桜ELEVEN~season1~   作:熟々蒼依

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 ――気が付けば、私の手は血で染まっていた。

 

 全身に飛び散った血、右手には血だらけの鍬が握られていて、目の前には顔の右半分を失った男の死体が転がっていた。

 

 でも、私の中に罪悪感は無かった。

 

 良く冷えた三ツ矢サイダーのような清涼感のある笑顔を、横で倒れている女の子に向け、声を掛けた。

 

「――ああ、よかった。やっと私のやりたいことができた……」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ……目を、覚まして「しまった」。

 

「……失敗、しちゃったんだな。」

 

 額に手をあて、ため息を漏らす。

 

 1997年、1月1日。私は気が付けば首に縄を掛けて二階のベランダに立っていた。

 

 阪神淡路大震災で両親を失ってから二年間、叔父に受けてきた辱めの数々を思い出し、「悔しい」と一言発して飛び降りた……はずだった。

 

 目が覚めると、私は畳が五枚敷き詰められた和室で、布団も枕も無しに寝転んでいた。

 

 ……首をつっても数分は生きていると聞いてはいたが、まさかその間に助けられてしまうなんて。絶望と恐怖に襲われながら体をゆっくり起こすと、途端に激しい頭痛と眩暈に襲われ、思わず胃液を吐き出してしまう。

 

「ああっ、まずい……叔父さんに叱られる……ティッシュ、ティッシュ……!!」

 

 慌てるあまりに立ち上がってしまい、その刹那に先刻よりさらに強い眩暈を感じて前に卒倒してしまう。その時、同時に襖も破ってしまい、失態に失態を重ねることでさらに焦りが募り、徐々に冷静な判断を下せなくなってしまう。

 

「もうだめだ……ここまでしたらもう、殺される……!!逃げなきゃ……でもどこへ?」

 

 さっきまで自ら命を絶とうとした女が、今や殺されたくないと逃亡を図っている。おかしな話だが、自己矛盾を起こしてしまうくらいには気が動転していたのだ。

 

 とにかく一旦外に出ようと玄関のドアを開けようとした。

 

「……な、なに、これ……」

 

 開けようとした扉がそもそも最初からなかったのだ。

 

 そこで初めて冷静になって周りを見渡してみるといろいろおかしな点が見つかった。

 

 私が元々居た家は、二階建ての木造家屋だった。なのにこの家の壁は土でできているし、二階に繋がる階段が見当たらない。

 

 誰か近所の人にかくまわれたという線は、この土の壁とドアがないという二つの事実によって完全に消えた。じゃあ実際ここは一体どこなんだと推測しようとしたその時……

 

 ――人の影のようなものが、俯く私の視界に入った。

 

 顔を上げると、そこには鍬を持った老婆が、玄関先からこちらをにらんでいた。

 

「……え、あの、これは……!!」

 

 説明しようと思ったが、うまく言葉が出ない。言い訳なんて言い慣れているわけもなく、こうしておどおどしている姿が更に老婆の怒りを増幅させたのか――

 

「おらの稲穂を盗もうったって!!そうはいかねぇぞ!殺してやる!このクソ泥棒!!」

 

 そう吠えると途端に鍬を振り上げてこちらへ向けて振り下ろしてきた。

 

 脊髄反射に身を任せて咄嗟によけはしたが、老婆が振り下ろした鍬は畳に深く突き刺さってすこしえぐれていた……。

 

 その削れ具合を見て一気に顔から血の気が引くのを感じた私は、「ごめんなさい!」と謝りながら玄関と思わしき出口から外へと駆け出した。

 

 外の景色の違和感に目をやる余裕もなく、ただひたすらに遠くへ行かんと全力で走る。畳に刺さった鍬を抜こうとする老婆の大きな唸りを聞きながら。

 

 走るのなんて二年ぶりだ、汗も滝のように流れてくるし、それに連なって涙も流れている。今の私、めちゃめちゃ不細工だ。

 

 大体、どうしてこうなった?何もわからない。どうしてここに居るのか、ここは何処なのか、叔父さん達は何処へ行ったのか。

 

 あの老婆はきっとあの家の持ち主だ。反応を見るに、叔父さんが私をあそこに預けたという線も消える。

 

 ……嫌な予感がする。

 

 酷い暴力と罵声を浴びせられたとはいえ、逆らわなければご飯を食べさせてくれた叔父さん達。

 

 私が一度自殺という形で自分に課された労働から逃げようとしたせいで、失望或いは激怒して私の事をどこか遠い田舎へ捨てたのではないか?

 

 元々、私は被災者として突然家にやってきた居候。家族にとっては居ようが居なかろうがどうでもいい存在。そいつがついに精神を壊したので、これ以上は無理だと判断して、邪魔だし捨てるという判断を下してもおかしくない。

 

「嫌だ……もう何も食べられない、あの日に帰りたくない!!もうあんなことしませんから、どうか叔父さ――」

 

 刹那、陽炎が晴れて視界が明瞭になり、雑草と砂利が入り混じる悪路の先に交差点が見えた。

 

 荷車をものすごい勢いで前に押す男。ソレが見えた頃には、もうあと二秒で接触してしまうというところだった。

 

 今更止まれない。というか今走るのを止めて減速しようとすれば絶対コケる。でもこのままだとぶつかる……

 

 そう思考を巡らせている間も時間は経っていく。創作小説のように考えている間も時間は遅くなってはくれず、遂にその二秒を迎え――

 

 地を揺るがす轟音と共に、男が押す荷台にぶつかった。

 

 もう声も出ない。体は一瞬宙に浮き、そのあと十回転ぐらい、舗装されていない悪路を転がってしまう。

 

 眩暈と頭痛と、そこにさらに骨折した痛みも加わった。この感覚、絶対肋骨五本イかれてる。

 

「てめぇ!どこ見て歩いてんだ馬鹿野郎!おらの荷車が壊れたらどうすんだ!!」

 

 そんな罵声が飛んできたが、それを聞いてる場合じゃない。

 

 今の私は前代未聞、かつ私の人生史上空前絶後の苦痛に襲われている。これが自動車だったら死ねて楽なのに……っ

 

 ぶつぶつと文句を言いながら、倒れて苦しむ私の横を荷車を引いて通り過ぎる男。去り際、お返しだといわんばかりに軽く腹を蹴られてしまった。

 

 この蹴りで一気に頭痛と眩暈が引き、肋骨骨折の痛みと正面から向き合わなければならなくなった。

 

 ……悲惨すぎる。私はただ、奴隷のようにこき使われてた現実から逃げようと思っただけなのに。

 

 嘔吐して、家主に鍬を振りかぶられ、荷車に轢かれるようなことをした覚えはない。

 

 私はただ、苦しい思いをしたくないだけなのに。死にたいと思うことが罪だとしたら、私はあんな環境に居ながらその罪を犯すまいと頑張った方だと思うのに!

 

「蘭君……私はあと何回傷つけば、貴方に会えるのかな……」

 

 震災を機に別れた彼。生きてさえいればまたいつか会えると信じて、粗暴な扱いに耐えながらも今日まで生きてきた。

 

 それが今、無駄になろうとしている。すごく悲しくて、すごく悔しくて、加えて横腹がすごく痛くて。

 

 ああ 視界も 暗く なって きた。これは もう――

 

「はあ、はあ……間に合った!大丈夫?今助けるからね!」

 

 突然、私の目の前に金髪の少女が現れた。手を膝に付けてこちらの顔を覗いている。

 

「……だ、れ……?」

「あとでちゃんと話すから!どう?仰向けになれる?」

「自力じゃ……無理そう。してほしいなら、させてくれないかな……?」

 

 右の骨が折れているのを知っているのか、太ももを押して仰向けの姿勢にしてくれた。それから脇腹に両手を当てると――

 

 緑色の光が、彼女の両手を包んだ。

 

「おぉ……?なんや、これ……」

「《魔法》って知ってるでしょ?今君には治癒魔法をかけているんだよ」

 

 魔法?たしかに学校の図書館でそのワードを目にした事はあるけど、あくまでも創作上の話だって聞いている。

 

 でも、体の中で、砕け散った骨がつながっていく感覚がする。痛みもそれに伴って消えていっている。

 

 魔法、ドアの無い家、土の壁……

 

 全てが、つながった気がした。

 

「はい、終わったよ。痛みは消えたかな?」

「本当に痛みが全部引いとるわ……魔法って本当にあったんやな」

「君がいた現代においてはもう失われた力だけどね。現代まで生きててまともに使えるのは私とあと一人くらいだよ」

 

 ……不思議な子だ。魔法が使えたり、自分がまるで長生きかのように物を言ったりする。見た目的には私と同い年位なのに。

 

 けど、ここが少なくとも私がいた現実世界ではないであろうことを加味すると、その不思議が当たり前である可能性もある。

 

「ねえ、これから何をするか決まってないでしょ?」

 

 少女は急にこう話しかけてきた。確かに、ここが現世じゃないと分かった所で、じゃあ何をしようかというのは特に決まっていない。

 

「そりゃそうに決まっとるやないか。まずなんでここに来たのかも、ここが何なのかもどう調べていいかわからないし」

「だよね!じゃあとりあえず私について来てよ。君の知りたいこと、一から十まで全部教えてあげるから!」

「へ?」

「いいから!ほら、私の手をつかんで!」

 

 彼女は真っ白な手を差し伸べてくる。その手をみて得体のしれぬ嫌悪感を覚えてしまう。この白さは美白、というより死体のそれだ。まるで温度を感じない――

 

 いや、自分の事を助けてくれた恩人の手にそんな無礼な事を思ってはいけないだろう。

 

 それに彼女は私の知りたいことを教えてくれるといった。ならばその手を取らない理由はない。

 

 私は覚悟を決め、彼女が差し出した手を取った。

 

 冷たい。氷を素手で持っているような気分だ。だけどその手からは確かに私を立たせるために私の手を引く力を感じた。

 

生きているようで死んでいるみたいだ。この子は一体――

 

「自己紹介が遅れたね。私は月桜!君は?」

「龍崎音巴。月桜……綺麗な名前や。よほど親御さんに恵まれて育ったんやろな」

「期待外れでごめん、自分で付けた名前なんだ。詳しくはまた後で話すよ!それじゃしっかりつかまっててね!」

 

 桜は左手を前に伸ばし、パッと開いて見せた。すると、目の前に真っ黒な渦のようなものが展開された。

 

「えっ!?なんやこれ、桜、これなんなん!?!?」

「瞬間移動魔法だよ!どこでもドアって言えばわかりやすいかな、そういうことだから!」

「ウチはこれからどこへ連れて行かれるんや!せめてそれを説明し――」

 

 自分の意見を言い切る前に渦の中に投げ飛ばされてしまった。見かけによらずすごく乱暴だ……

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 桜の例え通り、ドアをくぐって建物へ入るように、渦へ放り込まれてすぐにどこか別の一軒家の室内に飛ばされ、投げ飛ばされた勢いのまま四回位転がった。

 

 荷車に轢かれたときと違うのは、着地点が畳だったという点だろう。おかげでダメージは低いが、あまりにも唐突の出来事すぎてうつぶせのまましばらく動けなくなってしまった。

 

 それから少し経った後に彼女も渦の中から出て来て、また左手を広げることでその渦を消した。

 

「いやー乱暴にしちゃってごめんね!奴らがいつどこで私達の話を聞いてるかわからないからさ」

「……奴ら?」

「ああ、いや、気にしないで欲しい。君までこんな面倒ごとに巻き込みたくないから……」

 

 まるで何も説明する気がなさそうだ。私の知りたい全てを教えてくれるといっている割には、隠したいこともいくつかあるらしい。

 

 その隠したいことの中に、私が知りたいことについても含まれてなきゃいいのだけれど。

 

「ふーん、まあそういうなら隠してもいいんやけど、情報をあまり多く隠さんといてな?ウチの知りたいこと全部話す言うたのは桜やからな」

「もちろんそれはわかってるよ。私が隠したいことは君の知りたいことには被らない。だから安心して聞いてほしい」

 

 ここで初めて私は体を起こし、いよいよ本気で話を聞く姿勢に入った。机の高さが絶妙に低く、頬杖をつくべく体を寄せると胸が圧迫されて苦しかった為、乗せることにした。

 

 桜のちょっとうらやましそうな視線を感じるが、そこは言及しないことにする。

 

「まずこの世界はなんだって言う話だけど、単刀直入に言うと、ここは奈良時代の日本だよ」

「な、奈良時代の、日本……??」

 

 驚きよりも疑問が勝った。確かに老婆も男も着物っぽい恰好をしてたけど、田舎だからじゃなくて、時代のせいだったなんて。

 

 となるとますますなぜ私がここに来たのかがわからない。死んだあとに人が行きつく先が天国や地獄ではなく、過去の日本だなんて聞いたことがない。

 

「ここが過去の日本だと聞かされたところで、じゃあ自分はなぜここにいるのかと疑問に思うことだろう、思ってるよね?」

「……そりゃ思っとるやろ。ウチは普通の女の子やぞ?別に幼いころから人には見えない物が見えていたとか、そんなこと一切あらへんかったわ」

「え、そうなの?本当に普通の?」

「どこをどう見たらウチが口から火を吐けるみたいな特殊技能を持ってる人間に見えんねん!ド凡人やわウチは!」

 

 血が騒いでしまったらしい。冷静に間違いを指摘するつもりが、まるでツッコミをするような言い方になってしまう。

 

 しかしこの返しが彼女が私に好感を持つきっかけになったらしく、すこし噴き出して笑い出した。

 

「アハハッ!なかなか面白いね君!いままで話してきた人の中であんな風にツッコミを入れたのは君が初めてだよ」

 

 そう笑顔で褒められてしまうと、事故のようなコントになってしまったとはいえまんざらでもない。

 

 ……そうじゃなくて!!

 

「話を戻してくれ月桜!私のような人間が、どうしてここにいるのかがわからないままなんだ!」

「おお、ごめんごめん。私は何人か君と同じ状況に陥った人を見てきてるんだけど、唯一彼らと君が違うのは、きっと君はもう死んでいるという点なんだよね。だから半分憶測みたいな形になっちゃうんだけど……」

「それでもええ、君が真剣に考えて言う答えなら信用できるわ」

「……そう?わかった、じゃあ話すよ」

 

 そういうと彼女は一つ深呼吸をした。酸欠だったのか、或いは言いにくい事なのか――

 

 そんな桜の様子を見て、私もついつい身構えてしまう。何を言われるか、微塵も予想なんか出来てやしないのに。

 

「……君が過去の日本に現れた理由はきっと、君自身が君の人生の中の、ある一点において納得がいってないからなんだと思うんだ。」

「!!」

 

 思い返してみれば、まさにその通りだった。一点だけではないが、私の人生は悔いだらけだ。

 

……悔い、だって?死後に悔いを残して死んで、それから意志をもって生き返るってそれはまるで――

 

「そう、まるで怨霊みたいだよね」

「!?!?」

「あ、ごめん。気づかせるつもりはなかったんだけど、君の知りたいことを的確に解説するには、直接思考を読んだ方が早いかなーって……」

 

 まるで心理学者みたいなことを言ってきた。常識的にできやしないことを、出来る出来ないではなくやるやらないの次元で話してくるから気が狂いそうになる。

 

「現世で生きる人間がが過去に転送されるっていう現象はここ最近始まった話じゃなくてさ。定期的に、自分の人生にまつわる悩みに対する答えを見つけられず、食事や睡眠に支障を来して普通に生きる事すらままならなくなった人間が、なぜか世界中の過去や未来の時間軸に飛ばされるんだ。別に悩みを解決するヒントがそこにあるとか無しに」

「いやヒントないんかい……ウチも平安時代にウチの悩みを解決するヒントあるか?と思っとったけど」

「よくよく考えてみるとこの環境にヒントがあるかもしれないと皆躍起になって探すんだけど、本当に何も無いんだよね。だからみんな、いよいよ自分がなんで呼ばれたのかわからなくて鬱を拗らせちゃうんだ」

 

「私に出会うのが遅ければ……ね!」

 

 急に明るいトーンで、大きな声で私の目を見てそう言った。これはアレだ、自慢話のターンだ。

 

「私はそうして過去に来てしまった人たちを保護し、その悩みを聞いて、別のどこか別の世界、別の時間へ旅に連れて行って悩みを解決してあげてることで現世にその人を返してあげるために活動をしてるんだ。誰かが過去や未来に迷い込んだらすぐわかるように魔法を組んでいてね」

「ほーん、そのナリで人生経験豊富なんやね、ウチと同い年位やとばかり」

「まあ、いろいろあったんだよ。これでも、四桁は年喰ってるし」

「……」

 

 冗談やろと茶化すこともできない。だって魔法使えるし、時間旅行できるくらいの腕前ならきっと不老不死になることぐらい余裕そうだし。

 

「ここまで言えば、私が君の何を知りたいかが分かるでしょ?」

「……私の、命を脅かすくらい深く重い悩み?」

 

 こんな、今かなり明るい雰囲気で柔らかな笑みを浮かべてる女の子にあまりどぎつい悩みをぶつけるわけには行かないが――

 

「大丈夫だって、こういう悩み相談に乗るのは慣れっこだから。経営してた会社が自分のミスでつぶれて五十億の借金負ったけど一家心中に失敗して自分だけ生き残っちゃったっていうのも聞いたことあるし!」

 

 ちらっと目線をやると、やはり心の中を呼んでいたことがわかる。なんだその経験、カウンセラーですら耳をふさぎたいだろうレベルの重い話をそんな表情で聞いていたというのか?

 

 けど、きっと違うだろう。この子は真剣に人の悩みを聞いて解決するべく動いてくれる優しい子だと信じたい。というかそうじゃなきゃあの時助けてくれやしなかっただろう

 

 さっきも言った通り心当たりはいくつかある。けれど、こんな重い悩みを解決してほしいなんて、会ったばかりの赤の他人に求めすぎだと思ってしまう。

けど魔法使いなら、或いは……

 

「私の生き方を変えてしまった悩み、という点ではやっぱり……彼氏に会えないこと、やろなあ」

「彼氏ね……それはもう居るけど会えないって事?それともいないから会いたいって事?」

 

 聞き方がカウンセラーのそれだ。けど聞いてることは至極真っ当だし、他人事のようだと思ってしまうのは、きっと私の考えすぎだ。

 

「彼氏というか、もう夫といってもいいくらい。高校の卒業がいよいよ近いって時に、ようやく彼が十八になってさ。それで学校の休みが終わって、学校の屋上でプロポーズしようって気持ちを固めた時に、大阪で震災に遭って、両親が死んじゃってさ。それから山口にいる親戚の家に引き取られて、毎日奴隷のように扱われながらも、彼に会いたい一心で耐えてきたんだ」

「……」

「逆に彼がいなければ私は親を失った時点で首を掻き切って死んでいた。生きなければならなかったから、ずっと、苦しい選択をし続けなければならなかったんだ。今こうして方言を抑えて話せるのも、茨の道を進むうちに得た技能の一つ。」

 

 正月になって家族が家からいなくなり、自分の存在価値を問い始めてしまった。龍崎音巴という女の存在価値は彼がいて初めてあるものだと気づいてしまった。

 

 それから、彼はもしかしたら震災で死んでしまったのかもしれない、という気づいてはいけない可能性が頭にふと浮かんで――

 

「つまり震災で生き別れた彼氏に、つらい現実を生きて勝ち抜いて会うことができなかった、って事が悩み?」

「……そうなるね。自殺せずに頑張ったのに、ひと時の虚脱感でその努力をふいにしちゃったから、さ」

「ちなみに、彼氏の名前は?」

「鷲川蘭治郎。もしかして名前さえあればどこに居るのかわかるんか――」

「ないね。わかるのは外見と、今生きてるか死んでるかってだけ。えーっと今が2021年だから……うーん、彼、事故で亡くなってから四年たってるね」

「……!!」

 

 2021年の四年前……2017年!?って事は彼、私と別れてから二十二年間、ずっと疎開地で生きて頑張ってたってこと!?

 

 もう少し……もう少しだけ諦めずに頑張っていれば、彼に会いに行けたのかもしれなかった。

 

 取り返しのつかないことを、してしまった。

 

「最低だ……!天涯孤独の彼にとって私が唯一の家族だったのに、彼より先に逝くなんて、自分が自分で情けない……」

「……今の君の良い悪いを私が判断する気はない。だけど君のその悩みを解決する手段って、やっぱりその彼に逢うことだと思うんだ」

「どうやって?彼は死んだんでしょ!?天国にでも行けるっていうの!?」

 

 つい声を荒げてしまった。桜は私がこうならないために気を使って話を進めていたというのに。

 

「あ、ああ……ごめん……」

「確かにこれはかなり限界っぽいね。あと天国に行けるかという問いについて、それはNOと断言させてもらう」

「……」

「だけど、彼もまた君に会えないことが悩みになっていて、君と同じように過去にその身柄を飛ばされてしまっていた、という可能性は0じゃないんだ、わかるかい?」

「それは、確かにそうだけど――」

「まず一歩踏み出してくれ。じゃないとこっちも救いの手を、君がつかみやすいように差し伸べられないんだ」

 

 そうハッキリという桜の顔にさっきの笑みはない。しっかりと私の目を見て、受け身でいるなと圧を掛けてくるようだ。

 

「君が幸せになるには、要はその可能性を君が強く信じるか信じないかが鍵になるんだ。信じなければ現状は全く動かないし、逆に信じれば生前叶わなかった夢がかなう可能性が、ゼロから一に増えるんだ。これは大きな進歩でしょ?」

「……確かに」

「わかったら、この場でしっかり返事をくれ。私は君の夢に協力する、その代わりに君は蘭治郎君とまた会えるかもしれない、という可能性を信じる心を捨てるような真似はしないこと、この約束をするかしないかの返事をね」

「急にそんなこと、言われても……」

 

 人と人との約束が、そうポンポン背負っていいほど軽いものではないことは知っている。

 

 だからこそ、約束に対して過剰なほど臆病になってしまっている。

 

 彼に逢えるかもしれないというワードを聞いておいて、足と手に震えが生じる位には。

 

 頭を抱えてすすり泣き始めた私の姿を見て、あまりにもその様が見苦しかったのか、桜はその場に流れる重苦しい雰囲気を変えたいと言わんばかりに一回手を叩き、もう一度笑顔になって話を変えた。

 

「ごめんね、君のトラウマを抉るような真似をしてしまって。少し勘付いては居たんだけど、やっぱり君は約束というワードに対して強い抵抗感を抱いてしまっているらしい。というか、私が君に信じる信じないの返事を求める必要はなかったね」

「……ごめんなさい」

「いいのいいの!どちらにしろこれから私に付いてきてもらうことになるんだし。君は、生きていることに苦痛を感じる位の悩みが彼氏のこと以外にもいくつかあるんでしょ?なら、彼に逢えると本気で信じられるようになるまでは、そっちの悩みを解決する方向で動いて行こうよ!」

「他の悩み、か――」

「あっ、ちょっと待って」

 

 私の発言を片手で制止すると、ポケットから折りたたんだ電子辞書大の長方形の端末を取り出した。

 

 本を読むようにその長方形を左から右へと目線を移している。真剣なまなざしで上から下まで全部読み終えると……

 

「ごめん、野暮用ができたからちょっと行ってくるね!大丈夫、20分ぐらいで帰ってくるからこんな仮拠点だけどゆっくりしててよ。それじゃ!」

 

 と言って家の玄関から走って出て行ってしまった。

 

 野暮用……きっと、桜が隠したいと言っていた用事の事だ。これまで桜が助けてきた人たちの前でも、こうやって急に傍から離れていく事があったんだろうか。

 

……怖い。比較的安全な家とはいえ、何も持たないままここから動かないでいると、さっきみたいに誰かに襲われてしまう気がして。

 

 強欲なのはわかってるけど、私の傍から離れて欲しくない。数年ぶりに私の「味方」に出会えた、だからこそもう少しその安心に浸っていたい。

 

 これから一緒に行動する、という事実を鑑みると、桜が知られたくないと主張している野暮用であったとしても、

 

 彼女が一体私から何のために離れているのか、という事は自分の心の平穏を保つために知っておきたい。

 

 その用の正体が分かったとしても、分かったことを桜に知られなければどうということは無い。さっき桜が心を読んだのは質問に答える為であって、むやみやたらに人の思考を透かす真似は好まない……と信じている。

 

「どこにいるかわからないけど、まずは外に出なきゃ、歩き出すことすらできない。行こう、桜を追いに」

 

 意を決して外に出て、人の流れに乗って金髪の少女を探し始めた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「平城京が……燃えている……!!」

 

 月桜が龍崎を置いて走った理由、それは、この世界に来た際に事前に貼っておいた、平城京の異変を察知するシステムに反応があったからだ。

 

 西隆寺において異変が起きたと通知を受けて来てみたらこの有様だ。死人が出ててもおかしくないほどの大火事。

 

 大きな火が寺を包んでいて、中に人がいたとしても、助けることはできないだろう。

 

 桜がこの世界に来た理由。それは龍崎音巴を確保するためだけではなく、「タイムブレイカー」と呼んでいる「世界史を白紙に戻す」ために過去に介入し、それを変えようと企む連中を殺すためでもあったのだ。

 

 自分達が英雄や王になれる歴史を想像するべく行動するような野心に満ち溢れた、目的達成のために手段を択ばない暴漢が集まる組織の奴らと彼女が鉢逢えば、人質として使われるか、あるいは……

 

 どちらにせよ、不幸な結末を迎えるだろう。だから、あの家に閉じ込めた。薬師寺近くににある家に居させたから雰囲気的に農民に襲われる心配はなさそうだけど、彼女の置かれてた境遇的に、あまり長い時間孤独にさせるのはまずい。早くブレイカーの二人を殺して私の本拠点へ連れて行かないと――

 

「見つけたぜ、月桜」

 

 直後、背中を起点に、グーで殴られたような強い衝撃が全身に駆け巡る。強い痛みを感じ、背中に手を回すと……

 

深く、ナイフの刃が刺さっているのが分かった。

 

「なっ……これは――」

 

 状況を整理する間もなく、拳銃で三発背中を撃たれてしまう。

 

 ついに足に力が入らなくなり、撃たれた勢いのまま膝から崩れ落ち、遂に地面に倒れこんでしまった。

 

 黒服の男が二人、倒れた桜の視界に入り込んできた。奈良時代に似合わない服装。この二人がブレイカーであり、西隆寺に火をつけた犯人であると確信した。

 

「ボスから月桜には気を付けろと言われてたから暗器をつかったが……こんなありきたりな奇襲にすぐ引っかかってしまうとは、ボスはどうやら過大評価をしていたらしい」

「だな、こいつの命にボスは二億掛けていた。こんな大きな金が動くんだから警戒していたから、こんなあっさりと終わってむしろ物足りないほうだぜ」

「クソ……こんな、こんなことで……!」

 

 治癒魔法を起動しようとしても、全く発動する気配がない。魔法を発動するために必要な魔力が流れる魔力回路を封じてくるタイプのスペツナズナイフを撃ちこまれたのだろう。

 

(回路の封印自体は一分あれば封印を解くことができるけど……刺された刃と銃弾を抜かなきゃならないし、その回路封印を解く手順も含めて一分はかかる!それをこいつらは絶対待ってくれないだろう)

 

 すさまじいピンチに、死を覚悟する。生きていたいし死にたくないが、こればかりはどうしようもない。

 

 月桜はついに、目を閉じてしまった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 人の流れにそって流れて来てみて、人込みがようやくはけたと思った直後にこんなひどい状況を見せられたもので、私の心はひどく動揺していた。

 

 燃える寺、倒れる月桜、銃とナイフを持った二人の男。男は桜の頭に銃口を突きつけていて、今にもその引き金を引こうとしている。

 

 他人に命を狙われる野暮用て……わけがわからない。魔法という力をもって動いているから碌な事に手を出していないんだろうなと予想してはいたが、こんな……

 

「……嫌だ……殺さないでよ……だって、その子は……」

 

 魔法。現代では失われた奇跡の結晶。現代においてまともに魔法を使えるのはのは二人だけだと言っていたし、それぐらい貴重な力を持つ人の命が奪われるなんて、あってはならないことだ。

 

 私にとって貴重な味方だとか、彼に逢わせてくれる可能性を生む人だとか、今はそんな私に得を与えてくれる人だから死なせたくないという感情は全くない。

 

 私よりその存在に、その命に価値の有る人間が、私より先に死ぬかもしれない。そんな状況がすごく苦しいんだ。

 

 どうにかして助けたい。臆病で弱虫で、そのくせわがままな私なんか放っておいて、生き延びてもっと多くの人を救って欲しい。

 そう思った時、桜の頭に拳銃を突きつけている男のすぐ後ろに鍬が放置されているのを見つけた。

 

 これを使えば、せめて数十秒は時間を稼げるだろう……

 

 躊躇いは無かった。足音を殺して土で汚れた鍬に近づき、

 

 その柄を、しっかりつかんだ。

 

 ゆっくりと、掴んだ凶器を持ちあげていく。

 

 今から私は人を殺す。だけど、その行動に悔いはない。

 

 桜の命を今この瞬間助けられるのは私しかいない。世界にいてもいなくてもどうでもよかった存在価値のない女に、存在価値が生まれたのだから。

 

 ――笑みがこぼれる。久しぶりに口角が上がった。ここで返り討ちに逢って死ぬことになっても、後悔はない。

 

 覚悟、完了。

 

 天高く振り上げた鍬を、引き金に掛けた指に力を入れ始めた男の頭に向けて――

 

「……あっ!兄貴、後ろだ!後ろおおおおおおおおおお!!!」

 

 力いっぱい、振り下ろした。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 ――気が付けば、私の手は血で染まっていた。

 

 全身に飛び散った血、右手には血だらけの鍬が握られていて、目の前には顔の右半分を失った男の死体が転がっていた。

 

 でも、私の中に罪悪感は無かった。

 

 良く冷えた三ツ矢サイダーのような清涼感のある笑顔を、横で倒れている女の子に向け、声を掛けた。

 

「――ああ、よかった。やっと私のやりたいことができた……」

 

 鍬を持つ手が緩み、血だらけの鍬は地に落ちる。

 

 普段の私だったら、罪悪感でおかしくなっていたところだ。だけど、今はもう大丈夫。月桜の命を助けるために私はもう一度命を吹き込まれたんだって思うと、凄惨な死体が足元に転がっていることなんて些細な事だ。

 

「良くも兄貴を……!女!ぶっ殺してやる!!」

 

 コートの内側からもう一本のスペツナズナイフを取り出し、刃をこちらに向けるもう一人の男。完全に奴のヘイトはこっちに向いている。

 

 まもなく男は私に向けてその刃を射出するだろう。死ぬ覚悟はできている。撃てよと煽れば時間を稼ぐという行動の意味がなくなるのでしない。

 

 いつでもどうぞ、という気持ちで手を広げ、その時を待つ。

 

 震災を経て生まれた、「死ぬ前にもう一度誰かの役に立ちたい」という夢が、やっと叶った。

 

 桜、ごめん。どうか私の事は忘れて、幸せに生きて欲しい――

 

……………………

 

………………

 

………

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 ……目を、覚ました。

 

 起こるはずのない状況だ、目の前で兄貴分?を殺されたあの男が、私の事を殺しに来ないわけがない。

 

 一度死んで蘇った身とはいえ、二度目はないはず。なのに、なんで?

 

「あ、気が付いたね。おはよう!音巴ちゃん」

 

 声のしたほうに顔を向けると、そこには少し悲しい顔をした月桜の姿があった。

 

「まずは、ありがとう。君があそこで時間を稼いでくれたおかげで、封印と銃創を治して、もう一人の男も殺すことができたよ」

「じゃあ、私は今、無傷……?」

「うん、君は死んでない。君が死ぬ前に助けることができた」

 

 ちゃんと桜が生きているって事を確認できたのはうれしい。だけど、桜がなんで悲しい顔をしているのかが分かると、一気に胸が苦しくなる。

 

「目の前で知り合いが死ぬのって、君が思ってるよりも数十倍苦しい事なんだよ?両親を失った時にそれを学ばなかったの?」

「ごめん……やっぱり私、自分勝手や」

「助けてくれたのはすごくうれしい。だけど、急になんで私の事を助ける気になったの?」

「……嫌だったから。私の目の前で、私よりもその命の価値の有る人が死ぬのが」

 

 そういうと桜は少し眉をひそめた。自虐的な表現が鼻についたのだろう。嫌だと思うけど、もう少し話を聞いてほしい。

 

「だって桜は……現代に生きる人類の中で、数少ない生きた魔法が使える人なんでしょ?そんな人が、あんなふうに簡単に死んで良いわけ、ないじゃん……!だから命を賭けて君を助けたいと思ったんだ!無事じゃあ済まないとわかってて、それを覚悟して向かったから、私はここで死ぬんだと思ってた!」

「……!」

「私は君が死ぬのを見たくないんだ……私は君がずっと生きて、笑っている姿を見たい。君という奇跡の象徴を見つけてしまったからには、私が死ぬまで君を守らなくっちゃ気が済まない。だって……二十年生きてきてようやく、自分が生きる意味を見つける事ができたんだから……」

 

 かなり驚いたような顔をしている桜。まるで、他人にこんなに自分の事を大切に思われることが初めての経験だと主張したげな表情だった。

 

 でもそういう反応をするってことは、お世辞じゃないとちゃんとわかってくれたらしい。

 

「……そっか……私の事を、守りたいって……思って、くれるのか……」

 

 かなり動揺している。引いているというより、どう思うのが正解かわからない感じの狼狽え様だ。

 

「えーっと……本気、なんだよね?」

「素面であんなこと言えるなら真剣も真剣、ド真剣に決まっとるやないか」

「ああ、なる、ほど……」

 

 腕を組んで唸り声を上げ始める桜。なにやら深い事情があるらしいが、それを話すか話さないか迷っている、のか?

 

 桜はその姿勢のまま十数分固まっていたが、ちょっと眠たくなり始めた頃、ようやく口を開いて言った。

 

「……私が君を仮拠点に置いて行った理由は、ああいう危険な状況に君を巻き込みたくないからなんだ。これを聞くと、君はもう普通の生活には戻れなくなる。それでも、知りたい?」

「一度死んでおいて普通の女の子らしい生活が出来るなんて最初から思ってへんから、安心して話しや」

「悲しい話だけど、確かにそれなら話せるね。わかった、すべて話すよ」

 

 それから桜は、自分がこの世界に来た理由とあの二人組の男の正体を話してくれた。

 

 とっても苦しそうに話す。ほんとに私の事を、この戦いに巻き込みたくなかったんだと思う。

 

「誤解しないで欲しいのは、君の事が足手まといになるから巻き込みたいわけじゃないって事。だって、いままで悩みを聞いてきた人はどれも男性で、若い女の子の相手をするなんて初めての経験だから、より一層無事に帰ってほしいって思いが強くなっちゃってさ」

「でもその子は死んじゃったから現世には帰れないし、終いには自分の事を守りたいとか言い出したから動揺しちゃったってわけなんか」

「うん。でも……私の事を守りたいって本気で思ってくれているなら、きっと君も、私と一緒にブレイカーと戦うべきだと思ってね。その方が、私も君を守りやすい」

 

 やっぱり、あくまでも桜が私をまもるという姿勢を崩す気はないらしい。フン、いいもん。いざというときは私が盾になるから。

 

「いろいろと遠回りした後の挨拶になっちゃったけど……音巴ちゃん、これからしばらくの間よろしくね!」

「おう!桜、これからよろしくな!」

 

 今度は私から手を差し伸べた。桜はそれがうれしいらしく、差し伸べた手を取って強く握り、ブンブンと上下に振った。

 

 その時見た笑顔が今でも忘れられない。ここまで見た笑顔の、その何倍も清々しく美しかったから。

 

「お近づきの印に、ちょっとベランダに出てみてよ。いいモノが見れるから!」

「ベランダ……?」

 

 そういえばこの部屋、見渡してみればかなり広くて、ラテン風なインテリアがそこかしこに配置されている。

 

 もしや日本じゃない……?そんな疑問を抱きながら、桜に促される通り窓を開けると――

 

「わあっ……!!」

 

 黄金色の陽の光と暗い夜空、そして灰色の雲が混ざり合う夜空と温かい橙色の光が点々と夜を照らす年の夜景が混ざり合って、最高の風景を作り出している。

 

ずいぶんとみる事がなかった、高所から見下ろす美しい夜景。思わず感嘆の声が漏れる。

 

「どう?キレイでしょ?私の故郷、ギリシャが誇る最高の夜景さ!」

「え?月桜って名前なのに?」

「知り合い曰く私はギリシャで生まれたらしくてね。多分このリカヴィトスの丘に私の家があるからそうなんだろうと思うけど……私もその自覚がないってのが正直なところだね」

 

 自覚がない……?それに出会った時も、名前は自分で付けたと言っていた。

 

 ……いや、まさかな。

 

「今君が見ている景色は2021年のギリシャの景色だよ。私が魔法で調整して、近代の夜景を映しながら、この丘が観光スポットになる前の19世紀に拠点を置いて毎日これを眺めてるんだ」

「いいなあ……毎日これが見られるなんて、生きてて飽きないやろなあ……!!」

「これが十年ぐらいなら私も飽きなかったんだけどね。けど、君がそうやってこの景色を見て興奮してくれるのは、まるでわが身の事のようにうれしいよ」

 

 そうつぶやく桜の顔は本当に穏やかで、やっぱりこの子、可愛いなって思えて……

 

「やっぱり……魔法って奇跡だ。守らないとな」

 

 とつい口走る。

 

 この発言で、やっと魔法使いを守りたいとおもう気持ちが本物であると確信した桜は、私に近づいて両手で私の右手を握った。

 

「な、なんや急に――」

「黙ってて。理由は後で話すから」

 

 ちょっときつめに言われて、シュンとなってしまう。

 

 俯くと、私の手を握る桜の手から、青色の光が発されていることがわかる。

 

 なんだかその光が私の中にも流れ込んでいる気がして、体中が温かくなってくるのを感じる。例えが上手く思いつかないけど……でも、熱みたいな苦しい温かさじゃないのは確かだ。

 

 しばらく二人とも一言も発さず、微動だにしない時間が続いた。

 

 ふと、桜の手が私の手から離れ、それと同時に私の体を包んでた温かさが消え、肌寒さを感じた。

 

「……桜の言う通り黙ってたけど、これ、何?」

「君に能力を与えたんだ。いわば、私が使う魔法と同じ、一般人がブレイカーと戦えるようになる力をね」

「能力、かあ……」

 

 どうやら今の時間で、私はその能力という力を手に入れたらしい。全く自覚がない。

 

「それで、その能力って何?」

「君の場合……うん、「龍の力を操る能力」だね」

「安直やなあ。私の名前に龍が入ってるからそうなんやろ?」

「私が分かるわけないでしょ。だって私は、その個人に秘められた能力を引き出すことができるだけで、どんな能力が目覚めるかは、君が使ってみてくれないとわからないんだ」

「そんな無責任な……」

 

 自分で使う力は自分で研究して知れってことか。素人なのにむちゃなことをさせる。

 

 しかし龍の力、かあ……ちゃんと強そうで安心した。この能力を使いこなせれば、きっと傷を負わず、桜を心配させることなく桜を護ることができるだろう。

 

 ちゃんと修行しないと。何をすればいいのかわからないけど。

 

「龍、かあ。きっとこの力は、ちゃんと使いこなさないといけない力なんだろうな」

「これから少しづつ慣れて行けばいいよ!私だってたぶんきっとおそらくかなりの時間かけて魔法を使えるようになったのかもしれないし」

「めっちゃ記憶朧気やんけ!」

「けど実際かなりの練習積んできたと思ってるし、君もきっと経験を積めば私みたいになれると思うよ」

「そっか……そしたら、桜の事守れるやんね!!」

「うん、頑張れば、だけどね」

 

 俄然やる気が出てきた。私がこの能力を使えるようになって桜を守り切れば、きっと、彼にも会える。私の居る意味もあれば、いままで一生懸命生きてきた苦労も報われる。

 

 桜の言うその一歩を、踏み出すべき時が来た。

 

 拳を掌に打ち付け、気合を入れる。

 

 私の、最高の余生を手に入れるための戦いが、奇跡を守るための戦いが始まる!がんばれ、私!

 

 ――そう、血で血を洗い、精神を壊し壊される、時代と時空を超えて繰り広げられる戦いに……

 

 彼女との出会いによって巻き込まれてしまうことになるのだった――

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