「Umar Eats」の配達員から、トレセン学園にスカウトされたウマ娘の話   作:ayks

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これからも面白いと思っていいただけるよう頑張って書いていきますので、今後もお付き合いいただけますと幸いです。




ウチの名前は

トレセン学園――某所。

 

いつにもない強張った表情で、彼は扉の前で深呼吸をしていた。

 

こんなに緊張するのはいつぶりだろうか。

全力疾走の直後かと錯覚するほどに心臓は早鐘を打ち、固く握られた拳の内側は汗でじっとりと湿っている。

 

これからする話は、今後の自分の運命を間違い無く大きく変える。

人によっては"無謀だ"と諫めてくる者もいるだろう。

 

僅かばかりの逡巡――目を瞑り、ひとつ長い息を吐く。

(ハラ)は決まった。扉をノックし、中にいる人物に向けて声をかける。

 

「秋川理事長、大原です。

少々お時間よろしいでしょうか」

 

 

『無論ッ!入りたまえ』

 

「失礼します」

 

大きな音が出ないよう静かに扉を閉め、部屋の中央に佇む()()に向き直る。

 

「わざわざお時間をいただきありがとうございます。

たづなさん、この間は急に連絡してしまって申し訳ありません」

 

「いえいえ。夜に突然電話がかかってきたのは驚きましたが、他でもない大原さんの頼みですから」

 

「些事ッ!キミがわざわざたづなを介してアポまで取って来たのだ。

余程の積もる話と見受けたっ」

 

「一大事」と書かれた空色の扇子を広げて、まぁ座りたまえ!と彼に着席を促す。

 

トレセン学園理事長――秋川やよい。

鍔広帽子に猫を乗せた、謎の居住まいをした()()

 

世辞やおべっかでそう言っているのではない。事実そうとしか思えないほど、彼女の顔立ちはあどけない。

実際のところ相当若いらしい――と、前に先輩が噂していた。

こんな成りでも(れっき)とした彼の上司であり、「理事長」の肩書の通り、学園の舵を取っているのが彼女である。

 

学園の運営――それはつまり"URA"の関係者であるということは自明であり、"中央"において多大な影響力を持っていることは想像に難くない。

「トゥインクル・シリーズ」の更なる発展のため、日夜国内を飛び回っており、彼のようなトレーナー(しょくいん)でも学園施設内で見かける機会は滅多にない。

年齢と共に非常に謎の多い人物でもある。

 

「それで――今回はどのようなご用向きで?」

 

そう彼に問いかけたのは理事長ではなく、その隣にいる女性。

緑を基調にした事務服に身を包み、翡翠色の瞳を優しげに細めているのが、"理事長秘書"である「駿川(はやかわ)たづな」

 

忙しい理事長に代わって基本的に学園に常駐し、彼女の名代として様々な業務に携わっている。

基本的に理事長に対する訴願は、まず秘書であるたづなに話を通すのが通例だ。

 

ふかふかのソファに座って二人を前にした彼は、躊躇いながらも本題を切り出す。

 

 

「今日お時間をいただいたのは――

 

 

とある一人のウマ娘を、私の『特編』枠でトレセン学園に入れていただくお願いをするためです」

 

 

「まぁ――」

 

「なんとっ!?」

 

理事長と秘書の瞳が驚きで見開かれる。

 

 

「驚愕ッ!確かに制度として存在してはいるが、まさか本当に行使するトレーナーが出てくるとはっ」

 

「本気……なのですか?」

 

彼は真剣な表情のまま頷いて、小脇に抱えていた資料を机に広げた。

身辺調査の結果や過去に行った能力測定の結果等、データが細かく印字された数枚の紙。

理事長がその内の一枚を恐る恐る手に取る。

 

左上には、憮然とした表情の()()()()()()が写っていた。

 

「あの走りを一目見た時、"稲妻"に打たれたかのような衝撃を受けました。

 

 

彼女が『良い』と言ってくれるのであれば、私は全てを捧げる覚悟です」

 

理事長の隣で、たづなが息を呑む。

 

 

「質問。……大原よ。キミは中央(ここ)に来てどれくらいだ?」

 

手元の資料と彼の顔とを交互に見ながら、理事長が尋ねる。

 

「今年で4年目になります」

 

「キミには今までずっと、教官として指導にあたってもらっていたな。

その間、『トレーナーへの転属はいつでも許可する』と伝えていたはずだ。

 

どうして今なのだ?」

 

「彼女の走りに"ピンと来た"からです」

 

「ほう――では今まで頑なに担当ウマ娘を取らなかったのは、それこそ"ピンと来なかったから"ということか?」

 

「今となっては、そういうことになります」

 

「なるほど――」

 

パチンと扇子をたたみ、資料を机に戻す。

彼の顔をしばらくじっと見つめ、おもむろに椅子から立ち上がった。

 

「憂慮ッ!話は分かった。また明日、同じ時間にここに来るように!

 

今日一日ゆっくり考えた上で、キミの決心が変わらないのであれば認めようではないかッ!」

 

「理事長!?本気ですか!?」

 

慌てた表情で、たづなが口を挟んだ。

 

「私は反対です!大体"あんな"制度、URAの制定時からある古い条文が形骸化したものじゃないですか!

誰も鵜呑みになんてしていませんし、過去に一度だって使われた記録はありません!」

 

彼女の普段の穏やかで丁寧な所作から一変、およそ聞いたこともない強い言葉を使って否定する。

 

「大原さんも少し落ち着いてください!何も『特編』なんて――

あなたの将来が決まってしまうんですよ!?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――」

 

「――たづな」

 

必死な秘書の言葉を、扇子を突き付けて遮った。

 

「忠告ッ!これはもともと、ウチで働くトレーナーに与えられた福利厚生のひとつ。

賛成も反対も何も、我々に許可を仰ぐ必要すらないのだっ!

 

 

――大原よ。キミは非常に優秀だ。

教官としての、"ウマ娘の素質を見極める選別眼"を私は大変評価している。

 

そんなキミが見込んだウマ娘だ。遅かれ早かれ、()()()()()()()()()()()()()()()()()

その時ではダメなのか?」

 

「はい」

 

「即答ッ!?

それほどまで決意は固いのかっ!?」

 

「大原さん……」

 

困惑する二人。しかし、彼の気持ちは揺るがなかった。

 

「彼女の脚は今が全盛期。ここを逃す手はないんです」

 

「ほう……それだけか?」

 

「――はい。このタイミングでないと駄目なんです。

これは完全に私のエゴです」

 

理事長の吸い込まれそうな濃青色(コバルトブルー)の瞳が、本心を探るようにじっと彼の目を捉えている。

暫く見つめ合った後――ふっと視線を切って微笑んだ。

 

「嗟嘆っ!キミの言い分は良く分かった。

"理事長"として、その決断には敬意を表する。

 

だが、たづなの言う通り――"私個人"の意見としても、喜んで首を縦に振れるものではない。

じっくり考えた上で、明日答えを聞かせて欲しい」

 

わかりましたと頷くと、「陳謝ッ!長く引き留めてしまってすまなかったっ!」と謝られた。

 

机の上の資料を纏め、ではまた明日と挨拶をし、理事長室を後にした。

 

ふぅ、と息をひとつ吐き、扉にもたれかかる。

 

「――これでいい」

 

誰に聞かせるでもなく、そう呟いた。

後はあの娘の気持ちひとつ。

 

()()()()()()()()()()、彼女を最強のウマ娘に育て上げる。

そのためには、自分も背負わなければならない。

 

伝えてしまった後の方が、気持ちがずっと楽になった。

手汗はとうの昔に引き、心拍もいつも通りのリズムを刻んでいる。

 

「これで、いいんだ」

 

理事長室の扉が閉まる直前にちらりと見えた、たづなの悲しそうな顔が嫌に目に焼き付いた。

 

 

 

□ ■ □ ■

 

 

 

1週間前の夜――

 

 

「キミを、スカウトしに来たんだ」

 

名刺を差し出しながら彼は、訝しむ彼女に向けて言った。

 

「――は?

なん……なんて?」

 

顔を合わせてまだ2回目の男から、トレセン学園への勧誘を受ける。

埒外の発言に、ウマ娘の思考は完全に止ま(バグ)る。

 

状況をよく呑み込めてない彼女に対して、

あ、このバッジも偽物じゃないよと断った上で――

 

「――キミの仕事(はしり)をずっと見ていた。

 

止まっている状態からの加速力

ある程度の速度を長時間維持し続けるスタミナ

人や車との接触を回避するバランス感覚や体幹の強さ

 

どれも光るものがある、素晴らしい素質だ。

 

そして何よりも目を引くのが――

 

長距離を走行した後なのに、息が全く乱れない()()()()()()()

 

「え?あ、あの……」

 

素性も良く分からない男に、急に自分の走りについて解説されて益々訳がわからなくなる芦毛の少女。

若干引いている彼女の温度感を知ってか知らずか、彼は更に早口でまくし立てる。

 

「キミの走りは本当に素晴らしい。

 

あんな時間に働いているということは、恐らくトレセンには通ってないのだろう?

ぜひ、その才能をウチで――俺に磨かせて欲しい!」

 

大胆な勧誘はトレーナーの特権だと、昔誰かが言っていた――気がする。

 

名刺を構えてじっと動かない男。

あまりに突然の出来事にフリーズするウマ娘。

 

それらが面と向かっている光景を、奇異の目で見つめる通行人。

目を丸くする少女の前で、彼は微動だにせず返答を待った。

 

 

「――ぷっ」

 

沈黙に耐え切れず、彼女は思わず吹き出した。

 

「あはははは!なんやねんこの空気!

あんちゃんがトレーナー?ウチがレースに?もうワケわからん!

 

夢なんか?どうせ夢やろ!絶対そうや!ちょっとほっぺた引っ張ってみ?」

 

みょーん

 

「あいたたたた!なにさらすねん!」

 

理不尽。

 

少女は少し赤くなった頬を撫で、犬歯を覗かせて笑う。

 

「なるほどな。たまたま再会したウチの走りに見惚れて、わざわざタクシー捕まえてまで追いかけてきたっちゅーことか。

ウチのことをスカウトするなんて、あんちゃん見る目あるなぁ!」

 

「そうだ。駅で見かけてから2時間くらいか?ずっと後ろを追走してた。

おかげでメーターが見たことない金額になってたぞ」

 

「いやそれウチ関係あらへんよ」

 

五桁の領収書をぴらぴらさせながら、肩をすくめる彼に冷静に突っ込む芦毛のウマ娘。

 

「わざわざご苦労なこっちゃな。

んで――さっきの話、本気(マジ)なんやな?」

 

「勿論。マジもマジ。大マジだ」

 

ホンマかー?とでも言いたげな表情で、その子はもらった名刺をしげしげと眺めている。

 

「『都会には言葉巧みにウマ娘を騙して、悪事に手を染めさせる悪い人がいる』って聞いたことあるで」

 

「……URAに電話して俺の名前でトレーナー照会してもらっても構わんぞ」

 

まだ半信半疑といった感じだ。

暫く名刺と彼の顔を交互にジト目で睨み、まぁええかと渡されたそれをポケットに仕舞った。

 

「……まぁ、何にせよ道端でする話やないなぁ。場所変えよか」

 

「……そうだな」

 

「あ、先にスーパー寄ってええか?

ウチ今月節約せなあかんねん。一緒にタイムセール品探したってや」

 

「それは、別に構わんが――」

 

「なら決まりや!全部無くなってまう前に行くで!」

 

半額弁当の争奪戦やー!と息巻く彼女を呼び止め、右手を差し出す。

 

「改めて、俺はトレーナーの大原だ。

キミの名前は?」

 

「ウチか?ウチの名前は――

 

――タマモクロス。

 

よろしくな、あんちゃん」

 

傍から見れば、大人と子供のような体格差。

握り返してきた小さな手は、自分よりもずっと力強かった。




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