「Umar Eats」の配達員から、トレセン学園にスカウトされたウマ娘の話 作:ayks
創作活動をしている中でここまで反響をいただけたことは初めてで、
戸惑う反面大変嬉しく思っています。
これも拙作に目を留めていただき、読んでくださるみなさんのおかげです。
本当にありがとうございます。
また、前回の更新で設定に関するご意見や考察をたくさんいただきました。
返信にて回答はさせていただいております。
今後とも読んでいただける作品にできるよう頑張ります。
P.S.本文書いてる間にお気に入り3400件超えました……感無量です。本当にありがとうございます。564度見しました
類稀な競争バとしての素質を持った芦毛のウマ娘――タマモクロス。
夜の公園で彼女の想いを聞き、夢を叶えると約束してから数日後。
学園での業務を半日で切り上げ、彼はとある場所へと足を運んでいた。
「では、こちらにお名前を書いてください。準備ができたらご案内しますので、お掛けになってお待ちください」
「どうも」
不愛想な受付と極めて事務的なやり取りをして、部屋の中心に並べられた椅子のひとつに腰かける。
暖かな日差しが差し込む待合室。
建物は少し古い印象を受けるが、床にはホコリひとつ落ちておらず手入れが行き届いている。
窓辺で船を漕ぐ、車椅子のお年寄り。
モニターから流れるアニメに釘付けの子供。
物珍しげに自分を遠目から眺める職員達。
この空間だけ、時間がゆっくり進んでいるかのような錯覚を覚えた。
「大原さん、お待たせしました。
エレベーターで4階まで上がって、右手の一番奥の部屋になります」
「どうも」
何の気無しに手に取っていた朝刊を棚に戻し、無表情な受付に礼を言って立ち上がった。
白くて綺麗な冷たい壁。
消毒用アルコールの匂い。
そういえば、身体も丈夫で家族も元気な自分とはあまり縁がない場所だなと、エレベーターの重力を感じつつ今更ながら思った。
病室へと歩を進める足は、無意識に重くなっている。
これから会う人物にどんな言葉で伝えたら、自分の想いが伝わるだろうか。
門部屋の前に立ち、一呼吸置いて、足を踏み入れる。
「失礼します。トレセン学園より参りました、トレーナーの大原です」
「どうぞー!こちらです!」
驚きをできるだけ顔に出さないよう表情筋に力を入れ、奥の方へと向かった。
プライバシーを確保するための長いカーテンとベッドが数台。
それぞれ、隣にテレビモニターと小さな棚が置かれた殺風景な部屋。
そんな無機質な空間に彩を添えるような満面の笑みで、その女性はベッドに腰かけていた。
「突然お邪魔して申し訳ありません。あの、ご迷惑じゃなかったでしょうか……?」
「迷惑なもんですか!久しぶりに若い男と話せるっちゅーんでめっちゃ楽しみにしてたんですよ!」
とりあえず座って!と、既に用意しておいてくれたらしいパイプ椅子をぽんぽんと叩く。
彼は名刺を渡し、改めて謝辞を述べて腰を下ろす。
「それとこれは見舞いの品です。つまらないものですが……」
「あらまぁ!これはタマから聞きはったん?」
「あ、いえ。ベタで恐縮ですが、見舞いにはメロンかなと……」
「たまたま、っちゅーことですね。でもほんまおおきに!
はしたない話ですけど
後で切り分けましょうと、近くを巡回していた職員にナイフを借してくれるようお願いする。
「にしても、"中央"のトレーナーさんがウチの子をねぇ……
こないだ電話が来た時は、夢ちゃうかと思ってほっぺた引っ張りましたよ!」
ニセモンちゃいますやろね?などと冗談を言いながら、渡された名刺をしげしげと眺める。
やはり親子で反応は似るらしい。
今日の訪問に先立って、予め病院にはアポイントの連絡を入れておいた。
娘の将来に関わる話だ。流石に前もってお伺いを立てておくのが筋だろう。
余談だが、病院の所在の特定はトレセン学園の力を借りた。
流石URA直下の組織。ウマ娘の事となればこれ以上に心強いものはない。
「その、大原さん?は、娘とはどちらで?」
「実は、まだ2回ほどしか顔を合わせてなくて……」
「まぁ!それでスカウトしはったん!?ほんで?」
「最初に会ったのは――」
身を乗り出して聞き入る彼女に、これまであったことを自分の思いと交えて話した。
自分がオフの日に、事故を起こしたウマ娘の代わりに自宅まで配達に来てくれたこと。
偶然再会し、その走りに一目で心を奪われたこと。
家族を想うあまり、一度はスカウトを断られたこと。
叶うのであれば、レースに出て親孝行がしたいと語っていたこと。
聞けば、タマモクロスは時折電話こそ寄越すものの、出稼ぎで家を出てから一度も地元に帰っていないらしい。
母親は目を輝かせてそれは嬉しそうに、男のする娘の話に耳を傾けていた。
「タマがそんなことまで……嬉しい反面親としては恥ずかしいわぁ……」
「いえ、私が無理に家庭の事情を聞いてしまったんです。誹りなら私に」
「いいえ。ウチの娘はああ見えて、不用意に身内のことをひけらかすような娘ちゃいます。
恐らく、大原サンに何か特別なものを感じたからこそ、そこまでお話ししたんやと思います」
「そう言っていただけると幸いです」
笑いながらも真面目な声音できっぱりと言い切る彼女。
間違いなく本心だろう。
――だが彼はやり取りの中で、何か引っかかるものを感じていた。
その違和感が確信に変わったのは、持ってきてもらった果物ナイフでメロンを切りながら、入学後の待遇について説明していた時のことだった。
費用に関しては学園から奨学金が出るので心配しなくてもいいこと、タマモクロスには寮の部屋が与えられ、施設内で生活すること等を淡々と話した。
勿論、
その間、彼女はメロンをゆっくりと咀嚼しながらふんふんと頷いていた。
「――そないな良い条件で入れてもらえるなんて、ホンマに感謝してもしきれません。
ウチは"この通り"で、あの子やチビ達にはぎょうさん苦労させてまったから……」
「奨学金に関しては彼女の現在の収入をベースに、入院費やご家族の生活費等も含めて決定する予定です。
決してご迷惑をおかけすることはありませんのでご安心ください」
そう言葉を交わしながら彼の目は、気丈に振る舞うこの女性の体調を、会話の裏で正確に分析していた。
『……薄く化粧をしている。普通なら、来客を迎えるためのマナーと捉えるものだが――いや、その意味も当然あるだろうが。
本当の目的は、
少し体温も上がってきている。恐らく、見えない部分で徐々に発汗してる。
呼吸も深くゆっくり。これも、
"そう見えない"ように取り繕っているだけで――おそらく、
そして、彼は察した。
――彼女が娘の勝利を見届けられるかどうかは、かなり際どいラインであると。
タマモクロスが逸材であることは揺るぎない事実だが、「配達」と「レース」では当然訳が違う。
ギアの上げ方、疲れにくいフォーム、他の出走バとの駆け引き。
"一着を取るための走り"というものは、一朝一夕で身に付くものではない。
ギリギリ仕上がるかどうか、かなり心許ない時間しか残されていないように感じた。
今現在、タマモクロスの母親が彼を相手にしていることは、"愛想よくもてなす"といった類のものではない。
"粗相が無いように、細心の注意を払う"という「警戒」だ。
この人は、娘が進学できなかったことを自分のせいだと思っている。
そこに舞い込んできた、"中央のトレーナーからのスカウト"。
自分はこんなに元気だ。何も心配ない。
だから、安心して娘を連れて行ってください。
そう暗に言っているようで――
「――っ、違うんです」
「?」
そんな顔をさせるために、俺はここに来たんじゃない。
貴女の夢も、一緒に背負いに来たんだ。
「申し訳ありません。今から余りにも不躾な質問をします。気分を害されるかもしれません。
ですが、正直に答えてください――
――
「――」
貼り付けていた笑顔に罅が入る。
「……ウチの娘が何か――」
「『あまり良くない』とだけ伺っていました。しかし、直接お会いして確信しました。
私もトレーナーの端くれとして、医療の知識は多少なりとも弁えています。現に相当無理をなさっている」
「……」
「娘さんは、このことは?」
彼女は力なく首を横に振る。取り繕ったような笑顔は消え、額には僅かに汗が滲む。
「――言わないおつもりですか?」
「余計な心配をかけたないんです……」
くしゃりと、母親の顔が歪む。
「ウチが、あの子の将来を奪ってしもたんです。ウチの身体が弱いばっかりに、あの子に我慢ばかりさせてきて……
これ以上、あの子に迷惑かけたないんです。」
声が震える。
「あの子は優しい子です。
ウチが
目尻から、一筋の雫となって静かに流れる。
「もうこれ以上、ウチのせいであの子の夢を奪いたないんです!
一度ならず二度までも、親のせいで子供が不幸になることなんて――」
積年の思いが、無念が、次から次へと滂沱となって溢れ出した。
手で顔を覆い、さめざめと泣き始める。
彼女は悔いているのだ。
自分が娘の夢を摘んでしまったのだと。
そして、まだ数えるほどしか言葉を交わしていない彼にもわかった。
――タマモクロスがこのことを知れば、あの日語ってくれた夢も一瞬で
もう困らせたくないと、親として失望させたくないと。
肩を震わせて泣く姿まで、あの娘にそっくりだった。
「顔を、上げてください」
だから、自分が言葉にしなければならない。
それが間違った考えであるということを。
少なくとも、あの娘はそんなことは微塵も考えていないという確信があった。
「見ていてください。
私が――俺が、彼女を誰よりも輝くウマ娘にしてみせます。
勝って、勝って、誰も見たことがないような偉大な記録を打ち立てて――
『今度こそ夢を叶えられたね』と、
『私がタマモクロスの母親でよかった』と、
俺の人生を"賭して"、貴女とタマモクロスの夢を叶えます。
だから、貴女も諦めないでください。
必ず、娘の1着をお見せします。
絶対に、勝たせてみせます。
だから、その日まではどうか――」
"あの日"と同じように、そっとハンカチを手渡す。
「娘さんのことはお任せいただいてもよろしいでしょうか?
私が
涙を拭った彼女は、笑って答えた。
仮初ではない、
「――っいえ、むしろこちらからお願いしたいくらいです。
不束者ですが、気立てだけはええ娘なので、あんじょうよろしくお願いします」
□ ■ □ ■
そのさらに数日後――
"教官"と"配達員"は、あの公園で対峙していた。
「今日も遅くまでお疲れ様。
まずはちゃんと来てくれたことに感謝する」
「おう、今日もがっぽり稼がせてもろたで!
それと――なんや、こないだは女々しいトコロ見せてもうたな……スマン。
これ、返すで」
「お、おぉ。すっかり忘れてた」
「なんや、言わんかったらウチのモンになっとったんかい」
綺麗に折りたたまれたハンカチを受け取る。こういう律儀なところも好感が持てる。
「……にしても、この間ちゃんと場所伝え損ねたのによく分かったな」
「アンタと会う場所ゆーたらココ以外あらへんやろ」
何を今更と言った表情で、彼女は薄く笑って肩をすくめる。
それもそうかと、彼もまた笑みを零した。
「……さて」
男は少しだけ真面目な表情を作った。
「少し前、キミのお母さんに会ってきた」
「みたいやな。こないだ電話したら言うとったわ」
「そうか――キミもちゃんと話したんだな」
「そらそうや!大事な話やさかいな。
――んで、どやった?母ちゃん元気しとった?」
「――あぁ、元気だったよ。タマによろしくと言っていた」
「なんやその玉虫色の返事……まぁええわ。
あとメロンのお礼言っといてくれって。母ちゃんメロン好きなん知ってたんか?」
「いや、見舞いにはメロンだろ」
「何やその"中元には菓子、歳暮にはハム"みたいなテンプレ感」
「別に何でもいいんだが……まぁ、喜んでもらえて何よりだ」
母親の体調については、結局「娘にはまだ言わないでくれ」と頼まれた。
自分からちゃんと伝えるべきではと主張したのだが、どうしてもとあっては無下にもできない。
今は、彼女の決断を曇らせるようなことは教えるべきではない。
嘘をついているような後ろめたさを感じるが、心の奥底にグッと押し込める。
「――キミのこれから進む道について説明してきた。娘を頼みますと言われて来たよ。
金の心配もしなくていい」
「外堀から埋めようなんざ、ホンマ狡い手使うなぁ!まぁ、その手段を選ばんカンジは嫌いやないけどな」
お互いに口の端を吊り上げて、攻撃的な笑みを浮かべる。
「じゃぁ、改めて聞かせてくれ――
「ハッ!そんなん、もう決まっとる。」
犬歯をむき出しにして、芦毛の獣が吼える。
「ウチは――もう
自分の夢を叶えることを、もう迷わへん。
トレセン学園に入って、しこたま鍛えて、レースに出る。
出まくって、他の三下を薙ぎ倒して、使えきれんほどの賞金を手に入れる。
ウチが
これがウチの夢――いや、これからのロードマップや!」
その答えを聞いた男が満足そうに頷き、吼え返す。
「その夢、俺が叶えよう!
タマモクロス――必ずお前を、最強のウマ娘にしてみせる!」
「あぁ、頼むで!
あの時と同じように、二人は固い握手を交わした。
こうして、ここに悪魔の契約は成った。
その後、ターフには大嵐が吹き荒れることになる。
眩暈がするほどの、白く輝く稲光を携えて。
関西弁難しいです。
当方九州の民なので、方言がすぐごっちゃになります。
大学とかでありがちですよね。
いろんな県から来た人とたくさん仲良くなっていくうちに、
段々と方言がキメラ化していく現象。
感想・評価もお待ちしています。
必ず目を通していますが、お返事は遅くなることがあるかもしれませんごめんなさい……