「Umar Eats」の配達員から、トレセン学園にスカウトされたウマ娘の話   作:ayks

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前話が過去最長だと言ったな、あれは嘘だ。(即更新しました)


選択 後編

母の、笑った顔が好きだった。

すぐ抱きしめてくれる腕が好きだった。

走っている時、背中を押してくれる声が好きだった。

 

(ウチ)が走ると、母はとても喜んでくれた。

運動会や地域の行事で、私は決まって一番だった。

 

小さな催事相応な、簡素な作りの1着の旗やトロフィー。

でもそれらを持って帰る度に、家の目立つところに飾ってくれた。

未来のスターウマ娘や!と、手放しに褒め称える母。

すごいすごい! と無邪気にはしゃぐ弟妹(チビ)達。

 

裕福とは言い難い家だった。

でもそんじょそこらの家よりもずっと、家族の絆は強いという自負があった。

応援してくれる母とチビ達と、それに応える自分自身が誇らしかった。

 

自分の事のように喜んでくれる母が大好きだった。

「無敵のタマねぇ」の姿に、目を輝かせるチビ達が大好きだった。

 

そんな私が、"トレセンに行きたい"と言い出すのはごく自然なことだった。

レースで勝てば、多額の賞金が出る。それがあれば家族ももっと楽ができると、子供ながらに思っていた。

 

しかし――

あんな事を言わなければ、ずっと母は私の傍にいてくれたのではないだろうか。

私があんな夢を抱かなければ、こんな気持ちになることもなかったのではないだろうか。

 

 

人生は、無数の選択の果てに成り立っている。

 

玄関にどちらの足から入るか。

夕飯の弁当をどの店で買うか。

掛かってきた電話に今出るかかけ直すか。

夢を追うか、諦めるか。

 

小さなものから、大きなものまで。

 

無限とも言える択の中から、物事の優先順位に応じた選択肢を選ぶ。

じっくり時間をかけて考えるものもあれば、無意識の内に既に選んでいることもある。

 

今私が対峙しているのは前者の方。

しかも、一度進んだらもう引き返せない。

 

 

やりたいことは、わかっている。

やらなきゃいけないことも、たぶん、わかっている。

 

 

()()()()()()()()。タマモクロス。』

 

あの人(トレーナー)は、選んだ。

 

 

次は、私が決める番。

 

 

 

■ □ ■ □

 

 

 

未勝利戦を終え、トレーナーから母の危篤を知らされた翌日――

タマモクロスはひとり、バスの最後部の座席に揺られていた。

 

府中から、電車やバス等の公共機関を乗り継いで数時間。

段々と近づいてくる目的地。窓を少し開けてみれば、懐かしい匂いがした。

杖を持ったお年寄り。タブレットを忙しく操作しているスーツ姿のサラリーマン。車内にはぽつぽつと人が座っており、彼女は一番後ろの長いシートを独り占めしていた。

 

端に座り、憂いに満ちた表情で外の景色を眺める。

出稼ぎと言う名の上京をして以来、一度も帰っていなかった故郷。

なぜ電話だけじゃなく、もっと足繫く帰省しなかったのだろう。

昨夜から幾度となく繰り返した後悔に、顔には濃い隈が浮かんでいた。

 

延々と付き纏う自責の念。

だがこれも、彼女が選んだ結果のひとつ。

 

思わず手に力が籠る。握り締めていた紙が、くしゃりと音を立てた。

 

 

『ぁいご乗車ありがとうございました~。○×病院前、○×病院前です。お降りの方は――』

 

 

運転手の間延びした声に、はっと意識が引き戻された。

よろよろと立ち上がり、ICリーダーにカードを翳す。

二段しかない大味なステップを降りて、小さく伸びをする。

 

ディーゼル車の大きなエンジンの音を背に聞きながら、実に半年ぶりに、彼女は地元に降り立っていた。

 

 

彼女の母親が入院しているのは、実家からほど近い距離に立っている総合病院だ。

地方で幅を利かせている医療法人が経営している医院で、町医者を縦に大きくし、入院棟をくっつけたような規模感の建物である。

設備も環境もそれなりと言ったところだが、重篤な患者となると些か手に余るようだ。

入院するに際し、もっと大きな所に移るべきだと勧められていたことを思い出す。

諸々の理由で、それは断念せざるを得なかった訳だが。

 

 

当然、ここに来るのも半年空いていることになる。

 

自動扉をくぐって受付に行き、掌の中でしわくちゃになっていた紙を渡す。

 

これは今朝起きた時、自室の扉の隙間から入れられていたもの。

あの後、トレーナーが用意してくれた紹介状だ。

トレセン学園の印が押されており、「これを見せれば直ぐに面会できる」と、この一ヶ月ですっかり見慣れた筆跡で書かれたメモも添えてあった。

 

一々マメなトレーナーに心の中で謝辞を述べつつ、受付が紙を持って奥へと引っ込んでいく様をぼんやりと見ていた。

 

冷たいリノリウムの床。消毒用アルコールの匂い。

立ち止まったら、くらりと来そうな感覚。

相変わらず、ここは時間がゆっくりと流れているかのような錯覚を覚える。

 

しかし、今日の病院は少しばかり騒々しい。

 

受付のカウンターからは見えない裏手の方から、「どうして――」「なぜ――」といった声がひそひそと聞こえて来る。

 

驚き。戸惑い。

音量を絞っていても、ウマ娘の耳は小さな音でも鋭敏に感じ取れる。

 

スタッフの動揺。

これが意味するところは――

 

 

トレーナーの話を聞いた時に沸いた疑念。

それがいよいよ、確信に近いものへと変わる。

 

 

「――お待たせしました」

 

待つこと少し、廊下の奥からひとりの男性が現われた。

おぼろげな記憶を辿れば、この白衣の男は確か母親の主治医を名乗っていた人物だったと思う。

挨拶もそこそこに、彼の少し後ろをついて歩く。

集中治療室(ICU)へと案内されている間、医師からの説明は左から右へと通り抜けていた。

 

一歩一歩、進む。

段々と気分が悪くなってきた。

 

 

この先に、()()。血を分けた親子だからこそ分かる。

でもその気配は余りにも希薄で――

吹けば飛んでしまいそうな、微かな火が揺れているのを感じる。

 

会いたい。会いたいけど、帰りたい。

このまま顔を見ずに回れ右をしたほうがいいのではないだろうか。

そんな考えが脳裏を過ぎる。

 

 

「――こちらです」

 

 

入念な手指消毒の後、通された部屋。

様々な機器に囲まれて、母がベッドに横たわってた。

 

「母ちゃ――」

 

慌てて呼びかけようとするが、隣に立っている医師が肩を掴み、首を横に振る。

目を閉じ、浅く息をする女性。

最後にあった時よりもずっと瘦せ細っていて、身体の至る所に管が繋がっている。

痛々しい姿に、思わず目を逸らしそうになるのをぐっとこらえる。

 

こんなになってしまう程放っておいてしまった事に、再度タマモクロスを苛む心の呵責。

母から譲り受けた玉飾りが、耳の隣で悲しげに揺れる。

 

 

「――ウチのせいや」

 

バイタルモニターから流れる電子音だけが響く部屋で、ぽつりとそう零した。

 

自分が()()()()()()なんて抱いていなければ、こんな事にはならなかった。

母も身体を壊すことなく。チビ達とみんなと一緒に。

決して恵まれていたわけではないけれど、慎ましいながらも楽しくやっていけたはずだ。

 

母の笑顔が見たいから、走っていたのだ。

こんな結末になるのであれば、最初から――

 

「ウチが"トレセンに行きたい"なんて言うたから」

 

後悔が、悔恨が、無念が、眦から雫となって落ちる。

 

「母ちゃんがこないに大変な思いしとる間も、ウチは何も知らんとトレーニングに現を抜かしとった。

とんだ親不孝モンや」

 

言葉も、涙も、止まらなかった。

 

「チビ達もえらい迷惑やったやろな。

ウチがあんなこと言わんかったら、もっと色々ガマンもさせへんかったのに」

 

選ぶということは、つまり()()()()()()()()()()ということ。

その結果は、いつか自分に返ってくる。

 

夢を選んだ今と、選ばなかった"もしも"。

この制服を着ていること自体、間違いなのではないか。

 

「なぁ、母ちゃん。

ウチ、もう――」

 

 

その先は、医師が息を呑む音に遮られた。

 

 

意識不明だったはずの女性。

その瞼が微かに震え、ゆっくりと開かれる。

 

暫くの間、定まらない視線を漂わせた後、病床の隣に立つ人影に焦点が合った。

 

テレビや新聞で良く見かける制服。

昔自分が身に付けていたものに良く似た、青と赤の玉飾り。

同じ配色の鉢巻とイヤーキャップが良く映える、銀灰色の髪と尻尾。

 

決してここにいるはずのない()()()()の姿を認め、瞳が限界まで大きく見開かれる。

そして、何かを悟ったかのように小さく笑った。

 

「母ちゃん」

 

泣き縋りたい気持ちを抑え、タマモクロスは母親に語りかける。

 

「ウチ、トレセンに入ったで。地方やのうて、中央のや。

働いとる時に会ったあんちゃんがたまたまトレーナーで、スカウトしてもろたんや」

 

勿論、全て電話やメールで話しているから知っていること。

だが唐突に、自分の言葉で改めて話して聞かせたくなった。

 

「府中のトレセンってごっつ広いんやで!ウマ娘でも、端から端まで行くのにえらい時間かかるんよ。

今は家引き払ってしもうて、近くにある寮で暮らしとる。ホンマなら相部屋らしいんやけど、今は偶々誰もおらんさかい一人や。タマだけにな」

 

沈黙が生まれないように、矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。

少しでも静かな時間が出来てしまえば、また眠ってしまうかもしれないと思ったから。

 

「美味しいモンが腹一杯食べられるし、施設だって地方のものと全然ちゃうねんで。

クラスメイトや先輩後輩も、ウチと同じくらい速そうなヤツばっかりや」

 

「最近はレースにも出始めとるんやで!今は……まだダサいトコロばっか見せてもうとるけど、

いずれウチの強さを中央にも轟かしたる」

 

その"いずれ"に、果たして母親の姿はあるのか――

余計な思考を頭から追いやり、なおも喋り続ける。

 

「こないな暮らしが出来とるのも、全部ウチのトレーナーのおかげや。

母ちゃんも会うたやろ?

アイツいっつも屁理屈ばっかこねてから、憎たらしいことありゃせん!

 

……でもトレーニングのコトになるとビックリするくらい真剣になるんや。

ウチのことずっと考えてくれて、ごっつ良くしてもらっとる。

毎日目の下に濃ゆい隈作って、ウチの為に色々と考えてくれとる」

 

口の端が微かに吊り上がる。

半分愚痴のような娘の話を、彼女は目を細めて楽しそうに聞いていた。

 

「……ウチはこの恩を返したい。早よ1着取って、ウチと、ウチのトレーナーは凄いんやぞ!って周りに大声で言いたい。

ウチのデビュー戦、見とった? ホンマダサかったわぁ……

昨日は4着やってん。一歩前進ってトコやな」

 

編入前日の、グラウンドを見下ろす舗装路で交わした言葉。

あの時、彼はタマモクロスに何か大事なことを伏せていた。

 

過去の実績も白紙。それどころか、デビュー後もイマイチ振るわないウマ娘。

そんな自分がここまでの待遇を受けていられるという事は、トレーナー側にも何かしらの皺寄せが来ているに違いない。

 

学は浅いタマモクロスだが、同年代と比べても社会への理解がある分、何も考えずにただ享受するほどバカではなかった。

 

「トレーニングは、楽しい。ベンキョーはまだ苦手やけど、賢くなって自分の引き出しが増えるのは楽しい。

ハッキリ言うて、今の生活はめっちゃ充実しとる。」

 

でもな? と、そこで言葉が途切れる。

 

 

「でもコレは、母ちゃんやチビ達を不幸にしてまで得てええモンなんかな……?

みんな辛い思いして、ずっとガマンさせとるのに、ウチだけこないな幸せでええんかな……?」

 

サッと顔が曇る。

 

 

「今まで()おへんでホンマにごめんな……」

 

彼女は怖くなった。

自分だけが幸せを享受していることに。

家族はみんな苦労しているのに、自分だけが満ち足りた日々を送っている。

想像以上に険しくはあったが、今の生活は自分が思い描いていたスターダム街道そのものであった。

 

「幸せの総量は保存されている」という、誰が提唱したかも定かではない理論がある。

 

幸運とは有限であり、それをみんなで分け合っているという空想論。

誰かが幸福になれば、その分誰かに皺寄せが来る。

幸せになった者がいるなら、その裏で必ず不幸になった者もいる。

 

一見鼻で笑いたくなるような与太話の類だが、もしかしたらそれは真理なのかもしれない。

ふと、そんなことを思った。

 

 

病院側の対応。

トレーナーの閉口。

目の前にいる母の容体。

 

 

タマモクロスは震える唇で、至った答えを口にする。

 

 

「母ちゃん。

 

ウチに知らせんと、逝くつもりやったんやろ……?」

 

 

母の優しそうな微笑みは、変わらなかった。

 

「何でや……何でそないなことするんや。

 

父ちゃんがおらんウチにとって、母ちゃんだけが唯一の親やのに」

 

一時は引っ込んでいた涙が、再び溢れ出す。

 

「迷惑とか思うとったんか?

身体悪くして、入院せんといかんくなって、ウチがトレセン行けへんくなったから。

ソレに責任(ケジメ)取らなとか思うたんか?

……母ちゃんは、ウチがそないなことして欲しいって思うんか?」

 

そないなワケないやんかと、激しく首を横に振る。

 

「親の死に目に会えんなんて、そんなん嫌や。

そないなことなら、トレセンなんて行かんでええ。

ずっと傍におる。どんなにしんどくても、ウチがまた働く。

前よりももっと稼いで、もっとええ病院に入れたるさかい」

 

ベッドの傍に寄り、膝をついて手摺りを掴む。

 

 

「……だから、ウチに黙って死なんといてや。

 

お願いやから、もっと一緒におってや――」

 

 

俯き、肩を震わせて泣く。

もっと話したい。もっとずっと一緒に居て欲しい。

本当に伝えたい言葉は、嗚咽に遮られて出てこない。

想像するだけで、悲しくて挫けそうだった。

 

もし、あのまま何も知らずにトレセンでトレーニングを行い、全てを後から知らされていたら――

きっと心が壊れていた。

走る理由も、大事な家族も喪って、空虚なウマ娘の形をした何かになっていたはずだ。

 

 

しゃくり上げる小さな芦毛。その頭に、ふわりと手が触れる。

 

 

「っ、母ちゃ――」

 

 

母親の指が、愛娘の涙をそっと拭う。

そのまま頬に手を添え、愛おしそうに撫でる。

 

「母ちゃん」

 

衰弱が進み、枝のように細くなってしまった指。それに、自分の手を重ねる。

微かな温もり。自分の体温を伝えるように、暫くじっと動かなかった。

 

 

"ごめんね"

 

 

頬から手を放し、タマモクロスの掌に指で文字をなぞる。

 

「っ、謝るのはウチの方や……!

こないになるまで放っておいたウチが全部悪いんや。

母ちゃんがおらな、走る理由なんて――」

 

"タマがはしるとこ みせて"

 

「――っ!」

 

"タマのゆめが かあちゃんのゆめ"

 

「でも……っ」

 

"いつでも ()()()()() おうえんしてる"

 

 

「……ええんか?ウチ、また走っても……」

 

 

"タマは きっとスターになる"

 

"かあちゃんの じまんのむすめ"

 

 

 

"あいしてる"

 

 

「……」

 

 

そう書くと、瞳に涙を一杯に溜めた愛娘の頬をもう一度優しく撫で、再び目を閉じた。

 

 

「再び眠ったようです。

体力もかなり消耗していると思われるので、どうかそっとしておいてあげてください」

 

手を握ったままじっとしているタマモクロスに、医者がそっと肩に触れた。

 

「……」

 

時間にして1分程。

暫く動かなかった患者の娘は、制服の袖でゴシゴシと顔を拭うと(おもむろ)に立ち上がった。

 

 

「……すんません。もう大丈夫です。

会わせてくれてありがとうございました」

 

 

そこに居たのは、さっきまでの不安に押しつぶされそうなウマ娘ではなかった。

 

 

目を赤く腫らしつつも、その内に"覚悟"を携えた、1人の()()()が居た。

 

 

 

 

■ □ ■ □

 

 

 

 

『大原だ』

 

「いつも思うとるけど電話出るの早ない? ホンマに待機しとらんでこないに早う出られるモンなん?」

 

『社会人はレス早くしてナンボだからな。

……まぁ、今日は流石に待っていたが』

 

「そーゆー相変わらずバカ正直なトコロは好感持てるわ。

普段から減らず口叩かんとそうしてもろてええか?」

 

『……善処しよう』

 

電話口のトレーナーは相変わらずの様子だった。

しかし、普段よりも緊張しているのが伝わってきた。

 

それを感じ取りつつも、タマモクロスは話題を逸らす。

 

「母ちゃん、会えたで。()()()()()()()

 

『そうか……謝って済む問題ではないが、本当にすまなかった』

 

「なんや、えらいすぐに頭下げて来たな」

 

『全て知ったのだろう? なら、俺も黙秘しておく必要はない。

……お前の気持ちも、お母さんの気持ちも良く分かるからな』

 

「まーた知ったような口利いてから……まぁええわ。これは貸しやからな」

 

お手柔らかに頼むというトレーナーの情けない声を聞き、ふっと笑みが零れる。

 

『……今日は実家に泊まるのか?別に急いでないからゆっくりしてきていいぞ』

 

「いや、家にはもう寄ってきた。チビ達にも会うてきた」

 

母親とタマモクロスが家から離れる際、弟妹達のことは地域の大人や親戚などに時折様子を見てもらうようお願いしていた。

 

久々に会った姉の姿に弟妹達は「タマねぇだ!」「おかえりタマねぇ!」「すげぇ!ホンマにシンボリルドルフやミスターシービーと同じ制服や!」と大喜び。

 

府中でのお土産と、一番下の妹に誕生日プレゼントを渡し、久しぶりの実家で色々な話をした。

 

聞けば、料理を除く家事は全部自分達で分担して行っているとのこと。

ちょっと見ない間に随分と逞しくなっていたチビ達に、タマモクロスは驚きを隠せなかった。

 

「今日はこのまま府中に帰るで。夜には着くと思う。

寮長に話しとってくれへん?」

 

『わかった。俺から伝えておこう』

 

 

それとな?と、小さく息を吸い込む。

 

「次のレースの事なんやけど……」

 

『……あぁ』

 

 

 

()()()()()()()()()()()、まだ出来るよな?」

 

『っ!?』

 

受話器の向こうで、息を呑む気配がした。

 

 

「母ちゃんも、チビ達もな、言うとったんや。

 

『タマ(ねぇ)が走ってるトコロが見たい』って」

 

レース場を駆ける自分の娘に。自慢の姉に。

それぞれの夢を乗せて。走り続けて欲しいと願っている。

 

眠る前に見せた母の笑顔。

「タマねぇがおらんでも大丈夫!」と強く言い切った弟妹達。

 

走る"理由"への焦点が再び定まり、彼女の中で鮮明な像を結んだ。

迷いは消えた。

後はもう、目標に向けて進むだけだ。

 

「せやから、ウチは走るよ、トレーナー」

 

『……いいのか?』

 

「あぁ、無論や。ただ、()()レースだけは絶対に負けられへん。

何があっても、絶対にウチがセンターのウイニングライブを家族に見せたる」

 

"次回"を強調した理由。わざわざ言葉にせずとも大原は理解していた。

 

「お願いやトレーナー。ウチを、1着にしてくれ。

悔しいけど、今のウチだけやと無理や。頼む」

 

『勿論だ。万事どころか億事を尽くして、お前を勝たせると約束しよう』

 

「それは頼もしいことやな。

ほな、また後でな。あんじょうよろしゅう頼むわ」

 

『任せておけ。帰る時気をつけてな』

 

 

画面の赤いボタンを押し、前を向く。

 

 

「……負けられへん。今度こそ」

 

 

小さく呟いた言葉には、辺りが揺らぐ程の灼熱の覇気が込められていた。




アンケートの回答もご協力お願いします。

ウマ娘短編アンソロジー企画
参加表明していただいた方は本当にありがとうございました。

最終的に、私を含めて20名もの方にご参加いただけることになりました。
初めての主催で行う企画に、ここまで沢山の方に手を挙げていただけて感無量です。
この場をお借りして御礼申し上げます。

7月は執筆期間とし、8/1から順次投下予定です。
掲載順等、決まり次第告知します。

TwitterID:@ayaka_nizi

本作にスピンオフ(番外編 箸休め回)の需要は…

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