「Umar Eats」の配達員から、トレセン学園にスカウトされたウマ娘の話   作:ayks

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更新大幅に遅れまして本当に申し訳ございません。

第3部の開始です。
ここからは駆け足めに。

また、1話と2話を少しだけ加筆しております。


第3部 もう一つの邂逅編
暗雲 前編


 

トレセン学園内、某所――

 

学舎の中のとある一室。

敷地面積も室内の間取りも、他の教室と比べてさしたる違いはない。

地図の上では、全くもって何の変哲もないただの部屋。

 

 

しかし――

 

その部屋の前を通る者は誰もが息を潜める。

それは生徒にのみ留まらず、教職員においても例外ではない。

 

扉を隔てた向こう側。中から時折発せられる強烈な威圧感(プレッシャー)

それがこの部屋を、特別な場所たらしめている要因のひとつである。

 

良質な木材を贅沢に伐り出して誂えた、トレーナーが使うそれよりも数段上等な執務机。

その上に置かれた、ダイアル式の見た目が実にクラシカルなアンティークの電話機。

壁に掛けられた大きな額縁には「Eclipse first, the rest nowhere.(唯一抜きんでて並ぶ者なし)」の言葉が、精緻な文字で綴られている。

 

トレセン学園、()()()()

 

そしてその部屋の主となれば、答えは自ずと導かれる。

 

 

「マルゼン、秋にあるファン感謝祭の警備スタッフ増員案についてなんだが――」

 

「もう、いい加減少しは休憩したら?ここんところずっと働き詰めよ?」

 

「いや、実行委員会の皆も頑張ってくれているんだ。ここで休んでしまっては職務怠慢。生徒の長たる者の務めとして――」

 

レースに於いては既に第一線から退いたものの、その唯一無二の存在感はデスクワークをしている姿にも健在である。

 

至上唯一の七冠ウマ娘。この学び舎に集う全てのウマ娘を束ねる長――絶対の体現者(シンボリルドルフ)その人であった。

 

 

彼女に話しかけたマルゼンと呼ばれた少女――と呼ぶには目鼻立ちが大人び過ぎてはいるが――は、机に向かって黙々と作業を進めているシンボリルドルフが手に取ろうとしていた書類を横から搔っ攫う。

 

「……マルゼンスキー」

 

「この書類()は預かったわ。返してほしくば、お姉さんとお茶しなさい」

 

「――わかった。まったく、君には敵わないな。そんなに入れ込んでいたかな?」

 

「ええ、眉間にこーんな深い皺が寄っちゃってたくらいには」

 

それは不味いなと生徒会長はふっと肩の力を抜き、椅子に座ったまま軽く伸びをする。肩甲骨あたりの骨が、パキパキと渇いた音を立てるのがこちらにまで聞こえてきた。

目の間を指で揉んで、困ったように笑う会長サマ。マルゼンスキーは同じく笑みを浮かべたまま、目線だけは鋭く彼女を見つめている。

 

トゥインクルシリーズを引退してからというもの、デスクワークに根を詰め過ぎているように見える。そして、その様子をおくびにも出さないからなおのこと始末が悪い。いくら生ける伝説と称される彼女と言えど、自分と同じウマ娘。疲れもすれば体調だって崩す。

 

やはり、目付け役は必要だ。放っておけば、このまま自己の体調を省みずに職務に殉じることは目に見えている。

自身のトレーニングは? 休息は? 息抜きは出来ているのか? そもそもオフはあるのか?

それらの質問には、決まっていつもの微笑みで「万事抜無」と事も無げに返される。それなりに付き合いの長い自分にすらそうなのだ。他人には弱みなぞ決して見せない手合い。もしこれが独りだったら、暗くなるまでずっとこの調子だろう。

 

しかし、彼女を"こう"してしまったのは、自分も要因の一端を担っている。

一分の隙も見せられない皇帝様に、ガス抜きの手伝いをするのは自分の仕事だ。

 

来客用のソファに腰を下ろし、ティーポットにお湯を注ぐ。その手際の良さには、初めから横槍を入れる算段でいたことが窺えた。

戸棚からお茶請けの焼き菓子を取り出し、対面のソファへと手を向けて着席を促す。

 

「ほら、座った座った」

 

「いや、ここでいい。今少し片付けるから――」

 

「あれぇ、いいのかな~? 貴女の大事なこの子はお姉さんが持ってるんだけどな~」

 

ほんの一服入れるつもりで、執務机からは動かないつもりでいたシンボリルドルフ。だが今からやっつけようとしていた書類を人質に取られたとあっては従うほかない。降参とばかりに肩を竦めると、導かれるがまま椅子から立ち上がり、対面のソファに腰を下ろす。柔らかい革の感触。背もたれに身を預けると、疲れがどっと押し寄せて来たような気がした。無意識に、ほぅと小さくため息が漏れる。

 

「やっぱり、ちょっと無理してたでしょ」

 

「……この程度で音を上げているようでは、皆が見ているような"皇帝"も形無しだな」

 

「万年筆を走らせる姿も十二分に板についてるけど、やっぱり貴女はターフの上で自分自身を走らせてる方が素敵よ」

 

ポットから淡い琥珀色の液体をカップに注ぎ、ソーサーを添えて彼女の前へと置いた。

 

「……良い香りだ。これは春摘み(ファーストフラッシュ)のダージリンかな?」

 

「ご明察。生徒会長サマは目利きも一流なのね」

 

「このくらい、少し嗜んでいる者であれば誰だってわかるさ」

 

あまり変に持ち上げないでくれないかと苦笑しつつ、湯気の立つカップを持ち上げる。その和んだ空気のまま、時折菓子をつまみつつ暫く取り留めのない談笑に講じていた。

 

「……これって確か……」

 

お互いの積もる話も粗方尽きかけた頃、マルゼンスキーが思い出したかのようにシンボリルドルフから誘拐した書類の束に目を向ける。

 

「あぁ、理事長殿が推し進めている"例の計画"に関する草案書だ」

 

現職の理事長(秋川やよい)が一部のURA関係者の協力の下、今のトレセンの在り方を根底から覆すために秘密裏に活動を行っていることは、生徒会室にもそれとなく伝えられている。

 

そして、数刻前に秘書自らが持ち込んできた()()

 

協力の打診――もとい共謀の通知書だ。

 

 

「あの『学園からの推薦枠をもっと増やす』ってやつ?」

 

「あぁ。奨学金を受け取れる枠を今以上に増やし、もっと多くのウマ娘に我が校の門戸を開くための施策だそうだ」

 

取り返した書類群をちらと見やる。

 

「これが本当に実現したなら、全国各地のまだ見ぬ原石を今以上に多く拾い上げることができる。トレセン学園だけでなく、トゥインクルシリーズ。ひいてはウマ娘の輝ける社会に繋がる大きな一歩だ」

 

「そうね……」

 

書面には、地方で活躍するウマ娘達の中央斡旋に関する意見や、家庭の事情や経済的な理由でトレセンへの入学を諦めざるを得ない娘達に向けたトライアウトの実施等の()()()が所狭しと並べられている。

 

「これが本当に出来るのであれば、どれだけいいのかしらね……」

 

「――あぁ。()()()()()()()()、な……」

 

希望に満ちた夢の設計図を前にして、彼女達の表情は暗い。

 

「正直言って、現段階では絵に描いた餅と言ったところだろうか」

 

「えぇ。今のURA(うえ)のままだとね」

 

「暗雲低迷。一筋縄では行かないかーー」

 

現体制のURAの方針は、彼女らも良く知る所であった。つい先日、召喚を受けて馳せ参じた諮問委員会の役員達が貼り付けていた能面のような顔を思い出し、眉根に皺が寄る。口に含んだ液体に、茶葉から出た以上の渋味が混ざっている気がした。

 

極めて保守的なあの面々が、これを見て大人しく首を縦に振るとは到底思えない。利益や損得でしか動かない、あの人情味のない役員の事を考えると、理事長の苦心や心労が伺える。

 

「何か、きっかけが欲しいわよね」

 

「……そうだな」

 

物事には『機』というものがある。急いては事を仕損じるという言葉もある通り、これを成就させるには慎重に事を進めなければならない。何かを成すためには相応の制約や規則や稟議が付いて回る。大きくなり過ぎた組織とは実に難儀なものだ。カップの中身を全て飲み干し、ままならないなと短く息を吐いた。

 

「……推薦と言えば、今年はひとり変なタイミングで入学してきた子がいたわね」

 

ふと、思い出したかのようにマルゼンスキーがぽつりと溢す。

 

「マルゼンも知っていたか」

 

「私も理事長からのEメールくらい見るわよ」

 

「E……?」

 

聞きなれない冠句に首を傾げつつも、自身も聞きかじった事を言葉にする。

 

「元々はある教官からの推薦だったそうだよ。それを、理事長直々に対応して入学と相成ったそうだ」

 

「今年度の推薦枠は全部埋まってたはずよね?欠員が出たってこと?」

 

「いや、それもない。漏れなく全員入学している」

 

「……変な話ね」

 

「しかも推薦した教官は、現在その生徒の専属トレーナーだそうだ」

 

話をする中で、色々と妙な内容が断片的に現れる。そして浮かぶ、ひとつの()()()――

 

「「……」」

 

ないな。顔を見合わせてかぶりを振る。

 

職員の間で囁かれている噂の又聞きだが、もし仮に()()()()()が本当にあったとして、それを行使するような愚者は中央(ここ)にはいないだろう。

 

だが、もし――

 

「その子の名前は?」

 

「ええと、確か――」

 

本来存在しなかったはずの異分子(イレギュラー)だとするなら、それは今の状況に一石を投じえる。

 

流動を促す呼び水となるか。変化をせき止める石となるか。

 

全ては、そのウマ娘とトレーナーの結果次第――

 

 

■ □ ■ □ ■

 

 

()()()が、走っていた。

 

闘志は無く、覇気も無く。

 

流れていく景色。スタンドに詰め掛ける観客。他の出走者の息遣い。()を踏み鳴らす蹄鉄の音。

今の彼女には、それら全てが見えていない。何も聞こえていない。

 

力は無く、速度も無く。

 

それは最早レースですらなかった。他者を介さない、自身の限界とも戦わない。

ただ機械的に、脚を繰り出しているだけ。

 

ふと隣を見た。ゼッケンを着けたウマ娘が尾を揺らし、鬼気迫る形相で走っている。

なぜこの子は、ここまで必死になれるのだろう。

何のために走るのだろう。

 

(ウチ)にはもう――

 

そんなことを考えていた刹那。

 

「――あっ」

 

前を走っていた内の一人が、脚をもつれさせた。慌ててコースの外側に出ようとするが間に合わない。

 

バランスを崩し、ターフの上へと身体が投げ出される。それに折り重なるように、後続が態勢を崩していく。

 

平常時であれば、躱すことなど容易かったであろう。しかし、上の空で走っていた彼女にとって、その油断は致命的だった。

 

ふわりと、身体が重力から解き放たれる。

 

(なん――)

 

視界に映る青と緑。その上下がぐるりと反転する。突如として押し寄せる浮遊感に、思考が追いつかない。

 

 

140cmの体躯が宙を舞い――

 

時速40kmの速度を以て、地面へと叩きつけられた。

 

 

「っ、タマ! タマぁぁぁ! 大丈夫か!? だっ誰か、誰か担架を!早く!」

 

芝の上をごろごろと転がり、やがて動かなくなる。その様子をスタンド最前列で見ていた男が、半狂乱になって叫んでいた。

 

 

悲痛に名前を呼ぶ声が、静まり返った観客席に響いていた。

 

ストレッチャーに乗せられる担当に駆け寄るトレーナー達。

 

「タマ、大丈夫か!? 返事をしろ! タマ!?」

 

虚ろな視線を漂わせているタマモクロスに、大原が大声で呼びかける。

 

(――空、青いなぁ……)

 

 

タマモクロスの初勝利から1ヶ月と少し。

 

療養明け初めてのレースは、出走者が複数名転倒したことにより出走中止となった。

 

 

彼らにとって、余りにも険しい夏が始まる。

本作にスピンオフ(番外編 箸休め回)の需要は…

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