかし、嘗めてかかっているわけでもなかった。

彼女が本来持ち合わせてるポテンシャルを引き出せば、十分に勝ちの目はあると踏んで送り出した。

 

――だが、

 

「ここまで、とはな……」

 

スタンドの最前列、手すりに置いた両の拳を強く握り締める。

爪が掌に食い込み、じわりと血が滲む。

 

そんな事を意に介さず、彼の心は後悔の渦中にあった。

何がダメだったのか?やはり時期尚早だったのか?自分の指示に不足が?

いくら考えても結果は見えてこない。それでも、彼は思案を止めない。()()()()()()()()()()

 

 

1()1()()()()7()()

一ヶ月もの間、二人三脚で歩んできた先の残酷な結果がそこにあった。

 

 

「これが、レース――

 

これが本物の、勝負」

 

 

初めてのレースで彼女達が舐めたものは、

勝利の美酒ではなく、苦い辛酸だった。

 

 

 

■ □ ■ □

 

 

 

メイクデビュー戦の2週間前――

今日も今日とて、タマモクロスとトレーナーはプロキオンの部室にいた。

 

 

「――なぁトレーナー」

 

「……なんだ。手が止まってるぞ」

 

「ちゃうねん。かれこれずっとこないなオベンキョーしてきとるけど、ホンマに意味あるんかコレ?

 

ウチ走るのは多少自信あんねんけど、そないに(おつむ)がええワケやあらへんし……」

 

まだ先が尖ったままの鉛筆を握り、パイプ椅子に腰かけたまま退屈そうに足を揺らす。

年頃の少年少女というのはどうにも勉学に打ち込むのが苦手だそうだが、この娘もご多分に漏れずあまり好きではないらしい。

知識の蓄積ほど面白いものはないのだがなと首を傾げるばかりだが、そう言えば自分も学生の頃は机に向かうよりも身体を動かす方が好きだったなと思い出す。

 

集中力というのは、本来持って1時間が限界だと論文で読んだ。

そのためタマモクロスには、勉強とトレーニングを60分毎に切り替えて集中力を維持させる、というメニューを組んでいる。

 

机に向かい彼のノウハウを叩き込まれ、気分転換を兼ねて身体を動かす。

一夜漬けもかくやという程の、限界詰め込み式学習のガス抜きという意味合いもある。

 

「知識の重要性は、前にも教えたはずだが」

 

「せやけども!こないなコトしてる間に、他はみっちり走り込んどると思うと……」

 

どうやら勉強をしたくない口実ではなく、トレーニングが少ないことに対して焦りを覚えているのだろう。

気持ちがわからないわけではない。デビュー戦を目前に控えているのにも関わらず、トレーニングの半分の時間を座学に費やしているという状況は内心穏やかではいられないというのも理解できる。

仮に彼女が何の鍛錬も積んでいないウマ娘だったら、タマモクロスが言う通りに遮二無二に走らせたはずだ。

 

だが「Umar Eats」で半年間鍛えた彼女の健脚は本物だ。

トレーニングを始めたての頃に行った身体能力測定によって、彼の見立て通り優れた脚を有していることは分かっている。

そのため長所を伸ばすのではなく、足りない部分を補うような時間の使い方をしても問題ないと判断した。

 

不安そうな担当ウマ娘に、トレーナーはある質問を投げかける。

 

 

「――タマ、"正しいトレーニング"とは何だと思う?」

 

まーたややこい質問……と一瞬苦い顔をするが、鉛筆の尻を顎に当てて考える。

空を泳ぐ目線と連動するように、ぴこぴこと耳が動く。

 

 

「う~ん……わからん!

とにかくシャカリキにやって、体力を付ける!って言いたいトコロやけど、アンタのことやから(ちゃ)うんやろ?」

 

コーサン!と両手を挙げた降伏宣言。

それを見ても彼は特段がっかりした様子はない。

 

「まぁ確かに、それもまたひとつの答えではあるな。当たらずも遠からず、ってかんじか?

 

 

正解はな――()()

 

 

「……は?」

 

「厳密には、『ウマ娘による』というのが正しいかな」

 

「おい、流石に怒るで」

 

まぁ最後まで聞けと、立ち上がりかけた芦毛を手で制す。

 

「トレーニングに正解はない。それは不変の事実だ。

だってそうだろ?正解があるなら、みんなその"正しい"トレーニングをすればいい。そうすりゃ、タイムだって伸びるし結果も出るはずだ。

でも、そうはなってない。ウマ娘は一人ひとり適性距離も脚質も違うからな。

 

『ウマ娘』という種族の単位で、全てにおいて画一化できる有効なトレーニングは存在しない。今のところはな」

 

勿論、効果的なものはいくつかあるけどなと補足する。

 

「んー……要は、ウチにはウチに合ったトレーニングがあるけど、それがヨソのウマ娘にも効くとは限らんっちゅー話やろ?」

 

「よくわかってるじゃないか」

 

「茶化すなや!大体そんなん――」

 

 

()()()()()()――そう言いたいんだろ?」

 

時計を見て今の時刻を確認しながら、トレーナーは席を立ちホワイトボードの前まで移動する。

まだ少しだけなら講義の余裕もある。

 

 

「さっきも言ったように、トレーニングの"方法"に正解はない。

だが、トレーニングの"目的"にはハッキリとした解答がある」

 

教師よろしく、ボードに文字を書きながら言葉を紡ぐ。

 

「トレーニングをする目的は、大きく分けて二つ――

 

 

『地力の向上』と『再現性』だ」

 

「サイ=ゲンセイ……?」

 

誰だソイツは。

 

 

「……地力を上げるってのは本当にその通りの意味だ。

走り込みで速度をつける。水泳でスタミナをつける。ウェイトリフティングで筋力をつける。といった具合にな。

身体を鍛えること自体は、それはもうメチャクチャに大事なことだ。ぶっつけでフルマラソンを走るなんて不可能だろ?それと同じ理屈だ。一々言わなくてもわかってるよな。

 

そしてそれと同じくらい大事なのが、トレーニングでできたことを如何に本番で上手くできるか――()()()()()()()

 

講師の話を聞くこの場で唯一の生徒は、腕を組みながらまだ頭に疑問符を浮かべている。

 

「『練習でできないことは本番では絶対にできない』ってよく聞くだろ?要はアレの真逆だ。

 

一番の理想は、トレーニングで最高のパフォーマンスを出して、本番でソレを真似するだけ」

 

ふんふんと頷くタマモクロス。ようやく意図が伝わり始めている。

 

「そして、"再現"するためには"仕組みを理解すること"が大切だ。"理由"とも言い換えられる」

 

例をボードへと書き連ねていく。

 

「上り坂ではストライドを小さく取った方がいい"理由"

 

重いバ場では踏み込みにもっと意識を割く"理由"

 

ハイペースなレースでも掛からずに自分の速度を維持する"理由"

 

成り立ちが分かれば、それは立派な『知識』として蓄積される。理屈がちゃんとわかっていれば――」

 

「ホンバンでも練習通り走れる!」

 

ようやく主旨を理解したらしいタマモクロスが目を輝かせて叫んだ。

その様子を見たトレーナーが満足そうに頷く。

 

 

「そう。()()()()()()()()

 

自分で仕組みを理解していないことは再現のしようがない。

そして、本番で十全なパフォーマンスを発揮するためのメンタルのコントロール。

 

彼が座学を通じて、担当のウマ娘に伝えたい一番のポイントはそこだった。

 

「これでわかったろ?トレーニングの時間を削ってまで、知識をつけさせていた"理由"」

 

「……せやな。わかったトコロであんま乗り気はせぇへんけど、少なからずやる気は出たわ」

 

だが納得はいったらしい。

 

「"やらされる練習"ではあまり意味がない。自分で意義を見出して、初めて良いトレーニングになるんだ。

あらゆる物事には大抵理由がある。これからも気になることは何でも聞いてくれ」

 

「わーった」

 

彼女が深く頷いたところで、スマホのアラームが鳴る。

丁度60分。今からの1時間はトレーニングだ。

 

「さぁ、お待ちかねの坂路トレーニングの時間だぞ」

 

「げぇ!よりによって坂路やて!?あれごっつキツいんよなぁ……

まぁ、やるんやけどな」

 

大きく伸びをしながら立ち上がった。

彼もタブレットを片手に一緒に部室を出て、鍵をかける。

 

トレーニング自体は、とても順調に思える。

あとは経験不足をどう埋めていくかだ。

 

デビュー戦は、すぐそこまで迫っている。

 

 

 

□ ■ □ ■

 

 

 

そして本番当日――

 

彼らはデビュー戦が開催される阪神レース場――兵庫県宝塚市にいた。

 

 

「う"ぇぇ……」

 

「肝が細すぎるな」

 

タマモクロスの出走30分前――

地下バ道へと繋がっている、ウマ娘とそのトレーナー、関係者が利用できる控室。

その中でトレーナーは、顔が真っ青な自分の担当ウマ娘の背中をさすっていた。

 

彼女が歴代の名立たる名バ達と比較しても遜色ない素質を秘めていることは、彼自身も信じている。

しかしその一方で、明確な問題点も()()()、ひと月のトレーニングを通じて浮き彫りになっていた。

 

ひとつは、彼女のメンタルが想像以上に繊細(デリケート)だったこと。

自らが望んだこととはいえ、過酷な労働環境に加えて急激な生活の変化は、もともと図太いとは言い難いタマモクロスの心に大きな負荷をかけてしまっている。

彼はそれを見越して、座学にアスリートのメンタルコントロールに関する講義も取り入れてはいた。

だが一ヶ月という期間は、少女を"走者"にするには余りにも短すぎた。

 

阪神レース場は関西ということもあり、府中からはそこそこの距離がある。

レースは午後からの出走ではあるが、彼女のデビュー戦ということもあって、トレーナーはタマモクロスの前日入りを選択した。

地方の雰囲気に慣れ、ゆっくり1日過ごすことで少しでも緊張を緩和できればと考えてのことであったが、どうやら良い采配とは言えなかったようだ。

緊張から来る吐き気に苦しそうにうめく彼女を見て、彼は慎重に言葉を選ぶ。

 

 

「……大丈夫か?何度も言っているが、今日は、無茶はしなくても良い。というよりするな。

レースの雰囲気や……リアルな駆け引きを学ぶだけでも十分だ」

 

だが、背中をさするトレーナーの手を払いのけ、タマモクロスはキッと厳しい視線を向ける。

その手は、震えていた。

 

「――っ、アンタがソレを言ってどないすんねん!

こんなん、勝てへんかった理由(いいわけ)にしちゃ下の下やろ。

ウチはやったる。こんなとこでしゃがんでられへんのやっ! 黙って見とかんかい!」

 

苦しそうな顔を浮かべつつ、辛辣な言葉を吐く芦毛の少女。その小柄な体躯はレースを目前にして、更に一回り小さく見えた。

 

 

問題点の二つ目――彼女は()()()()()()()

 

ウマ娘は代謝が極めて良い――燃費が悪いとも言い換えられるのだが。

トレーニングによって消費したエネルギーを食事によって補うのは人間と一緒。

だが、その摂取量は成人男性の数倍――ともすれば十倍近くにまで及ぶ。

 

良く動き、良く食べる。健啖家であるということは、それだけで優れたウマ娘の素質を備えているとも言える。

 

だがタマモクロスの食べる量は、大原とさほど変わらない。

動いている量に対し、明らかに取り入れるエネルギーが少ないのだ。

それは環境の変化によるストレスか、もともとの体質によるものか、編入学当初よりも確実に痩せていた。

過剰とも言える座学の時間も、実は彼女の胃のキャパシティを考慮してのことだ。

これ以上に身体を動かすと、レース中のスタミナを維持することができないと判断したからだ。

 

課題は無限、だが時間は有限。

 

トレーニングに模擬レースが組めなかったことも大きな痛手だった。

季節は5月。クラシック戦線が最盛期を向かえている今の時期は、どのチームも血眼になって調整を進めている。

それと完全に被ってしまったタマモクロスのデビューは、課題であった実践経験の蓄積に大きな不安を残すものとなった。

 

 

だが、彼の担当は勝つ気でいる。

青い顔の自分を鼓舞して、闘争心は未だ燃えたままだ。

そんなウマ娘の気持ちに応えずして、何がトレーナーだろうか。

 

 

「……そうだよな。戦う前からそんな事は考えるべきじゃないよな。すまない」

 

「せやで!ウチのトレーナーなら、気の利いた激励のひとつやふたつかけるモンや。

それをまた、辛気臭い心配なんぞしくさってからに……」

 

メンタルをケアすべき相手に逆に心配される始末。これでは面目丸つぶれだなと自嘲気味に笑った。

 

「――ならそれっぽく、発破をかけよう」

 

そういって彼は、下げていた袋からあるものを取り出す。

 

「結果だの何だの、余計な事はもう言わん。

 

――勝て、タマモクロス。

 

"これ"は俺と、お前の家族からだ」

 

「これは――」

 

彼女の両手に載せられたもの。

上下を赤と青で塗り分けられた、大きな玉飾りが付いた赤いイヤーキャップと、同じ配色が施されたストライプの鉢巻。

 

それと、見慣れた文字で書かれた、(かあちゃん)弟妹(チビたち)からの励ましのメッセージ。

 

「その飾りは、お前のお母さんが昔使っていたものを譲っていただいて、新しく作り直したんだ」

 

久しぶりに触れた家族の温かさに、思わず目頭が熱くなる。

 

「……」

 

「赤と青ってのは、俺のアイデアだ。頭は冷静、心は熱く(cool head and warm heart)ってな。

お前の芦毛と、(ターフ)にも(ダート)にも映える色。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……なんやねんそれ……

 

こんな時に……ヒキョーや……」

 

渡されたものをギュッと抱き締め、綺麗な青い瞳から涙が零れる。

 

 

「緊張もしてるだろう。家族のことも心配だろう。

 

でも、行ってこい、タマ。

 

逆境を乗り越えた時、ウマ娘は更に強く、速くなれる。

お前は一人じゃない」

 

 

「――っ、あぁ、わかった!

 

家族に、何よりもアンタに、ウチが1着をプレゼントしたる!」

 

涙を拭い、彼女は贈られた"それ"を身に着ける。

 

 

「よし、そろそろ行こうか!

 

……良く似合ってるぞ」

 

「当たり前や!

……ホンマにありがとう、トレーナー」

 

「礼なら、勝ってから改めて聞かせてくれ」

 

控室を出て、長い地下バ動を歩く。

 

彼女の手の震えは、収まっていた。

 

 

 

 

だが、彼らはまだ知らない。

想いや絆が、レースの結果とは何の関係もない事に。

 

あと数刻も経たぬ内に、ウマ娘とそのトレーナーは、勝負の厳しさをこれでもかと思い知ることになった。


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