「Umar Eats」の配達員から、トレセン学園にスカウトされたウマ娘の話 作:ayks
長くなりそうなので前後編にしました。
お気に入りが4000件超えました。
感無量です。本当にありがとうございます。
感想も必ずお返事しますので少しお待ちください。
タマモクロスの意志を確認した翌日――
「確認ッ!では、キミの気持ちは変わらないと?」
「はい。彼女――タマモクロスを、私の『特編』枠で入学させます。
無理を言って恐縮ですが、どうぞよろしくお願いします」
彼の姿は再び理事長室にあった。
水墨で「茨道」と漢らしい書体で書かれた扇子を広げ、隣に秘書を侍らせる秋川やよい。
その幼い容姿らしからぬ神妙な面持ちで、男の目をじっと見つめている。
「警告……大原よ、当然わかっていると思うが、これは今後のキミの身の振りを大きく変える。
"良くも悪くも"、今まで通りの指導員としてはいられない。そこは理解しているか?」
「勿論です。何の実績もないウマ娘を今すぐ、破格の待遇で迎えてくださるんです。
それに専属にまでしていただけるとなると、こちらが差し出せるものなら如何様にも」
何を言われても無駄だと言わんばかりの姿勢に、思わず自分の右側に直立しているたづなと顔を見合わせ、苦笑いを浮かべる。
わかってはいたことだが、トレーナーという人間はつくづく変な所で思い切りがいい。
この手の人種は、一度決めてしまったことはどんなことがあっても曲げないだろう。
そして昨日と決定的に違う点。
こちらに伺いを立てるのではなく、
もはやこうなっては、彼の意志は梃子でも動かないだろう。
扇子を畳み、その先端をビシリとトレーナーへと向けた。
「承知ッ!ウマ娘の発展に携わる者として、キミの決断に敬意をッ!
私個人として応援はできないが、キミとタマモクロスの健闘と勝利を祈っている!
――ではたづな、改めて説明を」
「かしこまりました」
たづながスッと動き、手にしていた書類を彼に見せる。
「『ウマ娘特別指名編入学制度』はその名の通り、トレセン学園外部からトレーナーが指定したウマ娘を無条件に誘致できる権利です。
"ウマ娘"ということ以外は、過去の実績 素行 出自 一切不問です。
対象となったウマ娘は無条件での編入学に加え、ジュニアクラスからシニアクラスまでの3年間の学費が全て免除されます。
また必要であれば、現在の収入から算出した返済不要の奨学金が支給されます。
また指名したトレーナーは、今後そのウマ娘のみを3年間担当することになります。シニアクラス以降の専属契約更新に関しては、
その時にウマ娘とトレーナーによる協議の上で自由に決めていただいて構いません。
そして、入学から"半年間毎"に、通常とは別の特別査定が設けられます。そのウマ娘がレースで実績を残せなかった場合、指名したトレーナーのライセンスを剥奪。
過去に行われた全ての公式戦の実績は白紙となります。
――ここまでよろしいでしょうか?」
「存じております」
流暢に説明するたづなに、彼は首肯で続きを促す。
「では、説明に同意したということで、こちらの書類に捺印と署名を。
……差し出がましいのですが――本当によろしいのですか?」
「ありがとうございます。ですがもう決めたことですので。
あの日――彼女の走りに心奪われてから、私の運命は彼女と共にあります」
そう喋りながらすらすらと自分の名前を書き、「大原」と鏡反転した文字が彫られた印鑑をぐりぐりと紙に押し付ける。
これで、不退転の覚悟で指導に臨まなければいけない。
不思議と不安や後悔といった感情は微塵も湧かなかった。
「――では、こちらはお預かりします」
それを苦い顔で受け取るたづな。
言いたいことは色々とあるのだろう。それを口に出さないのも、彼女のひとつの優しさなのだということは理解できる。
「以上で、手続きは完了です」
「随分と簡単でしたね。思わず拍子抜けしました。
それで、彼女――タマモクロスはいつから学園に連れてくれば?」
「即時ッ!無論、
大原よ、時間は有限だ。有意義に使いたまえ」
流石は『特編』と言うべきか。
本来教育機関が新しく生徒を受け入れるというのは、字面以上に準備がかかるものだ。
その辺りの煩雑な"過程"をすっ飛ばして簡単に"結果"として出してもらえるあたり、
そして、それを告げた秋川やよいの顔――
感情が一切籠っておらず、冷たい視線が彼を貫いている。
「トレセン学園の理事長」としてではなく、「URAの役員」として、の
その決断が、ウマ娘のより良い未来を創るのかどうか――
彼自身ではなく、これからの顛末を見定めるような遠い目をしていた。
「今すぐというのは、ちょっと難しいですね…明日から来るように調整します」
「大原さん、頑張ってくださいね。
明日は私がタマモクロスさんに学園の案内と合わせて色々とご説明いたしますので……」
「助かります、たづなさん。
理事長も、ありがとうございます。
見ていてください。タマモクロスは、私のバッジを賭けるに足るウマ娘であることをご覧に入れます。」
「不要ッ!これはキミが決めることだ。最初にも言ったが、我々が口を挟んだり、礼を言われるようなことではない。
話は以上だ。
今後キミとタマモクロスが、トゥインクルシリーズの更なる発展に貢献してくれることを期待するッ!」
バッと扇子を広げ、"理事長"が笑って退席を促す。
彼は二人に一礼すると、ソファを立った。
「――失念!ひとつ伝え損ねていたことがある!」
「……何でしょうか?」
部屋から出ようとしていた所で不意に呼び止められ、その場で振り返る。
「いや、大したことではないのだが、キミにひとつ決めて欲しいことがあるのだ」
「決めてほしいこと、ですか?」
「うむ。それは――」
■ □ ■ □
「えっ、辞める!?」
「はい、今まで世話んなりました」
都内「Umar Eats」中央エリアの事務所。
少女の突然の宣言に、事務長――つまりエリアチーフは口元まで運んだドーナツを取り落とした。
「そ、それはまた突然だね……差支えなければ理由を聞いてもいいかい?」
「ウチ、進学できるようにしてもろたんです。
なんで、今日で辞めさせてもらいます」
そう言って頭を下げる小柄な芦毛のウマ娘。
普段であればそうかそうか良かったねと笑顔で見送る所だが、退職するのが
この事務所が始まって以来の稼ぎ頭――エリア全体の注文件数の実に2割弱を"単身"でこなしたこともある彼女が去るとなると、どれだけの配達実績が減るかは想像に難くない。
タマモクロスほどの配達員の穴がすぐに埋まることは考えにくい。
万が一エリア内での注文が処理しきれなかった場合、他エリアからの配達員がこちらに流れてくることになる。
最悪自エリアの縮小――自分のインセンティブの低下なんてことも十分に考えられる。
そもそも、「Umar Eats」での勤務は出退勤をする必要がない雇用形態だ。
自宅から好きなタイミングで出て、好きな時間働いて、好きな時に帰る。
本来、辞めることも端末から打ち込めばそれで終わるような手続きだ。
そんな中タマモクロスがわざわざ事務所に来ているのは、端末の持ち出し料とバックパックの購入に費用をかけたくないからである。
「せ、せめて土日だけとかでも難しいかい?それか、お小遣いが足りない時とかでもいいから……
ほら、今後は友達との付き合いとかも増えるだろうし、何かと要り様だと思うし――」
深く理由は聞いていないが、彼女は働く理由を「家族のため」と言っていた。
そこまで切り詰めて働いていた彼女からの、突然の退職宣言。
金銭的な問題は解決したのだろうと考えるのは、まぁ妥当だと言える。
学生になるからには、遊ぶ金も欲しいだろう。そう邪推して何とか引き留めようとするが――
「――何言うてはるんですか?」
コバルトブルーの綺麗な瞳がスッと細くなり、男は背中にうすら寒いものを感じる。
「そないなハンパな気持ちで入学したら、ウチは
トレーニングと学業に専念させてもらうんで、配達員は今日限りで終わりにさせてもらいます」
「トレーニングって……それってつまり――」
「えぇ。"トレセン学園"です」
男の後ろでこっそりと聞き耳をたてていた他の配達員達がにわかに色めき立つ。
それはつまり、今後彼女は「中央」のターフを走るための生活を始めることを意味している。
ウマ娘でも選ばれた者にしか門戸を開かない場所に、タマモクロスは足を踏み入れる資格がある。
そう判断されたのだ。
そして、芦毛を揶揄して「灰色ウサギ」と呼んでいた連中は気付いてしまう。
彼女もまた「持っている」側で、自分達はそうではなかった事に。
「という事なんで。次はレース場で会いましょ!」
空いた口が塞がらない男性に再度頭を下げ、タマモクロスは後ろの配達員の方へ向かった。
「な、何よ……」
20センチ以上も背の低い相手から見上げられ、たじろく配達員達。その耳は力なく垂れ下がっている。
「良かったですね、目障りなウサギが
そう言い残し、タマモクロスは歯噛みする配達員の悔しそうな顔を背に事務所を後にした。
「あー清々した!ごっつ気分ええわー」
苦虫を嚙むようなあの顔を思い出し、彼女はスマートフォンを取り出す。
夕方の府中、暗転した画面にご機嫌な自分の顔が映る。
地平線に溶けようとしている太陽を横目に画面を操作し、受話器を耳に当てた。
『大原だ』
「はんや!ワンコールも経ってないで!待っとったんか?」
『いつでも出られるように近くに置いていたからな。それで、準備のほうはどうだ?』
「どうだも何も、さっき事務所に辞める言うてきたばっかでなんも進んでへんよ!
突然"明日から来い"なんて言われても困るっちゅーねん!」
『それは申し訳ないと思ってる。なら、少し遅らせようか?いつならいい?』
「冗談!1秒でも早くトレーニング始めて、1着獲らなあかんねん。
何なら今からでもかまへんで?」
『家の片づけや入寮の準備もある。今日のところは辞めておこう』
息巻く彼女を宥めるような口調のトレーナーの声。
電話口で苦笑する彼の顔が容易に想像できた。
『あぁ――ただ少し話しておきたいことがあってな。こっちに来られないか?』
「なんや、電話で話せへんようなことか?
ええで、30――いや、20分で着く」
『大したことじゃないんだけどな。
ありがとう。そしたら、校門の前で待ってる』
「わーった。ほな後でな」
そう言って電話を切ると、彼女は走りだした。
その足取りは、半年以上も配達員として府中を駆けた時のそれよりも遥かに軽やかだった。
走る。ただ無心で走る。
そうして風を感じること少し。
"何度も見たことだけはある"建物の入り口に到着した。
「お疲れ。予想よりもずっと早かったな」
「この辺りは散々走っとったさかい、最短のルートくらい頭に叩き込んどるわ」
「道理でな」
こっそりと図っていたタイムを見て、彼は満足気に小さく頷く。
事務所の住所は事前に調べていて把握済。最短距離を進んできたと仮定して距離を概算しても、
トレーニングを受けたことのないウマ娘が出したタイムとしては驚異的だ。
そして案の定、彼女の息は全く乱れていない。
これでまだ
「まぁ、歩きながら話そう。正式な入学は明日からだが、見せたいものもあるしな。」
「入ってもええんか!?」
「勿論。
今日からココが、
トレセン学園――ずっと焦がれていた「中央」の学び舎。
その敷地を、トレーナーと一緒に跨ぐ。
彼女はこの一歩を、生涯忘れることはないだろう。
クリーク欲しさにガチャを回してしまいました。
天井しました(白目)